19.宴の席で
その夜・・
ヤスマサの邸宅で玄海の歓迎の宴が催された。
歌に踊り、酒と女・・今昔の話に盛り上がる・・華やかな宴・・
「わははは!玄海殿!久しぶりなのじゃ!どんどん上がりなされ!」
酌をするナカヒラ・・
「私めは、少々・・で・・・・」
「そう言わず!ぐいっと~!!」
酔っぱらいのオヤジと化しているナカヒラ・・
彼が来ると、パッと明かりが灯った感じになる。
「お久しゅうございます。玄海殿・・」
ヤスマサが静かに酌をする。それを受ける玄海・・
玄海はヤスマサの剣の恩師でもある。
「都の暮らしは、どうですかな?」
「はい・・まだ慣れたとは言えませぬが・・」
「越後にも、ヤスマサ殿の御噂は広がっております・・
都でのもののけ退治・・勇猛果敢なヤスマサの奮闘ぶりは、聞き及んでおります。」
「それは・・・お恥ずかしい限りです。」
「ふふ・・父君や母君も鼻が高い・・
立派に都で帝にお仕えしているご様子・・
この上ない誉ですぞ・・」
「越後・・ですか・・・懐かしい・・」
「そうですな・・・
和泉様と都へと上りし折り・・以来ですな・・」
「はい・・」
和泉が大納言の側室に選ばれ、越後から都へとヤスマサも共に上ったのは、
まだ十代の半ばの頃である。幼少から育った越後の国も、記憶に薄れてきていた。
「おお~。ヤスマサ殿!そこにおられたか~」
ナカヒラが話に割り込んでくる。
「このヤスマサ殿は、伊吹殿と並んで、都には無くてはならぬ武人となられた!
剣術に長けたヤスマサ殿・・妖術師の伊吹殿・・
全く・・ほれぼれしまするな!
まるで、先々代の帝にお仕えした・・我々の様でござらぬか!?」
「そうで・・すな・・・」
ナカヒラに絡まれて、たじたじの玄海・・
「そして・・
弥三郎様・・・・」
その言葉が出て、喉を詰まらせるナカヒラ・・・
玄海も、俯く・・
急に、静かになったナカヒラと玄海・・
「ど・・どうされたのですか?」
不思議に思ったヤスマサ・・
重い口を開く玄海・・
「弥三郎様は・・我々を想うて・・我々が加勢するのを断ったのでございます・・・」
「さよう!我々は命を捨てる覚悟で、先々代の帝に、忠誠を誓った・・
じゃが・・命を捨てるのは、弥三郎様・・御身一つで良い・・と・・・」
「弥三郎様の嫡男を、私に預けられた・・
それが・・伊吹丸なのじゃ・・」
「伊吹丸が・・先々代の帝の・・重臣の・・・嫡男・・?」
その意外な事実に驚くヤスマサ。
「因果なモノじゃ・・
都を追われた伊吹丸が、今や、都をもののけから守る側に回っておる・・
親子二代に渡って・・茨木の君様に仕えるとは・・」
「さようで・・ござりましたか・・・
茨木の君様と・・気が合うはずです・・・」
昔の話をするナカヒラと玄海・・
その中で、伊吹丸の出生の秘密が明かされる・・
「玄海様!」
そこへ、酒瓶を持った聖王丸が入ってくる。
「おう・・そなたは、昼間の・・
確か、ナカヒラ殿のお子であったな・・」
「はい!聖王丸と申します!」
玄海に酌をする聖王丸。
「この聖王丸は、どう間違ったのか分かりませぬが、私の子に似合わず、頭が良いのでござる!
いつも、書物を読み漁っておる・・
三度の飯よりも、書物・特に兵法を学ぶ事を好むようで・・」
ナカヒラがからんでくる・・
「ほう・・それは先が楽しみですな・・」
「玄海様にお聞きしたい事がありまする!」
「はて・・何でしょうか?」
「不死の技があるとの事です・・
死人を蘇らす技もお聞きしました。」
「ふむ・・確かに、我らが妖術には、死人を操る『屍操術』というものがある・・」
「屍操術?」
「イクシマが用いた技ですな・・」
ヤスマサと伊吹丸の囮作戦の時にイクシマが用いた技だった・・
「さよう・・あの技は、我らの禁断の術・・
我が師匠である、身延様が完成された技なのじゃ・・」
「身延・・様?」
「もとはと言えば、死者の言葉を写す・・『口写し』の術から、あの技に至ったのじゃ・・」
「口写しの術・・」
口写し・・
恐山のイタコが、死者の霊を、自分の体に憑依させ、メッセージを伝える際、
その時、生前の、その人の言い回し、口調がそっくりな事から、「口写し」と呼ばれている。
依頼した人は、イタコが、生前の死者に会った事が無いのに、まるで、その人が話しているかの様に聞こえる為、驚くことが多いという。
玄海の師匠である身延の前の時代、口写しが霊媒師を介さなくても手軽に出来るようにと、敷紙による術を模索した。
死者の名前を書いた敷紙(梵字にて書かれている)を生きている人の額に貼り付けると、書いた人の名前の人格の通りに喋る「口写し」の術である。
既に亡くなった人しか知らない事象を、残された子孫達に伝える事で、「遺言」の代わりになったり、犯罪などで、誰に殺されたのかも知ることが出来た。
この「口写し」の術の応用で、口だけでなく、体の動きまでも、生前の人の動きにそっくりに再現させる方法まで開発されていた。
敷紙に書かれる名前は、生死を問わない事が判明した事で、「囮」や「影武者」を作り出す事に成功・・
そして、玄海の師匠である身延の代に至って、亡骸を自在に動かすまでに躍進していた。
「水が半分固まった状態にして、その塊を自在に操る『水塊の術』というのがあるのです・・」
玄海が説明を加える。
「水を・・自在に?」
「濁流等を一瞬で堰き止めるのに使うのです。」
「濁流までも、操れるのですか?」
嘗て(かつて)、モーゼが海に道を作った方法も、この水塊の術ではないかと言われている。
海水を一瞬で、水の壁にして、周りの水をせき止め、海底を道にした・・
その道を通り終わって、術を解き、追手を一網打尽にしたという・・
玄海の場合は、軍事的と言うよりも土木的な用途の場合が多い。
川の水の流れを一時的に止め、そこに本格的な土塁を築き、橋脚を作る礎としていたのだ。
濁流をせき止めて、災害から人命を救うと言った事が日常茶飯事だった。
本来、妖術は、そういった平和的に利用されていたのだ。
「その術を、血液に応用した・・
体内の血を半分固まらせて、それを敷紙に操らせるのです。
亡骸が腐らない様に、活性化させる術も、その敷紙に加えれば、長期間の使用に耐えられる・・」
「それは、凄いです・・
死人が、生き返るって事ですね!」
「いや・・
あくまでも、屍を操っているだけ・・
所詮は、操り人形なのです。
生き返っているという事ではない・・」
「玄海様は、更に、『不老不死』の術を模索していたという事ですが・・」
「さよう・・
私めが、この妖術の道に入ったのは、不老不死の術を作り上げたいがため・・」
「その術は・・成功されたのですか?
中国の皇帝も必死に探し求めていた事です。」
「いつまでも若く・・死なない体・・
それは、人にとって、夢なのでしょうな・・
私は、その術を作ろうとしていた・・
だが・・そのために・・
得たモノもあったが・・
失ったモノも・・」
「失ったモノ?」
表情が曇った玄海を気遣う聖王丸・・・
そして、その場を静かに立ち去る玄海・・
縁側で月を見ながら、呟いた・・
「ウズメ・・・」
若かりし頃を思い起こしている玄海・・
カーン
カーン・・




