155.別れの時
高校1年の頃。
音楽室でピアノの練習をしていた剛さん・・
連日の練習で、少し、疲れ気味の様だった。
「大丈夫?剛君・・顔色悪いけど・・・」
愛紗さんが声をかける。
「ああ・・ちょっと、胸が痛い・・」
心臓の辺りに手を添える剛さん。
「病院へ行く?」
「いや・・・練習もしなきゃ・・
いつもの事なんだよ。
胸が押さえつけられるようなんだけど、
ちょっと経つと治るんだ。」
「そう・・
疲れも溜まってるのかもね・・・
ちょっと休んだら?」
「ああ・・そうするよ・・」
音楽室の片隅で、仰向けに寝る剛さん。
その脇に、座る愛紗さん。
「ねえ・・剛君・・」
「何?」
「ホント・・大丈夫?
練習のしすぎだと思うんだけど・・」
心配そうに見つめる愛紗さん。
辛そうな表情の剛さん。
「横になったら、少しは、楽になったよ・・
それより、愛紗は練習しないの?
フルート・・」
「うん・・
何か、最近、やる気が起きなくて・・」
吹奏楽部に入っていた愛紗さん。
中学校から続けてはいたものの、剛さんの方へばかり目が行っていた。
「楽器の演奏は、
続けてないと・・
練習しないと、
感覚が鈍るよ・・
最近、オレのトコばかり来てるけど、
自分の事もやらないと・・」
「剛君・・」
剛さんを見つめる愛紗さん。
・・・剛君の事が放っておけない・・・
そう、心の中で呟いていた。
美咲さんから手料理も習っている。
密かに、東京での就職も考えていた愛紗さん。
どちらかというと、愛紗さんの方が剛さんよりも、遠く離れた場での生活に憧れていたのかもしれない。
「覚えてるかい?
オレ・・と会った時の事・・」
「え?」
いきなり、何を聞くのかと思った愛紗さん。
「中学校の演奏部に入った時、
君は、フルートに夢中だったよね・・・」
「え・・
ええ・・」
「オレ、あんなに、楽器に熱心な子って初めて見たんだ。
毎日、毎日・・慣れないながらも、先生に教えられながら、練習していた・・
何か、凄いなって思ったんだよ。」
天井を見つめて話す剛さん。
「そんな・・私なんか・・
ホント・・素人だったから・・
でも
小学校の頃から憧れてたの。
中学校に入ったら、絶対やるんだって・・決めてた・・」
「オレ・・あの時、ピアノは辞めようって思ってたんだ・・」
「え?剛君が?」
「幼稚園からずっと習ってたピアノだったけど・・
毎日、練習ばっかりで、つまらなかった・・
出される課題だって、
自分の弾きたい曲とは全然違ってたし・・
大会とかでも、成績悪いし・・
自分にとってのピアノって・・
何なのだろうって・・
思ってたんだ・・」
「そんな風には・・
見えなかったけど・・・」
意外な事実を伝えられた愛紗さん。
スランプに近いような状態には見えなかった。
「秋の文化祭の時にさ・・
愛紗が一人で吹いたパートがあったよね・・・
毎日、練習して
ちょっと間違った所もあったけど・・
ちゃんと、演奏できた・・
春に始めたばかりなのに・・
正直
感動したんだよ。
あんなに、
優しく演奏できるなんて・・」
「あ・・あの時は・・
何を考えてたか・・
忘れちゃった・・
無我夢中だったから・・・」
「君の姿勢を見て・・
オレも、頑張らなくちゃって・・
思ったんだ。
丁度、
ピアノの上手い先生が
学校に居たから・・」
「雨宮先生の事?」
「うん・・
何回も頼み込んで、
やっとレッスンを引き受けてもらえたんだ・・・」
「そうだったの・・」
「君の、
フルートが
オレのピアノの再出発の原点だったんだ・・
コンクールで入賞できたのも
君
の
おかげ
だよ
愛紗・・
オレ・・
君に
感謝してる
ん
だ・・」
急に、表情が苦しそうになっている剛さん。
胸に手を当てて、もがいている。
その状況に、慌てる愛紗さん。
「ど・・
どうしたの?
剛君!!!
剛君!!!!」
「あ
いさ・・!」
急いで、救急車を呼び、病院へと搬送されたのだが・・・
必死の応急措置も虚しく、帰らぬ人となった・・
火葬場・・
木棺の中に横たわる剛さんの亡骸にすがる愛紗さん・・
「剛君!!!
剛君!!!」
「愛紗・・もう時間だよ・・」
美咲さんが、愛紗さんの腕を掴む。
「いや!!いや!!!」
泣き叫ぶ愛紗さんだが、火葬場のスタッフ(鬼)が迷惑そうに見ている。
「愛紗・・」
「愛紗さん・・、もう、火葬の時間なんだ・・
別れは辛いだろうけれど・・」
剛さんのお父さんが宥める。
「剛も、あなたにみとられて、嬉しかったと思いますよ・・」
お母さんが優しく声をかける。
「うう!!・・・」
涙を流しながら、棺から離れる愛紗さん・・
愛紗さんを取り囲む、剛君の親御さんや美咲さん。
その様子を確認して、急いで、鬼達が、窯へと棺を入れる。
ガシャーン・・
重い金属の蓋が閉められる。
「火葬完了は午後3時の予定です。」
「ご安心を・・・」
参列していた一同がお辞儀をする。
「いや!!!!
いや~~!!!!」
閉められた蓋に近寄る愛紗さんを、取り押さえている美咲さん達・・
その場に泣き崩れる・・
「ああああ・・ああああああ~!!!!!」
火葬場の構内に響き渡る愛紗さんの鳴き声・・・
窯に火が入れられ、剛さんの火葬が始まる。
・
・
・
僕達を前に、剛さんの最期の時の事を語った愛紗さん・・
先輩も彼女も、話す言葉が無かった。
「そう・・
そうだったの・・・
突然の別れだったのね・・・」
先生が呟く。
「私・・
剛君と別れるなんて・・
思ってなかった!
しかも、
こんなに早く・・
これからだったのに・・
新しい世界が・・
あと少しで、見れたのに・・」
食べかけのホットケーキと飲みかけのオニオンスープを見て、呟く愛紗さん・・
「美咲・・
私も、美咲から、料理を習ってたのに・・
それも、無駄だった・・」
「そんな事は無いわ・・
あなたの、努力は・・
決して
無駄ではない・・」
先生が宥める・・
「美咲も、あの時・・そう言ってました・・」




