二十六.戦いの果てに・・・
人は死ぬ間際に、それまでに経験したことが走馬灯のように流れると言う。
お母さんとの思い出が次々に頭をよぎる。
懐かしい・・。
僕も、これから母の元へ行くのか・・
そう思うと死ぬのなんて怖くはない。
記憶は、幼い日々の出来事までさかのぼる。
あの公園。
謎の少女と過ごした病院の隣の公園。
女の子と一緒に遊んでいる。
あの少女との記憶だろうか?
いや、
ちょっと違う。
僕も小さい。
幼稚園くらい・・
年中の頃なのだろうか?
一緒に遊んでいる子は誰?
活発な女の子らしい。
目がくりっとした長い髪の・・
可愛らしい・・女の子・・・
二人の会話が聞こえてくる。
「ミナね~。
ヒロちゃんのお嫁さんになりたいな~」
「え~?オレ~?」
ちょっと、困ったような顔をしていたが、女の子の顔を見て笑いながら・・
「うん、いいよ」
「約束ね~」
子供同士、小さな指を切る。
ミナって・・・
ひょっとして、彼女なのか?
ジャングルジムのてっぺんで空を見上げながら会話している。
「ミナね~。
ヒロちゃんのお嫁さんになるまえに、死んじゃうみたいなの~。」
「僕のお母さんみたいに病気になるの?」
「ううん、違うみたい・・、
戦って
死ぬの・・」
一瞬、会話がとぎれる。
僕はなにやら決心したらしく・・
「じゃあ、
オレが守ってやるよ!」
きょとんとする彼女・・
赤面する僕・・
彼女が沈黙を破る・・
「ありがと」
ジャングルジムの上で彼女が唇を寄せてくる。
キスをする二人・・
女の子の涙がきらっと光っている。
え?
そんなこと、あったけ・・
彼女とのキスは二度目?
引越しのトラックがお寺の前に止まっている。
美奈子の家族がこの町から引越しをするようだ。
母親同士が話している脇で涙をこらえながら、向かい合う二人・・
「ミナね、
ちょっとでも長く生きられるように、
シュギョーするの・・」
「シュギョーか・・
かっこいいな・・」
「タイヘンらしいよ。
でも、帰ってきたら、
ヒロちゃんのお嫁さんになれるかな~。」
「うん。待ってるよ」
「じゃあ、行くわよミナちゃん。
ヒロちゃん、またね・・」
車に乗り込んだ彼女のお母さんが呼んでいる。
女の子が入っていくとドアがバタンと閉まる。
僕のお母さんと彼女のお母さん同士でお辞儀をしている。
見詰め合う僕と彼女・・
引越しのトラックが走り出す。
窓から顔を出す彼女・・
徐々にスピードを上げていく。
いつまでも手を振りながら見送る。
行ってしまった・・・
帽子を深くかぶって涙を見せまいとする僕を
母があたたかく抱いてくれた。
母の胸の中で泣く僕に、やさしい母の声・・
「いつか、きっと会えるよ・・」
彼女の記憶がオーバーラップする・・
「私、自分がいつ死ぬのか分るんだ・・」
「ゴメン、守ってあげられなかった」
「お母さん、こんな私でも受け入れてくれるかな~」
「生きてるうちに楽しまなきゃね!」
「ヒロちゃんのお嫁さんになれるかな~」
そうなのか・・
これでみんな繋がった・・・
謎でも何でも無かった・・・
彼女はずっと、僕との結婚を夢見てひたすら努力をしてきたのだ。
それも血のにじむような・・・
何度かそれを気づかせるキーワードを投げ続けてきた彼女・・
それは霊がこの世に生きる者たちに送り続けるメッセージを、
霊感の無い凡人が気づかずに、ただ単に通り過ぎているかのよう・・
メッセージは心を研ぎ澄ませば自ずと見えてくるもの・・
心にバリアーを張っているのは自分自身なのかも知れない。
「霊感が全く無い」
なんて自分に言い聞かせて自分で納得していただけなのだ。
閉ざした心は、小さなメッセージさえも見逃してしまう・・
でも、気づいたときにはもう遅い。
僕は彼女に何もしてあげられなかった
あやまるのは僕の方・・
ゴメン・・・・
そう思った時だった。
真っ暗だった目の前が急に明るくなる。
ここは、前に見たことがある。
寝たきりの少女を送るときに訪れた・・・
三途の川・・
きらきらと光り輝く水面にたたずむ女の人の影・・
こちらを向いている。
見覚えがある。
「お母さん」・・
ああ、これから母さんの所へ行くのか・・
「ヒロシ・・
大きくなったね」
「お母さん・・」
一歩、二歩・・母に向かって歩き出そうとしたとき、二つの光が母の脇に立つ
「おにいちゃん」
女の子と、お父さんだ。ああ、無事だったんだな・・
良かった。
二人揃って笑っている。
その時である・・・
僕の横にキラキラ光った塊が近づいてくる・・。
彼女だ・・
光り輝いているけれど、雰囲気でわかる。
「ミナ・・」
「やっと思い出してくれたんだね~」
「ごめん、オレ、気づいてあげられなかった」
「ううん、いいんだよ。一緒にいられただけで幸せだったよ」
「でも、これからは一緒だね」
「ううん、ヒロちゃんは、まだやることがあるよ・・」
「へ?」
彼女の意外な返事に戸惑う僕。
「これから、働いて、結婚して、子供を育てていくんだよ」
「一緒に行けないの?」
彼女が少し悲しげな顔になる・・
母のほうを向いて確かめようとした。
母はこちらを向いて微かな笑みを浮かべている。
「お母さんはずっと見守っていますよ・・」
「お母さん・・
ミナ・・」
その時、まばゆい光が二人を覆い、僕の意識は後方へと向かい出す・・・
手を出して母達を追おうとしても、どんどん遠ざかっていく・・
微笑みながら僕をやさしく見つめる彼女達・・・
「母さん!
ミナ――――!」
二人を取り囲む光がいっそう強くなり、十一面観音の姿が浮かび上がる・・
「南無・・・・観世音菩薩様・・」
光に包まれながら、僕の意識が飛んでいった・・




