149.日曜の朝
朝。
先生のマンションで・・・
明るい朝日の日差しが、ソファーに寝ている僕の顔を照らす。
今日は快晴・・清々しい朝だ。
コトコトとキッチンの方から音がするのに気付く。
「あ、起こしちゃった?
ゴメン・・」
対面のキッチンのカウンター越しに顔を出した先輩。
シンクの脇で、まな板を前に何やら包丁で切っている。
・・と、
「うふふ・・
案外、寝坊なんだね~この家族は!」
隣でコンロに火を付けている美咲さん。
「おはようございます・・・」
壁の時計を見ると・・
9時!!!
昨日の夜は、彼女が攻撃を受け、大変だったけど、先輩も一緒に居たのだ。
それなのに、先輩は先に起きて、朝食の支度をしている・・・
何とも不覚!!!
父も、先生もまだ起きていないみたいだった。
一家全員・・全滅!!!この家族は・・いったい・・・
「ヒロシ君は、ゆっくりしてて・・
私達で朝食、用意するから。」
「一泊させて頂いたんですもの・・
このくらいはしなくちゃね!」
「は・・はい・・」
お言葉に甘えさせて頂きましょうか・・・
でも、お父さんと先生を起こさなきゃな・・・・
その時・・
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴る。
誰だろう?
インターホンの受話器を取る。
先生のマンションは、エントランスホールに入るのに玄関先で自動ドアを開けなくてはならない。
受話器の先には・・
「ヒロシ君?おはよう!」
彼女だ・・・
「え?大丈夫なの?」
昨晩、ワラ人形の攻撃を受けたハズの彼女・・
胸の傷は大丈夫なのだろうか?
「えへへ・・・来ちゃった・・・開けてくれる?」
「うん」
インターホンのロック解除のボタンを押す。
何か・・
嵐の予感???
「あら、ヒロシ君・・おはよう・・・」
「あ、おはようございます・・」
先生が部屋から出てきた。髪の毛は寝癖でボサボサの状態だ。
「誰か来たの?」
「ミナが・・」
「え?望月さん?
大丈夫なの?」
「うん・・何か『来ちゃった』・・て言ってました」
「ふ~ん・・心配になったのかもね・・」
「心配??」
僕には、どういう事なのかわからなかった。何か心配な事があるのだろうか?
キッチンへ向かう先生。先輩たちが朝食の準備をしているのに気づく。
「あ、美咲さん達、ご飯の支度、してくれてたんだ!」
「はい。」
「おはようございます。先生!」
「おはよう・・面目ないわね・・・」
「先生は、座ってて下さい!」
「はい・・・じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます・・・」
先生は、顔を洗いに、洗面室へ入った。ドライヤーの音が鳴りだす。
「おはようございます!」
玄関の外から声がする。彼女だ。
僕が、ドアを開ける。
ガチャ・・
「ヒロシ君!おはよう!」
「おはよう。美奈・・・」
眼鏡もツインテールでもない、可愛いバージョンの彼女。
いつもは制服姿だけれど、今日は、ワンピース姿で・・カワイイ・・・
昨夜、ワラ人形の呪いに襲われたのが嘘のような、笑顔の彼女。
「大丈夫?」
「うん。だいぶ、良くなったよ!」
「あら、望月さん、いらっしゃい!」
先生が出迎える。髪をとかして、パジャマを着替えて軽い普段着の先生。
「おはようございます。」
「もう大丈夫なの?」
「はい。ご心配おかけしました・・」
「これから、朝食なんだ。食べて行く?」
「うん・・・でも、もう食べて来たし・・」
普通ならば、既に朝食を済ませている時間だ。
「何か、手伝いましょうか?」
そう言って、キッチンまで来た彼女。
先輩と美咲さんが料理をしていた。
「あ、望月さん・・」
「あら、昨日の子じゃない!偵察に来た??」
「あ・・いえ・・・」
偵察・・・いったい、何の偵察なんだろう?
「ふっふっふ~。
今日は、私、美咲特製パンケーキよ!」
「え?ホットケーキ焼くんですかぁ??」
彼女の目が輝きだす。
甘いものは別腹といった感じだ。
「ええ!そっちはいい?オニオン・スープ・・」
「あ・・はい・・」
奥のコンロの前で鍋を見ている先輩が答えている。
美咲さんが、朝食の仕度を仕切っていた・・
「じゃあ、こっち、頼むわ。」
先輩にパンケーキのタネの入ったボールを渡す。
あらかじめ、熱して置いたフライパンを片手に、コンロの前に立つ美咲さん。
先輩にボールからトロトロの粉をフライパンの上に、丸く乗せてもらう。
「ちょっと、薄めにね・・」
そのまま、コンロで調理をしだす美咲さん。
「ふふふ・・この火加減が重要なのよね~・・」
先輩に指示を出しながら、火加減を調節している。
さすが、高校生となると、度胸があるというか、大胆になってくるというか・・・
コンロの上で、フライパンをかざす美咲さん。
もう片手にフライ返しを持つ。
ジュゥ・・・
っと、フライパンの上の粉が熱せられる。
しばらくすると、粉のあちこちに小さな泡が出始める。
サッと一回、フライパンを手前に引く。少し、粉がスッとズレた。
今だ!
とばかりに、フライ返しをフライパンと生地の中に入れて、ひっくり返す。
まんまるい狐色に焼けた面が表を現わす。
「オオ~~」
皆の歓声があがる。
「ざっと、こんなもんよ!!」
得意な顔の美咲さん。
彼女の目が尊敬のまなざしになっている。
次々に、出来上がったホットケーキを、皿の上に載せていく美咲さん。
「凄いです!千佳ちゃんも顔負け!」
彼女が驚いている。
「まぁ、人には一つくらい取り柄はあるってもんよ!」
「美咲さん、中学校に居た時から、料理得意だったものね・・」
先生が呟く。
「はい!あこがれの先輩のハートも、特製のお弁当で・・・・」
ハッと気づく美咲さん・・・
そう言えば、今日の試合とお弁当の約束をしてたと思ったけど・・・
「いっけな~~いい!!!!
今日、試合だった!!!!」
愛紗さんの事件で、てっきり忘れてしまっていた美咲さん。とたんに顔から血の気が引いていく・・・・
「ど・・どうします?まだ、間に合うと思うけど・・・・」
先輩が聞いている。
「う・・・
でも・・・
愛紗が心配だし・・・
剛君と、約束したしな・・・
愛紗を守るって・・・」
約束をしておいて、直後に破るというのも、情けない話だ。
「あ~~!!!焦げてきてますよ!!」
くんくんと鼻を効かせた彼女が、美咲さんを急かす。
「あ!!!いけね!!!」
急いでひっくり返すが、ちょっと焦げていた・・・
「愛紗・・・・」
パンケーキの事よりも、愛紗さんかお弁当なのか板挟みになっている美咲さん・・・・
「お~。良い匂いだね~。」
お父さんが起きてきた。まだパジャマで起きたままの姿だった。ホットケーキを焼いてる匂いに引き寄せられたのだろうか?
「おはようございます。」
「おはよう・・」
「直人さん、これ、お願いするわ!」
「え?」
居間の机に、焦げたホットケーキが皿に乗せてあった・・・
「済みません・・よそ見してて・・」
謝っている美咲さん。
「いや・・可愛い子の作った料理は、何でも頂くよ!」
う~ん、普通、「責任」は作った本人が取るのだろうけれど、お父さんもその辺りは寛大だ!っていうか、下心なのか???
「いっただきま~す」
皆の声がそろって朝食となった。
お父さんと先生は、居間のソファーで、僕は相変わらず、キッチンのカウンターの前で、立って食べている。
ホイップクリームをたっぷり乗せ、メープルシロップをたっぷりとかけたホットケーキを彼女が嬉しそうに眺めている。
「あぁ~。私、幸せです!」
「凄いわね・・そのクリームの量も・・(甘そう・・・!)」
美咲さんが驚いている。
「いえいえ、このくらいでないと・・」
「あんた、根っからの甘党なのか・・太ってないのが不思議なくらいね・・」
満面の笑みを浮かべて、フォークを入れだす彼女。
「でも、美咲さん、
愛紗さんは、私達が見てるから、
試合を見に、行って来たら?」
先生が、ソファーの方から声をかける。
少し、考えている美咲さん。
「でも・・
やっぱり、
愛紗の事が気になるし・・」
呟いて、携帯電話を取り出す美咲さん。
メールが入っていたようだった・・・
「ヤバイ・・・
先輩、怒ってる・・・」
「大丈夫ですか?」
未来先輩が心配そうにしている。
「う・・ん・・・・」
良いのか、悪いのか分からない感じの返事だった。
何やら、メールを打ち始めている美咲さん。
「やっぱり、化けて出て来るよね・・・」
「化ける?」
「あれだけ、愛紗を任せてって、言って、別れさせたんだもん・・
剛君も、怒ると思うよ・・・
いきなり、愛紗を置いて行ったら・・・」
「でも、試合も見に行くって、約束してましたよね・・」
先輩が、美咲さんに確認している。昨日、高校へ行った時に聞いていた。
「あぁ~!!!!そうなのよ~!!!!
私が行かなければ、1年生の子に取られてしまう!!!!」
「事情を言って、謝りますか?・・・」
それにしても、美咲さんを前に、冷静な先輩・・
相談相手としては、最高だ・・親身になって、適切に判断してくれている。
「事情?友達の幽霊と約束したから行けなくなったとか言うの~??」
確かに・・それは普通では考えられない事態だし・・信じてもらえないと思う。
正直に言ってしまうと、そういう事になるのか・・それが事実だとしても・・
「じゃあ、剛さんに伝えておきましょうか?」
彼女が提案する。
「え????」
彼女の言葉に、耳を疑った美咲さん。
「あ、私、剛さんに言っときますよ。
好きな人、取られそうだから、どうしても行かなきゃって・・・
剛さんが逆の立場だったら、困るでしょ?」
「そんな事・・できるの??」
「はい。私も、一応、霊能者ですから・・・」
ニッコリと笑みをもらす彼女。
「れ・・霊能者・・」
唖然としている美咲さん・・
その話している内容は、可愛い仕草とは全く違った、霊との交信・・普通では在り得ない。
「その代わり、また、『美咲スペシャル』のホットケーキ、焼いて頂けますか?
今度の機会に・・」
彼女はそれが、目的だったらしい・・
美咲さんも、可愛い顔して甘いモノに執着する彼女の実態を見て、ため息をついた・・
「い・・いいわよ・・」
交渉成立・・
そっと目を閉じて、精神統一する彼女。
少し、上を見上げる・・・
まるで、キスをして欲しいみたいな・・そんな感じ・・
やっぱり、彼女は可愛すぎる!!
ん?何を考えているのだ?僕は・・・
しばらく、そのままの状態だったが、フッと目を開ける。
「いいですって・・・言ってます。
でも、ちゃんと約束は果たしてねって・・
念を押されましたけど・・」
「ほ・・ホントなの???」
「望月さんの言う通りにしたら?
ここで、好きな人取られたら、剛君だって、浮かばれないでしょ?」
先生が提案している。
「それも、そうですね!
じゃあ、お言葉に甘えて!!」
美咲さんが勢いよく、立ち上がり、帰り仕度を始める。家に帰ってお弁当を作って、直ぐに試合を見に行くという・・
好きな人が出来た時の女の人って・・パワフルだ・・・
「じゃあ、試合終わったら、また来ます!愛紗をよろしくお願いします!」
「任せておいて!そっちも、頑張ってね!」
「は~い」
そう言って、マンションを後にする美咲さん・・・・
窓から、パタパタと走っていく後姿が見えた・・・
「さてさて・・
行っちゃったわね・・・」
先生が、呟く。
「愛紗さん、気が付いたら、どうしますか?」
僕が聞いてみる。
「う~ん・・
直ぐに返すと、また、同じ事をする気がするのよね・・」
携帯のアプリは消去したと美咲さんが言っていた。
でも、Hijiriとコンタクトして、直ぐに新しくアプリを導入するだろう・・
どんなに、アプリを消去しても、次から次へと、アプリが送られてくるのは、目に見えている。
愛紗さんの生体エネルギーが吸い取られ、死に追いやられていく・・・
アプリを使っても、剛さんが見えなければ、アプリを使う意味が無い。
美咲さんが剛さんに離れてもらったのは、愛紗さんに、アプリを使う事を諦めてもらいたかったから・・・
でも、それが、剛さんにとっても、愛紗さんにとっても辛い別れになる。
美咲さんも、それを覚悟の上で、剛さんに頼み込んだ事だった・・
愛紗さんに、もう、アプリを使わない様に説得しないといけない作業が残っている・・・
「愛紗さんの説得・・、できますかね・・・」
「そうね・・本来なら、美咲さんが居た方が、良いんだと思う・・
剛君と約束したんだって・・分かってもらえれば・・」
「また、美咲さんにホットケーキ作ってもらえます!嬉しいな~」
愛紗さんの対応を考えている僕と先生とは裏腹に、満面の笑みを浮かべる彼女。
既に、スペシャルなホットケーキはたいらげられていた。
クリームとシロップが半分以上は占めていたホットケーキ・・
「ふぅ・・望月さん、甘いの好きなのね・・・」
先輩が彼女に突っ込んでいる。
こっちは、それどころではないのだけれど・・
「はい!甘いの大好きです。」
「望月さんの元気の源は、ヒロシ君と、甘いモノなのよね~。」
先生が解説に回っている。
元気の源ですか・・
僕と、甘いモノ・・どっちが好きなんだろう?
「人間、生きてるうちが花ですよ!
やりたい事、しとかなきゃ!」
やりたい事・・・
確かに、生きているうちに、やりたい事をしなければ、いつやるのか・・と言う事になる。
死んでから、出来る事は無い・・・
大概の人達は、
これを済ませてから・・
こっちが重要だから・・
という事で、自分のやりたい事は後回しになる。
それが「カルマ」と言われれば、それまでだけれど、本当に自分のやりたい事って、ある程度やる事を済ませて、他の事を犠牲にしてでも、やりとげなければならないのかも知れない。
それが出来る人は、幸運なのかも知れないけれど・・・・
「そうね・・・
美咲さんにしても、あこがれの先輩とのやりとりは、今しか出来ないから、選んだんだもんね・・」
「私達が居るから、安心して、任せて行ったんですよ。
無責任では、無いと思います。」
「そっか・・・頼られてるなら、それなりにやらなきゃね。」
「意外に、考えてるほど、難しくも無いかも知れませんよ!」




