143.仁和寺詣で
ヤスマサの邸内・・
庭の池のほとりで、一人、たたずむ紗代・・
朝食の準備の際に包丁で怪我をした指を見つめる。
全く、その跡形も無かった・・・
「いったい・・・私の体は・・・」
正子から聞いた『屍操術』という妖術によって、死人である自分が、生き返っているのだろうか?
自分には、全く、その意識は無い。
幼い頃から、自分は紗代であり、信濃の両親の元で育てられた・・
その記憶は、鮮明に脳裏に浮かぶのだ。
だが、先程の怪我といい・・頭に貼られている敷紙といい・・
自分が、本当に「紗代」であるのかどうか疑問が出てくる。
そして、自分が何者なのか・・
分からなくなっていた・・・
「紗代様!」
後ろから声をかけられ、ビクっとなる紗代。
振り向くと・・
「正子様・・・」
ニッコリと笑顔の正子がこちらへ歩いてくる。
「どうしたのですか?
浮かないお顔をされておりまするが・・・」
その問いに、今まで、自分が何者かと悩んでいたなどとは言えない紗代。
「は・・
はい・・・
望月の君様の容体が良くならぬかと・・
思案しておったのでございます。」
何とか、間をとりつくろった紗代。
「望月様ですか・・
さようですな・・・・」
考え込んでいる正子。
「そういえば、都の外れの仁和寺で、
病に効くというお札を扱っておるという話です。」
良い情報を思い出した正子。
「仁和寺・・ですか・・・」
「はい。使いの者に、取りに行かせましょうか?」
「いえ・・・
少々、気になったのでございます。」
そう言って、屋敷の中へ入っていく紗代。
不思議そうに見つめる正子であった。
昼も過ぎ、頃合いを見計らって、人目を盗んでヤスマサの屋敷を出ようとした紗代・・
単身、門を出て、西へと向かおうとした。
「紗代様!」
振り向くと、正子の姿が門の下に見えた。
気付かれてしまったようだ。
「正子様・・・」
「やっぱり、おひとりで行かれるつもりだったのですね・・・
ダメですよ。
紗代様は、叔父上に無くてはならぬお人なのですから!」
「でも・・」
困ってしまう紗代・・
「仕方がありませぬ・・
それでは、供の者を数人お付けします。」
正子の言われる通り、供の案内で仁和寺に向かう紗代だった。
京の都の北西に位置している仁和寺にて、札を頂いた紗代・・
帰りの道は、日が西に傾いていた。
竹の生い茂る林の中を進む紗代と供の者・・
林の中は、薄暗く、寂しい感じになっていた。
「紗代様・・
急がねば、日も暮れてしまいまする。」
女の供の者が、紗代に促す。
「そうですね・・
早く、このお札を望月様にお渡しせねば・・・」
足早に屋敷を目指そうとした時・・・・
小道の前の方に立ち塞がる、大きな獣の様な姿をした・・・・
「あれは!」
「もののけ!?」
護衛の家来が叫ぶ。
わらわらと、紗代を守るべく、数人の家来が刀を抜いて、その「もののけ」と対峙する。
ゆっくりと、近づく、そのもののけ・・
全身が黒い毛で覆われ、熊の様な容姿・・
大きな体にギラリと光った鋭い目・・
手には長い爪を生やしている。
・・・虎熊童子・・・
都の民を無差別に襲っていると言う童子四天王の一人であった。
その妖怪が、紗代に向かって、威嚇しだす。
「我は、童子四天王の一人・・
虎熊童子!
ヤスマサ殿の門下の者とお見受けした!
その命、頂戴いたす!」
紗代も短刀を抜いて身を守る。
「紗代様!お逃げ下さい!」
立ちはだかる家来が叫ぶ。
「紗代様!こちらです!」
「はい!」
女の供に手を引かれ、道を引き返す。
同時に、助けを求めに走る供の者・・
虎熊童子が、こちらに向かって、走り込んできた。
その長い爪を振りかざす童子。
ギーン!
ズバーーーー!
「ぐあーーーーーーー!」
刀が弾き飛ばされ、あっという間にその爪の餌食になる。
その圧倒的な強さに、単に刀を構えているだけの家来達・・
竹林の道を引き返して、走っている紗代と供の二人。
だが・・
「あれは!」
道に立ちふさがる、一人の若い男の姿・・・
背が高く、その腰に長い刀を携えている。
供の者が、その男に助けを求める。
「お侍様!お助け下さい!もののけが!」
「ほう・・もののけ・・とな・・・
・・して・・
どのような?」
「く・・熊の様な!」
近づいていく供・・
ズシャーーーーーー
「あーーーーーー!!!」
一瞬で、その長い刀を抜いて、斬りかかった若い男・・
紗代の目の前で叫び声をあげて、倒れる供・・
「あ・・・あなたは!!」
あっけに取られている紗代。
「我が名は・・
童子四天王の一人・・
星熊童子・・!」
「ほ・・星熊・・・」
紗代が構えた短刀を片手で素早く落としてしまう星熊童子。
そのまま、捉えられる紗代・・・
「な・・何を!」
「ふふ・・・」
不敵な笑みを漏らす星熊童子。
「ワシの顔を忘れる程、紗代になりきるとはな!」
抵抗する紗代を取り押さえながら、話しかける星熊童子・・
「な・・なりきる?」
その言葉に、抵抗を止める紗代。
バ!!
「あ!・・・・・」
紗代の髪の毛をかき分ける星熊童子。
そこに露呈された敷紙・・
「ふふ・・すでに気づいてはおろう・・・
これが・・何なのかを・・・」
「これは!」
「この敷紙は、ワシがそなたに仕込んだモノ・・」
「!!!!!・・・」
「そなたは、この敷紙で『紗代』という娘になりきっておるのじゃ!」
「私は!紗代です!信濃の国から参った・・・」
その紗代の言葉の終わらないうちに、頭の敷紙に手をかざす星熊童子。何やら念を入れる。
「あッ・・・・・」
その叫び声とともに、全身の力が抜ける紗代・・
目がうつろになる。
「ふふ・・・ここまで、術が効くとはな・・・
ヤスマサの屋敷での出来事、報告してもらおう・・・」
「はい・・・
聖様・・・」
紗代を抱き寄せる星熊童子。
自然に、身を委ね、星熊童子に顔を近づける紗代・・・
目をつむり、無抵抗の状態となる。
紗代の唇に、その唇を重ねる星熊童子・・
「うッ・・・」
口から、何かを吸い込みだす星熊童子・・
「あ・・・」
紗代の口を離すと、星熊童子の胸に身を寄せる紗代・・・
「ふふ・・
望月の君が病に伏せっておるか・・・
ヤスマサの・・
婚儀??
これは
好都合・・」
ニヤッと笑う星熊童子・・
「兄者!!」
虎熊童子が、近づいてくる。
「虎王か・・・
どうじゃ・・そっちは・・・」
「何とも・・
味気ない連中でした・・
一人倒したら、逃げて行きよりましたわ!・・・」
面白くない様子の虎熊童子。
「そうか・・
こちらは、良い知らせじゃ・・」
「ほう・・あの娘ですか・・
亡き『イクシマ』様にそっくりだった・・・」
「甲斐の山中で、『オロチ』と名乗るもののけ達を得た時の娘だ・・
信濃の国の、別の娘を名乗らせておる。
屍操術でな・・・」
「ですが・・その娘は、完全には死んでおりませぬが・・・」
「半生半死・・・
全ての生気は抜いておらん・・
全て抜けば、表情は死人も同然になるからな・・
自然に見せるための策よ・・」
「して、どの様な成果が?」
「望月の君が頭の病に苦しんでおる。
信濃に向かった光と、もう一人の陰陽師の娘・・
ヤスマサの邸内は、隙ができておる・・・」
「攻めるなら、今のウチと言うことですな!!!」
張り切りだす虎熊童子。
「そう、焦るな!
もう少し、この娘に一役かってもらう・・
ふふ・・
面白い展開になってきたものよ・・・」
更なる策を思いついている様子の星熊童子だった。
再び、紗代の頭の敷紙に手をかざす星熊童子・・
目をつむり、なすがままになっている紗代。
だが・・
その目から、
涙が流れていた・・・・
「ヤ ス マサ 様・・・」
「紗代様ーーーー!!!!!」
童子に襲われたという知らせを受けて、駆けつけてきた正子。
竹林の道で、倒れている家来の姿を見つけた。
「あれは!!!」
その向こうにも、供の女が倒れている。
息を引き取っているのを確認した正子。
不安がよぎる。
見渡す正子。
林の中に、倒れている紗代を見つけた。
「紗代様!!!」
短刀を握りしめて、倒れている紗代・・
息はあるようだった。
「紗代様!!しっかりして下さい!!」
「正子・・
様・・」
気が付く紗代。
胸に仕舞っておいた札を取り出す。
仁和寺から頂いたお札・・
「これを・・・
望月様に・・・
頭の病に・・
効くそうです・・・」
笑みをもらす紗代。
そのまま、力尽きる紗代。
「紗代様!!!」
ヤスマサの屋敷に担ぎ込まれた紗代・・・
「紗代!!!!
紗代殿!!!!」
ヤスマサが血相を変えて紗代の横たわる部屋へと入って来た。
正子が介抱している。
心配そうに見ている和泉の君・・
「叔父上!!」
「紗代殿は・・大丈夫か???!!!」
「大丈夫です。気を失っているだけです。」
へなへなと座り込むヤスマサ。
紗代の持ってきたお札が差し出される。
「これを・・・望月様にと・・・」
「これは・・・、病除けの札・・・」
「仁和寺まで、ご自分で頂きに上がったのです。
ご自分よりも、望月様を心配されておりました。」
「紗代殿・・・」
紗代を見つめるヤスマサ。
その顔が亡きイクシマにそっくりまででなく、
その仕草も心もイクシマに似ていた。
他人に尽くす・・生前のイクシマそっくりなのだ。




