138.敷紙
都に近い山奥。
古い山寺が放置されている。だが、意外にしっかりと建っている。
開放された本堂に座っている若い5人の男の姿・・
親方の様なしっかりした風合いの美男。
それを取り囲むように4人の大小背丈、体格の異なる若者が一堂に会している。
親方格の男が若い男二人に向かって話出す。
「聖に、虎王丸・・此度は誠に良く働いてくれたな・・」
聖・・容姿の美しい、背の高い若者・・
虎王丸・・一番体格が良く、大柄な荒くれ者の様・・
その二人が、先日、京の山にて鬼火を操っていた。
今は、姿が妖怪ではなく、人間の姿・形をしている。
そして、親方は「伊吹丸」の様であった・・
「親方様・・かたじけのうございます。」
「しかし・・
光や正子を取り逃がしてしまいました!
誠に不覚でありました!」
礼を言う聖、成果が上がらなかったと嘆いている虎王丸。
「ふふ・・そう早まるな・・虎王・・
まだ、次の機会がある。
聖も、次の手を打っておるのじゃ・・」
「次の・・手・・でござりまするか・・?」
「この混乱に乗じて、送り込んだ密偵が、うまく動いておるようじゃ・・」
「御意にございます。」
聖がうなずいている。
「あの娘・・
にて、ございまするか?」
「あの者の故郷を目指して、光と、もう一人の陰陽師が、信濃まで下っておるようです。」
聖が報告をする。
「二人なのか?
ならば、ワシが行ってかたずけよう!」
虎王丸が意気揚々と語りだす。
「それには、及ばぬ・・
やつらが、訪ねる場所には、既に配下の者を忍ばせておる・・」
「さようにござりまするか・・
何とも、寂しい限りでございまする。」
虎王丸は、物足りないようだった。
そんな虎王丸を宥める伊吹丸。
「はっはっは!
虎王丸も、元気で何よりだ!
その意気込みで、今後も頼むぞ!」
「御意!」
頭を深々と下げている虎王丸。
「しかし、聖・・
屍操術も、敵に知られておる。
あの娘の実体に気づくのも、時間の問題であろう?」
「そろそろ、気付く頃でしょう・・
私と虎王丸の話も聞いておるはずです。
本人も、いずれは、悟るはず・・
しかし、
その様な事は、大勢に全くと言って良い程、影響はございませぬ・・
むしろ、あの者達には、
その方が、精神的な苦痛を与えられる・・」
「すべては、計算の上というわけか・・」
そして、呟く聖・・・
「ふふ・・上手く行けば、ヤスマサの布陣を内側から総崩れにできる。
上手く行かずとも、ヤスマサや望月の君の間に少なからず隙間ができる・・
所詮・・
一人の娘の屍・・
我が方には、何の痛手も無い・・。
人間の心など、
弱いモノです・・」
「相変わらず、聖も策士よのう・・
恐ろしいくらいだ・・・」
感心している伊吹丸。
芳子や光の動きは、既に知られているようだった。
そして、「あの娘」・・を送り込んだ目的とは・・
夕方・・・・
夕食の支度を手伝っている紗代の元へ正子が訪ねてくる。
「あの・・紗代様・・・」
「どうされました?正子様・・?」
「本日は、ご一緒に、お風呂でも如何かと・・」
「風呂・・にござりまするか?」
「はい。
信濃のお話もお聞きしとうございまして・・」
ニッコリ笑う紗代。
「喜んで。
私めの話でよろしければ・・」
その夜、邸宅から離れた湯屋に二人の姿があった。
湯けむりにもまれながら、背中を流しあっている正子と紗代。
本来、マンガ等ならばサービスシーンなのですが文章なので、ご了承頂きたい。
読者の御想像にお任せします・・・・
紗代が信濃の話をしている。
「さようですか・・
信濃には、温泉がたくさんあると・・」
「はい。
山も多い故、お湯の出し場所が多くありまする。
冬の寒い時期には、山の猿も暖を取りにやってきます。」
「ほぉ・・
猿とは、また珍しい・・」
「珍しくもありませぬ。
私めの国では、
人よりも猿の方が多いのですから・・」
信濃の話で盛り上がる二人。
だが、正子には、心に思う事があった。
例の、敷紙が紗代に貼り付いていないか探る事・・
しかし、背中を洗い流したり、細かく紗代の体を見回しても、
それらしき物は見当たらなかった。
・・・紗代殿は・・本物なのかも知れぬ・・・
そう、思い始めていた正子。
「う~・・・」
廊下で、げんなりしている正子、
風呂に入ってのぼせてしまったようだった・・
「大丈夫でございますか?」
心配して、扇子で仰ぐ紗代・・
「かたじけのう、ございます・・・」
「あの・・
正子様?」
「はい・・どうなされました?」
「風呂場にて、私めの体を、
見られておられましたが・・
何か、変わった事でもありましょうや?」
紗代もうすうす勘付いていた。体を洗い流しながら、チラチラっと自分の体を見ていた正子・・
正子も、もう何も疑う事も無いと思い、紗代に打ち明ける・・
「はい・・紗代様には、申し訳ないのですが・・
実は、敷紙が付いていないか、探っておったのです・・」
「敷紙?」
「童子の技の一つなのですが、
『屍操術』と申す術がかけられておらぬか・・」
童子や敷紙、屍操術について話す正子・・・
「さようでございますか・・
私めが、童子の密偵ではないかと、疑われていたと・・・」
表情が曇っている紗代。
「済みませぬ・・・
私めも、この邸内を童子の監視から守らねばならぬ故・・」
「構いませぬ・・
私も、ついこの間、この邸内に顔を出したばかりです。
疑われても不思議ではございませぬ・・」
「でも、
その疑いも晴れました。
紗代様は童子に操られているわけでもなさそうですし、
このお屋敷にとりわけ、目的があって取り入っているわけでもないと、
私は理解しました故・・」
「疑いも晴れ申しましたか・・」
「紗代様とは、仲良く過ごしたいと思いまする。
このお屋敷で分からぬ事がありましたら、何なりとお申し付けください。
その・・
お姉さまと呼びし事・・
お許し願えれば・・」
「私めが、正子様の、お姉様・・
で、ございまするか?」
驚いている紗代・・
「はい。
私も、妹はおりますが、
前々から、お姉さまの様な
頼もしき御方が、欲しかったのでございます。」
「喜んで・・
こちらも、よろしくお願い申します。」
ニッコリとして返事をする紗代。
打解けあった様子の紗代と正子だった。
その夜・・
寝床で鏡を見ている紗代。
正子に「お姉さま」と呼びたいと言われ、嬉しい反面、
童子の密偵ではないかと疑いの掛けられていた事に、少し懸念の想いがあった。
確かに、疑われてもしかたがない。
だが、自分が信濃から出てきたのは、事実なのだ。
遠く、善光寺平の両親の元より、ヤスマサの元へ親書を持って遣わされた。
両親の想い出も、故郷の想い出も、鮮やかに、脳裏に浮かぶ。
芳子に書いた「甘いもの」のお薦めも、自分の経験上のものだった。
しかし、
「イクシマ」に似ていると言われ、ヤスマサや和泉の君に取り入れ易かった事もあり、
普通では、こんなに上手く話が進むわけでもないと不思議に思っていたのも事実・・・
ヤスマサに関しては、まぎれもなく慕っており、望月の君や生前のイクシマにさえ、嫉妬の念を抱き始めていたのも事実だった。
「イクシマ」に似ている・・・
鏡を見ながら、自分の顔を眺めている紗代・・
ヤスマサと相思相愛だったというが・・
全く会った事の無い人物・・
イクシマについて想いを馳せていた。
そして、
髪に手をやる紗代。
その指先に、何か違和感を感じた。
何か、紙のようなモノが、髪の毛の生え際に貼り付いているのに気づく。
焦って、髪をかき分け、手鏡をかざして、映し出して見た・・・
敷紙・・・
梵字で何かが書かれている敷紙が、頭に貼り付いていた・・
「屍操術?」
先程、正子から聞かされた妖術師の禁断の技の話・・・
その紙を取り払おうとしても、全く剥がれようとしない。
童子の「印」によって封印され、術師にしか取り払う事ができないと聞いた。
自分は、既に死んでいる?
童子によって、「紗代」という記憶を持たされた、別の人間?
「そんな事・・無い!」
敷紙を隠す様に、髪を整える紗代・・・
その手は、恐怖に震えて、思うように動かなかった・・・
「私は・・・
いったい・・・
何者なの?」




