137.出立
「それでは、行ってまいります!」
芳子が張り切っている。
「芳子様、道中、くれぐれもお気を付け下さい。
本来は、私が行かなければならない所を・・」
紗代は心配の様だった。
「いえいえ、紗代様には、ヤスマサ様の元に居て頂きたい故、
ここは、私らにお任せください!」
芳子が張り切っている反面、気負いしている光・・
門まで送りに来ている望月の君をチラッと見る。
「それでは、行ってまいります・・」
芳子と光・・珍しい組み合わせであるが、二人で、門を出て、一路、信濃を目指した。
ルンルン気分で街道を歩いていく芳子。
「楽しそうですな・・芳子殿・・」
「はい!
紗代様に、道中での寄る所を書いて頂きました。」
「寄る所???」
胸元から、幾重にも折られた紙を取り出す芳子。
それを広げると、街道沿いの甘いものが食べられる場所、見どころが細かく書いてあった。
「街道沿いで、お薦めの場所を書いて頂きました。
色々と御馳走になりましょう!」
至福の喜びに満ちている芳子・・
「それだけ、詳しく書いてあれば、
あの御方も、本物なのでは・・・」
「え?どういう意味でしょうか?」
「あ、いや・・
本物の「通」ではないかと・・」
「そうですよね~。ホント、楽しみです!」
脳天気な芳子と一抹の不安の残る光であった。
ヤスマサの邸宅。
縁側から庭を眺めている紗代・・
そこへ赴く正子。いつもの町娘風の着物ではなく、屋内での艶やかな着物を着ている。
慣れない様子の正子・・
「紗代様・・
どうかなさいましたか?」
「これは、正子様・・・」
「芳子も信濃へ向けて旅立ちました・・
紗代様のご両親への挨拶、上手く行くと良いのですが・・」
「本来は、私が行くところ・・
誠に、申し訳なく思うております・・」
「ご心配なく・・
紗代様に教えて頂いた「お薦め」の喰い処を回れると・・
芳子も張り切っておりました故・・」
「さようでございますか・・
芳子様も、甘いものがお好きなようで・・」
「本当に・・!
あの者の甘党にも、困っておるのです。
よく、肥え太らないとヒヤヒヤしておるのです。」
クスクスと笑っている二人。打解けている感じがした。
「そこに居ったか・・ 正子・・
紗代様も御一緒で・・」
そこへ、和泉の君が向こうの廊下から歩いてくる。
正子同様、艶やかに着飾っている。
「これは、和泉の君様・・」
半歩引いて身を正し、和泉の君に頭を下げる紗代。
紗代に軽く会釈をして正子の方を見る和泉の君。
「どうじゃ、新しく仕立てた着物は・・」
正子に訊ねる和泉の君。
「はい。少々、きつうございますが・・」
「そなたは、動き回ってばかりだからのう・・
たまには、そうやって女子らしく、いと慎ましくした方が良いのじゃ・・」
「私は、動いていたほうが、気が楽です。」
正子の返答に半分、呆れた顔の和泉の君・・
「それでも、正子様は、やはりお姉さまでございますね・・
清楚で落ち着いておられます・・」
見かねた紗代が正子のフォローする。
「それは、見た目ばかりじゃ・・
いつも、我らに心配ばかり掛けよる・・・
この間も、鬼火の山まで入って、童子と一戦交えたと聞く・・
女子のする事ではないわ・・」
さりげなく先の事件を責める和泉の君。
「その説は・・
ご心配をおかけしました・・・」
ペコリと頭を下げる正子。こんなに素直なのも珍しい・・
いつもならば、反発して、口げんかになってしまうのだった。
「それにしても、紗代殿は、誠、イクシマにそっくりじゃ・・・
生き写しにでも会っている様じゃの・・」
「イクシマ様・・・ですか・・・」
紗代は、イクシマの話を薬師寺の道中で、ヤスマサから聞かされていた。
「私と、イクシマは越後に居た時からの幼馴染じゃ・・
兄上達と、良く、野山を駆け、遊んだものよ・・」
「和泉様・・が・・ですか?」
和泉の君の昔話に、驚く紗代。
「母上・・人の事は言えぬではないですか!」
「ふふ・・そうじゃのう・・・」
和泉の君にとって、越後での想い出が懐かしく思えていた。
幼いイクシマを連れた伊吹丸・・兄と一緒に、遊んだ日々・・
・
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遠い昔・・
越後の国・・・
田んぼの脇の水路で、何やら眺めているイクシマ。
「イクシマ・・何を見ておるのじゃ?」
和泉が不思議そうに聞く。
「オタマジャクシにございます。」
「オタマジャクシ??」
「はい。蛙の子でありまする。」
「蛙の子????
跳んだり、跳ねたりする、気持ちの悪い生き物か??」
「気持ち悪くは、ありませぬ。
ご覧ください。」
恐る恐る覗く和泉。
黒い丸い体に尾ひれのついた生き物が、無数に泳いでいる。
「ほう・・これは、魚のようなモノじゃな・・・」
「可愛らしゅうございます。」
「でも、これが、あの蛙になるというのか?
足も生えておらぬが・・」
「大きくなると、足が生えて来るようです。
手も出て来るとか・・」
「この尾ひれはどうなるのじゃ?」
「そのうちに、取れてしまうのでしょう・・」
「幼いうちは、水の中か・・
いずれは、野原を飛び回り、自由に動き回れるのじゃな・・・」
「はい。ぴょんぴょんと跳べるのです。
気持ちの良い事でありましょう!」
「さようか・・・
私とは、全く逆じゃのう・・・」
表情が曇っている和泉・・
「和泉様?」
「私は・・
いずれは、どこぞの家の殿方の所へ、嫁に行かねばならぬ・・
そこでは、このように、自由に動ける身では無くなるのじゃ・・
都での暮らしは華やかだと聞くが・・
家の仕来たりや戒律も厳しいと聞く。
お子を産むだけの・・
道具として扱われる家もあるとか・・・」
「それは・・
辛いものですな・・・」
「蛙が羨ましく思える・・
私も、自由に・・・
想っている人の所へ嫁ぎたいものじゃ・・・
伊吹様・・」
「和泉様は・・・伊吹丸様の事が・・・」
「慕とうておる・・・
好きで好きで・・たまらぬ・・
夜も寝れぬ事もあるのじゃ・・」
瞳が潤みだす和泉・・
「私と、同じでございまするな・・・」
「イクシマ?」
「私も、ヤスマサ様の事をお慕い申しております・・
それは、
叶わぬ、願いではありますが・・・
一緒に居たいと・・
思うております。」
「そうか・・・
我らは、似たようなものじゃの・・・」
「はい。
女子は切ない生き物でございますな・・」
越後の野原で、二人、苦い笑みをもらしている和泉とイクシマだった・・・
「おう!和泉ではないか。」
「お兄様!」
「ヤスマサ様!」
山寺で、剣術の稽古を終えたヤスマサと伊吹丸が歩いてくる。
「女子二人で、何を話しておったのじゃ?」
伊吹丸が聞いてくる。
「別に!女子は悲しゅう生き物だと申しておったのです!」
イクシマが答える。
「ほう・・女子がのう・・」
顔を合わせる伊吹丸とヤスマサ。
「では、男に生まれてきたかったのか?」
伊吹丸が聞いてくる。
「え?」
「女子が嫌なら、男であれば良いのか?」
「それは~~・・・」
ヤスマサを見つめながら、考え込むイクシマ。
「何じゃ・・はっきりせぬな・・」
「女子の方が、いいに決まってます!」
怒り声のイクシマ。
なぜ、怒っているのか分からない伊吹丸。
先程は女子が嫌と言っておきながら、女子の方が良いという・・
「伊吹様!あまりイクシマをいじめないでください!」
見兼ねた和泉が、伊吹丸に注意を促す。
「え?ワシは、男が良ければ、男に生まれれば良いと言うたまでじゃが・・・」
「伊吹様~!!!怒りますよ!!
イクシマも女子なのですから!!」
無神経な伊吹丸に、和泉が赤い顔をして怒り出す。なぜ、怒られているのか分からない。
見兼ねたヤスマサが仲裁に入る。
「ふふ・・まあ、そう怒るな。和泉・・
男には男の役割や幸せに思う事がある。
女子には、女子の幸せもある。
それぞれ、違うのも無理はないのじゃ。」
「男の幸せ?ですか?」
「ああ・・
男は、家を守り、国を守らねばならぬ。
帝に仕える事こそ、最高の誉、幸せじゃ。」
「そうですな!
我々も、そのために修行を積んでいるのでござる!」
伊吹丸も息を合わせる。
「さようでございますか・・
女子とはかなり違いまするな・・」
和泉の君がポツリと言う。
「では、女子の幸せとは何なのじゃ?」
和泉に聞き返すヤスマサ。
「女子は、
好きな方と仲睦ましゅう暮らし、
赤子を生み、子を育てるのでございます。」
「好きな男とのう・・・
伊吹丸と暮らしたいのか?和泉は?」
いきなり、本命を言われた和泉。顔が赤くなっている。
「もう!お兄様も意地悪でございまするな!!」
「なんじゃ!本当のことじゃろうが!」
「知りませぬ!」
何故、怒られているのか分からないヤスマサ。
「ほんに・・女子という物は、分からぬ生き物じゃ・・」
「全く・・男って分からない人達ね・・!」
・
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・
再び、京の都。ヤスマサの邸内・・
「ふふふ・・男と女子か・・・」
和泉の君が思い出し笑いをしている。
「どうなさいました?母上?」
「うむ?
幼い日々は・・・幼かったと思うておったのじゃ・・」
「幼い時は・・幼いでしょうな・・」
当たり前の様な事を言われて、戸惑っている正子・・
「イクシマも一途であった・・
兄上への想いを伝える為、
はるばる越後から都まで登って来たのじゃ・・
女子が男を想う心は
何よりも、大きな力を発揮するモノじゃ・・」
「大きな力・・ですか・・・」
「私は伊吹丸様に・・
イクシマは兄上の事を想うておった。
今思えば、
叶わぬ思いであったが、
女子が恋をする事は、
人の育つ道で、必ず通るのじゃ・・
そなたも、もう19じゃ・・
思いを寄せる御方の一人や二人はおろう?」
「はあ・・
幼き頃から、陰陽師の修行をしておりました故・・
男との出会いは・・・」
「ふむ・・つまらぬのう・・
例えば、光殿とかはどうなのじゃ?」
「光???
何で、私が、光殿をお慕いせねばならぬのですか?
あの無骨者が・・!」
「ハッーーーークショイ!!!」
特大のくしゃみをした光。
「どうしたのでございまするか?光殿・・」
不思議に思った芳子が聞いている。
「いや・・誰か私めの噂でもしておるのかと・・・」
「噂とな・・・
何か悪い事でもしたのであろうか・・?」
「何やら、背筋がむずがゆく・・・」
街道を歩きながら、何とも言えない気分の光・・
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再び、ヤスマサの邸内。和泉の君と正子、紗代の3人で恋心について話している。
「さようか・・
光殿には、魅かれるモノが無いか・・」
意気消沈している和泉の君・・
「では、芳子はどうなのであろう?
そなたよりは、乙女の心もありそうじゃが・・・」
「芳子にござりまするか?
あの者の頭の中は、「甘いもの」でいっぱいにござりまする!」
「ブエーーーーックショイ!!!」
大きなくしゃみをする芳子。
「どう、なされました?芳子殿??」
「うう・・・誰か、私めの噂でもしておるのでしょうか・・・
何やら・・背筋が・・ゾクゾクっと・・・」
「芳子殿の・・噂ですか・・・」
途方に暮れている光・・
「今宵は、早めに宿屋へ泊まるとしましょう・・・
どうも調子が悪く・・・」
「さようでございますな・・」
次の宿場で泊まる事を決意した二人・・
「何とも、色気の無い姉妹であるな・・・」
諦め加減の和泉の君・・
「まぁ、まぁ・・恋心と言うのは、常に出でるものでもござりませぬ。
正子様や芳子様にも、しかるべき時に、良き出会いがありましょう・・」
紗代がなだめている。
「ふむ・・しかるべき時とな・・」
「はい。殿方との出会いは、まだ、これから何度もありまする。
正子様も、それまで、女子の嗜みを、よく身に着ける事にございます。」
「はぁ・・女子の嗜みでございまするか・・」
正子にとっては、一番苦手な分野だった。
「私は父上の元で育てられた故・・
女子の嗜みよりも、男の仕来たりの方をよく、存じております・・
馬の乗り方や、弓矢の打ち方・・」
和泉の君の居ない間、大納言の邸内では男児のように育てられた正子だった。
「そうであったな・・・
そなたとは、最近になって、ようやく一緒に暮らせるようになったのだからのう・・」
重い表情となる和泉の君。だが、一人頷いて(うなずいて)自分に言い聞かせるように語り出す和泉の君。
「さればじゃ・・
さようであるが故に、そなたに女子の躾をつけねばならぬのじゃ・・
済まぬ事をしたと、思うておる・・・
私が、ずっと見ておれんかった故・・
空白だった時を取り戻したいのじゃ・・
親子としての・・時間をな・・・」
「母上・・・」
和泉の君は、先の帝討伐の折りに、大納言の元を離れることを決意して、兄ヤスマサと共に熊野の山へと向かった。
大納言に、二人の子供・・まだ稚児だった正子と芳子を預けて・・
そこで、最愛の伊吹丸との決別の時を迎えた・・
ヤスマサの目の前で、自ら妖怪と化した伊吹丸。
その事実を知り、都へは戻らず、高野山にて単身、供養の道を辿っていた。
亡くなった先の帝や茨木の君、熊野のナカヒラ一族の霊を、ひたすら弔っていたのだ。
そんな折り、ヤスマサの妖怪討伐の話が舞い込み、
伊吹丸との対決に備えて、ヤスマサの元へと戻ってきた和泉の君であった。
あわよくば、妖怪と化した伊吹丸を改心できればと、こころの隅に思っていたのだった・・
そして、ヤスマサの邸内で、離れ離れになった正子、芳子と再会する。
幼ない頃から、霊力に秀でていると見抜いた大納言によって、
正子達は、陰陽師としての修行を積んでいた。
ヤスマサの補佐として、大納言から陰陽師として遣わされた、正子と芳子・・。
「母上・・伊吹様・・という御方は?」
「伊吹丸様か・・・あの御方は、とうに亡くなられた・・・」
「亡くなられたのですか?」
「そうじゃ・・
先の帝の討伐の際・・
熊野の砦にて、火に巻かれて亡くなられたのじゃ・・
イクシマと一緒にな・・・
あの時は、親しかった御方達が次々と亡くなられたのじゃ・・」
「それは・・
悲しゅうございましたな・・・」
空を見上げて、呟く和泉の君・・・
「今は、再び、もののけの蔓延る世となってしまった・・・
伊吹丸様は、このような都を、どう思うておられるのかのう・・
誰よりも、美しい都を慈しんで(いつくしんで)おられたものを・・
幼き先の帝や茨木の君様・・
あの御方たちの慈悲に溢れた政が、懐かしい・・・
伊吹様・・・」
「母上・・」
和泉の君の想いとは裏腹に、空はからっと晴れ、山々には青々と木々の葉が芽吹いている。
いつになく、穏やかな日であった・・・




