136.思惑
ザーーーーーーーーーーーー
土砂降りの雨の中、足元もおぼつかない望月の君が、大納言の邸宅内に帰って来た・・・
雨で、ずぶ濡れになっている望月の君・・・
その足の間から、血が滴り落ちている・・・
ふらふらと門から入る望月の君の姿に気が付いたヤスマサ・・・
「望月様!昨晩は何処へ!!!」
心配して駆け寄るヤスマサ・・
全身がびしょ濡れになっているのを懸念している。
「どう、されたのですか?」
「ヤ ス マサ・・・様・・・」
目に涙を貯めた望月の君・・
その肩を抱こうとしたヤスマサの手を振り払って、邸内へと駆けていく望月の君・・・・
あの日以来、望月の君がヤスマサに会う事は無かった・・
まるで、自分が避けられているのかと思うくらいだった。
廊下ですれ違っても、会釈程度の挨拶のみ・・
そして、
それまで頻繁に都に出没していた「もののけ」も動きがピタリと止んだ。
ヤスマサの勇猛果敢な活躍が功を奏したと、関白より好評があり、
一躍有名となったヤスマサ。
この事が、東方遠征の際に抜擢される口実となる。
望月の君が頼光と密約を交わした事など、知る由もない・・・
頼光にとって、望月の君の協力を得られるようになり、宮中や大納言の動きが分かるようになった事が一番の成果であった。
全ては、関白と頼光の狙い通りの展開となる。
外堀を徐々に崩されていく帝と茨木の君・・
伊吹丸やヤスマサの知らない水面下で、新たな帝を立てる企てが進んでいた。
そんな最中・・
伊吹丸とイクシマが宮中の使いで大納言の屋敷に訪れていた・・・
ヤスマサと話をしている伊吹丸・・
そして、イクシマが宮中での様子を伝えに望月の君の部屋へと向かっていた。
「イクシマにございます。」
「お入りください・・」
スーっと障子が引かれ、イクシマが入ってくる。
「お久しゅうございます。望月様・・」
「御勤め、ご苦労様です・・
うッ・・」
裾で口元を押さえる望月の君・・
「どうなされたのですか?」
髪はやつれ、気分の悪そうな様子に驚くイクシマ。
「いえ・・
少々、体調が悪く・・・
大丈夫です・・」
「さようですか・・では・・」
スッと出された、書状・・
宮中の出来事が事細かく書かれた書類だった。
イクシマが宮中に入る際、それまで式神を放って、監視をしていた望月の君に代わり、
宮中の見張りをすることとなった。
「先月は、都での「もののけ」騒ぎで、宮中での警戒が強まっていましたが、
近頃は、「もののけ」の出没も納まり、平静を取り戻しておりまする・・」
「それは、良き事です・・
このまま、もののけが出ない事を祈るばかりです・・
う・・」
再び、口元を押さえる望月の君・・
「望月様・・お顔の色が悪いようですが・・・」
「今日は、その事で、お頼みしたい事が・・」
「私めに・・・ですか?」
体調が思わしくなく、しばらくの間、高野山にて療養しようという話だった・・
以前に、脳の腫瘍の症状を敷紙で和らげていた望月の君であったが、今回ばかりは、敷紙も効かないという・・
「私が、居ない間・・・
いえ・・
私に、もしもの事が・・・あるやも知れませぬ・・」
「それは・・?」
「私の体は、度重なる「もののけ」との争いや、
宮中での監視で、身も心も荒んで(すさんで)しまっております・・
このままでは、この場に復帰できるかどうかも、ままならない・・
この邸内でも、そなたの敷紙にて、怪しき者を取り締まって頂きたいのです。」
「それは、大納言様も?」
「既に、伝えてあります・・
この邸内まで監視するのは、イクシマ様にとって、負担になるかとは存じますが・・」
「いえ・・
私ならば、大丈夫です・・」
イクシマの答えに、笑みをもらす望月の君。
「さようですか・・
さらば、今一つ・・
お願いがあります。」
「今ひとつ・・ですか?」
不思議に思うイクシマ・・・・
「ヤスマサ様を・・
ヤスマサ様の事を・・
お願いしたいのでございます。」
「ヤスマサ様を?」
「私とヤスマサ様は、初めて都にて顔を合わせた時から、
互いに引かれあい、将来を誓った仲でした・・
大納言様へのご恩に報いながら、お仕えしていた身・・
共に励まし合おうと誓い合った仲なのでございます。
しかし、
私の体も、もう長くは無い・・・
その様な者が、ヤスマサ様の側に居ようなどとは・・・
思ってはならぬ事だったのです・・」
「望月様・・・それは・・」
イクシマの手を握る望月の君・・
「私の代わりに・・
ヤスマサ様の御側で、あの御方を守って欲しいのです。
心の支えとなって欲しいのです。」
「望月様・・・」
握りしめる手に力が入る・・
頬に涙が伝う望月の君・・
かなわなかった想いをイクシマに託し、高野山へと向かうのだった・・・
望月の君の居なくなった部屋に、ヤスマサへ宛てた手紙が残されていた。
誰も居ない、畳だけの部屋に、ポツリと残されていた手紙・・・
ヤスマサ様
突然の別れをお許し下さい。
私は、さる御方のお子を宿しました。
互いの将来を誓い合っておりながら、
他の方と身を交えるは
この上ない、裏切りに他なりませぬ。
私めの心と体は、汚れております。
この様な、不浄な女子が、
ヤスマサ様の側に居ようなどとは、
誠、忌々しき事にて、
わがままな振る舞いではございますが、
お別れを選びし事
お許しください。
どうか、私を探すことなき様・・
過ぎ去った日々の想い出のみ、御心に止めて頂ければ
この上ない、幸せにごさいます。
私も、
その思い出を胸に
生まれてくる子と共に
余生を送るつもりでおります。
今後のヤスマサ様のご活躍に
ご期待、ご祈念を申し上げております。
どうか
お体にお気をつけ下さい。
望月
「望月様・・・」
手紙を握りしめ、畳に伏せるヤスマサ・・・
涙が、その手に、ポタポタと落ちる。
「望月様!
そのような・・
お子など・・
気にせずとも!!!
私は・・・
あなたが居るだけで・・・
良かったものをーーーーー!!!
グアーーーーーー!!!!」
畳を叩いて泣き崩れるヤスマサ・・・
「ヤスマサ様・・・」
その姿を見つめるイクシマ・・・
その後、高野山にて、頼光の子を産み落とした望月の君・・
生まれ出た男子には、武勲の誉に肖り(あやかり)「頼光」の一文字を取って・・
光
と命名された。
望月の君にとって、
その名を呼ぶ時、如何わしき過去の想い出が
ふつふつと湧き出でる・・
頼光への屈辱と快楽に身を委ねた事実・・
大納言への裏切り
ヤスマサへの無念・・
それがヤスマサの命を助けるが故の行為だったとしても、
自分に対しては、どうしても許せなかった・・
そして・・
実の子でありながら・・
生まれてくる子供に、罪は無いと言葉では分かっていても・・
愛情の前に、
憎悪に似た念に満たされる事に、
心を痛め続けるのだった・・
・
・
・
・
目を開ける望月の君・・・
「ここは・・・」
「おお!気づかれたか!!」
ヤスマサが歓喜の声を上げる。
「ヤスマサ様・・」
寝かされている望月の君。
見渡すと、ヤスマサの邸内であった。
「望月様!
倒れられてから3日も意識が無かったのです。」
「倒れた・・・
そうですね・・・
確かに・・・」
未だ、朦朧とした意識が続く中、薄らと記憶が甦って来ていた・・
正子を追って山中に迎いに出た際、頭痛に襲われて意識を失っていた。
「正子様は!」
はっと気づいて、ヤスマサに正子の安否を尋ねる。
「無事です。
望月様の御蔭だと申しておりました。」
「それは・・
ようございました・・・
・・・・・
ヤスマサ様、
ヤスマサ様は、薬師寺にて療養していたはず・・」
「望月様が倒れられたと聞いて、
戻って参りました。
とても、
療養など
しておられませぬ。」
「私の
不手際で・・・
ヤスマサ様の療養を
中断してしまった・・・」
俯く望月の君。
「何を言っておるのですか!
私は
あなたの事が心配で
急いで戻って来たのです。
私にとって、
あなたは
大切な御方なのです!
もう・・
二度と
私の前から
姿を消して欲しくない・・・」
ヤスマサは、以前、光を宿したことで、突然、高野山へ身を隠したことを思い出していた。
それは、望月の君も同様だった・・
「ヤスマサ様・・
今まで、あの頃の夢を見ておりました・・
私が、あなたから
姿を消した時の事を・・・」
「望月様・・・」
「私は・・
今でも、あの時の事を
思い出してしまう・・・
自分で
自分が許せなくなるのです。
あの時の・・
過ちが・・」
涙が溢れている望月の君・・
その身を、そっと抱き寄せるヤスマサ。
「大丈夫です。
私は
あなたを受け入れる・・
私は、あなたが、
どんな境遇に合おうと、
一緒に歩もうと誓ったのです。」
ヤスマサの背中に手を寄せる望月の君・・・
「私もです・・・
もう・・
あなたから
離れたくない・・・」
抱き合うヤスマサと望月の君。
新しい帝が即位して、関白を中心とした政の体制が整えられていた。
先の帝の討伐に加勢した大納言を始めとした地方の豪族たちは、新たな帝に身を寄せ、
関白の意の元に動いている。
ヤスマサは大納言直属の家臣ではあるが、先の東方征伐の功績が評価され、
都に蔓延る妖怪退治の討伐に抜擢されていた。
大納言専属の陰陽師であった望月の君は、先の帝討伐の前に、役職を辞退し、高野山で療養中であったが、
ヤスマサの妖怪討伐に加勢するため、自らヤスマサの元へ再び現れたのだった。
皮肉にも、先の帝討伐の折りにイクシマもこの世を去った事で、ヤスマサと望月の君の寄りが戻された形となった。
一度は、別れを決意した望月の君にとって、妖怪退治の名目の元、ヤスマサに身を寄せる事ができた。
ヤスマサと望月の君・・
正式な婚礼の儀を結んでいるわけではないが、二人にとって幸せな日々であった・・
だが・・
その様子を、簾を通して見ている紗代・・
「ヤスマサ様・・・」
ヤスマサの屋敷内。
庭の一角に設けられた池の畔に、光と正子の姿があった。
いつもは、仲が悪い二人なのだが・・
「母上が意識を取り戻したそうです。」
望月の君の容体を報告する光。
「安心しました・・
一時はどうなる事かと・・・」
「母上には、もともと、脳に腫瘍があるのです。
今まで術師の祈祷で何とか凌いでまいりましたが・・
その症状も悪化しておるとか・・」
「それでは、望月様は・・」
「表には出しませぬが、痛みも、あったと思われまする・・
我慢強い母上であります故・・」
「そんな、御方に、ご心配をかけておったのですね・・
私は、叔父上にも、望月様にも
役に立つ事が出来なんだ・・
少しでも、楽をさせたいのじゃが・・」
「正子様・・・」
「不束者が、何を申すかと思われるであろうがのう・・
自分にできる事は、したいのじゃ・・」
「正子様らしいですな・・
何事も前向きに捉えられ、
自ら行動に移す・・
脇目も振らずに・・」
「ふ・・それしか、取り柄がないからのう・・」
「正子様・・」
光がポツリと呟いた。
「どうしたのじゃ?先程から、浮かぬ顔をして・・・」
「それは、正子様も同じでありましょう?」
「ふむ・・
そうじゃな・・
私も、あんな無謀な行いをして、
反省しておるのじゃ・・」
「ほう・・
正子様でも、反省される事があるのですか・・・」
「ふ・・
相変わらず、無礼な事を申すものよ・・・」
だが、元気の無い正子・・いつもならば、喰ってかかるところだが・・
「心配なのです・・・
あの、紗代という娘・・」
「そうか・・
そなたもか・・・」
「聞けば、昔、ヤスマサ様と両思いになられていたイクシマ様という御方によく似ておられるとか・・
薬師寺で療養の際に、紗代様もご自分の国に帰るのを辞め、ヤスマサ様の元へ身を寄せる御覚悟を決めたと聞きます。
ヤスマサ様も、亡くなられたイクシマ様同様に可愛がっておられるご様子・・」
「紗代様・・・
鬼火の騒乱の折りに、ひょんと現れた女子じゃ・・
ヤスマサ様をはるばる信濃から訪ねて来たと申してはおるが・・
鬼火を詮索していた折りに、
星熊童子が申しておったな・・
『あの娘の屍』
と・・」
「はい・・・」
「まさかとは、思うが・・
紗代様が童子達の密偵ではないかと・・
思うておる。」
「私もです・・」
「その信濃の国に、本当に紗代様の住まわれた所があるのかどうか・・・
詮索してもらいたいのじゃ・・・」
「私めにですか?」
「そうじゃ。
私は、紗代様の身を調べてみる。
『屍操術』ならば、その体に敷紙が貼りついておるはずじゃ・・」
池を見つめながら、策を練っている正子と光・・
そこへ・・
「姉様!何をしておられるのですか!!」
芳子が飛び込んできた。
「芳子!急に話しかけるでない!
驚くではないか!」
「??
また、怪しい事を考えておるのではないでしょうな?
お二人で喧嘩してない時は
何やら、怪しき策を講じております故・・」
図星だった・・
意外にするどい芳子。
「ふむ・・・・
そなた、信濃の国へと参ろうと思わぬか?」
「信濃・・・
ですか?」
「信濃の甘露煮とやらは、絶妙な甘さと聞いておる。
他にも、甘いものが多いという噂だが・・」
「それは。是非!頂きたいものです!!!
いつ参るのですか?」
意外に単純に流される芳子だった。
「紗代様の親御様に、あいさつに伺わなければならぬ・・
ヤスマサ様が、御身を引き受けたいという正式な書状を持って行かねば、
親御様にも立つ瀬がなかろう・・
その役を、そなたにかってもらいたいのじゃ。
光を供につけてもらおう・・」
「そういったお話でしたら、是非、私めにお任せくだされ!
お土産もたっぷり持ってきます故!」
「そなたの目当ては、甘いモノじゃろうが・・・
まあ、よい・・
母上に申しあげよう・・」
正子の企て通り、芳子と光で紗代の両親の居るという善光寺平まで赴く事となった。




