二十三.帰ってきた彼女
あの日から、僕は悪霊を避けながら、学校中の霊ポイントを確認する作業を続けていた。
先生のピアノの音が校舎に流れる・・
彼女の作った学校の地図の「霊ポイント」が少しずつ減っている。
あの階段の少女の姿は既に無い・・
休み時間に廊下の向こうで悪霊の姿を発見したとき、少しずつ大きく、霊力も増しているように思えた。
すれ違う生徒たちに悪霊の手が触れると、その生徒がつまずいて転んだり、めまいを起こしたりしている。
明らかに、この学校は狙われていたのだ。
悪霊の姿を恐る恐る確認しながら、次のポイントに進む・・
さながら「大脱走」の主人公にでもなったようにスリルがある。
見つからない様に、次のポイントに進むのだ・・・
今日は、先生のピアノの音が聞こえてこない。
娘さんが亡くなって1週間・・初七日の法要だと言っていた。
僕も、この作業には慣れてきていた。
今まで、先生のピアノに勇気づけられながら霊ポイントを巡っていたけれど、一人でもやってのける自信がついている。
はじめは気味が悪く、恐々と覗いていた霊の姿も、ちゃんと観れるようになった。
数が少なくなってきた事もある。
地図を見て、印を追う・・
居ない・・・
青でバツ・・
その時、後ろから肩をポンとたたかれた!
「ぎゃ!」
恐怖のあまり、飛んでしまった。
振り向くと・・
「久しぶり!」
彼女だ!
彼女が帰ってきた!
何だか懐かしい。
笑ってはいるが、良く見ると手や足のところ所にアザがある・・
メガネもかけないで素顔の可愛い姿があった。
懐かしいというよりも、ほっとした・・
「大丈夫?」
彼女が、驚いた僕を不思議そうに見る。
「うん、ちょっとびっくりしたよ・・
でもホッとした・・」
「ふふ・・」
不敵な笑みを浮かべた彼女・・
今までの彼女と少し変わった感じだ。
少し頼もしくなったような・・
「ちょっと見ない間に、霊力高まった?」
「うん。もう大丈夫だよ!
今まで一人で私の代わりをしてくれて、ありがとう!」
その後、これまでに起きた事を一部始終、報告する。
「やっぱり・・・
早めに手を打たなければね・・」
「どうするの?」
「もちろん!
ゴーストバスターズよ!」
悪霊払いですか・・
大変なことになった・・・
これからですか・・
「3階の教室へ行きましょう!
外から見てたら、気配を感じた!」
悪霊の気が大きくなっているという。
早く何とかしないと大変なことになるとの事だ。
「3階の教室か・・」
「ヒロシくん、
私は、
何があっても、
ヒロシくんを守るからね!」
僕を守る?
なぜ、危険を冒してまで悪霊と対決しなければならないのか・・
なぜ、僕を守ろうとするのか・・
前から不思議に思っていた。
「ねえ・・・
どうして君は、
こうまでして悪霊と対決しなければならないの?」
彼女の動きが一瞬、止まった。
何やら考えている様子だった・・・
「私の・・
業
かな・・?」
「悪霊なんて、
放っておけば、いつかは居なくなるんでしょ?
無視すればいいんじゃないの?」
「ヒロシくん・・・」
彼女が、僕を見つめる・・
少し涙ぐんでいるようにも見える。
「これは、ヒロシくんにも関わることなの・・」
「オレの?」
何か、複雑な理由があるような気がした。
でも、彼女は命をかけて、この試練に立ち向かおうとしているのは事実だった。
その一念に僕も応えたい。
まして、僕に関わる事だとも言うし・・
「わかった。
僕も手伝うよ。
謎だらけなのは、
もう気にしない。
ただ・・
僕も君を放ってはおけない!」
彼女が、僕を見つめながら、
「ありがとう・・」
胸元から、何かを取り出している。
「これ・・・」
彼女の手に般若心経の書かれたタオルがあった。
それを僕の手に巻きつけながら・・
「私の気を入れてあるわ・・」
巻きつけて縛っている彼女。
僕のすぐそばに彼女の顔がある。
彼女の息遣いが聞こえる・・
ほんのりと髪の毛から甘い匂い・・
「魔除けなの・・
もしもの時は
これで逃げて・・!
ヒロシくん・・」
「へ?」
「最後に・・・」
彼女の顔が僕に近づいてくる。
そっと目をつぶった・・
ピアノ室での先生の言葉が頭を過る(よぎる)。
・・・ あの子、あんまり表に出さないけど・・
ヒロシくんのこと、好きなのよ。・・・・・
可愛い彼女の目を瞑った顔が僕の眼前に迫っていた。
これは、世に言う例のお決まりですか?
据え膳食わぬは男の恥とも言う・・
僕は彼女の肩を抱き寄せる。
二人の唇が、そっと触れる。
初めてのキス
・・だと思った。
あれ?
でも・・
何だか昔にもこんなことあったような・・・
夢?
不思議な感覚に満たされながら、
そのまま、しばらくの間、口づけを交わした・・・
「ありがとう!
これで力が涌いてきたわ!」
彼女が張り切り出している・・・・
僕のほうが赤面する・・・
でも、いいや・・
これから起こるであろう事件に、全力で向かう。
僕も、そう決心した。
「霊感ケータイ」を握り締める!
薄暗い校舎を3階の教室へと向かう僕と彼女・・
決着をつける時が来た!
その頃・・
満月に照らされている窓際に父の姿。
月を眺めながら、ビールを飲んでいる。
ブワッーーーー
「うわ!」
開けた窓から部屋に急に突風が入って来た。
母の位牌のお札が突風にあおられて飛ばされる。
何か不吉な予感がする父・・・