75.座敷童のいる宿
先程のトンネルからカーブの多い山道を抜け、山の麓に構えた一軒の老舗の旅館。
オカルト同好会の今夜の宿泊する宿だ。
夕方になり、薄暗くなった林に小川の流れる音が染み渡る。
山道を走って降りてきて、疲れ切った今西達一行・・
ハアハアと息の荒い部員達だったが、楓ちゃんが何かに気づく。
「この旅館・・ひょっとして・・・」
ポケットから手帳を取り出す楓ちゃん。
「やっぱり・・『座敷童』の出る旅館ですね・・」
「何でも知ってるね・・早乙女さん・・」
「はい。この周辺の情報は、事前に調べておきました。」
「いらっしゃいませ・・・」
宿に入ると、女将が出迎えてくれた。
老舗の旅館らしく、古い木造の、少し薄暗い玄関は、噂の通り「座敷童」が出そうな雰囲気だった。
「オカルト同好会の今西さんですね・・」
「御厄介になります。」
玄関を上がり、奥の部屋へと案内される。
ホールの中央に、貼り紙がされているのに目が行く。
『座敷童のいる宿』
大きく掲げられた紙に、この宿の云われや「見た」という証言内容が書かれている。
新聞の切り抜きも紹介されていた。
「本当に、出るんですね~」
楓ちゃんが書かれた内容を読みながら感心している。
「早乙女さん、とりあえず、部屋へ行きましょう。」
幸子さんから呼び止められる。
「は~い」
部員達の方へと小走りになる楓ちゃん。フロントの脇のドアから、チラっと覗いている目に気づく。
女の子・・・
小学生低学年くらいだろうか・・
パタンと閉まるドア・・
不思議に思った楓ちゃん・・
8帖程の部屋へ案内された一行。
女将さんから鍵を渡され、宿での注意事項を聞く今西。
「隣の部屋が、女性の方の部屋になっています。
お風呂は奥の方にございますが10時までにお済ませ下さい。」
「ありがとうございます。」
「あの・・」
楓ちゃんが訊ねる。
「はい?何でしょうか?」
「この宿には、『座敷童が出る』という噂ですが・・」
その言葉に反応し、少し表情を曇らせる女将さん・・
重い口ぶりで話し始める。
「はい・・
この旅館は江戸時代から続いておりますが、
不思議な云われがあります。
いつの頃か、夜な夜な、童子の姿を見たり、声を聞いたりと・・
また、そういう体験をされたお客さんが幸せになったとか・・
色々な噂が広まっております。」
一同が固唾を飲んで、聞き入っている・・・
「本当なのですか・・」
「私達は、体験した事はありませんが、
お客さんからお聞きしております。
それが、一人や二人ではない事が、本当なのだと裏付けていると・・
私どもも不思議な事ではありますが・・
そう、思わざるをえません・・
特に、隣の女性に用意させて頂いた部屋は、その話をよく聞く部屋です。
新聞にも採りだたされたり、雑誌で紹介もされた事もありました。
詳しくは、ロビーに資料がありますので・・
お声をかけて頂ければ、詳しくご説明します。
では、ごゆっくりどうぞ・・」
軽い会釈をして、部屋を出ていく女将さん・・
話を聞いて、女子達が振るいあがっている・・
「ほ・・本当なんですね・・・」
「うん・・・」
「今西君?私達、女子の部屋が出るって・・・」
幸子さんが聞いている。
「うん・・」
「出たらどうするの?」
「うん・・・」
「こら~!!!
さっきから聞いてれば『うん』しか言ってないじゃない!
ちゃんと考えてるの~???」
「あはは・・
と・・とりあえず、汗かいたから・・
お風呂にしようよ・・」
「この期に及んで、お風呂だ~???
まさか、女子の浴衣姿だけが目当てじゃないでしょうね~!!」
「いや~。そんな事はないよ~
お風呂あがったら、皆でミーティングだよ~」
ヒンシュクの目で見る女子部員達・・
仕方なしにお風呂に入る事にした一同・・
女性用浴場。
大浴場ではないが、露天風呂と室内の洗い場で構成された、中規模の浴場。
一応、冷泉が出ているらしく、沸かしてお湯を張っているらしい。
仄かに硫黄の匂いがする。
露天風呂の湯船に浸かる楓ちゃんと幸子さん・・
眼鏡を外した楓ちゃんは可愛い・・
幸子さんは高校2年だけあって大人っぽい。
(後は、読者の妄想にお任せしよう・・)
「ふぅ~。運動した後だから、疲れが取れますね~。」
「そうね・・トンネルの所から、だいぶ走って来たものね・・」
「部長は、いつも、バタバタしてるんですか?」
「うっ・・
そ・・・そうなのよ・・・
今西君にも・・困ったものよね・・
後先考えないって言うか・・
無責任って言うか・・
ノー天気って言うか・・」
「でも、凄いことしてますよ。カメラだってこだわってるし、博士と遭遇するなんて、奇遇だと思います。」
「そうなのよ・・
昔っから、くじ運だけは強いのよね~。」
「うふふ・・
小さい頃から一緒なんですね。
部長さんと副部長さんって・・
ひょっとして、付き合ってるんですか?」
「え??
まあ・・
それなりにね・・・
家に遊びに行ったりはしてるけど・・」
「やっぱりな~。
でも、ちょっと嫉妬します。」
「え?」
「だって、この学校に入って来たのも、先輩の事、追いかけてきたから・・」
「あんな奴、やめといたほうがいいよ~。」
「そうですか?
じゃあ、私が取っちゃいますよ。」
「あはは・・楓ちゃん・・」
「冗談ですよ~。
でも、やってる事は、ちゃんとやってます。
憧れるな・・」
表向きは和やかな会話なのだが、さりげなく、今西君の争奪戦が始まっていたのだ・・
小柄でかわいい楓ちゃん。バイタリティーも人一倍ある、活発な女の子だった。
風呂上り、浴衣に着替えてロビーまで歩いてきた幸子さんと楓ちゃん。
髪がしっとりと濡れ、まだ体から湯気が熱って(ほてって)いる。
壁に貼ってある『座敷童』の資料に目が行く。
「やっぱり、出るんですかね~」
「そうね・・これだけ、目撃者が多いと・・」
「私達の泊まる部屋の目撃が多いって・・」
「何か、怖いわよね・・」
雑誌の切り抜きにも、大きく見出しで、「老舗の旅館で座敷童を見た」とある。
目撃者の証言も、それらしき事が書いてあるが・・
二人で、眺めていると、後ろから・・
「いらっしゃいませ。お待ちしていました。」
誰か、他のお客さんが入って来たようだった。
振り向くと・・
「あ、お姉ちゃん!」
「弥生ちゃん・・・」
先程、トンネルの出口で別れた筈の博士と弥生ちゃんだった。
二人ともようやくたどり着いた感じで、疲れ切っていた。
「ほお・・君たちも、この宿かね・・」
「はい。・・奇遇ですね・・」
「いや・・この旅館は、『座敷童』が出るという噂で有名だ。
あのトンネルとこの旅館は、セットになっているから、
おそらく、ここに泊まるだろうとは思っていたがね・・・」
「そうですか・・」
「私とお父さんは、歩いてきたから、こんなに遅くなっちゃったけど・・」
「あら、お知り合いですか?」
女将さんが聞いてくる。
「はい。峠のトンネルでお会いしたばかりですよ・・」
「そうですか・・
ずいぶん、お疲れの様子ですね・・」
「うん・・もう疲れちゃった~。」
「私達は、部屋で休んでから、お風呂に入ります。
夕食は、8時頃でお願いしますよ。」
「では、お休みできるように、御布団を敷かせて頂きます。」
「そうして頂けますか・・」
博士と弥生ちゃんが部屋に案内される。
見送る幸子さんと楓ちゃん・・・
「そっか・・あのトンネルと、この旅館はセットなんですね・・」
「そうね・・ミステリーツアーだと、そうなるのね・・」
「でも、あの博士と一緒に泊まれるなんて、ラッキーですね。」
「また、トンネルみたいに、色々と計測するのかしら・・」
「あ、そろそろ、ミーティングの時間ですよ!」
「皆に、博士の事を知らせましょうか・・」
「そうですね。皆、驚くでしょうね~。」
今西の居る部屋へと歩き出す二人・・・




