十七. おじいちゃん達
次の土曜日の朝、
いや・・朝ではなく、
もう昼近くにもなっている。
時計は10時を回っている・・
トゥルルル・・・・
トゥルルル・・・
居間にある電話が鳴り響く・・
僕が眠気をこらえて電話に出る・・
父の部屋の戸を開ける。
まだ布団に包まっている父に話しかける
「おじいちゃんたち・・
これから、来るって」
父は夢うつろの中で聞いていたらしいが・・
「えー!マジかよ~!」
飛び起きる。
まさに寝耳に水といったところ・・・
大急ぎで着替え、掃除を始める父・・・
散らかった部屋(正確には家中)の掃除は大変だ・・
押入れの中に荷物を詰め込む。
僕も、食器を洗ったり、洗濯をしたりする。
明日は母の命日だ。
法事は明日のはずだったのに・・
急に祖母と祖父が訪ねてくるという。
片付けは今日一日で終える計算が狂ってしまった。
まあ、法事といっても僕と父、母方の祖父、祖母くらいの、身内だけのささやかな儀式で済ませる予定だ。
まだ一日あると思っていたけれど、抜き打ちで私生活を見ようという魂胆か・・
一通り片付いたのは2時間後ぐらいだった
父は、ハアハアと息を荒立てている・・
「こ・・
これで・・
いいか・・?」
「うん、
いいんじゃない?」
ピンポーン。
丁度、祖父たちが来たようだ。
ぎりぎりセーフといったところ・・
「よお、久しぶり!
ヒロシも元気にしてたか?」
「ハンバーガー、
買ってきましたよ!」
祖母の手に、駅前のハンバーガー屋さんの袋・・・
生前、母が好きだったハンバーガー
明日は、母の命日だ・・
祖父たちは、ここへ来る前に、母の墓でお参りを済ませてきたそうだ。
「はっはっは~!
直人君!
一杯やらんかね~!」
ビール1梱包を片手で高々と上げ、父にすすめる祖父・・
「はあ・・」
「あなた、昼間っから・・・」
「そう、硬い事言うなよ~」
祖父が机に、買ってきたビールやつまみを広げ、父にビールを勧めている。
祖母と僕は、チキンをほおばっていた。
じゅわっとくる食感・・
母とよく、こうして味わってたっけ・・
祖母にとっては、母の入院時の世話の頃から、子供の居る家庭での習慣が身に付いたようで、外食でハンバーガー店のものをお土産にすることが、しばしばある。
僕も、油系統は好きなのですが・・・
食事もあらかた済んだところで、
「ヒロシも、もう中2か・・・
来年は受験生だな~。」
「う・・・ん」
祖父の一言は、きびしく僕に突き刺さる・・
先日も父が雨宮先生に指導されていたかと思うと、ぞっとする・・
祖母が、僕の態度を見て察したのか、話をそらしてくれた・・
「学校では、付き合ってる娘でもいるのかい?」
「あ・・・いや・・・」
彼女のことを一瞬、思い出した・・
でも、まだ付き合ってるワケじゃないし・・
「ふふふ・・
気になってる子が居るんだね・・・」
顔を赤らめる僕・・・
昔から、僕のことを見抜くのが上手い祖母・・
母が入院し、家に居ないときは、よく世話をしてくれた・・
ここから電車でかなりの距離に住んでいるけれど、殆ど毎日来てくれていた・・
長い闘病生活だった・・
母より祖母のほうが長く接していたような気もする。
だから、僕のことが手に取るようにわかるのだろう。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴る。
誰だろう?
「ごめんくださ~い」
彼女だ!
何か僕に用事があったのだろうか?また、何かの事件に付き合わせよという魂胆か?
玄関のドアを開ける・・
かわいいバージョンの彼女だ!
「あれ?
望月さん、どうしたの?」
「あら、
かわいい、
何処のお嬢さん?」
祖母も出てきていた・・
「あ、お寺の者です。
明日の予定なんですが・・
急な用事ができまして、
今日、ちょっと・・
お経を読ませて頂きたく・・」
ご住職(お父さん)のギックリ腰の件がひびいているらしい・・
雨宮先生の件もあり、予定が付かなくなったらしく、母の命日の読経を、繰り上げてきたらしい。
それにしても、プライベートで会う時は素顔が多い彼女である。
まあ、祖父達に会わせるにしても、こっちのほうが好印象だろう。
でも、ここまでの道中、色々なものが「見えて」しまうのに・・
無理をしなくても・・・
彼女を居間へ案内する。
「昨日は、どうも・・」
父と挨拶をする彼女。
父は初め、誰だか分からなかったようだったが・・・
「あ、昨日はこれでした・・」
手で眼鏡の形をつくって、目に当てる・・
「ああ、昨日の!」
父もようやく理解したようだ。
昨日の眼鏡少女の中身が、こんな美少女だったなんて思いもよらなかっただろう・・
「ご住職は、大丈夫ですか?」
「まだ、ちょっと本調子でないので・・・」
「それは大変だ・・
明日が命日ですが早くなっても構わないですよ。」
「すみません・・」
事情を知っている父だ・・
すんなりと申し入れを受け入れた。
丁度、おじいちゃん達も来ている事だし、一日早めても問題ないと判断したのだろう。
「何々?
ヒロシのガールフレンドか~?」
祖父も、思いがけない美少女の登場に、何としても話しに入りたがっている。
「こんな美人が彼女か~!
ヒロシもやるの~」
「いえ・・」
彼女は赤面している。
「おじいちゃん、オレたち、まだ付き合ってないよ・・!」
「ん?『まだ』ってことは、そのうち付き合う気があるのか~?」
「う・・」
そうだった・・
「まだ」ってことは、いずれ僕たち、付き合うというニュアンスもあったのか・・
彼女はどうなんだろう?
僕と付き合うことに抵抗はあるのだろうか?
「下僕」とか「助手」程度にしか思っていないのだろうか・・
でも、彼女の家での様子だと、そんなところでもなさそうだったけれど・・
本当のところはどうなんだろう?
「どうなんじゃ~?
白状せんか~?」
執拗に攻めてくる祖父。
僕も赤面し、下を向く・・
何も言えない・・・
「あなた、からかうものじゃないですよ」
「はっはっは」
大人は、こうやって子供をからかうのが好きなようだ・・・
彼女も、これ以上付き合っていては、ラチがあかないと察したのか、開き直る。
「それでは、お勤めをさせていただきます。」
「はい。お願いします。」
父が、母の位牌へと案内する。
カバンから小さな、器を取り出す彼女。
塩?
まずは、部屋の4隅に塩を一つまみ程の山を盛る。
「ほう・・盛り塩か・・」
祖父が、感心したようにつぶやく。
次に、母の位牌の周りにも塩を四隅に・・
四角に細かく切った紙を撒く・・
水をコップに入れ、ロウソクに火を灯す。
「オン・アボキャ・ベイロシャノゥー・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバーリタヤ・ウン・・」
お経・・というより、なにやら呪文のようなものを唱えている。
「変わった、お経ね~」
祖母も不思議がっている。
確かに・・・
供養というよりも、何だか儀式を行っているような・・・
2~3分で、その呪文は終了した。
この後、彼女が説教をするのだろうと一同は期待していた。
御仏の心とか、
命についてとか、
有難い言葉が、この小さな子供から放たれるのか・・
内心、験しているような感じもあった。
いい大人が・・
見守る大人たちの視線の前で、
「お母さんは、あちらで元気でいると、伝えてもらいたいと言ってました。」
「はい?」
一同・・その意外な言葉に唖然とする・・
こら!
素人相手に説明無しで
本当のことを言うと、混乱するでしょ!
冷や汗もので聞いていた僕だったが、更に・・・
「ご家族を見守っているようですヨ」
「はあ・・」
怪しいでしょ・・
あたかも、見てきたような事を言うと・・・
実際に見えるんだろうけれど・・
「この、塩とか、お札は?」
「結界を張らせて頂きました。ご心配はいりません。」
「結界?何ですか?」
「あ、それは、今は秘密です」
秘密といわれると、余計心配になってくるじゃない?
これ以上は、まずいと思って、彼女の背中を押しつつ・・部屋を出る・・
「あ、ちょっと、送ってくるから・・」
「ヒロシ君、荷物まとめなきゃ・・」
「おう、二人っきりで・・ランデブーか~」
急いで荷物をまとめて、皆に見送られて外へ出る。
霊感少女だったなんて知ったら、みんな何て言うか・・・
彼女と玄関を出て、階段を下りながら、下の広場へと送る。
「どうしたの?ヒロシ君。」
「いや・・皆、ちょっと変だって思ってるんじゃないかって・・」
少し、考えて・・
「ああ、結界のことね!」
それだけじゃないのだけれど・・
彼女もマイペースすぎる・・
でも、何で結界が秘密なのかも知りたい。
「どうして?」
「それはぁ~・・
ヒ・ミ・ツ!」
両方の一指し指を口の前でバッテンに交差させる。
その仕草も可愛い!
マイペースなところさえなければ、最高の彼女なんだけどな・・
天は2物は与えんってところか・・
「でも、あの結界がある限り、お母さんは大丈夫だよ!」
「大丈夫って、何か、大変なことになってるの?」
「う~ん・・今は何も言えないの・・ごめん!」
そう言って、パタパタと家路を急いだ彼女だった・・
後姿を見送る僕。
どうしたんだろう・・
何だか慌しく見える。
家に帰ってくると、祖父たちがお札とかを不思議そうに眺めていた。
「変わった娘ね~。」
「まあ、いいじゃないか・・効きそうだし」
「そうですね・・」
「あ、お布施渡すの忘れてた!」
「急いでる様子だったよ・・明日にしたら?」
おそらく、例のギックリ腰やら雨宮先生の件で、お寺も忙しいのだろう。
二人しかいないのだから切り盛りするのも大変だ。
でも、あの慌て様は、それだけではなさそうだったが・・
何があったのだろう?
でも、こっちも祖父たちが居る限り、気が抜けないのだ。
父と二人、何とか生活しているというところを見せないと・・・




