63.意外な反応2
でも、僕に理性が働いた。
ぎりぎりの所で・・・
今までの僕ならば・・
翔子ちゃんの時の様に・・
無責任に、
『守ってあげる』
とか
『寂しくなったら来てね』
とか
言ってたのかも知れない。
でも、僕は
約束したんだ。
帰ってこれる所は
『彼女しかいない』・・・
って・・・
今までの僕ならば、
この場で
先輩を抱きしめていたかも知れない・・
でも・・
先輩の、気持ちは・・
嬉しいけれど・・
断わらなければならない・・
「ごめんなさい・・・
僕には
彼女がいるんです。
心に決めた
たった一人の
彼女が・・」
僕は、初めて・・
人をフッてしまった・・・
先輩の事を・・
それは、
とてつもない罪悪感に似た気持ちだった。
先輩は・・
僕の事をキッと見つめていた・・・
悲く・・
そして、
驚きの表情・・
少しずつ・・
目に涙が溢れているのが分かった・・・
僕は・・
先輩を傷つけてしまったのか?
僕から目をそらして、再びグランドの方を見つめる先輩・・
涙を指でぬぐう・・
「そうよね・・・
ヒロシ君には・・
彼女が居るんだもんね・・・」
グスっと鼻をすする先輩・・
そして、再び、こちらを向いた。
「ごめんなさい・・
変な事、
言っちゃって・・
忘れて!」
ちょぴり、笑顔になっている。
目が赤く、今にも泣きそうな・・
カワイイ先輩・・
まるで、少女のような・・・
「いいな”~
望月さん・・・
ヒロシ君がら・・
思われデテ!」
鼻声の先輩・・
立ち上がって塔屋の梯子に手をかける。
「ここへ呼び出したのは・・
そんな話じゃないものね・・・
部活の事・・
相談したかったのにね・・」
少し、動揺している先輩・・・
ハシゴを下りる。
その様子を見守るだけの僕だった・・
屋上のドアを開けて、こちらを見上げる。
「あ、
さっきの事・・
お願いね・・
『除霊』の事・・
北校舎の一階から始めるって言ってたわ・・」
そう言って、校舎に入っていった・・
一人、取り残された僕・・
これで、よかったのかな・・・
音楽室へ向かう道中・・
僕は考え事をしていた・・・
たった今まで、先輩と一緒に居た事・・
博士の研究を阻止しなければならないって事・・
先輩が、自分の部活の目的と反することを考えている事・・
そして
先輩が、僕の事を好きだという事・・
僕と先輩は、敵同士・・
でも、
『霊』を前にして、敵も味方も無い・・
それは
『霊』でなくても同じ事・・
他の人であっても、やはり、敵味方など、何の関係もないのだ。
そもそも、
なぜ、
オカルト研究会とゴーストバスター部が争わなければならないのだろう・・
先生と、教頭先生の代理抗争?
いや、一方的に教頭先生の方が敵対心がある。
教頭先生・・
ゴーストバスター部がなくったって、『霊の世界』はあるのだ。
なぜ、執拗なまでに『霊の世界』に対して反発するのだろう・・
博士は・・
どんな考えなのだろう?
『霊』を見えるようにすることで、
何か得があるのだろうか・・
『霊』を消して
何か利益になる事があるのだろうか・・・
霊感ケータイとの出会いで、僕は「霊の世界」を体験してきた。
『霊』の世界にも、
生と死、
幸と不幸・・
喜怒哀楽があるのだ。
それは
現世で暮らす人達と同じ事・・
相手が、生きているか死んでいるかだけの差でしかない。
この世の延長・・
この世の事だけでも、人との関わりで悩んだり、嬉しい事もある。
「霊の世界」でも、同じ事が展開されている。
博士は、見えない世界も見えるようにしたいようだけれど・・
そんな世界が見えるようになるだけで・・
何か
得になる事があるのだろうか・・
そして・・
先輩をフッてしまった事・・・
今まで、人をフッた事なんか無かった・・・
僕なんて、モテなかったから・・
女の人と付き合うなんて・・全然無縁な僕だった。
彼女が居ても、翔子ちゃんに気があるような事を言ってしまっていたのを思い出す。
結局は、彼女を傷つけてしまっていた。
彼女の前で、彼女以外の人が好きだって・・言ってしまった。
その時は、許してくれたけれど・・・
もう
彼女を傷つける事は・・
裏切る事はしたくない。
でも、
先輩を傷つけてしまった様な・・
何とも後味が悪い気持ちになっていた。
先輩の気持ちを受け止める事は・・簡単だ。
僕も「好きです」って言えばいいのだ。
そして、ズルズルと後まで尾をひいてしまう。
最終的に、
傷つくのは・・
皆・・
彼女も
僕も
先輩も
皆が傷ついてしまうだろう・・・
断わる事・・・
それは、どうしても、やらなければならない、勇気のいる事なんだって・・
初めて気が付いた。
階段を下りていく未来先輩・・
今まで、自分が何をしていたのか不思議になっていた。
オカルト研究会の副部長でありながら、敵対するゴーストバスター部の部長に、助けを求めてしまった・・
部活としては裏切り行為に当たる。
そして・・
先程のヒロシとの出来事で、自分でも信じられない感情が芽生えている事に気づいた。
ヒロシが好き・・・
その想いが、いつの間にか、自分の頭の中でいっぱいになっている。
そして・・
ヒロシには美奈子という彼女がいる。
美奈子・・・
自分よりも霊感があるという。
今まで、否定をしてきた霊感だったが、子供の頃の記憶が甦って来ていた。
確かに、自分にも霊感があって、人には見えないモノが見えていた事・・
拓夢君と一緒に、探検をした事を思い出す。
勉強では、自分が一番で、他の人を見下していた。
自分より、能力の秀でた人が居なかった・・
でも
自分より能力のある人に・・
自分ではかなわない相手がいる事が、
自分にとって、許せない感情になっていた。
そして
勉強もできない人を・・・
よりによって、敵対する部活の部長を好きになり、
その人の付き合っている彼女が、
自分にはかなわない人であるという事実・・・
今まで
接することが無かった世界・・
今まで
経験した事の無い現実・・
手の届かない世界・・
胸が痛く、切なくなっているのを感じ始めていた先輩・・
何故か、
階段の下の空間に来ていた・・・
ここで、
最初の博士による除霊が行われるという・・・
「私・・
ヒロシ君が・・・
好き・・・」
一人立ちすくんで・・
両手で顔を覆う・・
小刻みに肩が震えていた先輩・・
指の隙間から
涙が伝っていた・・・・
ガラ・・・
僕が音楽室の扉を開ける。
そこには、
いつものメンバーがいた。
集まって、何やら読んでいる。
タクム君からの手紙?
授業中、オカルト研究会の部員の目を盗んで、沙希ちゃんと手紙を交わして情報を流してもらっているのだ。
監禁されて自由の利かない拓夢くんの唯一の情報手段であり、この部活との絆であり、オカルト研究会への対抗手段でもあった。
「遅かったわね。ヒロシ君。」
「うん・・ちょっとね・・」
「ちょっと~?
何よ~
他の子とデートでもしてたの~?」
千佳ちゃんは、いつも鋭い・・・ギクっとなる僕。
「そ・・
そんな事・・
無いよ・・」
怪しい目で見る千佳ちゃん。僕が動揺している事に気づいている?
「そんな事ないですよ~。
部長さんは副部長オンリーなんですから~
さあさぁ。
こっち来て座って下さい!」
沙希ちゃんが、彼女の隣の席を譲ってくれた。
顔を赤らめて座る僕・・そして彼女・・
「あちゃ~!
見てらんないわ~!!
こっちは
タクムと離別状態なんだから~
少しは
気を使ってよね!!」
「まあまあ、千佳ちゃん・・
そう焦らないで・・
拓夢君からの報告を見ましょう・・」
「は~い」
先生がフォローしている。
オカルト研究会に拉致されて、すでに10日以上は経っている。
その間、顔を合わせる事もままならない千佳ちゃんだった。
そうだ・・・
千佳ちゃんと沙希ちゃん・・
共に拓夢君の事が好きなのだ。
沙希ちゃんに関しては、拓夢君が居る部活に入りたかったのが、この入部のきっかけだ。
拓夢君が居なくても、この部活に所属している理由って何なのだろう?
「ふ~ん!!・・」
拓夢君からの手紙を読んで、うなっている千佳ちゃん・・
「どうしたの?」
彼女に手紙を手渡す千佳ちゃん・・
「第二段階か・・・」
「第二段階・・ですか?」
沙希ちゃんが聞いている。
先程、先輩から聞かされた話題だ。
先輩の言っていた事は本当だった?
「いよいよ、博士は、この学校の『霊』を消す事にしたようね・・・」
「『霊』を消す~?
そんな事、出来るんですか?」
「うん・・
以前、雑誌に書いてあったのよ・・」
月刊オカルトの5年前くらいの記事に、ユーレイ博士と霊能者の対決劇が書かれていたそうだ。
そこで、霊能者が除霊するのと対等に、何がしらの装置を使って霊を消す作業もしていたという・・・
博士独自の理論による「消磁」を行っていたそうだ。
「博士は、その時、敗北したけど、
読者の殆どは、その博士の応援をしたのよ。
その時、一緒に居た霊感を持った子が、その後の博士の研究に携わってきたの・・」
ふ~ん・・あの博士にもドラマはあったんだな~。
生半可な研究をしてきたわけでもなさそうだった。
「そう言えば・・前に、そんな博士に会った事があるような・・・無いような・・」
彼女が答えている。
ガクッときている千佳ちゃん・・・
「あのね~・・
その時に活躍した
『天才霊能少女M』ってあんたの事だと思うよ!」
「え~?そうなの?」
「今西さんに、連れてこられたでしょ?」
「そう言えば、人形焼をたくさん持って来て連れていかれた事がある!!
博士みたいな人も居たかな~」
彼女にとって、除霊よりも甘い物の方が重要なのは、昔も今も変わらないらしい・・
「でも、ちゃんと成仏できるんですか?」
沙希ちゃんが聞いている。
「それは・・・強制的に・・一方的に消すわけだから・・
成仏はしないでしょうね・・」
先生が答えた。
成仏・・・・
『霊』とは異なる・・・
この世で亡くなった魂が、あの世にて『仏』になる事・・・
人間という人格を捨て、神に近い存在となる事・・
翔子ちゃん・・・・
今は十一面観音菩薩様の元で修行をしているという事だが、
久世の為、人々を導く・・困った人を助ける役目を担っている。
自我の為ではなく・・家族の為ではなく・・
世の為・・人の為・・・
そして・・
この世での記憶が無くなってしまうという。
この世の事を全て捨て、仏となる・・・
それが
成仏なのだ。
地縛霊などは、この世でやり残した事や念が強く・・
ある一定の土地に縛られている。
その『霊』を強制的に排除した場合・・
おそらく『成仏』は、しないであろう。
「その辺は、どうなの?望月さん・・・」
先生が彼女に確認する。
「そうですね・・
『霊』も、ある程度、納得したうえで、あの世へ行くわけだから・・
それが無いというのも・・
可愛そうな話です。
あ、
あんまり霊に感情移入しちゃいけないんですけど・・・」
彼女にとって、霊を見たり、接したりするのは日常茶飯事だ。
霊に情を注ぐと、向こうも頼って来てしまうのだ。
その霊の持つ「念」というものがあって、
それを聞いてもらいたかったり、
助けてもらいたかったり、
するのだ。
ある意味、人間にそっくりなのだ。
自分の気持ちを伝えたい・・
寂しいから、誰かと仲良くなりたい・・
そういう想いの塊なのだ。
それを良く知っている彼女は、霊には可愛そうなのかもしれないけれど、あっさりと接している。
逆に無視している所もある。
いちいち、霊の相手をしていると、精神的にまいってしまうのだ。
それは、
人間の世界でも同じ事なのだろうか・・・
自分を頼ってきた人を、軽くあしらったり、無視したりする事って・・・
人として
どうなのだろう?
でも、全ての事に対処していたら・・
身が持たなくなってしまうのだろう・・・
その辺りは、
自分にとって、大事な人なのか、そうでもない人なのか、
区別をしていかなければならないのだろうな・・・・・
それが出来るのが、大人なのだろうか?
少し・・
悲しくなった。
「部長は・・
ヒロシ君は、
どう思っているの?」
今度は先生が僕に話を振ってきた。
ううう・・・
さっき、先輩と約束したからな~
全校の霊を除霊するという事を・・・・
僕が、やりたいと言えば、彼女も付いて来てくれるだろう・・
でも、
現実、彼女に負担が掛かるのだ。
「確かに・・・
可愛そうだって・・
思います。」
僕の言葉を、皆が真剣に聞いていた。
彼女の方を見る。
「でも・・
学校中の霊を除霊するなんて・・・・
ミナに
負担がかかる・・」
「ヒロシ君・・・」
「オレ・・
やっぱり、
ミナの事が大切だから・・・
排除される霊には申し訳ないけれど・・・」
先輩との約束と違う事に、僕も後ろ髪をひかれる思いだった。
軽く先輩と約束をしてしまった事を、今になって後悔している。
そして、
そこで僕が発した言葉は、
自分の考えと、全く逆の事なのだ・・
自分に嘘をついている。
本当は、学校中の霊を除霊してやりたい。
彼女には、負担はかかるだろうけれど・・・・
「それで、いいの?ヒロシ君・・・」
彼女が聞いてくる。
「え?」
「私・・
ヒロシくんの為なら・・
ヒロシ君のやりたい事の為なら・・
何だってやるよ・・」
真剣な眼差しの彼女・・
見つめ合う僕達・・・
いつも、はやしたててくる千佳ちゃんや先生、沙希ちゃんの入ってくる余地も無かった。
これは・・
僕たち二人の
問題・・・
そんな空気が漂っていた。
が・・・
「ふ~ん!
この部活、あんたたちだけのものだと思ってない!!??」
そう切り出したのは、千佳ちゃんだった。
「見てらんないよ!
まるで、私達が役立たずみたいじゃない!!」
「千佳ちゃん・・・」
「美奈ちゃんだけに負担はかけさせないよ!
私達にも、何か出来る事はないの?」
「出来る事??」
「除霊の儀式で、役に立つこととかさ・・・
あ、
合宿所でやってたみたいに、『霊媒』の役でもいいよ!」
「でも・・
あれも、凄く疲れるよ・・・」
今度は、彼女が千佳ちゃんに気遣うが、
「あんた一人で負担するより、少しは楽でしょ?」
「そうですよ~。
皆で、除霊しましょうよ!」
「沙希ちゃん・・」
「私、エネルギー補給できるように、
ホットケーキ、焼きますよ!!
スペシャルなスイーティーなヤツを!」
「・・て、あんた、ちゃんと焼けるの?」
千佳ちゃんが突っ込みを入れる。
「いや・・先輩ほどじゃないですけど・・・
努力します・・」
「私も、栄養ドリンクを買い込もうかしら・・」
「先生・・」
「安いやつじゃ、効果ないみたいですよ~。」
「う・・・財布に直撃ね・・
ヒロシ君・・当分、お小遣いナシよ・・・」
「ええええ~????」
「でも、それじゃあ、美奈ちゃんとデートできないじゃないですか!」
千佳ちゃんがフォローしてくれた。
「それも、そうね・・・
仕方ない!
新しい服を諦めるか!
ああ~
良いのがあったんだけどな~」
部活の皆が、自分に出来る事を持ち寄ってくれているのが、嬉しかった。
僕の収入に跳ね返る事は無事避けられたし・・・
何はともあれ、ゴーストバスター部、出陣じゃ!!!




