55.一人娘
人にはそれぞれ、『鬼門』と呼ばれる方角、時刻、人、モノが存在する。
ディザスター・・災い・・
不幸に陥るきっかけになるもの・・
そういった事象が存在する。
触れてはならない、また起きてはならない事柄に遭遇し、不幸の方向へと転換する事がある。
風水や八卦でいう所の『鬼門』は北北東の方角を差し、その反対の『裏鬼門』は南南西を差す。
鬼門と裏鬼門は相対し、中心から直線が引くことが出来、その直線自体を「鬼門線」と称する。
この直線上に様々な、出来事が起こるという。
災い・・不幸・・
そういった、事が起こりやすい。
夜、ユミちゃんの家・・
未だ、博士がユミちゃんの勉強に付き合っていた・・
ガチャ・・
「ただ今~」
玄関のドアが開く。
「あ、お母さんだ~」
バタバタと廊下へと走って、迎えに出るユミちゃん・・
男物の靴が揃えてある事に気づくお母さん。
「ユミ・・」
「あ、博士が来てるんだよ~」
又か・・という表情のお母さん。どちらかというと、こんな時間まで博士が居る事を懸念していた。
「済みません。また、お邪魔してしまって・・」
博士も玄関まで、迎えに出てくる。
「博士・・
私は、昨日、編集社まで行って、御断りしたんです・・
もう、これ以上、立ち入らないで頂きたいって・・」
「え?お母さん・・」
お母さんの言葉に、悲しい表情になるユミちゃん・・
「そうでしたか・・
それは、当然であります。
得体の知れない者が、ずけずけと他人の家に上がり込む事は異常です。
ましてや、一人娘のユミさんに、
何かあったら・・と心配になるのが、
ご両親として、当たり前の事です。」
「博士・・
ご納得されているのでしたら・・」
「それが・・・
納得できんのです!!」
激しい口調になる博士。
「え?」
「そこまで、ユミさんの事を心配しているのなら、
守ってあげるのが・・
話を聞いてあげるのが、家族の・・
ご両親の役目ではないのですかな??」
「それは・・」
「昼間、この子は、大変な目に合っている・・
いつ、現れるか分からない・・
得体の知れない現象に悩まされているのです。
お母さんの帰りを、ずっと、この家で・・不安な中で待っている・・
それでも、
あなたがたの役に立ちたいと、
献身的な・・健気な(けなげな)態度で、あなた方を迎えている・・
この子の気持ちを・・
察して頂きたいのです。」
無言に俯く(うつむく)お母さん・・
「博士!!お母さんを責めないで!」
涙目になって訴えているユミちゃん・・
首を横に振っている・・
「すみません・・
つい・・
興奮してしまった・・」
「・・・・・・」
博士が、ポツリと呟く・・
「私にも、一人娘が居るのです・・
いや・・
居たのです・・」
「え?」
その意外な事実に、耳を疑ったお母さん・・
そして、ユミちゃん。
「この子を見ていると、
つい、娘の事を想い出してしまって・・
すみませんでした・・」
靴を履いて、玄関を出る博士。
軽くお辞儀をして、ドアを閉める。
ガチャ!
「博士!」
ドアを開けて、出てくるユミちゃん。
振り向く博士・・・
「あの・・
その・・
博士の・・
娘さんは・・・」
娘さんの事を尋ねたユミちゃんに笑顔を見せる博士。
「交通事故でね・・
もう
この世には居ないんだよ・・」
「博士・・・」
歩いていく博士の背中を見送るユミちゃん。
その場に、座り込み、伏せるお母さん・・
電車に揺られている博士。
窓の外を見つめながら、物思いにふける。
「弥生・・」
ポツリともらす・・博士の・・娘さんの名前?
・
・
・
・
・
「お父さ~ん。お帰りなさ~い」
「ただ今・・」
小さな弥生ちゃんが、博士を出迎える。
アパートの玄関。
「ほら~。今日、漢字テストがあったんだよ~。
答案を見せる弥生ちゃん。
55点・・・
「ふむ~。もう少し、勉強せんと、いかんな・・・」
「でも、弥生、漢字、苦手なんだもん~。」
「小学校も低学年から苦手な科目をつくっちゃイカン!
お父さんが見てあげよう!」
「え~!!!
やだよ~。」
漢字ドリルを片手に、弥生ちゃんの脇で指導する博士・・
必死に書き方の練習をしている弥生ちゃん・・
「ねえ・・お父さん・・」
弥生ちゃんが聞いてくる。
「なんだい?」
「お父さんって、『ユーレイ博士』なの?」
「え?」
学校で『ユーレイ博士の娘』と言われて、いじめられていた弥生ちゃん・・
得体の知れないテーマに挑んでいた博士ではあったが、一般には受け入れられず、
奇異な存在だと周りに噂されていた。
時々TVやオカルト雑誌でも紹介されていたが、まともには取り合ってもらえていなかった。
それでも、弥生ちゃんは、立派に研究をしているお父さんだと、尊敬していたのだった。
「わたし、『ユーレイ博士の娘』でも、いいよ・・
お父さん、熱心に研究しているんだもん。
最高のお父さんだよ!」
「弥生・・」
頭をなでる博士。
「えへへ~」
そして・・・
「弥生!!弥生!!!」
交通事故に合い、病院に担ぎ込まれた弥生ちゃん。
ベットの脇で、必死に弥生ちゃんの名を叫ぶ博士・・
「お・・父・・・さん・・」
「弥生!!!」
「いつか・・
研究が・・
成功するよ・・・・
頑・・
張っ・・
て・・」
笑顔で、寝むるようにこの世を去る弥生ちゃん・・・
「弥生~~!!!」
・
・
・
・
「ふむ・・・」
真っ暗な闇に浮かぶ、無数の灯りが流れていくのを見つめている博士だった・・




