49.霊媒体質
「そう言えば、お父さんやお母さんは、まだ帰ってこないのかな?」
「はい・・
お母さんは夕方にならないと帰ってこないし、
お父さんは、毎晩遅いんです。」
「そうか・・」
鍵っ子の女の子・・両親の帰りが遅いのも、何らかの精神的ストレスがあるのだろうか・・
博士には、この女の子の「霊媒体質」による精神的ストレスが原因ではないかと思い始めていた。
最近になって、新築の一軒家に、引っ越してきた女の子の家族。
共働きで家族の帰りが遅い中で、学校も変わり、環境の変化が著しかったようだ・・
女の子の話も参考になるが、両親の話も聞きたいと思っている博士・・
ただ、怪しい男がいきなりそのような質問をしてよいのかどうか・・
いや、ここにいる事態、異様だと思われそうだった・・
時計を見ると午後5時を廻っている・・
「もうすぐ、お母さんが帰ってくる頃なんですが・・」
バタン!
「ただ今~」
玄関のドアが開いて、お母さんらしき人の声がする。
「あ、帰って来た!
お母さん!
お帰り~!」
廊下に出て、お母さんを迎えに出る女の子。
玄関に男物の靴が置いてあることに気づくお母さん・・
「あら、
誰か来ているの?」
「うん!ユーレイ博士が来てるんだよ~!!」
「ユーレイ博士?」
眉をしかめるお母さん。
居間から、廊下に出て挨拶する博士・・
「始めまして・・
上がらせて、お話を聞かせて頂いています。」
白髪に眼鏡、顎鬚の異様な人物が部屋から出てきて驚いているお母さん・・
見ず知らずの大人が自分の子供と今まで、一緒に居たという事態に動揺している・・
まあ、普通の反応は、そうだろうな・・
「あ・・あなたは!」
身構えて、女の子を抱えるお母さん。
「お母さん!
ほら!雑誌に載ってたでしょ?」
「雑誌?」
「ほら、『月刊オカルト』の・・」
女の子の趣味であるオカルト雑誌に付き合ってはいたものの、そこに掲載されていた人物が居るのも疑った・・
「オカルト雑誌に・・?」
「うん!
凄いんだよ!
博士、『霊』を消したんだよ!」
「『霊』を消した・・?」
博士を見るお母さん・・
汚い物でも見るかのようなお母さんの視線に、博士も、好意的には取られていないと察した・・
「お母さん・・
急にお伺いして済みませんでした・・
今日の所は、失礼しようと思います。」
「え?
博士・・
帰っちゃうの?」
博士が急に帰ると言い出して、悲しい目になる女の子。
「うむ・・
私の様な人間が、他人の家に上がり込むのは、
あまり良い事ではないんだよ・・」
「そんな・・
お母さん!
博士は良い人なんだよ!」
怪しい人でないと、目で訴える女の子・・
「ユミ・・
わかりました・・
お話をお聞かせください。」
女の子の言葉を信じて、そのまま、居てもらう事になった・・
『月刊オカルト』を改めて開いて、博士の素性を理解したお母さん・・
幽霊研究の第一人者としての研究者が、来訪した事に興味を示した。
少し安心して、お茶を出しているお母さん。
「スミマセンでした・・
変な対応をしてしまって!」
「いや・・
あらかじめ、ご連絡してお伺いすれば良かったのです。
ただ、
娘さんに早く会いたいと思いまして・・」
「娘から、話は、お聞きになったでしょうが・・」
「はい・・
『霊が見える』という事でした。」
「いつも、変な事を言ってきてるんです・・
学校でも、友達や先生に相談しているみたいなんですが・・」
「誰も、本気にしてくれないんです!
お父さんも、お母さんも・・」
「虚言癖や精神異常なのではないかと、心配しているのです・・
私達は、信じてあげたいのですが・・」
「私、嘘なんか、言ってないよ~!」
涙目で訴えている女の子・・
「ユミ・・」
「ふむ・・
彼女は、『霊媒体質』だと思われます。」
「『霊媒体質』?」
「はい・・」
霊媒体質
俗にいう『イタコ』や『霊が見える人』の事を差す。
イタコに関しては、降霊によって『口移し』という目的の『霊』からのメッセージを受け、
そのまま話す事ができる能力を持つ人をという。
日常、『霊が見える』という人もたまにいるようだ。
博士の理論では、
『霊』とは、空間上に点在する、人間の思念波が空気上の水分に転写された『特定の場所』であり、
周囲の電磁場に影響を与え、歪となって観測される。
霊媒体質の人たちは、この『霊』の影響を受けやすい体質であると定義されている。
人間の周囲に存在する『オーラ』には、過去の思念波が転写される。
その人だけでなく、関わった人の全て・・いや、関わった人のその先の関わった人の記憶までが転写される・・
すなわち、『イタコ』は、対象の人と接するだけで、その人に関わった情報を感じ取り、
あたかも、死んだ人からのメッセージを受けているかのごとく話す事ができると解釈している。
『霊が見える』という人に関しても、空間上の『霊』を感じ取る体質であると、解釈をしている・・
霊媒体質の人は、急にそういう体質になったという場合が多い。
それは、一時的な内外のからの精神的ストレスが主な原因であると考えられており、この女の子に対しても、
環境の劇的な変化や、両親の不在という精神的ストレスが原因で、霊媒体質になったのではないかと推測していた。
この理論では、『霊』には人格というものは無い・・
空間に転写された過去の記憶の記録、再生の『媒体』であり、『現象』である。
それ以上の存在であるわけではなく、その点では、陽子達、『霊能者』とは正反対の意見なのである。
まあ、そう考えれば、『おばけなんてないさ』であり『怖くない』のだけれど・・・
「では・・
ユミは、何らかのストレスで、霊媒体質になったと・・」
博士の解説を聞いて、お母さんがつぶやく・・
「さよう・・
先ほど娘さんからお聞きした所、
最近、この家に引っ越して、学校も変わったとの事・・
さらにご主人と奥さんが共働きで、家を空ける事が多いと・・」
博士の話に、女の子を見つめるお母さん・・
お母さんの代わりに食事の用意をしている女の子・・
「確かに・・
あの子にとって、環境は変わっています・・」
「あ、お母さ~ん。
固ゆで卵って、何分だっけ~?」
台所から女の子の声がした。
博士がお母さんに話をしている間、夕食の手伝いをしていた女の子。
「10分よ。」
「そっか~・・・」
お母さんの言葉を受けて、再び台所へ戻って、調理を続ける女の子・・
「良くできた、娘さんですよ・・」
博士が褒める。
「家の手伝いとか・・
よくやってくれるんですが・・」
家に帰って来るなり、窓を開けていた事を思い出す博士・・
そして、明るく振る舞う反面、急にしがみついてきた事も・・
「普段は、明るく活発なお子さんですが・・
先ほど、『霊』が見えたという症状の時は、
すっかり怯えた様子でした。
一人でいる時が多く、不安なのではないかと、思われます。」
「そうですか・・・
あの子にも・・
負担を掛けているのかも知れませんね・・」
博士の、献身的な対応に、安心した反面、娘の事が心配になるお母さん・・
「今日は、これで、失礼しようと思っています。」
「あの・・
ちょっと待ってください・・」
お母さんに引き止められる博士。
女の子の方をちらっと見る・・聞かれてはまずい話なのだろうか・・
「どうされたのでしょうか?」
「・・
いえ・・
何でもありません・・・」
何か言いたそうな雰囲気だったが、
「それでは、失礼します。
またの機会に、お話が聞ければ・・」
「はい・・」
「あ、博士!帰っちゃうんですか?」
博士が帰ろうとしている姿に、気づいた女の子。
「うむ・・
今日は、色々話が聞けて参考になったよ!」
「あの・・
また、来ていただけますか?」
お母さんの方を見る博士・・女の子から視線を外してはいる・・
やはり、何かありそうな気配だが・・
「ふむ・・
機会があったら、また、お会いしましょう。」
「はい!」
二人に見送られる博士・・
玄関を出て、一礼して、女の子の家を後にする。
駅までの道中、この女の子と一連の現象について気になった博士だった。
そして、お母さんの話も気になっていた・・
何かを言いたそうだった雰囲気が腑に落ちなかった。




