46.お寺で
お寺・・
運動会が終わり、お寺へと戻ってくるヒロシ。
本堂には、葬儀に出席した人たちの姿はなく・・
住職だけが、一人、観音様の前に座っていた。
そこに、横たわっていたはずの、母の亡骸も無い・・
「お帰り・・ヒロシ君・・」
ヒロシに気づいた住職が振り向いて迎える。
「皆はどこへ・・?」
「ああ・・お母さんのお骨を拾っている頃だよ・・」
火葬場に移送され、焼却されたお母さん・・
その残りであるお骨を取りに行っているという事だ・・
すっかり、母の葬儀を抜けてしまったヒロシ・・
「僕・・
お母さんと・・
別れられなかった・・・」
ポツリと言うヒロシに住職が語りだす。
「ヒロシ君・・
先ほど君が、ここを飛び出す時、
『ここにお母さんはいない』って言っていたよね・・」
「はい・・」
あのときは、無我夢中だった・・
自分がそんな事を言って飛び出したのか・・
いや
自分が、葬儀を抜けて、飛び出してしまった事が、信じられなかった。
「僕はずっと、
母の所に居た・・
死んだって事が、ずっと信じられなかった。
ひょっとしたら、
動き出すんじゃないかって・・
でも
お母さんの体は、
どんどん
ひからびた人形のようになっていったんです・・」
「ふふふ・・
君の言った通り、
そこに、お母さんは居ないのです・・」
「え?」
意外な住職の言葉に不思議がるヒロシ。
「人間は、何十年、長くても、百歳ちょっとくらいの寿命でしかない・・
この世に生を受け、
この世で、家族や友人、恋人、また、新しい家族と暮らし
その役目を終えて、この世を去って逝く・・
目の前に居る人は、いつも、すぐそこに居ると思う・・
でも・・
人間はいずれ、その寿命を終え、この世を去って逝くのです・・
目の前に居る人が、急に居なくなる。
そこに、今まで、見えていた人がです。」
「はい・・」
「見えている世界は、
目で見て、そこに居るということが分かる・・
その人がしゃべっている声も、耳で聞いて、そこに居ると分かるのです。
触れる事で、温もりを感じる・・
人間の『五感』で感じる事の出来る世界・・
それは、物体である『その人』そのものが消滅すれば、
無くなってしまう・・
でも、
人間には、『心』というものがあります。
それは、目に見えるモノでもない
聞こえるモノでもない。
触れることもできない・・・
でも、『心』は確実にあります。
私の心、
ヒロシ君の心、
お母さんの心・・
人それぞれの心がある。
それは、
『五感』で感じる事ができないモノ・・
見えないけれど、そこに『ある』・・」
「見えないけれど・・
そこに・・
ある・・」
「そう・・
人間の五感で感じられない『心』は・・
同じ、人間である私達が、感じる事ができるのです。
見えない心・・
心は心で感じ取ることができる・・」
「心は・・心で・・・」
「亡くなったお母さんの亡骸は、
つい数日前まで、温もりがあり、動き、声を出し、触れる事ができた。
でも
そのお母さんが亡くなった時、
いままで、動いていた体には、
お母さんの『心』は宿っていない・・
人形のような・・人の形をした『物体』となっていた・・
その心は・・
いままで、そこに宿っていたお母さんの心は・・
その亡骸には居ないのです。
ヒロシ君が
『ここにお母さんはいない』
って言ったとき、
それは、誠の真理を示していると・・
私は、ハッとなったのです。」
「僕が?」
「そう・・
その亡骸にお母さんは居ない・・
火葬場へ行って、納骨した後の・・
お墓にもいないのです・・
本当のお母さんは、
形を変えて、
ヒロシくんの『心』の中にいるのです」
「僕の・・心の中に・・」
「ヒロシ君だけではない・・
あそこに参列していた
お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、皆の心の中に、
お母さんが住んでいる・・
そういった、『命』になって生き続けるのです。」
「皆の心に生き続ける・・
そういえば、
さっき、運動会の時に・・」
リレーでのゴールまでの間に、母の姿を見て、声を聞いた事を話したヒロシ・・
「ほう・・
それは
不思議な事も
あるものですな・・・」
「あの時、確かに、僕は母の姿を見たんです・・」
「ふふ・・
私は寺に勤めてはいるけれど、
人の死と向かい合う事が多いけれど、
『霊感』というものはないのです。
同じ、仲間でも
霊感のある人や
『霊』を見たという体験を話す人もいる・・
でも
私には
そのような
『霊感』もなければ
体験した事も無い・・・
ですが・・
人の心は分かる・・
霊感などなくても
人の真の心・・
魂
そういったものは、
心で感じる・・
人である限り、
人の心は、
自分の心を研ぎ澄ませば
おのずと
わかるものです。」
「心を研ぎ澄ます・・」
「そう・・
ヒロシ君は
仲間想い・・
困った人の気持ちが良くわかる・・
愛する人を亡くした人の気持ちもわかる・・
お母さんの葬儀を抜けて、
大切な仲間の元へ助けに行った・・
純真な心
その心が
自分の心の中に居る
お母さんの姿を
見たのではないでしょうか・・・」
「お母さんが・・
僕の心の中に・・」
「ふふ・・
まだ、ヒロシ君は、
お母さんの死を完全には受け入れられないでしょう・・
それは、仕方がない事です。
いままで、ずっと一緒に暮らしていたのですから・・
急に居なくなってしまった・・
でも
生前の事を思い出して寂しくなって、
お母さんの事を思い出したら・・
いまの
言葉を思い出してください・・
ヒロシ君の心の中に・・
お母さんが生きているという事を・・」
「はい・・」
そんな話をしていたら、父やおじいちゃんたちが帰ってきた。
「お?ヒロシ・・帰っていたのか?」
「どこへ行ってたの?心配してたのよ・・」
「ごめん・・
オレ・・
ちょっと・・
運動会へ・・」
父が思い出す。
「そうか・・
今日は運動会だったな!
楽しみに頑張っていたんだもんな・・」
父には、母に見に来てもらいたかったヒロシの気持ちがよくわかっていた。
毎晩、へとへとになって寝ている姿を見ていた父・・
「お母さんに・・
最期の別れができなかった・・・」
ポツリと言うヒロシ・・
「いや・・
母さんも、そうしてほしかったかもな・・」
「え?」
お父さんの意外な言葉に、驚くヒロシ・・
「ああ・・
昔から、お母さんは、仲間を優先してきたからな・・」
「そうね・・
あの子は・・
そういう子だったのよ・・」
おばあちゃんが付け加える。
「血は譲れんって事か・・
やっぱり、ヒロシは響子の子だ・・」
おじいちゃんも話に入る。
「ヒロシの体の中に、
あの子の血が、立派に流れているのよ・・」
「DHAってやつだな~」
「D・N・Aですよ・・・お父さん・・!」
おじいちゃんのボケに、おばあちゃんのツッコミ・・
「ガハハ・・
頑固な所も、
似ているかもなぁ!」
「そうね!
うふふ・・・」
おじいちゃんと、おばあちゃんが、何やら思い出しながら笑っている。
頑なに母の元を離れなかった姿も、亡き母に似ていたのだろうか・・
「そう言えば、お腹空いてるんじゃない?」
おばあちゃんが聞いてくる。
「え・・?
あ・・
うん・・・お腹ペコペコだよ!」
「そうか~
たまには、何処か、良い所へでも行くか!
寿司でもなんでも好きな所でいいぞ!」
太っ腹なおじいちゃん・・
「う~ん・・
そうだね・・」
考えるヒロシ・・
食べたいものは色々あった・・
でも・・
「駅前のハンバーガー屋がいいな~」
母が生前、好きだった駅前のハンバーガーショップ・・
「はいはい・・
そう来ると思ったわ!
お母さんの大好物だもんね・・」
おばあちゃんには見透かされていた・・
「オレ、フライドチキンが良いな~」
「そんなんでいいのか~??」
残念がっているおじいちゃん・・
「あれが、いいんだよ~!」
「響子も変わったものが好きだのう・・」
「あ・・すみません、ちょっと昼食に行ってきます・・」
「はい。いってらっしゃい・・」
お父さんが住職にことわっている。
お寺から、駅前に向かう一同・・
その姿を見守る住職・・・
そして、隠れていた美奈子、陽子が出てくる。
「ヒロシ君も、何とか乗り切ったようね・・」
ヒロシ君達の背中を見ながら、陽子が言う・・
「うむ・・
そうじゃな・・
ところで・・
陽子・・」
「はい・・?
何でしょう?」
「お前・・
何かやったじゃろう?」
運動会の時に、ヒロシから不思議な体験をしたと報告を受けていた住職・・
「え?
何の事?」
とぼけている陽子。
「ヒロシ君に響子さんの想いをシンクロさせたなぁ~!?」
住職は、陽子の行動がわかっていた・・
「あはは・・
わかった???」
「素人相手に、
あんまり、霊力を使うモノではない!
ごまかす方が大変なんだから!!」
「ごめんなさい・・
以後、
気をつけます・・」
「お母様・・無理しないで下さいね・・」
美奈子がポツリという。
母が霊力を使う事に、不安を隠せない美奈子・・
「はいはい・・
以後
気をつけますって!
心配かけて、
ごめんなさい」
ペコリと頭を下げている陽子。
そんな姿も珍しい。
そして・・
「美奈子・・」
改まって、美奈子に迫っている陽子・・
「はい・・」
「これから、
修行は本格的になるわ・・
今まで以上の苦行になる。
あの悪霊と対決するために・・
厳しい修行だけれど・・
頑張るのよ!」
「はい!お母様!」
決意を新たにする美奈子と陽子・・
その日のうちに、山の神社へと戻ったのだった・・




