42.お通夜
次の日
響子のお通夜と幸子さんの命日が重なり、大忙しのお寺・・
住職一人では、対応しきれず、陽子と美奈子も駆り出される事となった。
「私、般若心経しか分からないわよ!」
「うッ・・
いや・・
それでいいよ・・」
「お父さん!そんなんでいいの?」
「うう~・・
いい!
要は亡くなった方のご冥福を祈ればいいんだ!
陽子なら、幸子さんへの想いが強いだろう?」
「幸子なら、無事にあの世へ行ってるんだから、
ご冥福もあったものでもないと思うんだけど・・」
「それは、君が分かってるからだろう?
普通の人は、そんな事までわからないんだから!
くれぐれも、失礼の無いようにね!
向こうは素人なんだから!」
「はいはい・・」
「お布施頂くからには、ちゃんと働いてね!」
「は~い」
まあ・・普通は、素人だ・・
ご住職にしても、亡くなった方が、何処へ行ったのかなんて分からない。
不満でいっぱいの陽子を幸子さんの家へ送り出す住職。
美奈子も付いていく。
「さて、さて・・
こっちは、御勤めをさせて頂きますか・・」
響子の亡骸が安置されている本堂へ向かう住職。
本堂
既に、両家の身内の方々が集まっていた。
おじいちゃん、おばあちゃんの姿もある。
ヒロシは昨日の晩から食事もしないで、ずっと母の亡骸の傍に居た・・
涙は枯れ果て、俯いて、母を見つめている。
「直人君・・
ヒロシはずっと、ああなのか・・」
おじいちゃんが、見かねてお父さんに聞いている。
「はい・・
このお寺に移してから、ずっと・・」
「何も食べていないって・・」
おばあちゃんが、更に聞いている。
「そうです。
私も、食べるように進めているんですが・・」
「あれでは、体を壊してしまうぞ・・
お前・・」
「はい・・」
おじいちゃんが、おばちゃんに合図を送る。
お寺を抜け出すおばあちゃん・・
何処へ行ったのだろう・・
「ヒロシ君居ますか~?」
玄関から声がする。
お父さんが玄関で出ると、小学校の同級生数人が訪れて来ていた。
「やあ・・君たち・・」
「ヒロシのお母さんが・・
死んだって・・」
「ヒロシ君・・大丈夫ですか?」
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ここで、「他界した」「亡くなられた」の使い方を解説しよう。
身内でない人が死んだ場合、「亡くなった」と言う。
自分の身内が死んだ場合は、「他界した」若しくは「死んだ」と言う。
例えば、ヒロシがお母さんを言う場合は、
「お母さんが他界した」
と言うのが一般的。
ヒロシの友達が、ヒロシのお母さんを言う場合、
「ヒロシ君のお母さんが、亡くなられた」
と言う。
ここで、ヒロシの友達は、
「ヒロシ君のお母さんが亡くなられたって・・」
と言うのが正解なのであるが、まだ小学3年生なので、許してやってほしい・・・
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「ああ・・元気な事は元気なんだが・・」
「あいつ、ずっとお母さんと病院を出る事を夢見てたから・・」
「ショックなんじゃないかって・・」
「運動会の練習も、お母さんにみせるって、張り切ってたよな・・」
「そうだ・・
明日の運動会は出れそうですか?」
「明日は、お葬式だから・・」
父が答える。
ヒロシが張り切っていた運動会・・響子が亡くなって、その夢もかなえられなくなってしまった・・
「やっぱり出れないですよね・・」
「ヒロシに元気出す様に言ってください!」
「ありがとう・・
でも
それは直接言ってくれないかな・・」
「え?」
「本当は、元気がないんだ・・
食事も食べてない・・」
顔を見合わせる友達・・
友達を本堂へ案内するお父さん。
本堂に入ると、先程と変わらず、お母さんの傍に居るヒロシの姿・・
かけよる友達・・
「ヒロシ!」
「大丈夫か?」
「皆・・・」
その顔からは、生気が抜けている感じがした。
大丈夫ではない・・・
「明日は運動会だよ!」
「うん・・
でも
オレ・・出れないよ・・
ずっと、お母さんに着いて居たい・・・」
「ヒロシ・・」
「リレーのメンバーが足りないんだ・・」
「さっきの練習でケガしちゃってさ・・」
「ケガ?」
その言葉に反応はしたが・・
「オレ・・
母さんから・・
離れたくない・・・」
再び、お母さんの方を向き、そのまま、無言になるヒロシ・・
見つめる友達・・
それ以上は、何も言えなかった・・・
「ヒロシ~」
おばあちゃんが帰って来た。
なにやら、両手にいっぱいの袋をかかえている。
おいしそうな匂いが漂う。
「あら、お友達も来てたのね!」
「お母さん・・それは?」
「ああ・・駅前のハンバーガー屋で買って来たの!
響子の大好物だからね~。」
袋を開けて、中身を広げるおばあちゃん。
ハンバーガーやチキン、ポテト、ジュースをしこたま買ってきたようだった。
「さあ!お友達も、おあがり!」
「わあ~。いいんですか?」
「いただきま~す。」
群がる友達・・
だが、ヒロシは、母から離れようとしなかった・・・
ごくりと唾を飲み込む・・
「ヒロシ・・食べないのかい?」
「お母さんも・・
食べられない・・・
オレばかり・・
食べるなんて・・
できない・・」
母を見るヒロシ・・頑なに母と同じ状態になろうとでもいうのだろうか・・
本当は、喉から手が出るほど、欲しいのだろうけれど・・
「ヒロシ・・ちゃんと食べないと、死んでしまうよ・・」
おばあちゃんが、心配して言う・・
「お母さんと
一緒に逝けるなら・・
そのほうがいい・・」
「ヒロシ・・」
友達も、ヒロシの頑なな態度に、何も言えなかった・・
昼過ぎに、美奈子たちが帰って来る。
幸子さんの法事が無事に(?)終わったようだった。
「只今~。
あ~あ、お腹すいちゃった~」
控えの部屋へ帰って来る美奈子。
机の上に、先ほどのハンバーガー屋の食べ物が置いてあった。
「あ~。おいしそう~」
「これ、駅前のハンバーガー屋のメニューね・・
響子と一緒に行ったのが懐かしいわ!」
住職が説明する。
「ヒロシ君に食べさせようと、おばあちゃんが買って来たんだが・・
口をつけないんだ・・」
「ヒロシ君が?」
「ああ・・
昨日から、何も食べていない・・
お母さんが食べれないから、自分も食べないって・・」
「そう・・
よほどショックなのね・・」
陽子がつぶやく・・
「食事も、ちゃんととらないと、
本当に病気になってしまうよ・・」
「ヒロシ君は、響子ゆずりの性格なのね・・
響子も、そうするでしょうね・・
たぶん・・
最愛の人を亡くした時・・
自分も同じ事をしないと気が済まないのよ・・」
襖を開けて、本堂の様子を見る美奈子・・
「ヒロシ君・・」
夕方になって、親戚縁者の数が増す。
響子の友人やゆかりの人たちが集まっている。
今西や妹の弘子さんも、喪服姿で出席していた・・
ヒロシは、相変わらず、お母さんから離れようとしなかった。
死後、丸1日経過した母の体は、
少しずつ痩せ、皮膚は少し、乾いてきている感じがした。
一回り、小さくなったような感じもした。
そんな姿の母をじっと見つめているヒロシ・・
昼食はおろか、夕食にも手を出さなかった・・
お通夜が始まり、住職がお経を唱え始める。
線香の香りが広がり、木魚の音が本堂に響き渡る。
それでも、母の元を離れようとしないヒロシ・・
「ヒロシ君・・」
奥の方から覗いている美奈子が心配している。
「美奈子・・」
陽子が後ろから声をかける・・
「お母様・・」
「あなたも、夕食、食べてないって?」
「はい・・
ヒロシ君が食べないなら・・
私も・・
食べません・・」
美奈子も、ヒロシに合わせて断食を行っていた・・
お腹は、空き過ぎて、みぞおちが痛くなってきている。
本当は、喉から手が出る程、食べたいのだが・・
我慢をしていた。
そんな健気な(けなげな)美奈子を、止めようという気になれない陽子・・
「全く、強情な二人ねぇ!
勝手になさい!」
そう言って、向こうの方へ歩いて行ってしまった。
グゥ~~
でも、やはりお腹が空いてきていた美奈子。
ふと、部屋の片隅を見ると、四角い箱が置いてあった。
病院で響子から手渡された、温泉饅頭の箱・・
・・・これを・・
辛い時に、食べて・・
私や
ヒロシだと思って・・
響子の言葉を思い出す・・
「お母さん・・・」
箱の蓋を開ける美奈子。
箱の中には、温泉饅頭がびっしりと入っていた・・・
甘い匂いが漂う・・・
ゴクリ・・
生唾を飲み込む美奈子・・・
饅頭を一つ、手に取る・・
いつの間にか、涙が溢れていた・・・
「私・・
ヒロシ君に・・
会いたい・・
会いたいよぅ・・・!」
一口饅頭を食べる。
空腹だった所へ、甘い食感が広がる・・・
薄皮の香ばしい香りと、
餡子のねっとり感が
たまらなく美味しい・・
「甘い・・・」
口元が和らぐ。
2口、3口とほおばる美奈子・・
あっと言う間に、一個の饅頭を食べてしまった・・
「うう・!!
ヒロシ君・・
好き!!」
涙を流しながら、いくつも饅頭をほおばる美奈子・・
「甘いの・・
おいしい・・」
にやりと笑う美奈子・・
ヒロシに会えない代わりに、甘い饅頭を食べて、
その想いを紛らわしている・・
いくつも、いくつも口に入れている。
「ヒロシ君・・
大好き・・!」
もふもふと、口の中が甘い饅頭でいっぱいになっている・・
「美奈・・
甘いの
大好き!
ヒロシ君も!
エヘヘ・・」
不気味に笑みを浮かべて、一箱の饅頭をたいらげてしまった美奈子・・
いつのまにか、涙が止まっていた・・
辛い事がある度に・・
悲しい事を乗り越えなければならない度に、
美奈子は
甘い物を口にするようになった・・
特に・・ヒロシと会いたい時に
何個も甘い物を食べることで
忘れる事ができるようになった・・
美奈子にとって辛い修行が続く・・




