40.母と彼女
お寺
美奈子のお寺。
響子の亡骸が収められた棺が病院より運び込まれる。
市営住宅に住んでいるヒロシの家では、経済的にも葬儀場を利用して、まともに葬儀をあげることができなかった。
昔ながらに、お寺を借り切って葬儀会場にするのが精一杯なのだ・・
葬儀屋と打ち合わせをしている父。
本堂に安置されている響子の亡骸を前に、じっと座っているヒロシ・・
その姿を、襖の陰から見守っている美奈子・・
「ヒロシ君・・」
側へ行って、お母さんの死の悲しみに臥せる(ふせる)ヒロシを慰めたかった・・
でも、
修行中の為、それが出来ない・・
美奈子もまた、苦しみを味わっていたのだった・・
「美奈ちゃん・・」
その声に振り返ると、響子が立っていた・・・
白装束に身を包んでいる。
「お母さん・・」
美奈子にとって、亡くなった人を見るのは、日常茶飯事だった。
「辛い?」
「辛いです・・
ヒロシ君の所へ・・
行きたい・・」
「そうね・・
私も、ヒロシを慰めたい・・
でも
もう、それも出来ない・・」
「お母さん・・」
「ちょっと・・
いいかしら?」
「はい・・」
美奈子を連れ出す響子・・・
病院の前にある公園
響子に連れられて来たのは、ヒロシにとっても、響子にとっても想い出の多い公園・・
ブランコやジャングルジム、滑り台がある小さな公園だった。
「ここは・・・」
美奈子がつぶやく・・
この公園のジャングルジムで、ヒロシと美奈子が将来を誓い合った・・
美奈子にとっても、想い出の深い公園だった。
響子が入院中は、ここへきて、ヒロシと良く遊んでいた・・
「懐かしい・・」
響子にとっても、久しぶりの公園だった。
病状が悪化してから、外出もままならない状態で、半年ぶりなのだった・・
「ここで、
ヒロシとお弁当を食べたのよ・・」
ベンチに座っている響子。
「お母さん・・」
「ごめんなさいね・・
付き合わせちゃって!」
「いえ・・
いいんです。
私にとっても、
ヒロシ君との思い出の場所だから・・」
ジャングルジムのてっぺんで、口づけを交わした美奈子とヒロシ・・
あの頃が、一番、楽しい時期だった・・
「美奈ちゃん・・
あなたに言い残した事があるのよ・・」
「何ですか?
お母様にも聞かれては・・
まずい事なのですか?」
「そう・・
私と陽子はずっと一心同体だった・・
でも、
一度だけ、陽子と喧嘩したことがあるの・・」
勝気な陽子と優しい響子。性格は正反対で、どちらかというと響子が陽子を受け止める事で険悪な空気を回避できたのは想像にた易いと思う。でも、我慢にも限界があるといった事だろうか?
一回だけの大喧嘩とは?
「??
なぜですか?」
「陽子って、一途で頑固でしょ?
私とは正反対の性格なのよ・・
私は
引っ込み思案だし・・人前に出るのも苦手だった・・
活発な陽子が羨ましかった・・」
「そ・・
そうなんですか?
まあ・・
確かに、お母様もマイペースだし・・」
思った通りの展開のようだったが、
「そんな私でも、
引く事ができなかった事がある・・
あの時は、どちらも引かなかった・・」
「喧嘩の原因って、
何だったんですか?」
「ヒロシの事よ・・」
「ヒロシ君の?」
「私が、あの子を産めば、
寿命も短くなるって・・・
忠告されたのよ・・」
ベンチに座って、星空を眺める響子・・・
「反対されたわ・・
陽子に・・
私の事を想って言ってくれていたのは、
すごくわかった・・
嬉しかった・・
でも、
私も
その時は頑なに生もうとした・・」
「お母さん・・」
「だって、ひどいじゃない!
陽子のお腹の中にも、美奈ちゃんが居たのよ!
自分だけ、幸せになろうなんて、
絶対許せなかった!」
「え??
そ・・
そういう理由で??」
「陽子も、
あの妖怪との対決で、
体はボロボロだったのよ・・
ひょっとしたら
私以上だったかもね・・」
「そうですね・・
お母様も霊力があるから・・
何とかもってるみたいです・・
時々、
苦しそうな時もあります・・」
「私も、反対したの・・
あなたを生むことを・・
お互いに
お互いの出産を反対し合った・・
お互いの事を想って・・
陽子も、
自分の命と引き換えに、なったかも知れないのよ・・」
「お母様が・・
危険を冒して
私を・・」
「お互い、自分の子を産むまで、
会おうとしなかった・・
陽子も半分、諦めてたみたいだった・・
でも、
この病院で、あなた達が無事に生まれた・・
私と陽子・・
それぞれの無事と、
あなたたちの誕生をどれだけ喜んだか!」
「この・・
病院で・・
私達が・・
生まれた・・」
「おかしいよね・・
『生』と『死』・・
両方の思い出が、ここにはある・・
あなた達の『生』と
私の『死』・・
でも
病院って、そういう所だものね・・」
「そうですね・・
私も小さい頃から
ここに来るたび、
そう思ってました。
亡くなった人も見えれば、
赤ちゃんが生まれて、
希望に満ちて帰っていくお母さんもいた・・
でも
ここに来れば、
ヒロシ君に会えたから・・」
「陽子も、あれから変わったの・・
自分で全てを背負うのは辞めるって・・
だいぶ、柔らかくなったのよ!」
「え?
あれで・・
柔らかくなったんですか~??」
「うふふ・・
前は、もっと凄かったよ!
誰も寄せ付けないオーラみたいなのがあったんだから!」
「そ・・
それは・・
怖いデス・・
よく、
お母さん、
ついて行けましたね・・」
「我慢強かったから・・
私も・・
ちょっと変わってたし・・」
「そうですね・・」
「コラッ!そこは納得しない!」
「スミマセン・・」
「うふふ・・
あなたたちは・・
私達の希望なのよ・・
妖怪退治という目的ではなく・・
私達の
未来を・・
あなた達に
託す・・
命の輪を繋ぐ
希望・・」
「命の・・」
「あなたは、
自分の運命を見てしまったって・・
言ってたけれど・・
それは、
一つの可能性でしかない・・
初めから決まった運命なんて、何一つない・・
どんなに困難でも、
それに立ち向かう勇気と
仲間・・
そして
愛しい人がいれば、
運命は
変えられる・・」
「運命を
変える?」
「ヒロシ・・・
あの子は
強い子よ・・
霊感は無いけれど、
それ以上の
強い力を持っている・・」
「霊感以上の・・力・・」
「美奈ちゃんも気づいているはずよ・・
霊感の強いあなたが
なぜ、
ヒロシに魅かれるのか・・
それは
あなたの本能が見抜いていた・・」
「ヒロシ君に魅かれる理由?」
それは、考えた事もなかった。
単にお互いに引き合うものがあるのだと・・
「霊能者って・・
霊感があって、
他の人には
見えないものが見える・・
死者とコンタクトが取れる能力もある・・
普通の人よりも
前に出ている・・
一歩進んでいるっているって
心のどこかで
人をさげすましている所がある・・
でも、
人として、大切な事・・
命の重さや
仲間の大切さ・・
友達への思いやり
そういうものが
霊力を持たない人以上に、
必要とされる。
人間には、
人それぞれの
役目、業があるそうだけど・・
霊能者にだって、
そういった修行が課せられていると思うの・・
例外なくね・・
この世に生まれたからには・・
皆・・
平等に、
それぞれに
授けられた
修行の道がある・・」
「修行の・・
道・・」
「ヒロシは普通の子よ・・
でも
私との別れを乗り越えた時・・
あの子は
強くなる・・」
「ヒロシ君に
言われたんです!
私が
戦って
死ぬって
運命を打ち明けたら・・
『オレが守ってやるよ!』
って・・
言ってくれた・・
嬉しかった・・」
「うふふ
誰でも、そうは言えないと思うよ・・
ミナちゃんだったから
ヒロシは
そう言ったと思う・・
あなたたちは
いい
カップルよ!
私が
絶対、
死なせはしない!
ヒロシと共に、
戦って!
私は、
ずっと見守っています。」
「お母さん・・」
「あなた達は、
私と陽子の
希望なのよ」
「わかりました!
わたしは・・
ヒロシ君と共に・・
歩みます!
そして・・
絶対!
ヒロシ君の
お嫁さんになります!」
「うふふ!
その意気よ!」
二人で、決意を新たにした・・・




