39.臨終
意識が遠のき、周りが真っ暗の空間に閉じ込められたような感覚の響子・・・
廻りでは轟々と騒音の渦・・
家族の声が全く届かない・・・
ここが、何処かも、分からない・・
その時、上の方に一本の光が差してくる。
今まで、うるさかった音がピタリと止む・・
その光に、吸い寄せられるように、体が持ち上がっていく。
気が付くと、
集中治療室の天井付近から、自分の眠っている体を見下ろしていた。
その体に、ヒロシと直人がしがみついて泣いている・・
自分が、
死んだ
そう、自覚した。
今までの苦痛は一切なかった。
肩の荷が下りたような・・
いや
体にかかっていた重力やしがらみの様なものが全くなく、
解放された気分になっていた。
不思議と
悲しみは無く、
単に
自分の体を見下ろしているだけの存在・・
「お疲れ様!」
後ろから声がした・・・
振り向くと・・
「幸子?」
幸子さんが立っていた。
慈悲の光に包まれ、
天女か天使の様な井出達は、生きている時と全く変わっていたが、
その周りに漂う「気」でなんとなくわかった・・
「久しぶりね!」
にっこりとほほ笑む幸子さん。
「ええ・・
でも、なぜ、ここへ?」
不思議がっている響子。
「うふふ・・
今は、菩薩様の元で修行をしているのよ・・」
「そうなんだ・・」
「本当に、ご苦労様!
あなたは、現世での役目が終わったのよ!」
「役目?」
「ええ・・
人には、それぞれ、生きている間に、やらなければならない、
役割・・
業
が授けられている・・」
「役割や業?」
「あなたは、その役割を果たし、
あの世へと修行のランクを上げるのよ・・」
「私の役目って・・」
「そうね~
まあ、悪霊を封印したことが一番の業かな~
あとは、
ヒロシ君へ
命の輪を繋げたこと・・」
「命を・・つなげた?」
「あとは、ヒロシ君と、
あの
かわいい彼女がやってくれるよ!」
「そうね・・」
「・・でも、あなた・・
直ぐに行く気はないでしょ?
あの世へ・・」
「わかるの?」
「そりゃ~菩薩様の元に居れば、
色んな事が出来るようになるよ~!
あなたの考えてる事なんか、
すぐわかっちゃうんだから!
いえ・・
そんな力なんて使わなくってもわかる・・
私達、
仲間だからね・・
親友の考えてる事なんか・・
直ぐに分かるよ!」
「幸子・・」
「あと少し、あの子達を見守るんでしょ?」
「うん・・」
「上司に言っとくわ!
一身上の都合で
一橋 響子は
現世に残りますって!
あ~あ・・
あなたをあの世へ導くのが
私の仕事なのになぁ~
職務遂行ができないか~
怒られるんだろうな~」
「ごめん・・」
「謝らなくってもいいよ!
その代わり、
役目が終わったら、直ぐ行くんだよ!」
「ありがとう・・」
「じゃあね!
また
会いましょう!」
「ちょっと、待って!」
帰ろうとする幸子を呼び止める響子。
「何?」
「今西君に、会っていかないの?」
「今西・・君・・?」
「せっかく、来たのに・・」
「彼には・・
次の人が待っているよ!
私達、死者は
生きている人たちに・・
今を生きる人に
干渉はできない・・
見たら・・
会ったら・・
別れるのが辛くなるしね・・
彼も
私も・・」
「幸子・・」
「直人さんにだって、次の人、いるんだよ~!
誰とは言わないけどね!
覚悟しときなさい!」
「もう!意地悪ね!」
「うふふ・・
まあ、
あと、5年か・・
あの悪霊との決戦まで、
みんなを
見守っててね!
私の分まで!」
「わかったわ!」
「それじゃあ・・
これで・・
響子・・・
本当に・・
お疲れ様!」
そう言って、幸子さんが昇天していった・・・
通常ならば、幸子さんと一緒に、あの世へと導かれるのだが・・・
老いて、
病んで、
死んでいく
それが、普通の人の、死期である。
人間がその人の寿命をまっとうし、あの世へと魂が帰っていく・・
この世では、「業」や「役目」があり、
その修行を果たすために、日々精進をしている。
現世で起こる現象は、
その修行にまつわる事に起因する。
全ての事は、
偶然ではなく、必然・・
人間という生き物は
煩悩や、社会、家庭・・ありとあらゆるしがらみ・・
健康と病気
快楽や苦難を繰り返し、乗り越えて生きていかなければならない・・
そして、
その最後は、
老い
病
死
人間にとって、一番迎えたくない苦行・・それを乗り越えなければならないのだ。
そして、その苦行を終えて、あの世へと旅立つときは・・
「お疲れ様でした!」
人間という寿命をまっとうし、次への命を繋げたことに、
感謝の意を込めたい・・
「葬儀」では・・
悲しみの感情だけではなく・・
その人への、
尊敬の意と慰安の意を
込めて、合唱をしたいものだ。
別れは、すなわち、旅立ちの時でもある。
響子の寝ていた大部屋・・
看護婦によって、ベットや棚が整理され、家から持ち込まれていた備品がまとめられていた。
仕切られていたカーテンが開けられ、シーツも取り払われたベット・・
つい、先ほどまで、ここに響子が居て、その温もりさえも感じられる。
それを見つめる翔子ちゃんと雨宮先生・・
響子の容体が急変し、バタバタと慌しく看護婦たちに連れられて行ったのだ・・
その後、どうなったのか心配だった・・・
「ママ・・
お兄ちゃんのお母さん、どうなっちゃうの?」
「わからない・・」
今は、それしか答えられない。
でも、夕方来ていた陽子達の会話で、響子の死期に、うすうす気づいていた先生・・
そこへ、ヒロシと父が入ってくる。
看護婦から持ってきた荷物を確認する父・・
涙目のヒロシ・・
翔子ちゃんと目が合う・・
「お兄ちゃん・・」
涙をこらえている感じのヒロシ・・
女の子・・自分よりも小さな子に、自分の泣いた顔など見せたくない。
「妻が生前中は・・大変お世話になりました・・」
父が挨拶をしている。
ペコリとお辞儀をするヒロシ・・
「ご愁傷様でした・・」
先生が挨拶を交わす・・
そのまま、部屋を出ていくヒロシ達・・
その様子を見守る翔子ちゃん。
このまま、会えなくなってしまうのだろうか・・
「待って!」
部屋を出て、廊下を歩いているヒロシに声をかける翔子ちゃん・・
「お兄ちゃん・・
お母さんは・・・」
振り向いたヒロシが答える。
「翔子ちゃん・・」
少し、笑みを浮かべるヒロシ・・
「僕のお母さん・・
天国へ行ったんだ・・・」
「そんな・・
もう・・
会えないの?」
「うん・・
もう・・
会えない・・」
こらえていた涙が溢れるヒロシ・・
翔子ちゃんが寄り添う・・
ヒロシの胸で、泣く翔子ちゃん・・・
「やだ!
そんなの
やだ!!!」
さっきまで、優しい笑顔で話しかけてくれた、ヒロシのお母さん・・
さっきまで、一緒の部屋で過ごしていた響子が、
ものの1時間も経たないうちに、この世を去ってしまった・・
その驚きと、悲しみでいっぱいの翔子ちゃん・・
これが、
人の死・・
翔子ちゃんは小さい頃にお父さんと死に別れたが、
その記憶は無かった・・
身近な人が亡くなるのを見たのは、感じたのは
これが初めてだった・・・
ヒロシと翔子ちゃん・・
二人で泣きあう
その姿を見守るお父さん・・
「翔子・・
もう、戻ろう・・」
先生が廊下に出てきた。
翔子ちゃんに部屋へ戻るように促す。
「この度は・・本当に急でしたね・・・」
「はい・・
本当に、
お世話になりました・・・・」
「どうか・・
お気を確かに・・」
「ありがとうございます・・」
そのまま、ヒロシを連れて廊下を歩いていく・・・
その姿を見守る先生・・
「お兄ちゃん・・・
可愛そう・・・」
翔子ちゃんが泣きながら、つぶやく・・
優しく抱き寄せる先生・・
「ママ・・」
「翔子・・」
思いっきり、抱きついてくる翔子ちゃん・・
そして・・
異変に気づく・・
「ママ・・」
「どうしたの?」
「わたし・・
頭が・・・
痛い・・」
「翔子?
翔子!!!」
そのまま、意識が遠のく翔子ちゃん・・
病気が再発し、その言葉を最後に・・
再び目を開ける事は無かった・・・・・




