36.バトン
ヒロシの通う小学校
「位置について!
ヨーイ!!」
パーン
タタタタ・・・・
「ガンバレー!!」
スタートの合図と共に、リレーの走者が走り始める。
トラックを半周して次の走者にバトンが渡される。
次々に渡されていくバトン・・
「ほら!そこだ!!ヒロシ!!
ダッシュが甘い!!」
体育の先生がヒロシに指示をしている。
急いで走り出すヒロシ・・でも、バトンのペースが少し遅れてしまう・・
グラウンドのトラックでの体育の時間、今度の日曜日に開催される運動会の練習が行われていた。
3年生のクラス対抗リレーの練習・・
クラスで代表に選ばれたメンバーを中心に、直前の特訓が行われている。
ヒロシは、補欠ながらもメンバーと同様の練習をしていた。
「ハアハア・・」
走り終えたヒロシに、先生が指導をしている。
「後ろを見ながらだと、ワンテンポ遅れるぞ!
コーナーを廻ってきたら、後ろを見ないで、
感覚で走り出すんだ!」
「はい・・」
「分かったら、ダッシュの練習だ!」
「はい!!」
勢い良く返事をするヒロシ・・
レギュラーではないながらも、張り切っていた。
トラックから離れた所で休んでいる友達の所へ戻ってくるヒロシ。
ハアハアと息が荒いヒロシに、友達が声をかける・・
「あと、一息だな!」
「うん・・・
でも、バトンのタイミングがつかめないよ・・」
「そうだな~、スタートダッシュって、
遅いとペースが落ちるし、
早すぎると、バトンが回らなくなるからな~」
「そうだね・・
もっと練習しなきゃ!」
「ふふ・・、張り切ってるな~
ヒロシも・・」
「お前、レギュラーじゃないから、そんなに力まなくってもいいのに~」
「そ・・そうだね・・」
困った感じになるヒロシ・・
一人の男の子が、思い出したようだった。
「そうか・・!
お母さんが来てくれるかもって言ってたよな・・」
「うん・・
去年の授業参観以来だよ・・」
「そっか・・
楽しみだな。」
「いつも、ヒロシは、お母さんお母さんだもんな~」
「でも、ヒロシのお母さんって、美人だよな!」
「え~~??」
「あ、そうそう・・
あんなお母さんだったらいいなって、クラスの皆が言ってたな~。」
「ま、お母さんが来るなら、張り切るわな~。」
赤面しているヒロシ・・
「仕方ない!ダッシュの練習に付き合ってやるか!」
「ああ・・そうするか!」
「ありがとう・・」
それから、グラウンドの片隅で、ダッシュの練習をし始める3人。
一人が手を叩いて、合図をする。
その合図と共に走り始めるヒロシ・・
何セットも繰り返している。
パン!!
タタタタ・・
「まだまだ、遅いぞ~!」
そんな3人を見守っている体育の先生・・
その脇に女の先生が寄ってくる。
「ヒロシ君、頑張ってますね!」
「はい・・
レギュラーじゃないんですが、
ご家族が見られるって、頑張っていますよ・・」
「お母さんですか・・
早く良くなるといいですね・・」
「ええ・・
あんなに、張り切ってるから、本番はヒロシに走らせてやりたいですが・・」
「うふふ・・
ヒロシ君も、あまり足が速い方ではないですからね・・」
「人一倍、頑張るんですがね~。
何しろ実力がついてこないんですよ・・」
ヒロシ・・
勉強が特段できるわけでも、体力があるわけでもない、普通の男の子・・
それでも、頑張る姿には、皆、一目は置いてはいた。
そして、
お母さん・・響子の容体についても、廻りの皆が心配しているのだった。
「あ、そう言えば、もう時間ですよ!」
「そうですね・・そろそろ病院へ行かせてやらないと・・」
練習している3人の方へ歩いていく体育の先生・・
「おう!ヒロシ。
そろそろ、面会時間になるぞ!」
「あ・・はい!」
ヒロシに病院へ行くように促す・・
博士の研究室
先程、対談が終了し、博士が帰って来る。
実験室に大平さんと数人の研究員が何やら器材を駆使して実験しているようだった。
「あ、博士!お帰りなさいませ!」
「お帰りなさいませ!」
「うむ・・」
険しい表情の博士・・
研究室の片隅にある机の椅子にドカッと腰を下ろす。
腕組みをして、何やら考え事をしている博士・・
いつもながらの、威厳のある行動に、研究員たちに緊張感が走る。
その仕草を観察している博士。
しばらく、黙っていたが・・
「大平君!」
「はい!博士!」
「例の実験は進んでいるかね?」
「電磁波測定の成果でしょうか?」
「うむ・・」
「まだ、磁界発生器への充てん作業が難航しています。
磁界抵抗に問題がある様です・・」
「そうか・・・」
そう呟いて(つぶやいて)、窓の外を見つめる博士・・
「見えない磁場の乱れの視覚化か・・・」
「はい?」
博士の呟きに反応する大平さん。
「うむ・・」
そう言って、暫く窓の外を見ていた博士だったが・・
「大平君・・
もう少し、視点を変えてみるか・・」
「・・と言いますと?」
「脳波測定器の改良をしてみようと思う・・」
「脳波ですか?」
「うむ・・
まだワシの頭の中の理論じゃ・・
広範囲広帯域測定・・『ハイサーチ』・・」
「『ハイ・サーチ』?ですか?」
「多重レベルの広範囲測定じゃ・・」
「単波長ではなく・・?ですか?」
「うむ・・」
「かなり、複雑なFFT変換が必要になってきますが・・」
「うむ・・
じゃが、世の中は、単純なものばかりではない・・
複雑に絡むセグメントの集大成だ。
それは、脳内のニューロンネットワークも同じ事。
脳波として計測されるものは、ごく一部に過ぎない・・」
「確かに・・その通りです。」
「可変バンド技術を確立すれば、その道は切り開けるはずじゃ・・」
「多重帯域ですか・・
面白そうです。
さっそく、吟味しましょう!」
「うむ!
頼む。
ワシは、理論値を推測してみよう・・」
その場に居た研究員たちが、にわかに慌しくなる。
大きな机の上にノートを広げ、あれやこれやと討論し始める。
博士の指示一つで、研究の方向性が決まり、活気に満ち溢れる研究室。
「それで・・、
どうでした?
雑誌社の方は・・」
大平さんが博士に聞いてくる。
「うむ・・・」
「大平君・・」
「はい?」
「君は、『幽霊』については、どう考えておる?」
「全くのナンセンスです。
そういった概念は無意味です。」
「そうだな・・・
我々が捉えようとしている『霊』は、
一般の人たちが思い描いている『心霊』とは
全く、かけ離れているのだからな・・」
「数値に置き換えられない・・
観測のできないモノを、
あたかも、『存在する』と言い張る連中が多いのです。
自然現象としては、在り得ない・・
自己満足になり得ます。
それは、科学ではなく、
想像や妄想に近い。
錯覚や誤認に意味づけをするようなものです。」
「いや・・
大平君・・
全くその通りじゃよ・・
じゃがな・・」
再び、窓の外を眺める博士・・
何か、一抹の不安でもあるのだろうか・・・
そんな博士を不思議に見つめる大平さんだった。
「大平主任!ここはどう考えれば良いでしょうか?」
「はい。そこは・・」
大平さんが、研究員たちの討論に加わる。
それを見計らって、ポケットから一通の封書を取り出す博士・・
雑誌の取材の帰りに、今西から手渡された封書。
その文面を読む・・
子供からの手紙のようだった・・
しんあいなる、博士
はじめまして
私は小学校4年生になりました。
学校が楽しかったのですが
時々、変なものを見るんです。
『ユーレイ』みたいなものです。
みんなには見えないけれど、
私だけに見えるのです。
友達に言っても、本気にしてもらえません。
どうか
私の悩みを聞いてください。
ユミ
住所が封書の裏面に書いてあった・・
「ふむ・・・」
再び、物思いにふける博士・・
病院
響子の入院している病院。
大部屋の一角に響子のベットがある。
カーテンで仕切られて、ベットに座っている響子。
ヒロシ・・
小学三年生のヒロシが学校帰りに、寄っていた。
ヒロシと響子の会話・・・
楽しそうに学校での出来事を報告するヒロシ。
「お母さん、今日は、運動会の練習をしたんだよ!」
「そう・・
今日は天気が良かったから、
ちょっと日焼けしてるね・・」
「うん!
来週の日曜日は、いよいよ運動会だよ!」
「ヒロシも張り切ってるわね・・」
目を細める響子。
そんな会話を、隣のベットで絵本を広げながら聞いている少女がいた。
円らな瞳を輝かせて、好奇心いっぱいに、ヒロシの話に聞き入っている。
翔子ちゃん
小学1年生。
蜘蛛膜下出血の兆しがあり、入院していた。
響子とヒロシが学校での出来事を楽しく話しているのを、羨ましそうに聞いている翔子ちゃん・・
その姿に気づいたヒロシ・・
「あ・・君も、同じ学校だったっけ・・?」
「うん・・
いいな~、もうすぐ運動会なんだ~」
「うふふ・・翔子ちゃんも退院すれば、皆と遊べるようになるよ。」
隣のベット同士、仲良くなっていた響子と翔子ちゃん。
「そうだね~
早く皆と遊びたいな・・。
お兄ちゃんも一緒の学校だもんね!」
「そうだね。
早く良くなると良いね!」
「うん!」
「雨宮さ~ん。お熱計りますよ~」
看護婦さんが体温計を持って来る。
「あの祠か・・
久しぶりに見るな・・」
ポツリと言う今西。
比較的交通量のある道路に、ハザードランプを点滅させて停車している今西の自動車。
その反対車線にあるビルに挟まれた空地。
雑木がうっそうと茂った中に、古ぼけた小さな祠が構えていた。
陽子達が高校の時、妖怪を封印した祠。
あれから、10年の歳月が経っていたが未だに、あの時の恐怖が脳裏によぎり、
近くまで来ただけで、吐き気がするという陽子。
距離をおいて様子を窺う・・・
「あの場所に再開発の計画が立っているそうよ・・」
「何だって?
じゃあ、あの祠は?」
「近くに移築されるという話よ・・
盛大に供養するとは言っているけど・・」
「封印された妖怪は・・・」
「おそらく、自由になるでしょうね。
そんな話をしたって、誰も信用しないけれど・・」
何度か不動産会社に説得に行ったのだが、相手にされないまま計画が進んでいるという。
「そうなれば、また、大変な事になるよ!」
「建設計画は4年後・・
封印が解けても、直ぐには動けないでしょうから・・
5年後が決戦ね・・」
「5年後・・」
「私の体は、
もうガタガタよ・・
美奈子に託そうと思っているわ・・」
「ミナちゃんに?」
「はい。
私は、その決戦に備えて、
日々、修行しているんです!」
「ミナちゃん・・」
あっけらかんと答える美奈子に驚く今西。
「この子は、既に、今の私の能力を超えているわ・・」
ハンドルを握りながら呟く今西・・
「俺には・・出来る事が何一つ無いなんてな・・
幸子達が戦っている時、
何もできなかった・・」
「それは、私も同じよ・・
これは、嘗て(かつて)ない霊力の戦いになるわ・・
前回は、犠牲者を出してしまった・・
幸子や響子・・」
「一橋も・・」
「響子に会えるのは、
これが最後だと思うわ・・
辛いけど、あなたも一緒に行く?」
「ああ・・
ここまで来たんだ・・」
ウィンカーを出して、車が走り出す。病院へと向かうのだった・・




