十四.三途の川
気が付くと、
明るく輝く大河を前にして、
川を見渡すことのできる小高い丘の上に、
僕はたたずんでいた。
きれいな水の流れる河・・・
きらきらと水面が光っている。
対岸は遥か彼方に霧にかくれていて見えない。
こんな光景は初めてだ。
でも、懐かしくもある。
三途の川
なのだろうか
その河のほとりに、女の子の姿があった・・・
白装束に身を包んだ女の子・・
女の子がこちらを向いて、話しかけてくる。
ちょっと遠くにいるのに、すぐそばで、ささやいているように聞こえてくる。
「お兄ちゃん、
ありがとう」
「翔子ちゃん・・」
「やっと、私の名前を呼んでくれたね!」
「そ・・そうだね・・・」
「私の命は、短かったけど、
ママや、お兄ちゃんと会えて、良かった!」
「うん・・
僕も・・
君と会えて、
良かったよ。」
「嬉しい!
これで、心置きなく・・
逝けるよ!」
「お別れなのか・・」
「うん・・
ママを残していくのは気がかりだけど・・」
少し、表情が曇る少女・・
「僕も、力になるよ・・」
「ありがとう。
今度会うときも
優しいお兄さんでいてね!
あと、
ママに幸せになってって伝えてね・・」
「うん。伝えるよ」
「それから・・・」
少し、考えて・・
決心したらしい素振り。
「あのお姉ちゃんも
大事にしてね・・!
じゃあ・・・
パパが迎えにきた!」
まばゆい光に包まれて、女の子の姿が河の向こうへと飛んでいく。
ああ、
あの子は、
ようやくお父さんの元へ行けるのだな・・
僕の意識も後ろのほうへ飛んでいく・・
轟音に似た渦の中に取り込まれていくような意識の中、遠くのほうで僕の名前を呼んでいる声が聞こえる。
「ヒロシ!
ヒロシ!―――」
父の声だ。
ハッとなる。
病院のベットに寝ている僕を見つめる、父、彼女・・・
僕は帰ってきたんだ・・・
彼女に、女の子の亡骸が安置されている霊安室に案内される。
両開きの扉を開くと、何も無い薄暗い部屋の中央にベットが置かれていた。
ベットの枕元に一本のろうそくが灯っている。
ベットに横たわる女の子の体・・
白い布が顔にかぶさっている。
線香の匂い
赤い目をした雨宮先生がこちらを向く。
髪が乱れて、窶れ(やつれ)果てた表情の先生。
涙も枯れ果てたようだった。
「先生・・」
僕が、先生に声をかける。
「ヒロシ君・・
意識が戻ったんだね・・
良かった・・」
娘さんを亡くしても、尚、生徒の事を心配してくれる先生・・
一緒に来ていた父に礼をする。
「この度は、
ご心配をおかけしました・・・」
「この度は・・
ご愁傷様でした・・」
父も、先生に挨拶をする。
何とも言えない雰囲気だった。
僕は、女の子に掛けられた布を取って顔を拝んだ・・
あの子だ・・・
先程まで、一緒に居た少女・・
活発な笑顔が印象的だった。
僕をお兄ちゃんと呼び、「大好き」とも言ってくれた少女・・
もう動かない・・・
思わず、手を合わせた。
「きれいな顔をしてるね・・」
彼女が言う・・
「幸せそうな顔だ・・」
僕は、さっき、この子と別れてきたことを思い出しながら・・
「先生、
オレ、
翔子ちゃんと最後の挨拶をしてきたよ・・
幸せになってって・・
言ってた・・」
「翔子・・」
女の子の亡骸にしがみついて、泣き崩れる先生。
その姿を背に、僕達は静かに部屋を出た・・・




