31.正体
美咲さんの部屋
ベットに横たわり、天井を見ながら、物想いにふける美咲さん。
夕方の事が気になるようだ。
愛紗さんの話では、Hijiriという人が、姿を現わすはずだった。
しかし、現れたのは、剛君のお父さん・・
まさか、お父さんが、Hijiriという人ではないかと思った。
確かに、美咲さんや剛君の事を良く知っているし、
ゲームやアプリで愛紗さんを元気づけたいというのならば、
近づいた理由もわかるのだ。
でも、剛君の法事の時に、ゲームにinしていたというので、
お父さんがHijiriではないということは明白だ・・
では、誰が・・・
もう一人、あの場に来た男性がいた・・・
学校帰りの、実の弟・・・
「まさかねぇ~。」
つぶやく美咲さん・・
愛紗さんを良く知っている・・
剛君も知っている・・
見当たらないアルバム
コンピューターに詳しい人物・・
「まさか!」
飛び起きて、大谷先輩の部屋の方を見る。
襖一枚で、仕切られた姉弟の部屋。
ベットの脇の棚に置かれた、熊のぬいぐるみ・・・
そのぬいぐるみを、手に取ってみる。
何かの、配線が、ぬいぐるみからズルズルと伸びる・・
「な・・何?
これ・・・!」
ぬいぐるみの中から、隠しマイクが出てきた・・
配線は、隣の部屋へと続いている・・
「盗聴・・!?」
バン!!!
ドアを勢いよく開けて、大谷先輩の部屋に入ってきた美咲さん。
「ノボル・・!!!」
机に向かい、座っていた大谷先輩・・
ヘッドホンをして、直ぐには分からなかったが、
振り向いて、姉の姿にびっくりする。
「ね・・姉ちゃん!!」
ヘッドホンをむしりとって、胸ぐらを掴む美咲さん。
その形相は、般若の様・・
「あんた!!!愛紗に何をしたのよ!!!!!」
その勢いに声が出ない大谷先輩。
「・・・な・・なん ・・だよ・・」
「これは、何よ!!」
ぬいぐるみと隠しマイクを見せる美咲さん。
「し・・知らないよ・・」
向こうを向いて、シラを切る大谷先輩・・
「ノボル!
アルバムは、何処よ!!!
私の卒業アルバム!!」
「知らないって!!」
でも、姉は、弟の癖を良く知っていた・・
「あんた・・
大切な物は、机の二段目の引き出しに入れてるわよね・・」
ハっとなる大谷先輩。
咄嗟に(とっさに)引出を手で覆うが・・
パーーーーーン!!!
美咲さんの平手打ちが、大谷先輩の頬を叩く・・
眼鏡がはじかれ、ベットに飛ばされる大谷先輩。
倒れ込む大谷先輩を、見届ける事も無く、机の引き出しを開ける・・
卒業アルバム・・
「ノ~ボ~ル!!!!
あんたぁ~~!!!!!」
卒業アルバムを片手に、先輩の方を睨む(にらむ)美咲さん。
もう、言い訳もできない。
「あんた、愛紗に何をしたか、分かってるの!??」
頭を抱え込む大谷先輩。
「ごめんなさい!!」
その手を掴んで、床にねじ伏せる美咲さん。
大谷先輩の上に馬乗りになる。
「ごめんで、済む問題じゃないわよ!!!
あんた、
愛紗の心を!!
持て遊んで!!」
「も・・もて遊んでたわけじゃ・・ないよ・・」
「じゃあ、なによ!!!
これはぁ!!~~!!!」
ぬいぐるみとマイクを見せる美咲さん・・
「うっ・・」
「ミサキ~?どうしたの?凄い音がしたけど・・」
下の階からお母さんの声がした。
今の音が響いたらしい。
「何でもない~!
ちょっと、ベットから落ちただけ~。」
「そう~?
気をつけてね~。」
「は~い。」
返事をして、先輩の方を振り向く美咲さん。
低い声で、話し始める。
「ノボル・・
この事は、お母さん達には内緒にしておくけど・・
私の親友を傷つけている事は、
許せない!
たとえ、弟でもね!」
「オレ・・
オレ・・
どうしても、
愛紗さんの事が気になって・・」
涙声になっている大谷先輩・・
「あなた・・
自分で・・
何をしたのか
わかってるの?!!」
「オレ・・
ずっと、
愛紗さんの事が
好きで・・
中学に入学した時から、
姉ちゃんと一緒にいた
愛紗さんを見た時から
ずっと、ずっと好きだったんだ!」
「ノボル・・
あんた・・」
その言葉に驚きを隠せない美咲さん。
愛紗さんをずっと思っていたという先輩の言葉・・・
確かに、一緒に遊んでいる時に愛紗さんを見る目は、
少し、違って見えていたが・・・
「でも
彼氏が居るのは
分かっていた!
剛さんの事も
あこがれてた。
自分の道をもっていた先輩・・
オレ・・
二人は、
いいカップルだなって・・
ずっと、見ていたのに・・
憧れてたのに・・
剛さんが
あんな事になって・・
あれ以来・・
元気のない愛紗さんを
見ているのが
辛かったんだ!!!
いつも
姉ちゃんと
遊んでいるけど・・
元気がない・・
剛さんと一緒に居たときの・・
活き活きした
愛紗さんじゃない・・
だから
オレ・・
悪いことだって
知ってたけど・・
愛紗さんに
元気になって
もらいたかった!」
「それは・・」
全く、その通りだった・・
美咲さんも、愛紗さんが元気のない事を、ずっと気にかけていた・・
「オレ・・
オタクだから・・
愛紗さんになんか
気にも留められないって・・
思ってたら・・
ゲームをしてるって
分かって・・」
「あんた、愛紗に、アイテムとかくれたのは・・
愛紗に、近づきたかったから?」
「それも、あるよ・・!!
でも
一緒に
ゲームをしてて
楽しかったんだ。
愛紗さんと
同じ
ゲームをしてるんだって
思ったら、
愛紗さんの
ためになる事を
探して・・
浅はかかも知れないけれど・・
自分に
何が出来るかって、
考えていたら、
部活で
『霊感ケータイ』って・・
電話を持ってる
霊能少女の事が噂になってて・・
死者が見える携帯電話・・
そんなの、
エセだって思ったけど・・
ひょっとしたら
愛紗さんが
喜ぶんじゃないかって・・
少しでも、元気に
なるんじゃないかって・・
アプリを作るのが
一番だって・・
それから
作り続けていたんだ!!」
美咲さんも、何とか愛紗さんを元気づけたかった・・
一緒に家で遊んだり、街へ行って気晴らしをさせてみたが、
どうしても上手く行かない・・
同じように、大谷先輩も、悩み、出来る事を模索していた・・
馬乗りの体勢から、大谷先輩を解放する美咲さん。
眼鏡を拾い上げる先輩・・
「あのアプリ・・
愛紗にとっては悪い方向へ行ってるよ!!
剛君の想い出を
呼び起こしてる・・・
あんたも
愛紗の事を知りすぎている・・
どれだけ、愛紗が精神的ダメージを受けてるか・・
わからないでしょう?」
「わかってるよ!
だから
あのアプリは
愛紗さんに見せない様に設定したんだ・・
でも・・
また見せて欲しいって・・
頼まれて・・」
「愛紗が?」
「俺だって、悩んだんだ・・
でも、
やっぱり、愛紗さんの為になるならって・・」
深くため息をつく美咲さん・・・
「あんたが、Hijiriだったなんて知ったら、
ショックだろうね・・
愛紗も・・
親友の弟が犯人だったなんて・・
私は、顔向けもできないわ・・」
「どうしたらいいんだ!!!」
頭を抱える大谷先輩・・
「あんたも、
悪気があって、やったことじゃないみたいだし・・
今日、名乗らなかったのは正解だよ・・
あのアプリ、再設定をかけておきなよ・・
これ以上、剛君の姿を見せたら、
愛紗にも良くないよ・・
あとは、金輪際、愛紗とは接触しないで!
ネットでもね!」
「うん・・
そうするよ・・・」
親友の弟が、Hijiriの正体・・
もし、その事実を知った時、愛紗さんが、どれだけ傷つき、
自分を親友として受け入れ続けてもらえるものか・・
また、その事で、更に元気をなくすのが辛い・・
真実を伝えたいが、そこまでの勇気が出てこない美咲さん・・
何とか、
自然消滅させたいと願っていた。
次の朝・・高校の教室。
美咲さんが机に鞄を下す。
「ハァ・・・」
ため息が出る・・
憂鬱な気分でいっぱいの美咲さん・・
昨晩、発覚した大谷先輩がHijiriだったという事実に、
良く眠る事ができなかった・・
「ミサキ~ おはよう!」
後ろから愛紗さんに声をかけられる。
振り向く美咲さん。
「お・・おはよう・・」
「どうしたの?元気ないね・・」
不思議そうな顔をする愛紗さん。
「え?
そ・・そう??」
慌てて、笑顔を作る美咲さん。不自然な動作が気がかりな愛紗さん・・
「何か、変ね・・」
「そ・・そう?
寝不足だからかな・・」
「昨日もHijiriさんから連絡が無かったのよ。」
愛紗さんが話を切り出す。
「そ・・そうなんだ・・」
弟に連絡を取らないようにと念を押していた美咲さん。
「やっぱり、昨日、姿を現わさなかったから気まずく思ってるのかな・・」
「そ・・そうだね・・
予告して、出てこなかったんだから・・
約束破って、分が悪くなったんじゃない?」
それなりの反応をしている美咲さん。
「でも、
Hijiriさんに、
強引に頼んだのは
私だったって・・
よく考えたら、
私も
悪い事したなって・・」
「え・・そうなの?」
そわそわしている美咲さん・・
「昨日は、
剛君のお父さんと話をして、
少し、落ち着いたの・・
今まで、
寂しい想いをしてたのは
自分だけだって、
思い込んでたから・・」
「そ・・
そうだね・・
剛君のご両親も、
寂しいのは
変わりないだろうからね・・」
心ここにあらずと言った感じの美咲さんだったが、
「???
何か、美咲、さっきから変だけど・・」
さすがに気付いた愛紗さん。
「そ・・・そう?」
「そうだよ・・
何か
私に
隠し事してない?」
「え?」
自分の弟がHijiriだったと、告白できない美咲さん・・
「ミサキ!」
「はい!」
「私と美咲の間では、
隠し事、しないって
約束したよね!」
するどい愛紗さんの質問に、たじたじの美咲さん・・
いつもと逆の立場になってた・・
「え?
そ・・そうだっけ・・
愛紗には、隠し事しないでって・・
言ったけど・・」
「何?
それって
美咲は、私に、隠し事して良いって事??」
「い・・いや・・そういうわけじゃ・・」
「そういう事じゃない!
聞かれるとまずい事なの?」
美咲さんを問い詰める愛紗さん。
「い・・
いや・・
あ・・
でも
そうかも・・
あ、
いや・・」
しどろもどろな態度に、濠を煮やす愛紗さん・・
「わかったわよ!
美咲には、もう相談しない!」
「愛紗・・」
そのまま、自分の席へ行ってしまった愛紗さん・・
正直に言えない美咲さん・・
「ミサキ~。今日の試合、見に行かないの?」
「え?」
クラスメイトの数人が廊下から声をかけてきた。そちらへと出向いた美咲さん。
廊下で話を始める。
「あんた、近頃、付き合い、悪いじゃん!」
「そんな事・・」
「あの先輩、取られちゃうよ!」
「え~?」
寝耳に水の美咲さん。
「1年の子で、可愛い子がいるって噂で、
そっちになびきそうなんだよ。」
「最近、連絡もとってないでしょ?」
「そ・・そうだね・・」
愛紗さんの方を見る美咲さん。
プイっと向こうを向いて知らん顔だ。
「何?愛紗?
あの子、彼氏と死に別れて、
黄昏てるってウワサじゃない。」
「あんな子と付き合ってると、
陰気くさくなるよ!」
「う・・うん・・」
「じゃあ、今日の放課後ね!」
クラスメイト達に誘われた美咲さん・・
放課後、
愛紗さんに話しかける美咲さん。
「愛紗・・あのさ・・・」
「何?」
まだ、ムッとしている愛紗さん・・
「これから、先輩の試合があるんだけど・・
一緒に・・行かない?」
ダメもとで、美咲さんを誘う愛紗さん。
愛紗さんから目を離したくない一心だった。
「行かない・・!」
やはり断られてしまう・・
「ミサキ~!早く、早く!」
「何やってるのよ!」
向こうで数人のクラスメイトが待っている。
「愛紗・・」
「行ってきなよ!
私、興味ないから!
私と付き合ってると
陰気くさくなるよ!
美咲も、自分の幸せ、
考えた方が良いよ!」
「愛紗・・・・」
険悪な雰囲気になってしまった。
大谷先輩が、例のアプリで剛君の姿を見せない設定にしているはずだ。
ネットでのコンタクトも、これ以上取らない様にと忠告している。
このまま、何事も無く、消滅してしまえばと願うばかり・・
後ろめたさを感じながら、教室を後にする美咲さん・・
一人残される愛紗さん・・・
公園で・・・
夕方、ベンチに一人座っている愛紗さん・・
途方に暮れた感じだった・・
アプリを作動させてみたが、剛君の姿は映らなかった。
再度、見えない様に設定されているらしかった。
Hijiriさんからは、あれから全く連絡がない。ゲームもinした形跡も無いのだ。
メッセージも書き込んだ。直接メールも送ってみた・・
どうしたんですか?
Aisa
返事は、全く返って来ない。
美咲さんとは、断絶状態。
相談する相手すらいない・・
ひとりぼっちの愛紗さん・・
その瞳に、涙が溢れていた。
「何で・・みんな・・私から・・離れていくの?」
孤独になる人の心理だ。
別に、周りの人が避けているわけでもない。
だが、自分だけ取り残され、周りが意図的に離れていく心境になるのだ。
友達も、相談相手も居ない・・
その、苦痛は、耐えがたいもの・・・
「剛君・・
会いたい・・・」
手に握られた携帯電話に、涙が落ちる。




