30.公園で・・
次の日、夕方、公園のベンチに座っている愛紗さん、その前に立っている美咲さん・・
Hijiriという人が姿を現わすはずだった。
相手は、自分に好意を持っているとはいえ、男である。
何が起こるかわからないので、美咲さんに付き添いを頼んだのだった・・
携帯電話を見ている愛紗さん。
期待と
不安が
脳裏をよぎる。
そして、今後どういう事になるのか心配だった。
Hijiriという人は、自分を好いているというが、ストーカーに近い存在なのだ。
実際に会って、それから決めていかなければならない。
近しい間柄のようだが、誰なのかによって、今後の対応を左右するだろう・・
険しい表情の愛紗さん。
そんな愛紗さんを見つめている美咲さん・・
とりあえず、話しかけて間を取り持つ。
「まだ、来ないね~」
「うん・・」
「でも、相手が怖い人だったら、どうする?」
「それは無いと思うの・・
メッセージとか見ると、
そんな感じは無いから・・・」
「メールなんて、
分からないものだよ・・」
「そう・・
かな・・」
実際に、ネットでは相手が良さそうな感じで近づいてきて、親しい感じで接しながら油断させておいて、実際に遭ったところでトラブルに巻き込まれるケースが多発していた。
学校でも気を付けるようにと注意をされていたのだった。
危険が及ぶかもしれないということで、美咲さんも愛紗さんの付き添いを決め込んだのだ。
「やあ、ここで会うなんてね!」
後ろから声をかけられる。
男の人の声・・
振り向くと、剛君のお父さんが
犬の散歩をしながら、こちらに歩いてくる。
「こんにちは!」
二人がペコリとお辞儀をする。
「昨日は、ありがとう。
剛の法事に来ていただいて・・」
「いえ・・」
「少し、良いかい?」
「あ、はい。」
「よっと・・」
ベンチに腰を下ろすお父さん。
犬をかまいはじめる美咲さん。
お父さんが、愛紗さんに話し始めた。
隣に座り、話を聞く愛紗さん。
「昨日は、『忘れて欲しい』って言ったけど、
あれから、家内とも相談したんだが、
愛紗ちゃんも、まだ心の整理が付いてないだろうって・・」
「はい・・」
「剛が他界して、まだ一年しか経っていないからね・・
このベンチで、よく、愛紗ちゃんの姿を見かけるって家内が言ってたよ・・
ずっと、剛の事を想ってくれてるんだね・・」
「はい。
まだ、ベンチの隣に座ってるんじゃないかって・・
思う時があるんです。」
「そうか・・・」
途方に暮れるお父さんだったが・・
「あの後、ご住職と話す機会があってね・・
不思議な、携帯電話について、話してくださったんだ・・」
「不思議な・・・
ひょっとして、
『霊感ケータイ』の事ですか?」
驚いた表情を見せるお父さん。
「知ってるのかい?」
「はい。」
「その電話は、亡くなった方々の姿を見る事が出来て、
さらには、その人と話す事も出来るという・・
ただ・・・」
「ただ?」
「話すには、通話料金としての、
生体エネルギーを消費するという・・
代償が必要だって事だ・・」
「生体・・エネルギー・・・」
「でも、
そんな電話があれば、
愛紗ちゃんも、使ってみたいだろうね・・」
「はい・・
でも、
何で、そんな話を?」
ひょっとして、このお父さんが、Hijiriさんの正体??
「うん・・
もし、剛と、その電話で話すことができたら・・
剛も、愛紗ちゃんに、新たな生活を・・
新しい相手と新しい道を歩んでほしいって
言うと思ったんだ・・」
「剛・・
君が・・」
「剛にとって、最愛の人が、
いつまでも
悲しむ姿は見たくないだろうからね・・」
「新しい・・生活を・・・」
美咲さんと犬が戯れているのを見ながら、ポツリと話す愛紗さん・・
「美咲も・・」
「え?」
美咲さんが自分の名が出て振り向いた。
「美咲も、
同じ事を言ってました。
私が
悲しんでいる姿は、見たくないって・・」
「そうですか・・」
「皆、私に、
前を向いて
欲しいって
言うんです。
それは
それで、嬉しい・・
でも
もう少し
剛君の事・・
想い出を
大切にしたい・・
忘れたくないんです。」
「私達も、一人息子を亡くして、
悲しくないわけではない・・
家に帰っても、
部屋は静まり返っている。
剛の使っていたピアノだけが・・
部屋の真ん中に
置かれているのを見る度に・・
剛が、あのピアノに向かって
練習していた日々を思い出す・・」
「それは・・
私も同じです・・
このベンチに来るたびに
剛君と話したことを
思い出すんです。」
「一緒に過ごした時間が
懐かしいよね・・」
「はい」
「でも、日に日に、
剛が、ここで生活していた温もりが・・
薄らいでいるような気もするんだ・・。
私たちは
亡くした者の分も
生きていかなければならない・・
いつまでも
悲しい想いに浸るのは
よそうと
家内と決心したんだ。」
「それは・・・」
「親として、
剛の成長を見届けられなかったのは残念だ。
でも、
あれが、剛の寿命だったって・・
限られた寿命の中で
精一杯、生きてきた・・
必死に練習して、
栄誉ある賞をとれたり、
かわいらしい彼女と恋に落ちた事も
剛の
生きた証だったって・・
思う事にしたんだよ。」
「お父さん・・」
「私達も、あの子には、
いい夢を見させてもらった。
今度は、
その思い出を胸に
これからの生活をスタートさせなければって・・」
「新しい・・
生活・・」
「直ぐにとは言わないよ・・
一日も早くなんて、言わない。
愛紗ちゃんのペースで良い・・
剛の死を
受け入れられるように、
私達も協力するよ。
私たちは、
剛と生活を共にしてきた・・
家族の様なものだからね・・」
「ありがとうございます。」
「じゃあ・・
これで、
失礼するよ・・」
犬の紐を美咲さんから貰うお父さん。
別れ際に、愛紗さんが声をかける。
「あの・・」
「何でしょう?」
「時々、家に
お邪魔していいですか?」
「もちろんだよ。いつでも歓迎するよ!」
そう言って、再び犬の散歩を始める。
公園から道路へと向かうお父さん。
その姿を見守る愛紗さんと美咲さん・・
「愛紗・・」
美咲さんが話しかける。
「剛君を亡くして・・
悲しいのは・・
寂しいのは・・
私だけじゃ
ないんだよね・・」
「そうだね・・
ご両親が、一番、寂しい想いをしてるって思う・・」
「やっぱり
忘れなきゃなのかな・・」
「それは、
愛紗の心の整理がついてからでいいよ!
ゆっくり進もう!
私もついてるよ!」
「うん・・
ありがとう・・」
少し、心が落ち着いた愛紗さん・・
でも今日の、ここの公園での目的は、Hijiriという人との待ち合わせだった。
そこへ、お父さんとすれ違いながら、学校帰りの大谷先輩が現れた。
「あれ?
昇・・
もう帰って来たの?」
美咲さんが真っ先に気付いた。
「姉ちゃん・・」
気まずそうに返事をする大谷先輩。
「昇君、お帰りなさい。」
愛紗さんが挨拶する。
「愛紗・・
先輩・・」
もどかしそうな様子の大谷先輩。
「今日は、家に帰るの、早いんだね・・」
愛紗さんが、優しく聞いている。
「はい・・
部活を・・
早く上がってきました・・」
「こんな所で道草してないで、早く帰りなよ!」
美咲さんが口を挟む。
「姉ちゃん・・・」
何か言いたそうな大谷先輩。
そう言う美咲さんだって道草しているのではないか?
「私達、大事な用があるのよ!
関係ないヤツは早く行ってよ!」
大谷先輩を目障りに思っている美咲さん。
「美咲。昇君が可哀相だよ。」
愛紗さんが止めに入る。大谷先輩に向かい、
「あ、
私達・・
これから、ある人と
待ち合わせしてるの・・」
「ある人?」
「うん。
私にとって重要な人なの。
美咲にも付き合ってもらってるのよ。」
真剣な面持ちの愛紗さん。
「そうですか・・」
何か言いたそうな感じだったが、
「じゃ・・じゃあ!」
そのまま家へと向かう大谷先輩。
なにやら慌しそうだった。
「何じゃ?ありゃ・・・」
「うふふ・・昇君らしいわね・・」
「ふん!
パソコン・オタクが・・
ホント、昇を見てると
イライラするんだよね!」
「美咲・・可哀相だよ!」
「あんなの相手にしない方が良いよ!
部屋で、何してるかわかんないんだもん!」
「そういう
年頃なのよ・・
中学生って!」
「そうかな~」
それから、二人で、ベンチに座って、待っていたが、一向に現れる気配がなかった・・・
やはり、愛紗さんの前に出るのは、勇気のいる事なのだろう・・・
日も暮れて、街灯が灯る頃、愛紗さん達も、この日は諦めて、帰る事にしたのだった。




