27.剛君との日々
美咲さんの部屋。
ベットに座っている美咲さんと、カーペットの上にクッションを敷いて座る愛紗さん。
「卒業アルバム、まだ見つからないんだ~。
ホント・・何処行ったのかな~」
「美咲らしいわね・・」
「うふふ・・
私にとっては、中学よりも
今の高校の方が楽しいからね~。
友達も殆ど一緒だし・・」
「私にとって・・
高校は、あんまり楽しくないな・・」
「それって・・」
「剛君が居ない・・」
俯く(うつむく)愛紗さん。
携帯を取り出して、ゲームの画面を見ながら・・
「寂しさを紛らわすために始めたゲームだけど・・
ここには、剛君の代わりになるものもない・・
どこかに、ぽっかりと穴が開いている感じなの・・
それは
どんなに、ゲームが楽しくても・・
埋める事ができない・・」
「愛紗・・」
「さっき、剛君のご両親に言われたの・・
剛君を忘れて欲しい・・って・・」
「そう・・
なんだ・・」
ご両親から「忘れてほしい」と頼まれた愛紗さんの胸中を察する美咲さん。
頼まれたからと言って、そうそう忘れる事などできないというのは、美咲さんでも理解できる。
でも、ご両親の想いも分からないでもない・・
「私・・忘れられない!
剛君の事!」
真剣な表情で見つめられる美咲さん。
返す言葉も無い・・・
でも、何かを言わなければと思った美咲さん。
「剛君もさ・・
愛紗に、こんなに想われてて、幸せだと思うよ・・
私だったら・・
諦めて、他の男の子を見つけるかな~
でも、
愛紗は、優しいから・・
それに・・
中学から付き合って、お互いに、将来を誓った仲だしね・・
そんなに、簡単に、忘れられないと思うよ・・
私も、そんな人が居たらな~・・
将来を誓い合うなんてロマンチックじゃない?
羨ましい!」
「美咲・・」
自分の気持ちを分かってくれるのは、美咲さんしかいないと思っている愛紗さん・・
「でも・・
愛紗さ~・・
そのまま、結婚もしないで、いつまでも彼の事・・
思い続けるの?」
「え?」
「悲劇のお姫様になり続けるのは、簡単だよ・・
それは、永遠の失恋みたいなものだから・・
でも、それって・・
ただ、昔の思い出にしがみついてるだけじゃない?」
「しがみついて・・?」
少し、表情が硬くなってる愛紗さん・・
今までとは、違った話になっているのが、腑に落ちない・・
「私は、
いつまでも、めそめそしてる愛紗を見ていたくないな・・
それは、剛君が生きてたら、そう思うんじゃない?」
「剛・・
君が・・?」
「うん。
あなたは強くならなくちゃ、ならないんだって・・
思う。
いえ、
強くなれるよ!」
「強く・・?」
「辛いかもしれないけれど・・
私は、愛紗の味方だよ。
愛紗のためなら協力するよ。
私は、愛紗に嫌われても、
諦めない・・
あなたを支える。
だって、
私、愛紗の事、好きだから・・」
「美咲・・
ありがとう・・
でも・・
もう少し、心を整理する時間が欲しいの・・」
「うん・・
いつまでも待つよ・・」
心強い親友の存在を確認した愛紗さん。
でも、最愛の剛君の事を忘れる事が出来るのだろうか・・・
亡くした人の存在は、途方も無く大きかった・・
公園で・・
美咲さんの家から帰る途中、公園へ寄ってみた愛紗さん。
ベンチに一人座っている。
想い出のベンチ・・
「剛君・・」
二人で、ここで将来を語った日々が懐かしい・・・・・・
・
・
・
中学校2年の頃・・
ベンチに座る愛紗さんを前に、そわそわしている剛君。
「あ~どうしよう。
もうコンクール、明日だよ~。」
指を広げて、自分の手を見る剛君。
手が震えている。
「大丈夫だよ。
いつもの通りやればいいって、
先生が言ってたじゃない。」
「え~、でもな~
失敗したらどうしよう・・」
「ふふ・・」
「何だよ~。
他人事だと思って~。」
「他人事じゃないよ・・
私だって、ドキドキしてるよ。
だって、
初めての大会だもん、剛君の・・」
「そんな、
全然ドキドキもしてないみたいじゃないか~。」
「そう見えるだけだよ~。モウ!」
少し、怒り加減の愛紗さんに、焦る剛君。
「ごめん・・
オレ・・
初めてで・・
つい・・」
慌しかった剛君が、急に大人しくなる。
その様子を見て、安心した愛紗さん・・
「ずっと練習してきたんだもん・・
大丈夫・・上手くいくって!
私が保証する!」
「愛紗が?」
「何?文句あるの?」
「いや・・」
市内のピアノコンクール・・県内でもトップクラスの奏者が腕を競い合う大会で、
学生にとっては、将来の夢を掛けた登竜門的存在だった。
上位の入賞者の中で音大に進み、音楽家として活躍している人も少なくない。
毎年常連の雨宮先生でも、コンクールの入賞には大変な努力を必要としていた。
剛君は、小学校の頃からピアノを習っていたが、
中学校の部活にて、推薦され、この大会に出る事となった。
愛紗さんも同じ部活で、フルート奏者を目指して頑張っていた。
大会終了後・・再び公園のベンチで・・・
「惜しかったね・・」
「ああ・・
あんなトコでミスるなんて思わなかったよ・・
オレはダメなんだ・・チクショー!」
ベンチに前かがみに座り、頭を抱えている剛君。
今度は、その前に立ち、落ち込んでいる剛君を宥める(なだめる)愛紗さん。
慰める言葉が出てこない・・
「う~ん・・」
悩んでいる愛紗さんを見兼ねる剛君・・
「何?慰めの言葉も出ないの?」
「え~?
慰めて欲しいの?」
「え・・普通、慰めない?」
「仕方ないじゃない・・
ミスったものは、ミスったんだから・・」
「仕方なくないよ~!
あれは、かなりのミスだよ!」
「おかしいな~
練習の時は良かったんだけどな~」
「え?分かるの?」
「うん・・ずっと聞いてたし・・
今まで、あそこでミスった事、一度もなかったじゃない・・」
その通りだった。
ミスを犯したパートでは、練習中では、ずっと成功していた。
逆に、その言葉に驚く剛君。
「愛紗・・ずっと見てたの?」
「うん!ずっと見てたよ!」
「確かに、あのパートは、安心しきってたんだ・・
オレが過信しすぎてたんだ・・」
「ふ~ん・・
それが分かればいいんじゃない?」
「え?」
「何故、ミスったのか分かれば、
もう、次の対策ができてるじゃない。
次回は、気を付ければいいだけだよ!」
「対策?・・」
「そうとわかれば、次の大会に向けて練習あるのみだよ!
私、また、剛君の練習、見てるよ。
ミスらないようにね!」
「愛紗・・
ん?
フルートの練習はどうなってるんだよ!
オレの事ばっか見てたら、
自分の練習できないじゃん!」
「あはは・・
そうだね・・」
元気を取り戻した剛君・・・
それから、更なる練習を続けることとなる。
一年後、再びコンクールを迎える。
「あ~緊張するな~!!」
「落ち着けよ~愛紗~」
ベンチに座る剛君の前で、そわそわしている愛紗さん・・
「これが落ち着いていられる~?
明日よ!明日なのよ!!
コンクールは~!!
大丈夫なの?剛君!」
「え~?
大丈夫と言われれば、ちょっと一抹の不安もあるけどさ~。
仕方ないじゃん、明日なんだから!」
「何で、落ち着いてるのよ~!」
「え~?
落ち着いてないよ!
心臓、ドキドキだよ~。」
「そんな感じに見えないよ~!」
「え~?そう見えないだけだよ!!」
少し、ムッとする剛君・・
ちょっと考える愛紗さん・・
「うふふ・・」
「何がおかしいの?」
「去年も、同じだったような気がする・・
あの時は、剛君がそわそわしてたけど・・」
「え?
そうだっけ・・・」
「うん・・
あれから、ずっと練習してきたんだもんね!
大丈夫かもね・・」
「あの時は、愛紗が保証するって言ったんだよな・・」
「全然、保証の限りじゃなかったね・・
ゴメン・・」
「いや・・
あれから、オレも練習したんだ・・
今度は、ホントに、オレが実力を見せる番だ!」
両手を眺めて決意をしている剛君・・
「うん!頑張ってね!」
「ああ!」
ピアノコンクールが終了し、二人が会場から出てくる。
夜の公園のベンチ・・
「やったね!剛君!!
おめでとう!」
「ああ!入賞できるなんて、夢の様だよ!」
「あぁ~。剛君も、これで有名人になっちゃうのかな~?」
「それは、おおげさだよ~。」
「ねえ・・
剛君の夢って・・
何?」
「夢?」
「うん・・」
「オレ・・
ずっと、このコンクールで演奏する事を夢見てたから・・
その先なんて、あんまり、考えてなかった・・」
「このコンクールで入賞すると、高校とか推薦で行けるんだよ!
果ては音大も夢じゃないし・・」
「そうだね・・」
「どうするの?
ホントに、音大に行く?」
「うん・・・
親が良いって言えば、
行けるのかな・・」
「凄いじゃない!
私の手の届かないトコへ行くんだね!」
その言葉に、一瞬、顔を曇らせる二人・・
「東京へ・・
行くの・・?」
「分からない・・
でも・・
OBは皆、行ってる・・」
「寂しくなるのかな・・」
「愛紗・・」
東京の大学へ行けば、愛紗とも別れ別れになってしまう・・
でも、剛君の夢は・・
「ねえ・・剛君・・・」
「何?」
「私、剛君の夢の為なら、
協力するよ・・
絶対、応援する。」
「愛紗・・」
「剛君の夢は・・
何?」
「オレの夢・・」
空を見上げる・・・星空が広がる・・・
「オレ・・
世界を
見てみたい・・
まだまだ、未熟かもしれないけど・・
どこまで、行けるのか、
分からないけれど・・
遠くの世界・・
ハレの舞台で・・
演奏してみたい・・・」
「うん・・
行けるよ・・
私が保証する!」
「愛紗・・」
「私の夢はねえ・・
剛君と一緒に
世界を
見てみたい・・」
「え~?」
「ダメ?」
見つめ合う二人・・・
「いいよ・・
一緒に
行こう・・」
「うん・・
保証してね!」
「うん・・
保証する・・」
自然に、寄り添い、
抱き合う二人・・
唇が触れ合う・・
中学3年生・・
その実力が
どのくらいかは分からない・・
世界に、
いや
日本の音楽界に
通用するのかどうかも分からないけれど・・
二人なら、
どこまでも
行けるような・・
そんな
気がしたのだった・・
お互いの感じるままに・・
夢に、
希望に、
胸を膨らませていた・・
中学3年の秋・・
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「保証するって・・・
言ったのに・・・」
公園のベンチに座りながら、
愛紗さんがポツリと口にした・・
空を見上げると、夕焼け空が広がっていた。




