十三. 別れの言葉
――雨宮 翔子――
病室の入り口に名札がかけてあった。
「しょうこちゃんか・・」
重い気持ちでドアを開ける。
雨宮先生がこちらを向く。
昼間の明るい先生とは別人のようだ。
先生の座っている先に、ベットが見える。
廻りに生命維持装置らしい機材が置いてある。
その機械から伸びた管の先に、その子の体があった・・
機械の呼吸器の音とともに、女の子の胸が動いている。
肌は青白く、でも生気を失っているわけでもない。
眠るように横たわっている女の子の体・・・
僕のお母さんが亡くなるとほぼ同時期に、発病し、それ以来ずっとこの状態だった。
雨宮先生も、毎日毎日この状態を見守ってきた・・
少し疲れたような様子でもあった・・・
「あなた達・・・」
振り向いて、僕たちを迎える先生。
「先生、
これから私の言うことを、
受け止めてくださいね」
彼女が話し始める。
「何?
どういう事?」
不思議そうに、僕たちを見つめる。
「この子の魂が見つかったんです。」
「え?
それは・・
本当なの?!」
彼女の言葉に驚いている先生。
寝たきりの人は、その体の中に魂があると思うのだけれど・・
「翔子ちゃんの魂が、
その体から抜け出していたんです。」
「ここに・・
魂が居ないって事?」
ベットに横たわる少女の体を見つめる先生。
先ほどから、その体から抜け出した少女は僕の横に寄り添っている。
僕の手をつかんでいるのだが、先生には見えない。
少女は、ここにいるって言いたいらしかった。
「僕の隣に居ますよ。」
僕が少女の代わりに先生に教えた。
「え?見えるの?」
僕の廻りを見渡しても、姿が見つからない。
「ヒロシ君の場合は、翔子ちゃんと波長が合ってるみたいで、
生霊が、何故か、見えるみたいなんです。
話もできたみたいです。」
彼女が説明を加えた。
「そう・・
確かに、
ヒロシ君なら・・
あり得るかもね・・
私には・・
見えないのね・・」
残念がる先生。
でも、僕ならあり得るって・・どういう事なんだろう?
す・・・っと彼女の手が上がった。
その手に、あの携帯電話が握られている。
「先生、
これ、「霊感ケータイ」って言うんです。」
「れーかんけーたい?」
携帯電話の説明をする彼女。
説明の間、僕の手を握り締めながら見つめる少女・・・
その姿をちらっと見ながら、彼女は言った・・
「先生、
この携帯電話で、翔子ちゃんのメッセージを聞いてください。」
「でも、
その電話で話せば
あなたの命が危ないでしょう?」
「わたし、
これでも厳しい修行をしてきたので、
強力な生体エネルギーを得ているのですよ!」
自信満々な彼女。
そうか!修業を積んだ彼女なら長時間の使用に耐えられるのか。
さすが霊感少女!
「さっそく、話してみますか!
いい?
翔子ちゃん!」
こくっと、僕の脇でうなずいている。
いよいよはじまる・・
女の子が眼を閉じて、なにやら考えている。
チャラララ・チャラララ
携帯電話の着信音が鳴り出した。
ピッ・・・
彼女が通話ボタンを押す。
同時に拡声機能にする。
先生に向かって携帯をかざす彼女・・
「良いわよ、翔子ちゃん!
話してみて!」
彼女の手にした携帯電話から、女の子の声が聞こえてきた。
「もしもし・・・
ママ・・?」
先生は一瞬、戸惑っていたが、
その声に聞き覚えがあるらしく・・
「翔子・・なの?」
「うん。
長い間、迷惑かけて、
ごめんね。」
「翔子・・」
少し、涙ぐんでいる先生。
何よりも、長い間、聞けなかった声が聞けただけで、嬉しいようだった。
「魂が、抜け出してたって・・
何処へ行ってたの?」
「わたし、
ずっとママのそばにいたよ・・」
魂が抜けだして先生の廻りに居ても、その姿は見えなかった。
何度も声をかけたそうだが、気づいてももらえない・・
「私には・・
見えなかった・・
気付けなかった・・・」
「うん・・
普通の人からは見えないんだって分かったの・・
ママに見えなくても仕方がないよ。」
生霊と言っても、全ての人に見えるわけでもなく、たまたま、僕の場合は波長が合って見えたのだろうか・・
当然、彼女の様な霊能者には見えたのだろう。
「この体の中に入れば、
元には戻らないの?」
「何度も体の中に入って動こうとしたけど、
ダメだった・・・」
「そう・・・」
ベットに横たわる我が子を見る先生・・・
諦め表情・・
「ママ、
あの時のお兄ちゃん、
みつけたんだよ」
「ええ、
ヒロシくんのことでしょ?
今は私の受け持ちの生徒よ。」
へ?
知ってたんだ・・・
雨宮先生はそのことを・・・
「お兄ちゃんは、
私の事、見る事ができたんだよ!
遊んだり、話も出来た!」
嬉しそうに話す翔子ちゃん。
「そうね・・
お嫁さんになりたいって、
ずっと言ってたもんね・・」
先生の言葉を聞いた彼女が驚いたように僕と少女を見る。
そうですか・・・
もてますな・・
赤面する僕・・
「でもね、彼女がいたの・・
さっきフラれたんだよ。
あきらめなくちゃね」
へ?
僕・・・
フッたの?
その言葉を聞いて、ほっとしたような彼女・・
何?
そのリアクション・・・
・・っていうか、彼女の様子がおかしい。
眼がうつろになって視点が合わないような気がする・・
まずいんじゃないの?
霊感ケータイの通話は、意外にエネルギー消費が激しいようだ。
霊力を高めている彼女でも、長電話は体に負担をかけるのか・・
とっさに、僕は彼女の脇に立って、彼女から携帯を譲り受ける。
僕につかまりながら、倒れこむ彼女・・
その様子を見ていた少女が、急いでメッセージを伝えなければと決心したようだ・・・
僕は、生体エネルギーを高める修業をしているわけではない。彼女ほど、長くは耐えられない・・
「ママ、
私、
死ぬのはいや!
もっとママのそばに居たい!」
そう・・
それが、この子の思いの全てだったのだ・・・
たった一人の、
やさしいお母さんと離れたくない・・・
生きている楽しみって何?
そう僕に聞いてきたのは、まぎれもない少女の疑問でもあり、願いでもあった・・
その楽しみを、答えを見つけるために生きたいと思ったのだろう・・・
「翔子!
絶対生き返らせるから!
ママが付いているから!」
今まで、必死に意識の回復するのを祈っていた先生。
我が子を助けたい心・・
いつか、目が覚めて、一緒に暮らす事を、ずっと夢見ていたのだろう・・
この親子の想いは、同じだった。
でも・・
「お姉ちゃんが、お迎えを呼んできてくれたの・・」
少女が、ポツリと言う・・
「え?!」
先生は、寝たように気を失っている彼女を見た。
一瞬、キッと睨んだ険しい表情になった。
「そのお姉ちゃんは悪くないよ。
こんなことしてると、
あの世へ行けなくなるんだって教えてくれたの・・・
パパの所にも・・」
ここに来る前に、あの世から強制的に「お迎え」を呼び寄せる儀式を行っていたのだ。
先生との会話は、
この少女が、
お母さんへ送る、
最後の言葉
だった・・
「そんな・・!」
ショックを隠し切れない先生。
僕も、だんだん意識が遠のいてきた・・
霊感ケータイのエネルギー消費は早い・・
気が遠くなってくる・・
僕も限界だ・・・
崩れるように床にひざまずく。
僕は、彼女の隣に寄り添うように倒れこんだ。
「待って、
私も・・!」
僕の手から、携帯電話を取る先生。
この電話で長時間話すと命に関わる・・
「翔子!
私も連れて行って!
この電話で話せば、
私も
一緒に行けるのよ!」
半ば狂乱したように、嬉しそうに叫んだ先生。
だめだ・・
先生!・・・
翔子ちゃんと一緒に逝っては・・
でも、
僕は動けない・・
先生と女の子の会話を聞いているので精一杯だ。
その時・・
「だめだよ。
ママは、これから幸せになるんだよ・・」
携帯電話に向かって必死に答える先生。
「あなたと過ごせて十分幸せだったよ!
寝たきりでもあなたを見ているだけで幸せだった!
だから、私も!」
「ありがとう・・
ママ・・
お迎えが来たわ・・」
「翔・・子・・?!」
少女の言葉に唖然となる先生。
「ママ、
さようなら、
私・・・・
生まれてきて
幸せだったよ
私・・・・
ママの子供で
よかった・・・
ありがとう
ママ
お元気で・・・」
ピッ・・・
ツー・ツー
「翔子――!」
携帯の受信が終了する音が鳴った・・・
携帯電話を握り締めながら、泣き叫ぶ先生・・・
「あたしも!
私も・・
連れてって―――!
翔子――――!
私も ―――!」
ピ―――――――
ベットの脇に設置されていた生命維持装置の心拍音が鳴り響く・・・
意識が朦朧となる中、
看護婦さんが飛んで入ってきたのがわかった・・
「先生!
大変です!」
看護婦さんが主治医さんを呼んでいる。
バタバタと慌ただしくなった。
僕の意識も薄らいでいく・・




