22.うそつき
地獄
血の池地獄を泳ぐ無数の亡者・・その後を追いまわす鬼達。
「うぉーーーーー!!」
大声に脅されて、逃げ惑う亡者を執拗に追い回す。
亡者の逃げる口に、血が入る。生臭さと塩辛さが亡者を襲う・・
ドロドロとした血は、通常の水よりも粘度が強く、体にまとわりついてくるような感じがあった。
逃げ遅れた亡者が、鬼の棍棒の先を押し当てられ、ぐいぐいと池の中に力まかせに押し付けられる。
ボキボキと肋の折れる音が鳴り響き、体や足や腕も不自然に折れ曲がっている。
溺れて苦しそうな亡者の体から体液が噴き出す。
その流れ出た血が何千年もかけて、この血の池の溜まりとなっているようだ・・・
血の池のほとりに、ようやくたどり着いた一人の娘の姿があった。
歳は二十才後半位か・・
体中が血に染まっている。
髪に血がべっとりと付き、毛先から血が滴り落ちている。
向こうでは、鬼がまだ亡者を追い回している。
鬼の目の届かない岩場の影で身を潜める。
そこへ、もう一人の亡者が近づいてきた。やはり、逃げてきたようだった。
娘が、逃げてきた亡者に向かって、
「こっちの方は危険です。
向こうの方へお逃げなさい!」
そう教えられて、その言葉通りの方向へと逃げていく。
だが、隣の岩場では、鬼が他の亡者を血祭りに上げ終わったばかりで、見つかってしまう・・
その場で、つかまり、刑を受ける亡者・・
そんな様子を横目に、ニヤッと笑って池から上がる娘・・
白装束にべったりと染みた血が動きに抵抗を与える。
時間が経つと、血が乾いて、からからになってくるのが分かった。
「祖方・・面白い事をするのう・・」
振り向くと、一人の老婆が立っていた。
「お婆さん・・
見てたの?」
「ククク・・ワシゃ・・面白い事が好きでのう・・
特に
人を騙したり、陥れる事が大好きなんじゃ・・」
「陥れる?
私は、そんな事は・・」
「祖方が、そう思わんでも、男はコロっと騙されるものじゃよ。
若い女子は、知らずに使こうておるがの・・」
「何が言いたいんですか?」
少し、ムッとした表情になる娘・・
「それは、祖方が、なぜ、ここに来たかを思い出せば分かる事じゃ・・
俗世界で、した行いを・・」
その言葉に、身を引いて構える娘・・
「私の・・何を・・知っているんですか?」
冷や汗が出てくる・・
「ワシは何でも知っておる・・
祖方の俗世での行いが
手に取るようにわかるのよ・・・」
老婆がニヤッと笑い、目が不気味に輝いている・・
パン!
老婆が手を鳴らす。
娘の後ろに数人の鬼の影が控えていた。
「あ!」
鬼に取り押さえられ、血の池の際まで連れて行かれる。
「イヤー!!」
「ククク・・
その叫び声・・
いつ聞いても楽しいものよ・・」
頭を抑えられ血の池の方を向けられる娘・・
「さあ!口を開け!!」
「グウ・・」
口を閉めて抵抗している娘の頬を、もう一人の鬼が力任せに押さえて、無理やり口を開かせる。
「ガハ・・!!」
そして、もう一人の鬼が、手にヤットコを持っている。もう片手に焼けた火箸・・
赤々と焼けたヤットコと火箸・・
それを見て、首を振り、抵抗を試みるが、鬼の力にはかなわない。
「俗世でついた偽りによって、傷つけられた者の悔しさ・・
そして、たった今も祖方の策で陥れられた亡者の苦しみ・・
この場で、その罪の重さを知るがいい!!」
老婆の言葉に、目をつむる娘・・
ジューーーー
「ガぁぁあ・・」
娘の舌を焼けたヤットコで引っ張り出す鬼・・
舌がどんどん引きずり出されて、倍の長さまで伸びていく・・
その上から、やはり焼けた火箸をぐりぐりと押し付ける。
「ガャアアああああ・・」
ジュウジュウと焼かれる娘の舌・・
焼かれた肉の嫌な臭いが漂ってくる。
気を失いそうになるが、手で叩かれる。
薄目を開けている娘に老婆が娘に話しかける。
「そなたの俗世での行いを思い出すがいい・・」
「俗世での・・
行い・・?」
「母親の想いを振り払い、家を出た事・・
母親の死を知りながら
死ぬ前に駆けつけなかった事・・
恋人にありもしない偽りで、騙し、別れた事・・
そして、
想いを寄せておった者に
気があるわけでもないのに近づき、
自分の目的の為に利用しておった事・・」
「なぜ・・
それを・・」
「ワシは何でも御見通しと言ったはずじゃ!
何人の者が、そなたを助け、
手を差し伸べた事か・・
その好意に・・
その度に裏切ってきた・・
偽りを申しては、
その手を振り払い
悔しい想いをさせておった事か・・
期待を裏切り、
この上ない絶望を味あわせた事か・・」
「私だって・・
傷ついていない・・
ワケでは
なかった・・!」
「そなたの味わった苦痛など、
騙された相手の屈辱に比べれば、
足元にも及ばん!!
じゃが、
その屈辱も、仕方なしに
そなたの事を想って
あきらめた者もおった!!
自分の事が可愛かったからではないのか?
ただ
それだけの為に・・
何人の者が騙されたか!」
「違う!
私は
騙してなんか
いない・・」
「気づいておらんだけじゃ・・
いや
気がついておったとしても、
それを
見ぬふりをしておった・・
自分にまでも・・
嘘をついておったのじゃ!」
「自分にも・・?
私は・・私!
私は・・
嘘なんか!・・・」
「また偽りを言うか!
そなたの一生は嘘だらけじゃ!」
「違う!
私は・・
私は~!!」
泣き叫ぶ娘に、容赦なく罵声を浴びせる老婆・・
「その身をかばうが故に
嘘をつく癖がついたのじゃ・・
本当の自分を見せたくない・・
良く見せたいという願望のために・・
母親にも
父親にも
友人にも
そして
献身の好意を寄せた者・・
恋人となるはずだった者へも・・
皆に
嘘をついておったのじゃ!
これ以上
申しても、わからんか!」
パチン!
老婆の合図と共に、その手を休めていた鬼達が動き出す。
舌を再び抉り(えぐり)出され、焼けた火箸を目の前に差し出す・・
「あめでええ~~(やめてーー)」
必死にもがくが、両手や頭を取り押さえられ、身動きが出来ない。
必死に抵抗をしている娘・・
「ククク・・
もがけ、もがけ!
俗世で犯した罪は、そんなものではないぞ!」
「ああああ・・あああ!!!!!!」
刑罰に、もがき苦しむ娘・・
断末魔といった光景だった・・
夜・・
昼間の刑罰が終わり、亡者もひと時の休みを取ることができる。
日の出と共に、また、同じ苦しみを味あわなければならない。
それが、永遠に続くという・・
娘が放心状態で、池のほとりに、横たわっていた。
舌を焼かれ、瀕死の状態だった・・
ハア・・ハア・・
そこへ、一人の少女が現れた。
苦しみに横たわる娘の側に立つ少女・・
その姿に、気づいた娘
「あ・・な・・だ・・は・・」
まともな、声にならない
少女がかわいらしい声で話し出す。
「我は、翔妙院と申すもの・・
この地に
迷い在る者がおると聞いて
参りました・・」
振り向くと、月に照らされて、半眼に目を開いた可愛らしい少女の姿・・
「わだしは・・」
髪を乱して、その少女の方を睨む娘・・
「あなたは・・
何故に偽り言を申すのか・・」
「偽り言・・」
「人が嘘をつくのは、
その身を守る時や、誰かを守るためとも聞いております。
ですが
稀に、嘘で人を騙し
それが面白いという人もおわれるとか・・
人の陥ったのを見て
喜ぶ人もいると聞きます・・」
健気そうな少女をあざ笑うかのように話し出す娘・・
「そうよ・・
私は、自分の身が可愛い・・
自分の為ならば
人の事など
どうでもいい
自分の目的の為なら
他人を騙す事など・・
た易い事・・」
ハッとなって、口を手で覆う娘・・
自分の本心が口をついて出てしまった・・
驚いている娘に、少女が語りかける。
「私の前では、
嘘をつくことができません・・」
この少女の前では、嘘をつくことができない・・・
先ほどの言葉が、この娘の本性だというのだろうか・・
俗世間では、なかなか聞くことのできない本音・・
心の中の声は偽る事ができなかった・・
「では・・聞きましょう・・
なぜ
あのような偽りを申したのか・・」
半眼で、愛らしい表情のまま、女の人に聞いている少女・・
その手の上の空間に、うっすらと文字が浮かび上がる・・
今西さん、弘子・・
お元気ですか?
私、お母さんと
幸せに暮らしてます。
香織
「それは・・・」
言葉に詰まる・・女の人・・
この刑を受けていた女の人は・・
香織さん・・
あの世で、お母さんと幸せに暮らしていると・・
あれは
嘘だったのだろうか・・
地獄に落ちていたのに
今西達に、嘘をついていたのだろうか・・
「あのような事を言っても
あなたには、何の利益も無い・・
でも・・
この言葉には・・
ここに書かれている人への
温情に満ち溢れているのですが・・
はて・・
私の気のせいでしょうか・・」
「うう・・」
その目にからポタポタと落ちる涙・・
「私は・・
私は・・
一瞬・・
あの人と一緒に
生きようと
思った・・
一緒に暮らしたいって・・
でも、
それは
できなかった・・
怖かった・・・
私は
どうしても
あの人とは・・
あの人は、
私には
優しすぎる・・
あの人を
傷つけてしまうのが
怖かった。
いつか
あの人にも
ひどい
嘘をついてしまう
あの人には
もっと
ふさわしい人が出てくるって・・
私みたいな
ダメな女は・・
あの人には
ふさわしくない・・
あの人は
私を
守ろうとしたのに
私を
愛してくれていたのに・・
命を
自分の命を
犠牲にしてまで
私を
生かそうとした
愛しい
人だった・・
こんな人に
守られて
ずっと
一緒に
居たいって
一瞬
思ったけど・・
その想いに
答えられなかった・・・」
悲しみに暮れる・・
香織さん・・・
「あなたは、
なぜ
応えて
あげられなかったのですか?」
「自分が
イヤになった・・
現世で
生きている事に
疲れたのです」
「自らの命を断つことは、
俗世界で与えられた修行・・
あなたの克服すべき『カルマ』を
放棄したことに異なりません
その犯した罪は・・
地獄での苦行に値する・・
すなわち
あなたは
偽りの罪に加え
修行放棄の罪に
問われています。」
「修行放棄・・」
「自らの命を断つことは
最上の
罪・・」
「死者の世界に来れば
死んだ人と
ずっと
一緒に
暮らせると
思った・・
お母さんに会えるって・・
俗世間での
苦しみから
解放されて
楽になると
思っていたのです。」
「人は皆・・
楽な道を歩みたがる・・
簡単な道を行こうと
甘い誘惑にかられますが・・
それは
むしろ
自分を堕落の方向へと導く
落とし穴でもあります。
人間の心は・・
迷いやすい・・
ですが・・
あなたは
最後の最後で
人を幸せにしようとした。
自分の不幸を心配させまいと・・
嘘をついたのです。
あなたの
得意な
嘘・・
人を騙す行為は
人を陥れる(おとしいれる)。
ですが
時として
人を幸せにする
嘘もあります。」
「人を
幸せにする・・
嘘?・・」
「あなたの俗世界での
修行の目的は
人の
心の
本当の
優しさに気づく事・・」
「本当の
優しさ・・」
「あの人たちが
あなたへと送った・・
人情・・
温情・・
友情・・
愛情・・
それをあなたは、
一心に受け、
それに気づいたのです。」
「温情に・・
気づいた・・」
「恩を受けた人たちに
返した、
あなたの
温情・・
それが
この
言葉から
ひしひしと
伝わってきます」
「今西さん・・
弘子・・」
涙を流している香織さん・・
気づいた時は、既に遅い・・
地獄の底で苦しみに明け暮れる毎日・
これが
永遠に続くのであろうか・・
「あなたは
最後の
最後で
自分の
業を克服しました・・」
その様子を覗って、
ニコッと笑う少女・・・
「え?
業を・・
克服
した?・・」
「ここでの刑は
偽りの罪を滅ぼすための
罰・・
あなたは
ここで
十分に
その処罰を受けました。
そして
あなたの俗世界での
業も
克服したと
認めましょう・・」
「それは・・!」
「あなたの、
真心・・
しかと
受け止めました
さあ・・
あなたを
導きましょう・・」
両手をかざし、手のひらを天に向ける少女・・
まばゆい光が、辺りを照らし始める。
一筋の光が、天から差し込んでいた・・
その光につつまれる香織さん・・
「温かい・・」
その言葉に、ニコッと笑みを浮かべる少女・・
「そうです。
温かい
慈悲の
光に
満ちた世界・・
それが
極楽です。」
「極楽・・」
「さあ・・!
参りましょう!
あなたの
お母さんの所へ・・」
「お母さん・・」
二人が眩い光に包まれながら、
ゆっくりと昇天していく・・
その姿を針の山の麓から見守っている鬼・・・
「翔妙院・・様か・・」
ポツリと言葉をもらす・・
「知っておられるのですかな?」
隣にいる老婆が聞いている。
「うむ・・
良く知っておる・・
立派に修行を
されておる・・
あの御方の元で・・」
「あの御方?」
「十一面観音菩薩様の元でな・・
『翔子』・・」
翔妙院・・
それは、翔子ちゃんが観音様の元で修行するために名づけられた新たな名前であった・・・
その姿は、以前の鬼の知っている容姿とは異なってはいる。
小学校3年生くらいではなく、僕と同じ中学生か、それ以上・・
眩い(まばゆい)衣に身を包み、
「天女」
のような感じだった・・
その体から発せられる慈悲の光には
懐かしい翔子ちゃんの気が受けて取られる・・
鬼教官として地獄で修行をした日々を思い出す・・
「そなた・・
あの娘と・・」
老婆が鬼に尋ねる。
「ウム・・・
もっと一緒に
修行をしたかった・・」
「ククク・・
そればかりではあるまい!」
「婆さん!・・
ワシの心を読みおったな!」
顔が赤くなっている鬼・・(初めから赤いけど・・)




