21.交点
高校。
やはり昼休み。
愛紗さんが教室の片隅で、携帯を見ている。
例のゲームをしているようだった。
昨日まで元気が無かったようだったが、少し明るいような気がした。
美咲さんが、声をかける。
「愛紗・・
また、ゲーム?」
「うん。
あ、
ヒジリさんが、戻ってきたの。
昨日、仲直りしたんだ。」
「え??
大丈夫なの?」
「たぶん、大丈夫だと思う・・
アプリの事は反省してるみたいだし・・」
Hijiriという人物は、どこの誰かは分からないけれど、近くにいるという事らしかった。
でも、基本的には危害を加えない様な感じだという・・
学校からも、携帯やネット上のトラブルに巻き込まれない様にとの注意を促されてはいるけれど、
愛紗さんの表情を見ていると、止めるようにとは言えない美咲さんだった・・
「愛紗・・・」
「ナニ?」
ゲームをする手を止めた愛紗さん・・
「もし・・
危険だとか、変だって思ったりしたら、
私に言ってよね!」
「美咲・・」
「これだけは信じて!
私は、あなたの味方だから。」
「ありがとう。」
美咲さんの言葉が嬉しかった愛紗さん・・
視聴覚準備室
オカルト研究会の部室。
昼休みでも、何人かの部員が集まって来ていた。
博士や今西さんの来訪で、以前より活気がある感じだった。
夏休みから新生してきたゴーストバスター部の活躍が校内でも噂され、幾分遅れをとった空気が流れていたのだ。
パソコンに向かっている大谷先輩。
昨日まで、浮かない表情だったのだが、今日は、少し活き活きした様子。
キーボードを軽快に打っている感じがした。
「大谷、調子はどうだい?」
部長が話しかける。
「ああ・・順調だよ。」
「そうか・・
今日の放課後に、博士が来るって言ってたよ。」
「博士が?」
振り向く大谷先輩。
「大谷、お前のアプリを見せるんだ。
頼んだぞ。」
「そ・・そうだな・・
頑張ってみるよ・・」
博士が来るというプレッシャーに負けそうな大谷先輩だったが、
最近の嚙み合わない様子から一変している様子を見て、安心している部長・・
放課後
視聴覚準備室に、オカルト研究会の部員が集まっていた。
総勢30人以上は居るのだろうか・・
全部員が集まっているようだった。
それもそのはず・・
いよいよ「ユーレイ博士」が、この部活に来訪するという事だった・・
教頭先生が、部員達の前に立ち、博士の紹介をしている。
「皆さん、私の大学時代の恩師である、雁金博士をご紹介します。
もう、ご存知でしょうが、博士は、電磁気学の権威であり、
特に『霊』の存在について、科学的研究を進めている第一人者です。
今回は、我が、オカルト研究会との交流を通して、
研究を更に進めようとはるばるこの学校にお越しになられました。
皆さんにとって、最先端に触れる事も、貴重な経験となると思います。
それでは、
雁金博士です!」
「ワーーーー」
パチパチ・・
拍手と歓声の中、準備室に姿を現わした博士と大平さん・・
そして、片桐さんの姿もある。
「ご紹介にあがりました、雁金です。
そして、こちらは助手の大平君・・」
「大平です。」
博士に紹介され、お辞儀をした大平さん。
「今回は、月刊誌の取材が入っております。
記者の・・」
「片桐です。よろしくお願いします。」
ペコリと頭を下げた片桐さん。
その後は、博士の素性、研究内容を自ら延々と語った・・
部員たちも、昼の食事も終わり、程よく眠くなっていた頃なので、睡魔が襲ってきていた人も居たのだが・・
熱心な部員は、食いつくように聞き入っていたのだった。
特に、部長や大谷先輩、等・・主要な人達・・
一通り、説明が終わった所で、研究成果を発表しだす・・
「この学校に来て、早々、私のセンサーに反応があったのです。」
ポケットの中から小さな装置を取り出した博士。
常時、携帯している電磁波測定器だそうだ。
「昨日と、本日の午前中を使って、この学校の磁場の乱れを、測定しました。
大平君!」
「はい!」
博士の指示で、ノートパソコンを広げる大平さん。
その画面に、校舎内の電磁波測定の結果が映し出される。
「おおーーー」
部員達が驚いている。
こんな短時間に、結果が出るのも、第一人者故の技なのだろう・・
おおまかな敷地のラインと三次元化した測定結果が濃淡であらわされている。
「プリントアウトします」
その測定した結果が、紙に印刷されて出てくる。
先ほどのパソコン上の画面がそのまま、手に取るようにわかるのだった。
部員達に回されるその用紙・・・
「この敷地上に校舎の建物のデータを入れれば、
どの場所に磁場の乱れがあるのか分かるのです。
現段階では、敷地しかデータが無いので、そこまではできませんが・・」
大平さんが説明を加える。
「博士・・」
教頭先生が質問する・・
「何でしょう?早乙女君。」
「この、敷地のフォーマットは以前大学で使っていたモノと同じでしょうか?」
「どうだね?大平君?」
「はい。
このプロットは、国土地理院のデータに準拠しています。
我々の研究内容を共通にするために・・」
「そうですか・・・
大谷君?」
「はい」
「以前、この部活で調べた、校舎のデータがあるわね・・」
「はい。『霊の出る場所』と言われる所も、3次元で落としています。」
「そこに、このデータを入れてもらえる?」
「はい。
大平さんデータを頂けますか?」
「これです・・」
小さな、メモリが渡される。
それを部活のパソコンに差し込み、データを落とす大谷先輩・・
「入りました。」
あっという間に大平さんのデータを取り込んでしまった。実に手際がいい。
「では、部活で調べた校舎の座標に、データを入れてみます。」
大谷先輩が、話すと同時に、作業に入る。
ものの1~2分で、その作業が終了する。
「ほう・・手慣れておるわい・・」
博士が感心する。
「表示してみます」
パソコンの画面に、敷地と校舎の建物がライン表示される。
そして、その上に、部活で調べた「心霊スポット」の場所がポイントされていた・・
キーボードを叩くと、博士の調べたデータの結果が、その空間上に濃淡として映し出され始める・・
端から順番に、地面から順番に濃淡が現れる・・
「おお~!!」
全てが表示されると、グルグルと右左に旋回でき、三次元映像によって、
校舎のどの位置に磁場の乱れがあるのかが一目でわかるようになっている・・
そして、濃い部分が磁場の著しく乱れている場所のようで、
その場所に、『心霊スポット』が重なっているのが見れて取れる・・・
例の階段下の女子や、理科準備室の地縛霊の場所が濃い色になっている。
まさに、コラボによる成果・・
「これは、凄い・・」
博士も驚いていた。
「この学校のUNIXサーバーを使っているので、処理が速いんです。
データの落とし込みも、フォーマットが同じだから、
早く落とせました。」
解説する大谷先輩。
中学生で、そこまでやってのける技術があるのも凄い・・
そして、
ポロロン
何かの音がした。
「あれ?
チャットだ・・・」
大谷先輩が気づく。
チャット画面に切り替えると・・・
さらに、面白い物を見せよう
Hijiri
「ヒジリ・・さん?」
意外な人物からメッセージが届き、驚いている大谷先輩。
「メール? 誰?」
教頭先生が大谷先輩に聞いている。
「例のプログラマーの人です。
チャットで来てます・・」
「こんな時間に、何の用なの?」
「さらに、面白いもの?」
部長が反応している。
「聞いてみます」
面白い物ってなんですか?
ノボル
今のデータだよ。
今作ってるアプリに連動できるよ。
そして
表示も切り替えてあげよう。
Hijiri
その返事と共に、今まで見ていた画面・・
敷地と建物が直線で現わされていた画面が、
パッと切り替わる
「こ・・これは・・・凄い!」
大谷先輩が驚いている。
そこには、無機質な直線で表現された図面ではなく、
色彩豊かな建物が面として、立体的に映し出されていた。
校舎の様子も、事細かく、色あざやかに、壁の汚れまで再現されている。
屋上の手摺、入り口のドア、窓・・
教室の中には机、いす、黒板、カウンターやロッカー・・
地面には、木々が生い茂り、草の細部までも表現されている。
グラウンドのテニスコートや野球のマウンド、ベンチ・・
まさに、箱庭を見ているような感覚・・
しかも、学校だけではなく、遠く町の奥まで、広がっているようだった。
そして、
その空間に、博士の計測したデータがうっすらと表示されている。
目を疑う部員達・・
「これ・・何か、感動した!」
「大谷先輩のつきあってるプログラマーって・・」
「凄すぎる!」
それは、教頭先生も、博士にとっても同じ感想だった・・
そして、さらにチャットにメッセージが入る。
この画面は、例のアプリからも見れるよ
Hijiri
さらにHijiriという人物からメッセージが入った。
「え?」
大谷先輩が携帯電話をポケットから取り出す。
ピ
アプリを作動させる。
『霊感ケータイ Ver0.97』
「バージョンが上がってる・・・」
画面を切り替えると、そこには、パソコン上に表示されている画面と同じ映像が表示されていた。
そして、うっすらと博士のデータが濃淡として表示されている・・・
「凄い・・!」
携帯を上下左右に振ると、それに伴って、中の映像もスクロールする・・
「早乙女君・・これは、もう大進歩だよ・・
ワシのやりたかった事が、ここに実現されておる!」
博士も、感銘を受けている。
「はい・・・
私も・・
ここまでとは・・・」
それは、教頭先生も同じだった・・
「これは・・スクープですよ!」
片桐さんも興奮している。
文系の出の片桐さんでも、その凄さは、その映像を見れば一目瞭然だった・・
興奮と歓喜に沸く人だかりの後ろで見ていた拓夢君と未来先輩・・
「お姉ちゃん・・」
「これは・・凄いプログラマーが味方についていたのね・・」
「博士のデータを直ぐに見れるアプリなら、
本物の霊感ケータイと同じ使い方ができるよ・・」
「そうね・・
姿までは分からないけど・・
『霊』の位置は、割り出せるわ・・
全く、霊感の無い人でも・・
存在する位置が分かる・・」
「でも、あのプログラマー・・
いったい、
何が目的なんだろう・・」
「わからない・・
でも、
今まで想像もしなかった世界が・・
開かれようとしてる・・
それが・・
いい事なのかどうか・・」
複雑な心境の拓夢君・・
ゴーストバスター部には、あまりいい知らせではないような・・
そして、単純に喜んでいられないような気がしている未来先輩・・
屋上
僕と彼女の二人きり。
眼鏡を外してカワイイバージョンの彼女・・
屋上にあるベンチに彼女が腰かけて、
その膝枕で寝ている僕・・
暖かい日差しの中が心地いい・・
何で、こうなったんだろう?
そうか・・
彼女が、あまりにも災難続きなので、
慰めて欲しいってせがまれて・・
「じゃあ、屋上でも行ってれば?」
って、千佳ちゃんに提案されたんだっけ・・
何か、最近、二人でいる事が多いな・・
でも、
その方が、嬉しいけれど・・
僕の髪をとかしながら話しかける彼女。
「こんなに、平和な時間って
あんまり、なかったね・・」
「うん・・」
少し考えていた僕がポツリと言う・・
「美奈・・」
「なあに?」
「体調は大丈夫?」
午前中に、博士の装置によって、体調を崩した彼女・・
ちょっと心配だった。
「うん・・
まだ、
ちょっと
胃がもたれてるけど・・
ヒロシ君と
二人でいたら
そんなの忘れる・・」
痛みも若干残っているみたいだった。
病院へ行った方が良いのかも知れないけれど、
僕と一緒にいると、痛みを忘れるのかな~?
目を開けて、上を見る。
彼女の嬉しそうな顔が見える。
その上に広がる青い空・・
『天高く馬肥ゆる秋』・・っていうけれど、何処までも空が続いている感じだった。
この空を、翔子ちゃんのパパと一緒に昇天した事を思い出す。
『黄泉平坂』・・黄泉の国へ行った時の事・・
「翔子ちゃん・・
元気にしてるかな・・」
ポツリと言った僕。
それを聞いて、ちょっとムッとした彼女・・
「ヒロシ君!」
「あ・・ごめん・・」
忘れようかって思ってた翔子ちゃん・・
彼女の前で、翔子ちゃんの名前を出すのはタブーだった・・
そうだよね・・
彼女がありながら、『不倫』みたいな事したんだもん。
それを許してくれた彼女に、思い出させるような事を言ってしまった!
申し訳ないような顔をしている僕を見て、
フフっと笑った彼女・・
空を見上げる。
「元気にしてると思うよ・・
でも・・
私達の事は
忘れてると思うけど・・」
翔子ちゃんは、十一面観音菩薩様の所へ、修行へ行ってしまった・・
栄えある事だけれど、この世での記憶を一切忘れてしまうという事だった・・
神の領域に近づくにしたがって、人間界や霊界での「自我」を捨て去る・・
それが、本来の魂の姿だと言う。
僕たちは、こうして、今を一緒に過ごしているけれど、
いずれ、「あの世」に行ったとき、
お互いの事を忘れてしまうのだろうか・・
「なあ・・美奈・・」
「なあに?」
「俺たちも・・
いずれ
死ぬんだよね・・」
「そうだね・・
それが人間だもの・・」
人間の定めの様なものを口にする彼女・・
時々、そういう発言に、ドキッとなる・・
何でも、御見通しの様な・・
そんな言葉を発することが、あるのだ。
それは、
彼女が、霊能者だからだろうか・・
人間はいずれ死ぬ・・
いや、命あるものは、必ず遅かれ早かれ、この世での寿命を全うし、
あの世へと逝く・・
それが、命あるものの定めであり、
命ある限り、生き抜こうという、原動力になっている。
「一生懸命」という言葉通り・・
一生を大切に、命をかけて生きる・・
その生が終わった時、
生前、一緒に寄り添った人達を互いに忘れてしまうのだろうか・・
急に、僕の体が持ち上げられ、
彼女の胸が、
僕の顔に押し当てられる。
ふくよかな
胸にうずまる、僕・・
ちょっと息が
できない
僕の息が
彼女の
胸を温める。
「あったかい・・」
彼女がポツリと言った・・
「私は、ヒロシ君を忘れない・・
どんな事があっても・・」
「美奈・・」
「私達・・
ずっと
生まれ変わっても
一緒だよ・・
いつまでも
いつまでも・・
それを
繰り返してきたんだよ・・」
「繰り返して?」
「うん・・
私・・
ヒロシ君と
ずっと
昔から
こうやって
一緒に
この世を
見てきた気がするの・・」
「そう・・
なの・・
かな・・」
『輪廻転生』という言葉がある。
この世で死んでも、次の世代で、生を受け、共に暮らした命が出会う。
縁のある魂は、いつまでも巡り会いを繰り返すという・・
それを繰り返している。
命は、減る事も増える事も無い・・
「でも・・」
押し当てた胸が、離れ、向き合う僕と彼女。
少し、暗い感じの表情になっていた。
「ヒロシ君と
いつまでも
一緒でいたい・・
離れたく
ない・・」
「美奈・・」
僕のほうへ寄りかかる彼女。
その体を受け止め、抱き寄せる僕・・
自然に
彼女を
抱くことができた・・・
お互いの腕が、背中で交差する。
心臓の鼓動が、お互いの胸を伝わるのを感じた・・
「ずっと・・
一緒で
いよう・・」
僕の口から、自然に出た言葉・・
「嬉しい・・」
彼女の手が、僕の背中に食い込む。
屋上で、お互いの存在を確認した僕たちだった・・・・
つかの間の
幸せ・・・
視聴覚準備室の隣の情報処理室・・
学校のサーバーが置いてある部屋だ。
暗い部屋の中、教頭先生が一人、端末のパソコンに向かって、何やら打ち込んでいる・・
メールかチャットをしているようだった。
始めまして
プログラマーの
Hijiriと言います。
教頭先生と
話がしたかった。
Hijiri
先ほどはありがとうございました
あれだけの技術力があるとは
驚きです。
教頭
あれは、サービスです。
私の目的は
あくまでも
霊感ケータイの作成・・
あなたがたの
生徒達の取り組みに
興味がある
全面協力しますよ。
Hijiri
あなたは、何者なの?
教頭
フリーのプログラマーですが、
怪しいものではない。
今までの報酬も不要です。
むしろ
あなた方の研究に参加できることを
誇りに思っています。
私は、
あなたの味方です
Hijiri
味方?
あなたの
目的は?
教頭
あなたと同じです。
霊の科学的探究と
ゴーストバスター部の
抹消
Hijiri
教頭先生がニヤっと笑った。
眼鏡がパソコンの灯りでキラリと光る・・
そうですか。
それでは、
今後も
ご協力を
お願いします
教頭
はい。
これからも
よろしくお願いします
Hijiri
僕たちを取り巻く恐怖が、刻一刻と、進展していた・・




