16.それぞれの思惑
校長室に博士達一行、そして校長先生と教頭先生、未来先輩の姿があった。
お互いの挨拶と、研究の内容の説明など・・大人は大人で大変だった。
未来先輩も大人に囲まれた所で難しい話を聞くのも大変だ・・
応接椅子に座って相対して座っている博士と校長先生。
校長先生が一通りの説明を聞いて、
「なるほど・・霊の世界を科学的に探究しているという事ですか・・」
「はい。
とかく、『未知の世界』で片付けられてしまいがちですが・・
そういう物は、この世には存在しないというのが我々のスタンスです。」
博士が答えた。
「無い物は存在しない・・ですか・・
古代ギリシャの哲学ですな・・」
校長先生も、ちゃんと博士の理論についていっている。さすがだ・・
「パルメニデスですか・・」
今西さんも付け加える。
そういう議論に、博士も嬉しそうだった。
博士が更に付け加えた。
「20世紀初頭に物理科学における偉大なる発見が二つありました。
一つは、相対性理論と、もう一つは量子力学です。
どちらも天才アインシュタインが絡んでいる。
マクロの世界では、光が基本となり、時間は絶対ではないという事・・
ミクロの世界では、粒子の運動と位置の観測が不確定になるという事・・
光が空間に一面に存在する場であり、個としても成り立つ・・
空間は光であり、光は空間である・・」
「ほお~・・般若心経ですか・・」
「その通りです。
色即是空、空即是色・・」
「スイマセン・・
りょ・・量子力学って何ですか?」
片桐さんが口を挟んだ。
博士がキッと睨んで、頭をかかえる。
「大平君!!そこの子に説明してやってくれたまえ!」
「は・・はい!」
「え?」
「あ・・向こうの部屋で説明しますので・・」
「え?え?」
そのまま、連れて行かれた片桐さん・・
会話についてこれない人は、抹殺されていくのだろうか・・
少し、緊張している未来先輩。
「今西君・・
困るよ・・
ああいった、知識のない人を連れてこられちゃ・・」
「すいませんねぇ・・
ウチの編集社、
文系の出が多くって・・
色々勉強しなければ、
付いていけないって
注意はしてるんですが・・」
今西さんも、半分謝ってはいるが、真剣に答えてもいないようだった。
普通の編集社ならば、文系の専門のほうが重宝するだろうな・・
それでも、専門の分野の人へ取材をする事が多いだろうから、
万弁なく巾広い知識が必要な職種なのか・・
「まあまあ、先ほどのお話の続きを・・」
校長先生がなだめる。
「そうですな・・
さて・・
どこまで話しましたか・・」
話の腰を折られて、どこまで話が行ったのか覚えていないようだ。
「急ぐこともありません。
お茶でもあがりながら、ゆっくりと談義といきましょう。
まだ始まったばかりですから。」
校長先生も懐が広い。
「それも、そうですな・・」
出されたお茶を飲む博士。
「般若心経まで話しましたよ・・」
教頭先生が助言する。
「おお!そうじゃった!
粒子の話じゃ~~!」
「そうですな・・
般若心経の有名な一節ですか・・
『色即是空・・』」
「さよう!
光は空間に媒体として満ちていて、個としても存在する・・
我々の体を構成する分子自体、
その実態があるのか、ないのか分からない・・」
「この世のモノが存在するのか、存在しないのかという事ですか・・
まるで、禅問答ですな・・」
「こうして、目で見て、手で触れているということは、『存在する』という事に他ならないように思えますが・・
『ビジョン』や『触感』などは捉えた信号を処理して『認識』しているというだけの事・・
すべては、人間の『脳』が『認知』しているという事に起因しますが、
その認知に関しても、うやむやな所がたくさんある。
錯覚や幻覚などを引き起こす『脳』です。
自然界で起こる不確定な情報を、これまた、あやふやな器官である人間の『脳』が処理して、
『認識』しているのですから、こんな不確かな世界観はありません。
我々の世界は、そういった不確定性の要素で構成されている・・
今、目の前にあるモノが現実に存在しているかどうかなんて、分からないのです。」
「ふむ・・それでも、博士は現に私の前に『存在』して、『話しかけて』いるではないですか?」
校長先生が質問する。まるで禅問答のような展開となっている。
「それは、人間の認知できる光の帯域、音の帯域を処理しているだけの事です。
あなたの周りに、認識できない帯域の電磁波が存在しているかも知れません。」
「ほう・・
私の周りに・・」
自分の周りを眺める校長先生・・
「あくまで、仮定の話です。
人間の捉える事の出来ない世界・・
それを測定可能な範囲に変換していくのが
我々の研究でもあります。」
「それが『霊』ということですか・・」
校長先生の問いにコクリを肯く(うなずく)博士。
「磁場、電場のゆらぎ、空気中に存在する水分子の電気的記憶・・
それが、人間の『脳』に直接的、間接的に作用して、
『ビジョン』として見えたり、『声』として聞こえたりする・・」
「確かに・・現代科学やオカルト研究者は
『霊』を科学的にそこまで追求してはいませんな・・」
「そう・・
我々は、自然科学の延長としての『霊の世界』を定義しているのです。
これが説ければ、人間の『脳』の認識のメカニズムさえも包含してしまう。
20世紀初頭の物理科学の変革に匹敵するでしょう・・」
校長先生と博士の問答が続いていた。『霊』を科学的に定義しようという概念らしい。
周りにいる人たちも、半信半疑で聴いているようだったが・・
難しすぎて、よく分からない・・というのが、読者の大半だと思う・・
まあ・・
そういう事です・・
「そう言えば・・
先ほど、面白い生徒に会いましたな・・」
「ほう・・
興味をそそる生徒が居りましたか・・」
「ゼロ磁場・・
体の周りにゼロ磁場が展開しておる・・
おそらく、あの女生徒の体質でしょう・・
たまに、居るのです・・
ああいった特性をもった人物が・・」
「ゼロ磁場を持つ生徒ですか・・」
「俗には『霊媒体質』と言われています・・
その最たる者は『霊能者』と・・」
「霊能者・・ですか・・
確かに、この中学校に、そういった生徒が居ります・・」
校長先生は、夏休みの合宿の除霊を思い出していた。
そこで活躍した、彼女の事を・・
そして、教頭先生や未来先輩も同じことを思い描いていたようだ。
「俗に言う『霊』というのは、磁場の乱れ・・
生きている人間の記憶が、空間中に分散する水分子に転写される。
霊能者と言われる人物の多くは、その体の周りの
ゼロ磁場を利用して、磁場の乱れ・・
即ち、「霊」と呼ばれる電場、磁場の乱れを、消去する・・
『浄霊』という現象は、消しゴムで磁場の乱れを修正するような行為だと、定義をしようとしています。」
「ほう・・・
科学的に心霊現象やその類の現象を探究しようというワケですな・・」
「さよう・・
この世に『数』で表せないものはない・・」
万物は『数』である。ピタゴラス学派の有名な言葉だ。
全てのものは、自然科学の定理によって記述され、美しい数式として表される・・
その自然の美しさを探求するために、多くの科学者がその生涯をかけて研究を重ねてきた・・
音楽室
千佳ちゃんと沙希ちゃんが椅子に座って話していた。
「あ~あ・・何か退屈だな~」
「部長たち・・今頃、良いムードなんでしょうね~」
「あの二人、仲良いからね。
見てないと何しでかしてるか!」
「え?どういう事ですか?」
「ミナちゃんって、ああ見えて意外と積極的なのよ!」
「ええ~?副部長が~?それって意外~!」
「あんた、どういう意味か分かってる?」
「え?
あ・・そう言えば・・・
どういう意味なんですか~?」
「あんたねえ・・」
同じ会話でも、女の子同士のつかみ所の無い話と、博士達の議論では雲泥の差があるな・・・
そこへ、先ほどの博士と遭遇した僕達が帰ってくる。
噂をすれば何とやら?
「ただいま~」
「あ、美奈ちゃん。お帰り!
どうしたの?何か浮かない顔して・・」
「え~?どうしたもこうしたもないよ~」
幻滅した彼女に何が起きた分からない千佳ちゃん。
「ああ・・さっき、例のユーレイ博士に会ってきたんだよ」
僕が代わりに答える。
「え?博士に??!!
どうだった?」
千佳ちゃんは期待に満ちた目で聞いてきた。
「う・・
何か・・
思い出した・・」
彼女が博士から受けた行為を思い出している。
「え?」
「どうしたんですか?副部長!」
「あの・・
博士に・・
セクハラされた・・」
肩を手で抱え、
涙目で訴える彼女・・
「な・・何かされたの?ミナちゃん!」
「大丈夫ですか~?」
「変な機械で・・」
「胸とか、触られたか?」
「きゃ~!セクハラ~」
「体には触られてないけど・・
私のオーラに・・」
「オーラぁ???」
そうか・・博士の機械は、直接は彼女の体に触らなかったものの、体を取り巻くオーラーには触れていたのか・・
「ゼロ磁場って言ってたけど・・
千佳ちゃん分かる?」
博士が話していたのを思い出した。千佳ちゃんなら分かるだろうか。
「ゼロ磁場!!」
千佳ちゃんが、もの思いにふける。
「どう?わかる?」
「う~ん・・ゼロ磁場か~・・」
千佳ちゃんの話では、「パワースポット」と呼ばれる場所の多く・・神社や霊場は、マイナスイオン等の抗酸化物質が漂って健康に良いと言われているが、更には磁場がゼロの場所も存在するという。
「美奈ちゃんのオーラもゼロ磁場なのか~」
「何か、あの機械に触れられたら、
体がブルブルって感じて・・
力が無くなったの・・・」
体がブルブルですか・・やっぱり、機械で何らかの影響を及ぼすのだろうか・・
「あれで、弱い霊とか触れたら、消えちゃうかも・・」
「霊を消去できるのか・・・
やっぱり、あの博士も凄いね・・
ゼロ磁場を計測できるし、磁場の消去もできるなんて・・
記事以上の成果をあげてるのね・・」
霊が消える・・
そんな事ができてしまうのか・・・
そんな凄い博士が学校中を調査していったら、とんでも無いことになるのではないか?
この学校にも、多くの霊が存在するというから・・
肩を押さえながら彼女が話を続ける。
「ヒロシ君の言う通り・・
ここであの博士の研究を続けさせるのは危険ね・・
上手く浄霊できればいいけど、生半可な態度で霊に接するのは、逆に危ないかも・・」
「じゃあ・・どうすれば・・」
コンコン・・
その時、音楽室の扉が、ノックされ、静かに開いた。
何だろう?
「お・・お姉ちゃん・・」
小さな声で、呼ばれる。
お姉ちゃん?
入り口の下の方で、低い姿勢でこちらを呼ぶ拓夢君の姿があった。
「タクム~!」
「タクム君?」
千佳ちゃんと沙希ちゃんが駆け寄る。
「どうしたの?オカルト研究会に監視されてるはずじゃ!」
「うん・・部員の皆が今西さんに夢中になってる隙に逃げ出してきたんだ。」
久しぶりの再会に涙目の拓夢君・・
互いに手を掴みあう拓夢君と千佳ちゃん。
「何か、オカルト研究会も凄いアプリ作ってるんだよ!」
「うん・・あの博士も、並大抵の研究じゃないわよ!」
「教頭先生も、何やら計画してるみたいなんだよ・・
よほど自信がありそうなんだけど・・」
「あの人たちが手を組めば・・・」
「とんでもないことに・・・」
「部長!どうします?」
拓夢君が僕に話を振ってきた。
ここで、話を振られるのも困ってしまうのだけれど・・・
「ヒロシ君~。」
彼女の目が訴えている・・
何とかしなければって・・
思った・・・
僕は・・思っている事を、静かに告げた・・
「さっきの話を聞いてたら、あの博士は、何らかの装置を使って、
『霊』に刺激とか、下手をすれば消去までできるって・・言ってたね・・
『霊』って、もとはと言えば、生きていた人たちの、想い出の固まりだって・・
この世で、暮らしていた記憶・・
いい想い出なのか、悪い想い出なのかは分からないけど・・
その人の大切な・・生きた証なんだ。
その大切な思い出を・・
他の人に、
研究だからって・・
どんな理由があったって・・
簡単に消しゴムで消す様な
想い出を消されるような事は・・
僕は
黙って見てはいられない。」
パチパチ・・
「素晴らしい!」
「え?」
皆が振り向く。
その声の方向を振り向いたら、先生が立っていた。
「ヒロシ君・・やっぱりあなたは、この部活の部長よ!」
「先生・・」
今までどこへ行っていたんだろう?
急に音楽室に現れた先生・・
「話はだいたい分かったわ・・
博士の素性も調べた・・
これは、一大決戦ね!」
一大決戦と言われても、この部活には、戦力になる人が少ないのだ。
「でも・・どうすれば・・・」
「頭は~、生きてるうちに使うのよ~!」
その後、ゴーストバスター部の皆で、無い知恵を絞って考えたのだった・・・
僕たちには、力は無い。
目的に向かって、
一人一人ができる最大限の事を
自分の出来る範囲で努力する・・
その結果がどうなるのか分からない。
でも
皆で立ち向かえば、
大きな力になるって・・
思えてきた。
公園
下校の際に、昨日、愛紗が携帯で亡くなったはずの剛君を目撃したという公園に、美咲と愛紗の二人で確かめに来ていた。
おそらくは、アプリのイタズラか何かなのだろうけれど、
なぜ、そこに映ったのが剛君なのか・・
本当に剛君だったのか・・
そして、なぜ、剛君でなければならないのか
全ては謎のままだったのだ。
そして、ヒジリという人の思惑は・・
愛紗に関係している人らしいのだが・・・
そんな、疑念と恐怖の想いを抱きつつ、
足取りの重い愛紗を勇気づけながら、公園まで導いた美咲だった・・・
恐る恐る公園の門をくぐる二人。
広場で遊ぶ子供たち。
学校や幼稚園から帰って、砂場やジャングルジムで遊んでいる。
中央の広場から、少し植樹帯の方に入ったベンチが目的の場所だった。
ベンチから少し離れた場所で、立ち止まり、様子を覗う。
「あそこ?
だよね・・・」
美咲が恐る恐る愛紗に尋ねる。
「うん・・」
愛紗にとっては、剛君との思い出の場所だった。
休みの日の度に、この場所で剛君と会っていたベンチ・・
二人で座って、色々な事を話した場所。
そして、昨日、得体の知れない携帯のアプリ越しに、
亡くなったはずの剛君の姿を目撃した場所。
なつかしい想い出と、恐怖の体験の場となってしまった。
「アプリで、見てみる?」
「うん・・
でも、ちょっと待って!」
まだ心の整理がつかないらしい。
それはそうだろう・・ヒジリという人を今まで信用してきたのに、
全く裏切られた展開となってしまったのだから・・
得体の知れないアプリで見た映像が、まだ脳裏に残っている。
「大丈夫?」
「う・・ん・・・」
深呼吸をする愛紗。
「大丈夫!やってみる!」
決心をして、携帯電話のスイッチを入れる。
ピッ
アプリを起動させる愛紗。
恐る恐る、ベンチの方を覗く・・・
昨日は、ベンチから、学生服を着た剛君が、立ち上がる姿勢が映っていた。
しかし・・
「あれ?」
「どう?」
「居ない・・」
昨日、そこに居たはずの剛君の姿は全く見えなかった・・・
ベンチの方へ寄って来た二人。
ベンチの前辺り・・昨日の、立ち上がった場所でベンチの方を向けてみる。
だが、
やはり
姿は見えなかった。
普段の風景が見えるのみ・・・
「見えないね・・・」
「昨日は・・確かに・・居たのよ・・」
不思議がっている愛紗。
美咲は愛紗が騙すわけはないと信じていた。
「う~ん・・
ヒジリって人が、止めてるんじゃない?」
「そう・・・
なのかな・・」
携帯をしばらく見つめる愛紗・・
昨晩は、監視をしていると責立てた事を思い出す。
この状況はどういう事なのか、説明もして欲しい
ヒジリにメールをしようとも思った・・
「愛紗が驚いたから、止めてるんだよ。
きっと!
でも、何でそんなイタズラしたのかな~」
「あれは・・
イタズラだったのかな・・」
「え?」
「あんなに、見せたかったアプリだから・・
何か、理由があるのかも・・」
「愛紗!」
「え?」
「あんまり、知らない人に肩入れしない方がいいよ!
どこの誰かも分からないんだし、
ひょっとしたら、愛紗を狙ってるかも知れないんだよ。」
「狙ってる?」
「犯罪に巻き込まれる可能性だってあるんだよ。
学校で注意されてるじゃない。」
「そ・・そうだけど・・」
ヒジリとの会話で、愛紗自身の事を良く知っているとも聞かされた。
そして、ひょっとしたら、愛紗の知っている人の可能性が高いのだ。
今でも、何処かで監視されているかも知れない。
辺りを見回す愛紗・・
「しばらく、ここには来ない方がいいかもね・・
私の家へ来るといいわ!」
「ありがとう・・・」
「う~ん。でも、たまには、街に出てみる?」
「え?」
「変な事は忘れてさ!気晴らしに行こうよ!」
「う・・うん・・」
街へ遊びに行こうと誘う美咲。
少しでも、気分転換をさせようと気遣う。
愛紗も、昨日までのヒジリとの一連のやりとりで、頭がいっぱいになっていた。
そんな思いから解放されたいと、美咲の提案を受け入れる。
公園を後にする二人。
ちらっと、ベンチを振り向いた愛紗・・
普通教室
黒板を前に、図と数式を羅列させて、量子力学について説明をしている大平さん・・
呆然と眺めている片桐さん。
大平さんの熱心さは分かるのだけれど、内容についてはちんぷんかんぷんのようだった。
「ここで、観測される場合、『不確定性原理』が働くのです。」
「う~ん・・」
「どこか・・分からない所がありますか?」
「あ・・
いえ・・
そうですね・・・
わからない所が・・
どこか・・
わからない・・
です」
「え?」
「・・ていうか・・
全く分かりません・・」
がっくりと肩を落とす大平さん・・
「すみません!私の説明の仕方が悪かったです!」
その様子を見て、少し焦り気味の片桐さん。
「あ、大平さんは、悪くないですよ!
熱心に説明してくれたし・・
でも、
私に理解できる内容じゃ、なさそうなので・・」
黒板にぎっしりの図を眺めながら・・
髪の毛をカキむしる大平さん・・
「あ~ !
どこから
分からないのか~・・!」
「大平さん!」
「すみません。すみません!
私には
人に説明する能力が無いんです!
ダメなんです。
いつも博士に頼りっきりなんです!」
しきりに謝っている大平さん。
大柄な体つきの割に、小心なタイプのようだった。
必死になだめようとする片桐さん。
「大丈夫ですよ!
私がわからないだけなんですから!」
「博士は、人に伝わらない理論なんて、
美しい秩序ではないって言われているんです。
私は、まず、人に伝える事から始めなければ・・・
ずっと研究の成果を得られぬまま、終わってしまう!」
「大丈夫ですって!」
「素人でもわかるような、明快な理論でなければ・・
量子力学なんて、単純明快な理論なのに。
それが伝えられないとは~!!!」
「え?」
唖然とする片桐さん・・
「わ・・わたしって・・素人だっていうんですか~?」
少し怒り気味になっている。
「まず、あなたに伝える事が上手くできなければ!
私は無能です!」
「ちょっと、その言い方はひどいじゃないですかぁ~?」
カチンときた片桐さん。
「え?」
「それじゃあ、私の方が無能だって言ってるようなものじゃないですか~!
私だって、大学出てるんですよ~!
ちゃんと受験にも合格したし、
単位だって・・ぎりぎりだけど取れたし・・
卒業だって何とかさせてもらって、就職もできたんです!
職場でもいじめられながら、何とかついてきているのに!」
涙目になっている片桐さん。
大平さんには、いったい、何故怒っているのか見当もつかない・・
「落ち着いて下さい!」
「これが落ち着いていられますか~!!
こんな理論何て!!」
黒板に書いてあるチョークの筆跡に向かって、黒板消しを投げつける片桐さん。
バン!
黒板に当たった所に粉が付く。黒板消しが床に落ちていく・・
「これです!!!!」
いきなり叫びだす大平さん。
「え?」
黒板消しを拾って、興奮している大平さん。
「これです!!まさにこの黒板消しですよ!!」
「何がどうしたっていうんですか~!」
黒板消しを見せながら、興奮気味の大平さん。
「量子の世界では、この黒板消しは、全く見えない。
モヤモヤとしたものだと思って下さい。波の状態です。」
「その・・黒板消しが・・
量子なんですか?」
仕方なく、もう一度だけ付き合おうとする片桐さん。
「はい。動いている時は、どこにあるか分からないんです。
でも・・」
黒板に黒板消しをなすりつける。
「この黒板に、当たった時、粉がつきます。
この粉が、ここに『ある』という証拠なんです。
『観測』された時なんです!
そして、次の瞬間、また見えなくなる。」
黒板消しをポンポンと黒板に当てながら、前に進む。
その跡には、チョークの粉が点々と残っていた・・
「このチョークの粉の跡が、量子が『見えた』という軌跡なんです!」
「そんな事があるんですか?」
「それが、量子の世界なんです。
『不確定性原理』!
見えないモノが、この世に現れる限界の理論なんです。」
「なんとなく・・
わかりました・・」
あまり、よくは分かってはいなかったが、おおまかな事がわかったような気がした片桐さん。
「よかった~!!
説明できましたよ!!
ありがとう!!」
「あはは・・良かったですね・・」
素直に喜んでいる大平さん・・
意外に子供っぽい所があって、少し安心している片桐さん。
専門的な難しい話を、誰にでも理解してもらえるように噛み砕く作業は、なかなか難しいものだった・・・
でも、この凸凹コンビも、なかなか良い味を出してるような・・・
再び、音楽室
「さて~!作戦も決まったし!」
先生が、勢いよく話し出す。僕たちの無い知恵を絞って考えた作戦を実行しようというところ・・
「大丈夫でしょうか?こんなんで・・」
「いーの、いーの!
じゃあ、拓夢君!お願いね!」
「はい!先生!」
「タクム、しっかりね!」
「うん。まかせてよ!」
そのまま、音楽室を出て、視聴覚室へと向かう拓夢君。
「タムク君・・大丈夫・・かな・・」
心配そうな沙希ちゃん。
「大丈夫だよ。
ああ見えて、あの子、しっかりしてるんだよ」
千佳ちゃんが、安心させようと進言している。
「さて、私達も、準備に取り掛かりましょ!」
「はい・・」
千佳ちゃんが、沙希ちゃんと準備にかかるという・・
「あ、じゃあ、私達、これから用事があるので!」
「え?」
「私達?」
千佳ちゃんと沙希ちゃんが不意をつかれて僕たちを見る。
「うん。私のご褒美!ね!ヒロシ君」
「あ・・ああ・・ご褒美ね・・」
先ほど、下校時に駅前のハンバーガー屋へ行こうと約束したのだった。
「ご褒美~??」
「これから二人で、デートなんだ~」
嬉しそうな彼女。
「あんたたち、さっき、二人っきりになってたばかりじゃない!」
千佳ちゃんが突っ込む。
「だって~。ユーレイ博士にイタズラされたし~」
「え?イタズラ??」
先生が聞いてくる。
「はい・・ミナちゃんのオーラに変な機械を当てがってたって・・」
「オーラ?あの博士が?」
「ブルブルってきたって・・言ってましたよね・・」
「うん・・何か・・こう・・
胸の奥から、感じたって言うか・・」
感じた・・・何か卑猥な会話だな~・・
「大丈夫なの?」
「しばらく、力が出なかったんですが、もう、大丈夫ですよ」
「そう・・何か、あの博士も凄い装置持ってるのね・・」
「霊も消去できるんじゃないかって・・」
「それは、大変な目に遭ったわね・・
じゃあ、ヒロシ君と一緒に気晴らしに行って来たら!」
「はい!」
満面の笑みを浮かべる彼女。
「いいな~デートか~・・
あ、私も付いて行って・・・」
「ダメ!千佳ちゃんは、やる事あるでしょ??」
「う!・・そうだった・・・
先生~・・どうしても、やらなきゃですか~?」
「まあ、作戦だからね・・」
にこにこ顔の先生。
何か怖くて逆らえない千佳ちゃんだった。
「うう~・・仕方ない・・じゃあ、行くよ!沙希ちゃん・・」
「は~い・・・じゃあ行ってきます。」
そう言って、音楽室を出ていく千佳ちゃんと沙希ちゃん・・
二人を見送る先生と僕たち・・
「だ・・大丈夫ですかね・・」
僕が先生に問う。
「上手くいけばいいけどね・・」
拓夢君と沙希ちゃん、千佳ちゃんで行う作戦とは・・それはいずれ、明かされる。
「それじゃあ、行きましょ!ヒロシ君!」
「うん・・
じゃあ、先生・・あと、よろしくお願いします。」
「はいはい・・二人で楽しんできてね!
あ・・ヒロシ君!」
「はい?」
「門限は6時だからね!」
「は~い」
門限6時って・・女の子のいる父親の付ける制限だな~
僕と彼女で放課後デートとなった・・
こんな時に、楽しんでていいんだろうか・・
校長室
博士と校長の会話も終わったようだった。
「さて、談義はこのくらいにして、当面は早乙女先生の所へ泊まられるとか・・」
「はい。しばらく、この学校の調査も行いたいと思います。
ご協力お願いします。
早乙女君、御厄介になるよ。」
「博士が宿泊して頂けるなんて、光栄ですわ!」
教頭先生の家って、二人が泊まれるくらい、余裕があるのだろうか・・・
「私は、少し、用事があるので、片桐を残していきます・・
駅前のホテルを予約してますんで・・」
今西さんは、帰るという。
「え?先輩・・帰られるんですか?」
「ああ・・ちょっと、行きたい所があってね・・」
「そうですか・・」
少し悲しそうな表情になっている教頭先生。
博士達一行が校長室を後にしようとしている。
「あの・・よろしいでしょうか?」
未来先輩が博士に話出す。
「何でしょうか?」
「博士は、霊能者について、どう思われていますか?」
「どう・・
と言うと?」
「『霊』が『見える』体質についてです・・」
「ふむ・・
確かに、『霊媒師』や『霊能者』は、『霊』が『見える』という・・
それは、
磁場や電場の変化、空間上の水分子の電位が、脳に影響しやすい体質なのではと・・
考えております。
普通の人なら、感じないモノを感じる・・
感受性が強いともとれるが・・
言わば・・
周りの環境に影響されやすい・・
普通の人よりも、かえって『弱い』体質なのでは・・と」
「その体質は・・改善できるのでしょうか?」
「多くの霊能者は、そのまま大人になっても、その体質を引き継いでいますが・・
成人すれば、消えるという・・事例もあります。
思春期・・
誰でも大人になるために通り過ぎる期間・・
そんなものだと思っています」
「一過性の・・・」
「そうです。 お嬢さん・・」
博士はにっこりと未来先輩に答えた。
少し頬を赤らめる先輩。
「あの・・
実は・・
私も昔・・
いえ・・
今でも、見えるんです。」
未来先輩が思い切って告白した。
『今でも見える』
拓夢君と同様に、子供の頃から霊が見えていた先輩。
それをひた隠しにしていた。
「ほぉ・・・」
少し関心のありそうな表情となる博士。
「私・・
変なんでしょうか?
他の人よりも・・
劣っているんでしょうか?
弱い・・
のでしょうか・・・」
少し、泣きそうな表情になっている。
「大丈夫です。」
博士は、再びにっこりと微笑む。
「え?」
「あなたは、繊細な心を持っているようです。
それは、
あなたの個性・・
自分に自信を持てば良いのですよ。
決して
他の人より劣っているとか
秀でているとかいうものではない・・・」
「はい・・」
「早乙女君もそうですよ・・」
「教頭先生も?」
「あの子も、目的に向かって、まっしぐらに進むが・・
それは
あの子の、一途な心・・
純真な心の現われなのです。
私の元で研究していた頃からそうでした・・」
教頭先生の意外な面を教えてもらった先輩。
家庭科室で、千佳ちゃん達に宣戦布告をした時は、人として疑った・・
人を人とも思わない冷たい面を垣間見たが、
それは、目的を達成するため、一途な心の現われだったというのだろうか・・
いつもは、オカルト研究会では、部員を、厳しくはあれ、よく指導し、導いてくれる頼もしい存在だ。
そんな教頭先生を動かすモノとは・・
その目的とは、何なのだろう・・
ゴーストバスター部の活動を極度に嫌っていた。




