10.電車で・・
都内の電車。
夕方の帰りのラッシュで、乗客が乗り込んだ車内・・
朝の通勤ラッシュほど満杯ではないが、椅子は埋まり、通路もほぼ満員状態だ。
その中に、雨宮先生の姿もあった。
出張で、都内のビルで研修があり、その帰りだった。
・・・やっぱり、東京は人がいっぱいいるわね・・・・
廻りを見渡すと、会社員や学生、主婦?・・
スーツを着た年配のオヤジさんは、新聞を折りたたんで読んでいる。
OLなのだろうか・・若い女性は吊皮に手をかけながら、しきりに周りの様子に警戒している。
長椅子に座って話している学生達。
いちゃいちゃと話し込んでいる、若いカップル。
ゲーム機を出して、脇目も振らずに夢中になっている男の子。
イヤホンで何やら聞いている女の子。
話している人も居るのだが、無言に近く、自分の世界へ閉じこもる人が大半だった・・・
中でも、携帯電話を取り出して、操作しだす若い人達が目立つ・・
何をしているのだろう・・・
車内では、通話はマナー違反の為、何やら操作をしているのだが・・
メール?
フェイスブックやツイッター?
いや・・
どうやら携帯ゲームというものらしい。
画面に表示されるカワイイ女の子、強そうな武士、高機能ロボット・・
そんなキャラクターが羅列され、上へ下へとスクロールさせて、眺めている。
・・・ふうん・・こんなのが流行っているんだ・・・
車内での暇な時間をつぶすために、ゲームに勤しんでいるのだろうか・・
無言で画面を見つめながら、生気を抜かれているような若い人達・・
笑うでもなく、怒るでもなく・・
その光景が、異様な感じに映ったのだった・・
女学生が、ケータイを見ながら、話している。
「ねえ、この人、いつも絡んで、ウザいんだよ!」
「どうせ、その辺のオタクでしょ?」
「ヤバくね~?辞めてやれば?」
「こっちの、『ヒジリ』って人の方が親切だよ~」
「ああ・・いいよね、この人、レアとかくれるって・・かっこよさそう・・」
「カキンしてる人のほうがいいよね~」
学生でも、携帯ゲームにはまる世の中なのかと、少し、ヒンシュクの目で見つめる雨宮先生・・
・・・ケータイの世界でも結局、男は金なのか・・・
窓際に目を向ける。
隣の女の子が、一人、窓に向けて携帯を操作している画面が気になった。
会社帰りの女の子なのだろうか・・
その上にタイトルが表示されている・・・
『霊感ケータイ』
・・え?・・・
先生は目を疑った・・・
その女の子が窓から覗き込む外の世界。
電車が走っていくのと共に流れている風景。
その中に、うっすらと光っている物体が風景と共に流れていく・・
その光景を眺めながら、少女は何をしているのだろう?
霊感ケータイは、僕の持っている携帯電話だけかと思った。
でも、何万個に一個という割合で、霊の世界を見る事の出来、また通話することのできる携帯電話が存在する。
その確率で言えば、意外にいくつあってもおかしくはないのだが・・
その女の子の持っている携帯電話が、ブルブルと鳴りだす。
メールを着信したようだった。
そのメールを読んでいる女の子・・
大根、買ってきてね!
母より
どうやら、その女の子のお母さんからのメールらしい。
本物の霊感ケータイならば、通常の通話やメールはできない・・
メールを読んだ後、また先ほどの画面に戻している。
どうやら、
「アプリ」
のようだった。
「霊感ケータイ」を装ったアプリが存在しているのだろうか・・
マンション
夜遅くに先生が帰って来た。
ガタン
「た・・ただいま~・・」
長く電車に揺られ、疲れ切っている様子だ。
「あ、お帰り~!」
お父さんが、居間から返事をしている。
ソファーに座りながらテレビを見ている。深夜のニュースの様だった。
机には缶ビールとつまみ。
僕は、翔子ちゃんの部屋で爆睡中・・
「ただ今、帰りました~☆」
居間に入って、先生が改めて、お父さんに声をかける。
ソファーから振り返り、父の第一声・・
「お帰り!ご飯にする?お風呂にする?」
それは・・若妻が旦那にかける言葉じゃないの?
「う~ん・・」
先生も考えるか~?
お風呂はシャワーだし、ご飯はレンジでチンなんだけど・・
「直人さんがいい~!!」
と言ってお父さんに抱きつく先生。
オイオイ・・
「ひゃ~!」
いきなり抱きつかれて、リアクションに困る父・・
「ひゃ~?? その反応は何??」
「あ、いや・・急に・・飛びつかれるとね・・(そういうの、弱いんだよ・・)」
ソファーの父の隣に座る先生。
「ホント・・疲れちゃった・・・」
「長旅、ご苦労様!」
飲みかけの缶ビールを一気に飲み干す先生。
「プハ~・・やっぱり家が一番ね~」
「はいはい・・つまみもあるよ・・」
出されたスルメをくわえる先生・・なんか・・オヤジっぽい・・
「何かサ~・・都心で暮らしてる人って・・大変だって思った・・」
「大変?
でも、何でも整備されてて便利だけどね~」
「それはね~。
モノは溢れてるし、交通の便もいいし、華やかな所もあるけどね・・
でも・・
何か、皆・・寂しそうなの・・・」
「寂しそう?」
また、抱きついてくる先生。
「こうやって~・・好きな人と・・一緒になってると・・
疲れも飛ぶんだろうけど~。」
「俺は、癒し系の・・ゆるキャラじゃないんですが・・・」
「う~ん・・十分癒されるよ~」
甘い声で父に迫っている。
「な・・何か・・リクエストでもおありですかな?お嬢さん・・」
「えへへ・・肩揉んで!」
「ハイハイ・・」
それが目的だったか・・父は渋々(?)先生の後ろに廻る。
ソファーに腰かけ、後ろから肩を揉まれている先生。
気持ちよさそう・・
「う~ん・・疲れが飛ぶ~」
「かなり、凝ってますな~」
「ずっと、緊張してたから・・
都会だと、ずっと緊張してなきゃなんだよ・・」
「ま・・それも大変だわな~・・」
「私も・・
一人の時は・・
翔子が寝たきりの時は、
毎日、疲れてた・・
その時は、翔子の事だけを想ってたから・・
何とも思わなかったけど・・
今思えば・・
大変な事してたんだって・・・」
「ああ・・
オレも・・
響子が入院して・・
他界して・・
ずっと、ヒロシと二人暮らしだったけど・・
今にして思えば・・
もう一度できるかといえば・・
出来ないかもな・・」
「私達・・
良かったのよね・・
一緒になって・・」
「うん・・
二人とも、大変な事を乗り越えた・・
ご褒美なんだよ・・
この
安息の日々は・・」
父の手を掴み、振り向く先生。
「私は・・
幸せです。」
「静江さん・・」
目をつむる先生。
二人の顔が近づく・・
バタン!
僕の部屋のドアが開く。
とっさに離れる二人。
僕が、先生が帰って来ているのに気づく。
「あ!先生帰ってたんだ・・お帰り。」
「あはは・・ただ今~」
苦笑いしてる先生。
先生の荷物を慌てて片付けている父・・
「なに?何かあったの??」
父と先生が妙な感じになってるのが不思議だったけど、僕はトイレに起きて来ていたので、それどころではない。
「と、東京名物、ヒヨコだよ~」
先生が土産の箱を見せる。
「ミナが喜ぶね!」
「そ・・そうね、望月さん、好きだもんね~甘いの・・」
その言葉を最後まで聞かずに、トイレへと急ぐ僕だった。
「お・・お風呂にします・・」
「うん・・ご飯、温めておくよ・・」
すごすごと、通常の生活に戻る二人。
脱衣室へ向かう先生がポツリと言った・・
「でも・・」
「なに?」
「みんな・・疲れた顔をしていた・・
つい・・この間の・・私達と同じ様に・・」
昼間の事を思い出している先生。
それを見つめる父・・・
「無機質な
携帯の画面を見つめて・・
癒されるのかな・・
若い人達は・・」
電車内で、ケイタイに勤しむ人たちを想い出している先生だった。




