8.母との対峙
香織さんのアパート。
「では・・いきますよ・・」
今西が優しく合図する。
「はい・・」
目をつむる香織さん・・
ピッ
霊感ケータイのスイッチを入れる今西。
チャラララ・チャラララ・
スイッチを入れると同時に、呼び出し音が鳴りだした。
トワイライト・ゾーンのテーマ・・
編集者のスタッフが入れてくれた着信メロディー。
ケータイの画面には、昨晩、お母さんと話した時の電話番号が表示されている。
「今西さん・・・」
今西の手を
握り締める香織さん。
「私が・・ついてます・・」
「はい・・」
ピッ
通話ボタンを押し、拡声機能に切り替える今西。
「香織・・・」
昨日、聞いた声が聞こえる。
「お母 さん・・?」
香織さんには、懐かしい声ではあったが、相手はすでに他界している。
複雑な思いにかられていたが・・
「元気そうね」
お母さんが話しかけてくるが、答えるのに少し躊躇している香織さん。
握っている手が汗でじっとししているのが今西にもわかった。
しっかりと握って、答えるように促す今西。
勇気を振り絞って・・
「ええ・・
元気にやってる よ。」
何とか答えた香織さん。
「私が他界して3年になるのね・・」
再びお母さんが話しかけてくる。
お母さんとしても、香織さんの恐怖感を拭い去れるように平静を装っているようにも聞こえた。
「ええ・・」
「お父さんとは連絡取ってるの?」
「はい…たまに…」
「そう・・」
何か奥歯に物が挟まっているような、ぎこひない会話だった。
見かねた今西が口を挟む…
「お母さん・・香織さんに伝えたいことって・・」
「そうですね・・今日はそれが本題でしたね。
香織・・
私は、あなたに謝らなければならない・・」
「え?」
「ずっと、私の電話が嫌だったんでしょう?
あなたを監視してるみたいに・・
毎日の様に電話してしまった・・」
「お母さん・・」
「あなたが、かわいいばかりに、心配な余りに・・
あんな事をしてしまった・・
それだけが、気がかりで・・」
香織さんの目に涙が溢れる・・
「お母さん・・私・・・」
トゥルルル・トゥルルル
その時、今西の携帯電話に連絡が入る。
「はい。今西です。ああ、弘子か?
え?何?急用??
ちょっと待ってくれ!」
ピッ
保留にする。
香織さんを見る今西。
お母さんに心配されていた事を知った香織さん・・
床に手を付き、俯いて(うつむいて)いる・・
「香織さん・・・」
「今西さん・・
私・・・
母と・・
ちゃんと
話します・・・」
「大丈夫ですか?」
「はい・・
大丈夫です・・
私・・
母と・・
自分と・・
向き合います!」
涙を振り払った香織さん・・何かを決心したようだった・・
「わかりました・・
じゃあ・・
俺、弘子が急用だって言うので・・
すぐに戻りますから。」
「はい・・」
香織さんに霊感ケータイを渡して、外に出る今西・・
だが、体に異変がある事に気づく。
・・あれ?ちょっと目まいが・・
急に立ち上がった為、立ち眩みがしたのだと思った今西。
ガタン
部屋の外の通路で電話をする今西。
「どうしたんだ?いったい・・」
「お兄ちゃん!大変なのよ!
こっちは大雨で、直ぐに行けそうにないの!
それより・・
陽子さん代わってください!」
「え?」
電話を代わる陽子。
「今西君!写真を見たのよ!香織さんが写したって言う写真を!」
「ああ・・この間、弘子に焼いてもらってた写真の事かい?」
「ええ!あの影は、お母さん・・」
ずっと見守っていたから、側に居て、霊感ケータイに写されていても、不思議ではないと思った。
「ああ!
今、そのお母さんと香織さんが霊感ケータイで話してるよ。」
陽子達が到着する前に、霊感ケータイを使っているという報告をする今西。
だが・・・・
「違うのよ!!」
陽子の口調が尋常でない。取り乱したように今西に必死に訴えている。
「違う??何が違うんだい??」
訳が分からなくなっている今西。
「そのお母さんに取り憑いている悪霊が後ろに映っていたのよ!」
「何だって?!」
長い間、現世で放浪しているうちに、悪性の霊体群に取り込まれているという。
「じゃあ・・あのお母さんは・・」
「あの子を思う心は純粋よ。
それを利用して、香織さんを死に追いやろうとしている。
最近、色んな不幸が襲っていると思うの!」
確かに・・ついこの間まで付き合っていたという彼氏とも別れ、仕事でも上手くいっていないという・・
その上に、命まで狙われているというのか・・
「望月!・・・オレはどうすれば!」
「あの子を救えるのは、今はあなたしかいない!
いい?心を強く持って!!」
陽子の話を聞き、これから悪霊と対峙しなければならなくなった今西。
部屋の中・・
香織さんとお母さんの会話が続いている。
「お母さん・・私の方が謝らなければならないのよ!」
「え?」
「お母さんの事がウザイなんて・・思ってた私が悪かったの!
お母さんが死んで・・初めて・・
お母さんが大切だったって・・
気がついたの!」
「香織・・」
「お母さん・・
私、
お母さんが入院しているときも、
亡くなる時だって・・
彼氏と一緒に遊んでた・・
私は・・自分の事しか・・
頭に無かった・・
それが、
ずっと・・
お母さん・・
許して!」
「香織・・・
許すも何も・・
香織には香織の人生があるのよ・・
あなたに、とって大切な時間・・
大切な人と過ごしたいのは、当たり前でしょう?」
「お母・・さん・・」
「私は、そんな事で恨んだりしないわよ・・」
「あ・・
れ?」
呂律が回らなくなってきたことに気がつく香織さん。目の前が歪む。頭がくらくらしている。
「香織??」
ポトリと霊感ケータイが香織さんの手から落ちる。
バタン!
「香織さん!!」
その時、今西が勢い良く部屋に入ってくる。
ベットに寄りかかっている姿があった。ぐったりして動かない。
「大丈夫ですか?」
首に手を当てる。脈はある。どうやら気絶しているようだった。
霊感ケータイを手に取る今西。
「お母さん・・いったい、何を!」
「私は・・知らない・・
電話をしていたら、急に・・」
カメラを作動させる今西。
直ぐ、目の前にお母さんの姿があった。
そして、その背後に・・
「お母さん!あなたは騙されているんです!」
「騙されて?」
「あなたの、その後ろに・・亡者共が・・!」
「え?この方達は・・
私を助けてくれるって・・・」
後ろを振り向くお母さんの姿がケータイの画面に映し出されている。
そして、その先に・・
「ああ!」
お母さんの体を這ってくる無数の亡者の姿があった。
半分、白骨化した姿で不気味に蠢く。
お母さんの体を伝いながら、こちらへと、香織さんへと襲いかかろうとしている。
「あなた達・・
何を!」
必死に抵抗するお母さん・・
亡者たちを振り払おうとするが、その数には勝てなかった・・
「その娘の命をくれ~」
「若い女の生気・・」
「そんな!約束が!!」
お母さんの叫び声が空しく響く。
「お前の役目は終わった・・」
「お前も我々と同様、死の裁きを受けるのだ~」
「その娘の命を・・奪う事で、我々の真の仲間になれるのだ・・」
「あ・・私は・・!」
お母さんが、その霊体群に取り囲まれ、その中に引きずり込まれていく・・
今西には霊力は無い。
除霊もしたこともないし、悪霊退治も見学だけだった。
霊感ケータイに映し出されている映像を、ただ見ているだけしか出来ないのか・・
「今西・・さん・・
た・・助けて・・」
お母さんが最後の助けを求めている。
陽子たちも、遠くで足止めをされているのだ・・
この親子を救う事ができるのか?
「お母さん!気を確かに持つんです!娘さんへの慈悲の心をしっかりと!」
今西が叫ぶ。
「え?」
その声に驚くお母さん。
「美奈ちゃん!頼むよ!!」
「はい!
摩訶般若・・・」
今西の携帯電話から般若心経が聞こえる。
「何?!!」
亡者達が怯んでいる。
「今西君!霊体の中に、携帯を入れて!」
陽子の叫ぶ声が聞こえる。
「何だって~?」
それには抵抗感があった今西。
「美奈子の呪文を霊体の中心で聞かせれば効果があるのよ!」
「あの中に入れるのかぁ?」
霊感ケータイ越しに覗く悪霊の姿を見つめる・・・
不気味にうごめく無数の霊体。
腐敗した死体のような、世にもおぞましい容姿の怪物の塊だ。
あの中に携帯ごと手を突っ込むのだ。
「あの親子を助けたいんでしょう?!」
陽子が再度促している。
・・香織さんとお母さんを助けたい・・。
その想いが込み上げる。
次の瞬間、
「南無三!」
陽子の言葉通りに、片手で霊感ケータイの映像を見ながら、反対の片手を伸ばして、霊体の中心に美奈子のお経が放たれる携帯電話をかざした。
「うっ・・!
うああああぁぁ!!!!!!」
「があぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
無数の霊たちがもがき始める。
山奥の神社・・
美奈子が受話器を前に、般若心経を唱えている。
遠く離れた香織さんのアパートまで、美奈子の力が伝わっているのだろうか・・・
「何が起こっているんですか?」
弘子さんが陽子に聞いている。
「言霊・・・」
陽子がポツリと答えた。
「言霊??」
「人間の発する言葉には・・
人の魂・・
発した者の想いが宿ると言います。」
言霊・・
人間は生きている。
生物は、個体で生きるものであるが、高等生物になると集団んで生活をするに至る。
人間は、言葉を使って、人とコミュニケーションをしている生き物・・
集団で生きている上で、何かを考え、何かを思い、伝える・・
他の人に伝えるための「言葉」・・
「言葉」は人間のコミュニケーションのための道具としてとらえられている。
だが、逆に、「言葉」を主体として考えることもできる。
「言葉」そのものは、多数の人間を介して伝わっていく・・
何人もの人間を通して伝わる間に、内容が歪んでいく事が多いが、
始めに発した人の想いは伝わっていく。
始めに想った人の魂・・それが「言葉」を介して、人から人へと伝わる・・
それが「言霊」である。
人から人へと伝わる方法としては、「音声」である必要はない。
それは「文字」であったり、「電波」や「ネット」でもよいのだ。
書籍となることで、その伝達は時空を超える。
電波やネットは一瞬で世界の果てまで想いが伝わるのだ。
「離れた場所でも、『言葉』が伝われば、
発する人の想いは伝わるのよ。」
陽子が説明を加えた。
「人の想いが言葉に・・」
呟く弘子さん。
アパート。
もがき苦しむ亡者達。
そこへ美奈子の般若心経が容赦なく響き渡る。
「色即是空、空即是色…」
九字を切る声がする。
「雷・風・恒!!」
カー!!!!
眩い光でいっぱいになる霊感ケータイの画面。
「ギャーーーーーーーー!!!!!」
その声とともに、亡者がチリジリになっていった・・・
光が止むと、そこに香織さんのお母さんが嘆いて(なげいて)いる姿があった・・・
手を床に着き・・俯く(うつむく)・・
「わ・・私は・・・なんて事を・・」
「お母・・さん・・」
今西も、なぜか疲労感が押し寄せている。
昨日と同じような状態だ・・
だが、必死にお母さんとの会話をすすめる・・・
「私は・・娘を・・守るどころか・・
亡者達に・・命を奪わせる・・手伝いを・・」
「あなたの・・・
子を・・
思う・・
心を・・
利用されただけですよ。
だって、
あなたは、大丈夫だったじゃないですか・・
邪悪な者は・・
あの光に消されるって・・」
「でも・・
私は・・・
あの子に・・」
「駄目だ・・
この携帯は・・・
使っていると、
疲労していくようです・・」
霊感ケータイを使うと、疲労することに気づいた今西。
ピ
通話機能を切る。
「ハア・・ハア・・・」
息が苦しい。だが、ここに居るお母さんを、何とかしたいと思っていた・・・
霊感ケータイのカメラ機能はそのまま使い続けていた。
ケータイの画面の中に映し出されているお母さん。
こちらを、悲しそうな目で見つめている。
声は聞こえないが、その姿に向かって話しかける今西・・
「お母さん・・
聞いて下さい!
私は、霊感も無いから、
あなたを、成仏させる事はできない・・
でも、
あなたが、娘さんを想う心・・慈悲に溢れた心があれば・・
あの世からの迎えを十分受け入れられる・・・
そして・・・
安心してほしい・・
私が・・
あなたに代わって・・
娘さんを・・
守ります。
約束します。
私にも・・
ようやく・・
見つかった、
大切にできる人・・
私は・・
香織さんを・・
いえ・・
香織さんが・・
好きです・・・」
お母さんの・・
悲しそうだった表情が和らぎ・・
うっすらと笑みが浮かぶ。
今西に、一礼をし・・・
両手を合わせる姿があった。
天井から光が入りだす。
その光に包まれだすお母さん・・
そして・・・
その光の中に、一人の、女性の形が現れていた・・
天使?
菩薩様?
あの世からのお迎えなのだろうか…
その女性が、
今西に微笑む。
見覚えのある面影だった
「幸子・・・」
眩い光に包まれた幸子さんの姿が、そこにあった…
懐かしく
温かく
慈悲に満ちた眼差し
幸子さんに導かれ、
全身が光に包まれ、
お母さんの表情が慈悲にあふれだし・・
ゆっくりと
昇天していく
今西は
霊感ケータイ越しに、
その光景を見守っていた…




