6.霊感ケータイ
今西の部屋。
都内のアパートに一人暮らしの今西。
一人ビールを飲んでいる。
幸子さんの墓参りの後、弘子さんと香織さんを家に送って、自宅に戻ったのだった。
香織さんに寄って行かないかと誘われたが、断った。
まだ、出会って間もないし、昼間、幸子さんとの想い出の話をしていたら、急に懐かしく、恋しさと後悔の念が再燃したのだった・・
手帳の写真を見る・・
「幸子・・」
霊感ケータイを見つめる。
「このケータイで・・君を見る事ができるのか・・・」
今まで恐怖心が募り、使うのを躊躇って(ためらって)いた霊感ケータイ。
住職の言葉を思い出す。
・・亡くなった人に会う事のできる電話・・
懐かしい人との再会ができるのならば、それは自分にとって一番望んでいた事をかなえてくれる魔法の道具。
高校の時に死別した幸子さんと、もう一度会うことが出来るのだ。
何度も忘れようと思った。
新しい人を見つけようと思った。
でも、忘れる事が出来ない。
もう一度会って・・・
あの時の、あの頃に戻って、一緒だった時を共に味わいたい。
想い出だけが膨れ上がる。
そう思った時、
ピッ
霊感ケータイのスイッチを入れていた。
カメラモードに切り替え、部屋を眺めまわす今西・・
何も写っていない・・・
「やっぱり・・居ないよな・・・」
何ら変わりも無い部屋の映像。
懐かしい幸子さんが、立っていて、愛くるしい笑顔で迎えてくれると思ってはみたものの・・
そんなに都合の良い、奇跡的な事は起こらないのだ。
だが、何か嫌な空気を感じていた。
チラッチラッと、左右に振ると画面の上の方に何かがかすねて写るのだ。
何かが垂れ下がっているような・・・
上??
恐る恐る、カメラを上に向ける。
黒い・・
髪の毛の先・・
その髪の毛が、自分に覆いかぶさっているような・・
背筋が凍りそうになった・・
携帯越しに、髪の毛が見え隠れする。
それも、
その付け根である体は、自分の真上にある・・
唾をごくりと飲み込む。
今西は・・
恐る恐る・・
携帯を上に向けてみた・・・
蛍光灯の丸い管・・
蛍光管を半分覆い隠すような
髪の毛の束
自分の頭の上に覆いかぶさっている・・
蛍光灯の逆光に照らされて・・
影を落とす・・
髪の毛に埋もれた・・
女の人の顔。
こちらを見下ろしている。
目が合う・・
この世の者とは思えない冷たい眼差し・・
時間と空間が凍りついたような・・
短い一瞬が・・
長く感じられた・・
「あっ・・・・
あっ!・・・・
う!・・・」
声にならない自分の声・・
自分でもわかった・・
幸子さんではない!
別の・・女の人が、
自分を見下ろしている!
「うわ!!」
ケータイを手放してしまう。
部屋の隅に逃げている今西・・・
プルルル・・プルルル・・・
携帯電話の呼び出し音が鳴っている・・
部屋の中央に置かれた机の足元に落ちている霊感ケータイ・・
プルルル・・プルルル・・・
なかなか止まらない呼び出し音。
その携帯の直ぐ上には、
先ほど見た
女の人が立っているのだろうか・・
恐怖で動かない。
プルルル・・プルルル・・・
蛍光灯の方に目をやりながら、
手を伸ばす。
指先が霊感ケータイに届く・・
握りしめて、部屋の隅へと戻る。
プルルル・・プルルル・・・
未だ、鳴り止まない呼び出し音。
その表示には、見知らぬ電話番号が表示されている。
恐る恐る、通話のスイッチを押す・・・
ピ・・
携帯電話を、耳元にあてがう・・
「今西さん・・・
ですか・・・」
女の人の声が聞こえた。
先ほどの女の人なのだろうか・・・
今西は、部屋の隅の壁に背を押し付けながら、
部屋全体を見回した。
誰もいない部屋・・
いや・・
誰も居ない様に見えるが、
そこには確かに女の人が居るのだ。
見えないけれど、居る・・
先ほどの蛍光灯の下なのか・・
それとも・・
直ぐに目の前に居るのか・・
脂汗が流れているのが
自分でもわかった・・
「あ・・
あ・・な・た・・
は?」
まともな声にならない・・
それでも勇気を振り絞って、聞き返す今西・・
「香織の母です・・・」
意外な答えが返って来た・・
香織さんのお母さん?
数年前に亡くなったというが・・
そのお母さんが、来ているというのだろうか・・
「あの子・・・の・・・お母さん?」
恐怖でいっぱいの今西・・
それでも、香織さんの身内ならば、
少しは気が楽だ・・
だが、先ほどの、見下ろす顔が頭から離れない・・
冷ややかな視線。この世の者でない生気の無い表情。
「実は・・
あなたにお頼みしたい事が・・・」
頼みたいことがあるという・・
いったい何なのだろう・・
「は・・はい・・」
携帯電話を持つ手が震えている。
「あの子と、一度、話をしたいのです・・」
「え?」
「その携帯電話で・・あの子と・・」
話しているうちに、自分の体に異変があることに気づいた今西・・
どうしたのか、自分でも分からないが、極度の疲労が襲っていた。
昼間の墓参りで、長時間の運転のせいなのか・・
それとも、「霊」との交信で極度に緊張しているのか・・
「お・・母さん・・オレ・・」
その後の言葉を放とうとしたが、力尽きてしまう・・
今西は、電話を放し、その場に倒れ込んでしまった・・・・
・
・
・
・
カンカンカンカン・・
鉄の階段を下りる足音がしている。
今西が目を覚ます。
夜が明け、朝になっていた。
朝の通勤の、忙しない(せわしない)物音。
自動車や自転車が往来し、近所の人たちがドアを開け出ていく音。コツコツと歩くヒールの音。
遠く電車の走る音や警笛、踏切の音がする。
都会の朝・・
蛍光灯は、昨晩、点けたままだった・・・
「あれ?オ・・オレ・・」
昨日、携帯電話を使って、話をしていた事を思い出す。
まだ、体がだるかった・・・
『霊症』という言葉がある・・
今西にとって、心霊現象は雑誌のテーマであり、取材上で情報としては入っている。
霊に会って、何らかのダメージを受けることがあるという。
殆どは、体の、皮膚のどこかに傷の様な物が浮かび上がるのだが、
疲労というのは聞いたことが無い・・
霊感ケータイを使うと、過度の疲労が襲うという事なのだろうか・・
陽子に相談しようと思った今西。
昨晩の話だと、香織さんのお母さんがコンタクトを取りたいと願っているようだった。
携帯電話を掛ける。
山奥の神社に、陽子と美奈子が帰っているはずである。
「はい・・望月です」
「あ・・望月か・・実は・・」
そして、あの女の子と話がしたいという母親に会った事を報告した。
「そう・・私も同席するわ・・」
「それは心強い!」
「美奈子が学校から帰ってきたら、私達も行きます。」
「じゃあ、弘子に迎えに行ってもらうよ!」
「助かるわ!じゃあ、夕方にお願いします。」
携帯電話の会社。弘子さんが勤めている職場である。
デスクに座って顧客の情報整理をしている。
一人の男の人が、弘子さんに話しかけてきた。
「今西さん、この間、頼まれていた写真が上がってきましたよ!」
「はい。ありがとうございます。」
封筒に入っている写真を出して、見せながら男の社員が聞いている。
「でも、何か、人物の脇に黒い影が写ってるんですが、何なんですか?」
「ああ・・心霊写真なんじゃないかって、言ってました!」
「心霊写真?デジタルでもそんなのがあるんですか?」
「さあ・・私の兄が、オカルト雑誌の編集者なんで・・」
リーン・リーン
弘子さんの胸元で携帯電話が鳴る。
「あ、すみません・・」
ピ・・
携帯電話を取り出して、通話をする弘子さん。
「あ!お兄ちゃん?どうしたの?」
昼から休みを取って、陽子達を迎えに行って欲しいとの内容だった。
月刊オカルト編集部
弘子さんに電話をし終えた今西。
陽子を迎える段取りが終わったところで、香織さんに電話をする。
5~6回呼び出し音が鳴った後に、電話が繋がった。
「おはようございます。今西です。」
「今西さん?・・おはようございます・・
どうしたんですか?」
「はい・・ちょっと話がしたくって・・
今日の夕方は、予定は空いてますか?」
「今日は、一日、家に居ますよ。」
「そうですか・・実は、霊感ケータイで・・
いや、その話は会ってからにしましょう。」
「霊感ケータイ?
あの携帯電話の事ですか?」
「はい。」
今西の答えに、少し考えた香織さんだったが、
「ではお待ちしております。
夕方でなくても、一日居りますので、
いつでもいいですよ。」
「では、そちらへ着く前に、電話します。」
「はい。では・・」
携帯を切る今西。
香織さんのアパートで会う事になったが、何か胸騒ぎがしていた。
お母さんが話をしたいという事を、すんなりと聞き入れてもらえるのか・・
そして、どんな話をするのだろうか・・
霊感ケータイを使った時の疲労感も気になっていた。
霊感ケータイを見つめながら、考えている今西・・・
「今西さん、こんな着メロどうですか?」
女性スタッフが声を掛けてくる。
あれから、霊感ケータイに入れる着メロを考えていたらしい。
暇なのか、忙しいのか・・
女性スタッフの持っている携帯電話からメロディーが流れる。
チャララララ・チャララララ
「トワイライト・ゾーンのテーマ?」
何とも、趣味の悪い音楽だ。
トワイライトゾーンは、アメリカのTV番組で使われた音楽で、今では御馴染みの曲である。
TV番組自体を知らなくても、誰もが一度は聞いた曲であろう。
「何か・・こう~
今にも~何か出そうな~?
イメージなんですが~」
女性スタッフが熱意をもって訴えている。
寝ずに考えたそうだから、その努力を買う事にした今西。
「まあ、何でもいいから入れてみてよ・・」
霊感ケータイを預けて、一人、外に出る。
今西の自動車を運転して、山の神社にたどり着いた弘子さん。
フロント硝子にポツポツと雨が当たりだしてきた。
「雨になるのかな~?」
バタン!
ドアを開け、神社へ向かう弘子さん。
まだ、夕方には時間があったが、意外に早く着いたのだった。
「いらっしゃい。弘子さん!」
陽子が出迎える。
「あ、お兄ちゃんから頼まれて・・
今日は、どうしたんですか?」
傘を持ちながら玄関から歩いてくる陽子。
「昨日のあなたの友達なんだけど・・」
「香織の事ですか?」
「ええ・・霊感ケータイで、今西君があの子のお母さんと話をしたって・・」
「え~???香織のお母さん、数年前に亡くなってるんですよ!」
「霊感ケータイは亡くなった人と話すことが出来るのよ・・」
「その話は、本当だったんですか?」
「今西君達だけでは、危ないだろうから、私も立ち会う事になったのよ・・」
サーーーーーー
急にそれまでパラパラと振っていた雨が激しく降り出してきた。
「嫌な雨ね・・」
空を見上げている陽子。
「そういえば、美奈ちゃんは?」
「まだ、学校なの・・傘持って行ってないから・・」
「車で、迎えに行きましょうか?」
「そうね・・学校へ向かってから、その足で今西君の所へ行きましょうか・・」
簡易的な結界とお払いの道具を積み込み、山道を下る。




