3.香織さん
月刊「オカルト」編集室・・
自分のデスクに座って、例の携帯電話を眺めている今西・・
「そのケータイですか?」
女性のスタッフから声を掛けられる。
「そう・・・『霊感ケータイ』だって・・・」
「すごいですね!それが本当だったら、この雑誌としても、良い記事になるんじゃないですか?」
興味津々で今西に提案する女性スタッフ。
「そうだよね・・
じゃあ、君、試してみる?」
「え~???!!!
嫌ですよ~~~!!!」
冗談でも、嫌そうな顔をする女性スタッフ・・
「そうだよな・・・」
今西も、陽子が山奥で試しに使って覗いたのを最後に、自分で作動させてみようとは思えなかった。
あの映像を一度見たら、「恐怖感」以外の感情は浮かんでこない。
確実に霊の世界が見えてしまうのだから・・・
通話も・・やはり、する気にはならなかった。
如何に記事として面白くなるとはいえ・・
霊の世界に自ら足を入れるのは、ためらっていた・・
「でも、待ち受けの曲とか、考えましょうか?」
先ほどの女性スタッフが話題をそらしてきていた。
「え?」
「どうせなら、ムードのあるほうが良いですよね~
今にも幽霊が出そうな・・」
「お経とか?」
「何か・・、映画音楽とかどうですかね~」
「映画・・ジョーズ・・とか?」
鬼気迫る、何かが今にも襲って来るような音楽を選ぼうと提案する今西。
「スターウォーズの帝国のテーマとか良いと思うんですが・・ちょっと調べてみます。」
そう言って、パソコンに向かって何やら調べる女性スタッフ・・・
何だか遊ばれている感じがした今西だった。
トゥルルル・・トゥルルル・・・
携帯電話が鳴る。
一瞬、ビクッとなった今西。
ポケットの自分の携帯電話だった・・・
「はい・・今西ですが・・・
・・あ!この間の・・
どうですか?その後は?」
霊感ケータイの持ち主である香織さんからの電話だった。
今度の土曜日に例の携帯電話の件で会いたいとの事だった・・・
土曜日の公園
ベンチに座っている香織さん。それを眺めるように立っている今西。
薄い半袖ブラウスに、ミニスカート・・手首には、この間と同じリストバンド。
スポーティーな感じで決めていて、いつも健康的に見える香織さん。
小柄ながら、はきはきした感じで可愛い。
「すみません・・呼び出しちゃって!」
「良いんですよ。私も記事の材料を提供してもらったし・・」
「あれから、あの携帯電話は、調べてるんですか?」
「はい。
あ、いや・・
あれからは全然進まなくて・・」
「気味が悪いですからね・・
私も新しい携帯電話にしたら、
奇怪な現象が無くなりました。
やっぱり、あの電話自体に問題があったんですね・・」
弘子さんの店で別の携帯電話を用意してもらって、それを使っている香織さん。
この間より、少し気が楽になった感じがした。
「元気そうで何よりですよ。」
「おかげ様です!」
だが、少し、顔を曇らせる香織さん・・
「でも、ちょっと気になった事があったんです。」
「え?」
「あの電話を使っていた時、一度、知らない方の携帯から電話が掛かってきて・・」
「それは・・どこから?」
「イタズラ電話みたいだったんで、直ぐに切ったんですが・・
自分は『悪魔』だって言ってました。」
「悪魔!?」
イタズラ電話にしては質が悪い・・
「気味が悪かったので、直ぐに切りました。」
「何か、色んな事があったんですね・・
変な物が写ったり、変な音を拾ったり・・」
「ええ・・その電話に加入してから・・・
生活の上でも・・」
更に顔を曇らせる香織さん。
「え?」
「あ・・いえ、何でもないです。」
ところで、香織さんは、何故、今西を呼び出したのだろう?
『霊感ケータイ』のその後の様子を聞きたかっただけなのだろうか・・
「あの・・・今西さん。」
香織さんが話を変えた。
「何でしょう?」
「今西さんって・・彼女とか・・お付き合いしてる人は、いるんですか?」
「え?」
急に付き合っている人とか聞いてきている。どうしたのだろう?
「あ・・ちょっと気になったんです。
弘子のお兄さんって、どんな人なのかって・・」
「いえ・・生まれてこの方・・・
いや・・
付き合っていた人はいました・・
でも・・」
「でも?」
「高校の時、亡くしたんです・・
病気が再発して・・」
「それは・・失礼な事をお聞きしました。
すみません・・・」
「いえ・・」
ベンチに座りながら、数メートル先の地面を見つめる今西。
聞いてはいけない事を聞いてしまったと察した香織さん。
「私は・・3年前に母を亡くしたんです・・」
ポツリと言った香織さん。今西と同じ数メートル先を見つめる。
大切な人を亡くした者同士だった事に、二人とも言葉を失っている。
何か、明るい話題に変えようと思った今西だった。
「そうだ!この近くの遊園地へ行ってみませんか?」
「え?」
香織さんを遊園地に誘った今西。
何故、遊びに誘ったのか自分でも不思議だった。
遊園地で・・
ゴーーーーーー
「キャーーー!」
「ハハハ!」
「何を笑ってるんですか~??」
「いやハハ・・こ・・怖くて~!ハハハ~!!」
恐怖で顔が引きつっている今西。
ゴゴーーーーーー!
「キャーーーー!!!!」
「ぎゃーーー!!」
コースターやゴンドラに乗ってはしゃぐ二人・・
今まで、内に秘めていた事を忘れるように、遊びに夢中になる。
「あ・・次、あれに入ってみませんか?」
「え?お化け屋敷ですかぁ??」
端から見れば、いいアベックの二人だった。
少し疲れたのか・・
遊園地のベンチに座っている今西・・
香織さんはトイレへ・・
可愛い子を連れて、デートらしき事をするのも、高校以来・・・
鞄から手帳を取り出す今西。
手帳に挟んであった写真を見る・・
「幸子・・」
高校の頃を思い出しているのだった。
香織さんがトイレから戻ってくる。
ベンチに一人座って、写真を見ている今西の姿・・
声をかける。
「その人ですか?高校の彼女って・・」
「あ・・はい・・」
隣に座る香織さん。
写真が目に入る。
「可愛い人ですね・・」
「ええ・・」
「すみません・・」
「え?」
「私のために・・誘って頂いて・・」
「いえ・・」
「まだ、忘れられないんでしょう?その人の事・・」
「はい・・
まだ、生きてて、その辺りから出てくるんじゃないかって・・」
写真を見つめる今西。
「いいな~」
「え?」
「そんなに男の人から想われてて・・
幸せだと思いますよ。その人!」
「そうでしょうか・・」
「ええ・・羨ましい!
私なんか・・」
「え?」
「あ、
いえ・・
私は恋人も、好きな人も誰もいないから、
思われてみたいな~って・・」
「十分、可愛いですよ。
直ぐに良い人、見つかると思いますよ。」
「そうですか~?」
手首に着けられたリストバンドに気づく今西。
その上に、腕時計を回しているのだ。
かわいらしい腕時計・・
「そのリストバンド・・」
「え?」
一瞬顔を曇らせた香織さん・・
「あ・・テニスが好きなんですね。」
「これですか?
私、汗っかきだから
時計が蒸れるのが嫌で・・」
腕時計をちらっと見る香織・・
気が付けば、夕方になっていた。
入場者も帰る仕度をしているのが目立ってきた。
「帰りますか・・」
「はい・・楽しかったです!」
遊園地を出て、駅の方へ歩いている二人・・
「あ、お兄ちゃん!」
弘子さんが歩道橋の上から声を掛けていた。
仕事の帰りで駅の方から歩いている時に、今西達を見つけたのだった。
少し、気まずそうな顔をする香織さん・・
「あれ?香織・・ 今日は・・・」
弘子さんが今西の隣の女性が香織さんだと気付く。
「あ、今西さん!
私、用事を思い出したので・・
これで失礼します!」
急に慌しくなった香織さん。
「あ!香織」
呼び止める弘子さんだったが、地下鉄の駅の方へ小走りに走っていく香織さん・・
別れの挨拶もままならずに、見送る今西。
弘子さんが今西の元に駆け寄って来た。
「どうしたんだろ・・?」
「お兄ちゃんも、どうしたの?
香織とデートしてたわけ?」
「デート?
いや・・ちょっと呼び出されて・・」
「呼び出された?」
「ああ・・この間の携帯電話の事で・・」
「仕事中だったのか・・
でも、おかしいな~
今日、あの子、デートの日だったのに・・」
「え?」
意外な弘子さんの話に反応した今西。
「毎週、土曜日は彼氏とテニスの約束をしてるんだよ!
いつも嬉しそうに話してくれてるのに・・
何で、お兄ちゃんと一緒なのかなって・・」
逃げるように帰ってしまった香織さん。何か気になる今西だった。
次の日。
日曜日・・
駅前の大衆食堂チェーン店。
居酒屋風の小上がりの座敷が人気の店で、祝日前の日曜日はお客で満席の状態だった・・
そこで働いている香織さんの姿があった。
「何やってるんだ~!!こんなの頼んでないじゃないか!」
「すみません!」
お客に頭を下げて平謝りの香織さん。
厨房の上司から怒られている。
注文聞きの手違いで叱られている。
「もう、いいから、次の客の所へ!」
「はい!済みませんでした!」
注文を聞きに行くが、客にからまれる。
説教をされ、涙目の香織さん・・
休み時間
休憩室で一人椅子に座ってお茶を飲んでいると、同僚が数人入って来て、隣の机に座り・・
「あら・・あなた・・ちゃんと、休みだけは取るのね!」
「また失敗して、足引っ張らないでよ!」
その言葉に、無言で部屋を飛び出す・・
路地裏で、一人、泣いている香織さんの姿があった。
携帯電話を取り出す。
弘子さんの携帯電話の番号・・
携帯電話の取り扱い店
日曜日で、やはり客が多い中、接客中の弘子さんの携帯に連絡が入る。
胸元で、プルプルと振るえる呼び出しに気づいた弘子さん・・
「あ・・少し、お待ちください・・」
お客に断わってから、奥の部屋へ下がる弘子さん。
「どうしたの?香織!」
(あたし・・死にたい・・・)
電話先から助けを求める香織さんの声が聞こえる。
「え?」
「今西さん、お客さんが待ってるわよ!」
上司から、注意されている。
「はい、すみません!
香織・・ごめん。また後でね!」
そう言って電話を切る・・・
ツー ツー
電話を切られ、ケータイを耳元で押さえたままの香織さん・・
頬に涙が伝う・・
もう一度、電話のボタンに手をかける・・
表示には今西の携帯の番号が・・
「こら!谷内田!時間だぞ!!」
厨房から声がかかる・・
「はい・・」
携帯を仕舞って、職場へ戻る香織さん・・
仕事が終わり、ロッカー室で急いで着替えを済ませた弘子さんが電話をかける。
先ほど、途中で切ってしまった香織さんに電話をかけ直す。
この電話は
電波の届かない場所にあるか、
電源が入っていないため、
かかりません・・・
心配になった弘子さん・・
「死にたい」って言っていた・・・
駅前の香織さんの働いている居酒屋へ向かった弘子さん・・
裏口から、スタッフに話を聞くと、香織さんは早退したという・・
体調が悪くなったという事だが・・・
急に香織さんが心配になった。
咄嗟に今西に電話をかける。
一人で探すよりは二人の方が良いと思ったのだった。
「もしもし!お兄ちゃん?」
隣の駅の出版社から事情を聞いて飛んできた今西。
「何があったんだ!弘子!」
「香織が見当たないのよ!」
「家には居ないのか?」
「さっき、アパートまで行ったんだけど、居なかったの!」
「『彼氏』って人の所は?」
「あ・・電話したんだけど・・
もう1ヶ月前に別れたって・・・」
香織さんと土曜日にデートをしているという『彼氏』は、香織さんと弘子さんの大学時代の同級生という事だった。
既に別れていたのだった。
「え?じゃあ、昨日、付き合ってる人が居ないって言ってたのは本当の事だったのか・・」
「私もてっきり彼氏と続いてると思ってたわ・・」
「幸子の事を話したら、香織さんも付き合ってる人は居ないって・・」
「幸子さん・・・忘れられないか・・・」
二人とも言葉を失ってしまった。
「今は、そんな事より、香織さんを探さないと!」
「そうだった!お兄ちゃん、心当たりある?」
「そんなの・・ついこの間、会ったばかりだし・・
公園と遊園地しか・・」
「遊園地?」
遊園地で手分けをして香織さんの姿を探す二人・・
コースターやゴンドラの方を探す弘子さん。
今西が、広場を探していると、
昨日二人で話したベンチに、
香織さんが一人座っていた・・・
「香織・・さん・・」
今西が話しかけながら近づく。
「今西さん・・」
香織さんが気づき、こちらを見上げると、その目には涙が溢れていた・・・
「探しました・・」
「どうして、ここが・・?」
「ここかなって・・思ったんです・・」
「わたし・・・
わたし・・
ダメなんです!
仕事も何も上手くいかない・・
母も亡くし・・
彼氏とも別れて
活発に見せてる服だって・・
違うんです!
見せ掛けだけの・・
私・・」
そう言って俯いた(うつむいた)香織さん。
「そんなに・・
自分を責めないでください・・」
ベンチに座り、泣き崩れる香織さんを介抱する今西。
肩に優しく手を添える。
高校の時に彼女を亡くした今西が、女の子に優しく接するのは久しかった。
妹の友人ということもあり、守らねばならないと思い始めていた。
「お兄ちゃ~ん!」
弘子さんが、ベンチに座っている二人を見つけて駆けつてきた。
「弘子・・」
香織さんが気付いて返事をする。
「よかった!見つかったんだ!
香織・・心配したんだよ!!」
「ごめん・・弘子・・」
「もう!『死にたい』なんて言うから~」
「え?」
弘子さんの言葉に耳を疑った今西。
「もう大丈夫だよ・・
変な電話してごめん・・
職場で上手くいかなくて・・気が動転して。」
「あ~あ・・
香織も、ウチのお兄ちゃんに慰められてるなんてね~
世も末だわ・・」
「そ・・それどういう意味だよ!」
「え?頼りないって事だよ~」
「あのな~!」
「こんなヤツ、止めておいたほうが良いよ香織。
まだまだ良い人なんか沢山居るんだからさ!」
弘子さんの言い草にカチンと来た香織さん。
「そんな事ないよ!弘子!
お兄さん、いい人だよ!!
優しいし・・相談乗ってくれるし!」
赤い顔をして怒っている香織さん・・
「ふ~ん・・
ならさ・・
二人とも・・
ホントに付き合っちゃえば?」
「え?」「エ?」
目を合わせる二人・・
顔が赤くなる・・
「お似合いだよ~。
お兄ちゃんにも、そろそろ身を固めてもらわなきゃだし~
お嫁さんが香織だったら、私としても都合良いし~
ま、それは早いか・・
とりあえず、
明日、デートしちゃえば?」
次の日の月曜日は祝日なのであった。
二人がデートするには都合がいい日だったが・・
「ダメだよ・・・明日は・・・」
今西がポツリと言う・・
「そっか・・幸子さんの・・命日か・・」
そう・・その日は、今西の高校の時の彼女の命日なのだった。
一堂の空気が重くなる。
「私・・一緒に行っても・・良いですか?」
香織さんがポツリと言う。
「え?」
「その・・・
幸子さんっていう人の事・・知りたいんです。」
香織さんには全く関係のない幸子さんを知りたいという・・
「どうするの?お兄ちゃん。」
落ち込んでいる香織さんを一人にしておくのも心もとない・・
「ああ・・
香織さんが良ければ・・
一緒に行ってみますか?」
「はい!」




