1.始まり・・
街の外れにある林・・
辺りは日が落ちて暗くなり始めている。
夕方の林は、不気味な静けさに包まれていた。
ガサガサ
草を分けて、誰かが歩いている。
ブツブツと何か呪文のような声が聞こえる。
女の人の声・・
いや・・
少女・・
「色即是空・・空即是色・・」
良く聞くと、般若心経のようだった・・
林の中に、お経がコダマする・・
「そこ!?」
少女が何かに気づき、木の上に向かって印を打つ。
ピシッ・・
バサバサ・・・
木の葉に、何かが動いたような音。
「ち!逃げたか!!」
何者かが逃げた方向へ向かって、小走りになる少女。
「逃がさないわよ!!」
カサカサカサ・・・ バサバサ・・
草をかき分ける音を追っていく少女。
ピシ! ピシ!
印を打ちながら、追い詰めているようである。
その先に、林の開けた場所があった。
広場の真ん中に、竹と縄で囲まれた結界。
祭壇に向かって、護摩を焚く一人の女性・・
やはり念仏らしきものを唱えている。
「オン・ロケイ・ジンバ・ラ・キリク・ソワカ・・」
マントラ?
暗い広場に不気味に響いている。
護摩の炎が燃え盛る。
ピシ! ピシ!
結界の近くの地面に、先ほどの少女の印が当たっているのか・・
土埃が上がっている。
「見つけました!!そっちへ!!」
その声に反応した結界の中の女性・・
「この少女に憑依し化け猫か!!」
「ううう・・・」
祭壇前に横たわった少女が苦しそうに、うめき声をあげている。
顔や手、足に呪文の様な文字が書かれている。
「ハ!」
追いかけていた少女が、かけ声を掛けて、何かを狙って印を打った。
先ほどの攻撃よりも、少し大きな・・
ビシ!!!!
「ギャーーーー!!!」
命中したようだ。
祈祷をしていた結界の中の女性が胸元から眼鏡を取り出す・・
霊感メガネ?
チャッ
眼鏡を掛けると、その、「化け猫」らしきモノが映し出されていた。
通常の猫よりも、一回りも二回りも大きい・・
トラの成体よりは少し小さい程度。
口が顎まで避け、目は不気味に光っている。
牙をむき、今にも襲って来ようという感じだ。
「やはりな・・・!」
化け猫が結界の周りで、うろうろとしている。
先ほどの傷をかばいながら、結界に入ろうとでもいうのだろうか・・
「ふふ・・無駄だ!私の結界は破れない!!」
そう言って、縄を潜り抜ける女性。
結界を出て、無防備になっている。
「いけない!!外に出ては!!!」
少女が注意を促す。
だが、結界を出た女性に対して先ほどの「化け猫」がここぞとばかりに走って行った。
ビシ!
ビシ!
後方からの少女の印の攻撃を素早い動きで交わす化け猫。
その動きを見ている女性。
「ギャーーー!!!!」
女性の方向へまっしぐらに走り、飛び掛かる!
シャ!!!!!
一瞬、閃光が走る。
「ギエーーーーーーーーーー!!!!!!!」
叫び声と共に、チリジリになる「化け猫」・・・・
ガクッ
女性が膝を地面に落す・・
駆け寄ってきた少女が心配している。
「大丈夫ですか?お母様!」
「大丈夫よ・・美奈子・・ありがとう・・」
女性と少女は、陽子と美奈子の親子であった。
まだ、ヒロシの中学校へ転校する前・・
美奈子は小学生の高学年くらいであろうか・・
親子で妖怪退治か除霊を行っていたようだ。
「さっきの攻撃は?」
「これよ・・」
陽子の手に短剣が握られていた。
「晦冥丸・・・我が家に伝わる妖刀・・」
晦冥丸・・それは、平安の昔、伊吹丸が所持していた妖刀である。
この世に生きる者はもちろん、妖怪や霊体でさえも、切り刻むという・・
「これは、刃先の部分を短刀に仕立て直したもの・・
本体は、サスマタとして、形を変えている・・」
「あれは・・私は使えなかったですからね・・」
「ええ・・あの武器は、使う者を選ぶのよ・・
誰があれを使いこなすのか・・」
自らを使いこなす者を選ぶ妖刀・・
美奈子は選ばれなかったが、その後、拓夢君がサスマタの使い手として選ばれる事になる・・
「おーいい」
男の人が、向こうから走ってくる。
隠れて、一部始終を見ていたようだ。
「どうだった?望月?!」
「今西君・・無事に終わったわ!」
結界内に横たわった少女の顔の血色が良くなっている。
「お!回復に向かってる!
やったね!」
「ふう・・これで、身内の方も安心できるわね!」
一仕事終わって一息つく陽子。
「いやあ、お見事でしたよ!」
「美奈子も頑張ったんですよ~」
巫女姿の美奈子が自分も褒めてとせがむ・・
「うん!ミナちゃんも凄いよ!
俺は、霊感無いから、全然、見る事は出来ないけど、分かるよ。」
「いい記事になりそう?」
「ああ!・・除霊をやってる現場を見るなんて、なかなか無いからね!
しっかり書くよ!」
「よろしくね!」
月刊「オカルト」編集者の今西。
彼の紹介で、化け猫に憑依された少女を除霊するという仕事を請け負った陽子達だった。
陽子と今西は中学時代からの同級生だ。
トゥルルル・・トゥルルル・・・
今西の携帯電話が鳴る。
「はい。もしもし・・・
ああ、弘子か・・。
え?
何だって?」
急いでポケットから手帳とペンを取り出し、電話の内容を控えようとした。
手帳を開く今西。
その手帳からヒラリと一枚の写真が落ちる・・
その写真を拾う陽子。
一瞬、その表情が曇った。
電話が終わり、陽子が声をかける。
「今は、ケータイって便利な物が出来たのね~」
「ああ・・俺たちが学生の頃はポケベルだったからな・・」
「妹さんから?」
「ああ・・友達の悩みを聞いてくれって・・、
オレ、カウンセラーじゃ無いんだけどな・・」
「いつも忙しいのね・・・
はい!これ!」
「え?」
「落ちたわよ!」
写真を手渡される今西。
女の子が写っている。
「幸子さん・・まだ、あの子の事を?」
「ああ・・忘れられない・・」
結界の中で燃える炎を見つめる今西・・それを見守る陽子・・
「ねえ・・今西さん!ご褒美は??」
美奈子が今西の袖を引っ張り、何かをねだっている・・
「あ!・・忘れてた!これ!!」
ゴソゴソとショルダーバックの中を探す今西。
差し出された温泉饅頭の小箱。
「やった~!!温泉饅頭だ~!!」
真っ先に小箱を開けて、饅頭をほうばっている美奈子。相変わらずの甘党だった・・・




