20.黄泉の国
僕は、ベットに横になり、彼女に教えられたように、ヘソと陰部の中間に、両手を合掌するように添えた。
目を閉じて全身の力を抜き、腹部に神経を集中する。
彼女が、呪文を唱え始めている・・・
ゴウゴウという耳障りな騒音が、僕の周りを取り囲む感じがした・・
グルグルと廻る騒音・・
その騒音の嵐の中、僕の体がスーっと抜け出ていくような感覚になった。
次の瞬間、部屋の天井から僕の体を眺める体制となった。
僕の寝ている姿が、真下に見え、彼女が僕の隣で祈祷をしている。
僕の体と、今の僕の意識のある「幽体」のヘソが透き通った紐でつながっているのが分かった。
この紐が切れれば、命が無いのか・・・
「ヒロシくん!気を付けて・・
私は・・あなたが戻ってくるのを・・
ずっと待っています・・・
あなたが・・・
どんな事になろうとも・・
私は・・待っている・・」
美奈・・・
「行って!ヒロシくん!」
彼女が祈祷を続ける・・
「ヒロシくん!こっちだ!!」
翔子ちゃんのお父さんの声がした。
声の方を向くと、美男子の筋骨隆々の若い男の人が見えた。
「あなたが・・・翔子ちゃんの・・」
「初めまして!僕が翔子の父です!」
霊感ケータイ越しにしか見たことが無いので、直接見ると、確かに引き込まれそうな面持ちだ・・
右手が損傷している・・翔子ちゃんの「念」によって吹き飛ばされたという・・
「お父さんには、何回か会ってますよ・・」
「そうだね!でも、直接会うのは、初めてだ・・」
死んでいる人と会うということ事態、普通ではありえないのだが・・
「急ぎましょう!翔子ちゃんを救い出さなければ!!」
「そうだったね!僕について来て!!」
そう言うと、上方の方へと向かうお父さん・・
天井をすり抜ける・・
僕も、天井をすり抜けてみた・・
ヘソの紐は、どこまでも伸びるようで、移動するのに何の抵抗も無かった。
幾つか天井をすり抜けると、マンションの屋上へと出た。明るい空が広がっている。
お父さんは、まだ上へと昇って行く。
僕も、その後を追いかける。
雲間をすり抜けて、大気圏や成層圏を抜ける。
下を見ると、まるで、スペースシャトルからの映像でも見ているような・・宇宙へと向かう映像が展開している・・
地球全体が見渡せる場所まで来た・・
美しい地球・・
こんな光景を見たことがあるのは、宇宙飛行士である、人類でもほんの一握りの人達だけである。
宇宙へ来た人は、皆、「神」や「自然の摂理」について悟りに似た心境になるというが、まさにその通りだと実感した・・
さらに、上空へ行くにしたがって、明るくなってきた。
普通は、宇宙に近づくにしたがって、「暗くなる」イメージがあるのだが、その逆で、だんだん明るくなっていくのだ・・・
まばゆい光に包まれ、気がつくと、僕とお父さんは寂しい雰囲気の漂う荒れた山地・・・
少し、平たい開けた場所に立っていた。
「黄泉平坂・・・」
僕がポツリと言う・・
「ここから先は、僕はついていけない・・
この先に、洞窟があり、案内人がいるとの事だ・・」
翔子ちゃんのお父さんが、説明をする。
「はい・・僕だけで行ってみます・・」
「気をつけて!」
少し、山を登っていくと、切り立った崖に、ぽっかりと開いた洞窟があった。
その前に、一人の老婆の姿があった・・・
お父さんの言っていた案内人なのだろうか?
「そなたが、『ヒロシ』とやらか・・・」
「はい・・」
「見れば、ただの少年のようじゃな・・」
「翔子ちゃんを連れ戻しに来ました!」
「キ・キ・キッ・・
あの小娘を救おうじゃと?
笑わせおる!
そなた、あの小娘が何をしたのか知っておるのか?」
「僕の母や彼女の父にケガを負わせたという事ですが・・・」
「キ・キッ・・
霊界での怪我など、数ヶ月もすれば元に戻るじゃろう・・・
しかし・・
あれだけの罪を犯したのじゃ・・・
この黄泉の国から無事に返されると思わんことじゃ・・」
「い・・今は、どうしているんですか?」
「キ・キ・キッ・・
自分の目で確かめるがいい!
もっとも・・
無事に小娘の所へたどり着ければの話しじゃがな!」
「無事に?」
道中、危険が伴うという事なのか?
今の僕は「幽体」が「肉体」から離脱した状態だ。
「幽体」が傷つけば、肉体に何がなくても、その部分は神経も無い状態で、一生不自由になるという・・・
僕の「彼女」が「悪霊」に胸を刺されたのと同じように、魂に傷がついてしまうのだ。
体の傷は治っていても、魂に深く食い込んで、一生、痛みが消えないという。
黄泉の国の亡者に襲われ、僕の「幽体」に傷がつけば、それは、大変な事になってしまう。
ましてや、ここで命を落とす危険すらあるのだ。
「ついてくるがいい・・」
僕は老婆の先導の元、洞窟深く足を踏み入れていった・・・
洞窟の中
「この洞窟が黄泉の国への入り口へ通じておるのじゃ・・・
じゃが、その間にも、色々な仕掛けがしてある・・」
ピチャピチャと洞窟の天井から水が滴っている。
真っ暗で、薄気味悪い洞窟の中・・
少し、薄明るい場所に差しかかった。
不気味な桃色の空間が広がっている・・
そこに、無数の、綺麗な女の人達が、下着姿でこちらを見ている。
艶妖な雰囲気の漂う美人の女性達・・
まるで、TVに出てくるアイドルのような華やかな感じ・・
「ねえ・・若い男の子が来たわよ!」
「あら~・・・私の好み!」
「君!こっちへ来て、私たちとお話しない?」
やさしそうな声で、僕を誘う・・
「いえ・・僕は・・」
「ひょっとして・・・君、まだ童貞??」
「え~!そうなの~?」
「私・・欲しい~」
「キッキッキ!
そなた・・あの娘達の方へ遊びに行ってもいいのじゃぞ!」
老婆が進言している
でも、彼女達の足元を見てぞっとした・・
そこには、精気を抜かれて、廃人同様になっている男の姿が無数に転がっていた。
精気がなくても、快楽の表情を浮かべ、女達をうつろな眼で見つめている。
女達の温情を求めて手を差し出している。
「ふふふ・・見つかっちゃったわネエ・・・」
そう言って、その男の顔を優しくなでている。
「あの男共は、あの女共に捕まった哀れな奴らじゃ・・
快楽に身を委ねる代償に、
未来永劫、ここで精気を抜かれていく・・・
まあ・・哀れかどうかは、本人に聞けば、違うといわれるかも知れぬがな・・
キ・キッキ・・・
そなたも、あそこで、快楽に身を委ねてもよいのじゃぞ!」
「いえ・・・先を急ぎましょう!」
「キ・キ・キッ・・・
つまらぬやつじゃのう・・・」
また、暗くなった洞窟をしばらく歩いていく・・
すると、老婆が・・
「ここから出口までは、独りで行くがいい・・・」
「僕だけで?」
「ワシは、一足先に行っている・・・
その間、何もなければいいがの・・・
キ・キ・キッ」
そういい残すと、スーっと姿が消えていった・・・
洞窟の暗闇には、僕しか居ない・・・
少し不安になった。
が、目をこらすと、遥か彼方に明かりが見える。
出口??
僕は、その明かりの方向を目指して歩き始めた。
少し歩くと、後ろから僕の肩をたたかれた・・
「ひゃ!!」
僕は、悲鳴と共に飛び上がった。
後ろを向くと・・・
「ヒロシくん!大丈夫?」
彼女の声がした。
「美奈??」
僕の部屋で祈祷をしているはずの彼女の姿があった・・
「驚かせちゃったね!ごめんなさい!」
「祈祷はどうしたの?」
「ああ・・お父さんを呼んで、代わりにしてもらってるの!
一人だと心もとないでしょ?私も一緒に行くわ!」
彼女が居れば安心だ・・・
僕はそれまでの緊張が解けて、出口までわずかに迫っていることに気づいた・・
「じゃあ、僕が、先に行くよ!」
「うん!」
しばらく歩いていく。
が、先ほど見えた明かりが暗くなってきている・・・
確かに、出口に向かってきているハズなのだが・・・
「ねえ・・こっちでいいの?」
「うん・・いいと思うんだけど・・・」
急に暗くなってきた・・
少し不安が募る・・・
「ヒロシくん・・・怖い!」
彼女が僕の腕を掴んでくる。
彼女の胸が僕の肘に当たっている。
マシュマロのような柔らかい彼女の胸・・・・
お化け屋敷にアベックが入りたがる心境が理解できる。
「ねえ・・ヒロシくん・・」
「なに?」
「翔子ちゃんもいいけど、私の事はどう思ってるの?」
「え?どうって・・・」
「私と、翔子ちゃんのどっちが好きなの?」
それは・・・今聞かれても困ってしまうのだった・・・
彼女は、僕にとって特別な存在だ。
でも、翔子ちゃんも妹でありながら、僕にとっては特別な女の子・・
どっちと言われても・・・
「ねえ・・せっかく二人きりになったんだから・・
ここで、デートの続きをしましょうよ!」
「こんな所で?」
「こんな所だからいいんじゃない!誰も見てないよ!」
そう言って、僕に正面から抱きついてきた彼女・・
「ねえ・・・キスして!」
瞳を閉じ、顔を寄せてくる彼女・・可愛い顔が迫ってくるのを感じた・・
僕は、彼女の肩に手を添える・・・
でも、ちょっとおかしいって思った・・・
「あのさ・・美奈・・・」
「何?」
「ちょっと、胸・・見せてよ!」
「え~恥ずかしいよ~」
「そんな・・減るものでもなし!」
「じゃあ・・ちょっとだけだよ!」
服を脱ごうとしている彼女・・
「ねえ・・美奈・・・」
「な~に?」
「美奈の右胸に・・ホクロがあったよね・・」
「え?」
「ホクロにキスしてあげるよ!出して!」
「そ・・そんな・・・」
「ねえ!今すぐ出してよ!!我慢できないよ!!」
彼女が、下着を脱いで、僕に胸を差し出す。
その胸元に、小さなホクロがあった・・・
「ふふふ・・・」
僕の笑いが洞窟に反響する。
「何?」
彼女が不思議がっている・・・
「ひっかかったな!お前は、偽物だ!!
本物の美奈にはホクロはない!!」
僕の声を聞いて、彼女の形相がみるみる変わり、醜い女の姿になった・・
「ギャー!!」
暗闇の中に逃げていく醜女・・・
僕は、一か八かの賭けに出ていた・・
本物の彼女の胸にホクロがあるかどうかなんて分からない・・
でも・・
もし、その胸元にホクロがあれば、そんなに都合の良い話は無い・・
第一、彼女がそんなに容易く裸になるワケが無いのだ・・
もう少し、遊んでから正体を暴けば良かったかな・・
せっかく、「彼女」の裸が拝めたのに・・
辺りが急に明るくなった・・
「キッキッキ・・
たいていの者は、この場でその身が囚われる・・・」
老婆の声がした。
「そなた・・なかなか見込みがあるのう・・・」
「どういたしまして・・・」
「さあ・・あの明かりが、洞窟の出口じゃ!行くが良い!」
少し先に、洞窟の出口が見える。もう、出口まで来ていたとは・・・




