十. 謎の少女
僕は公園のベンチに座っていた。
悩み事があると、どうしても来てしまう病院の隣にある公園・・
ジャングルジムやブランコなどの最小限の遊具と広場に面して樹木が植えてある小さな公園だ。
僕は中学生になってしまったが、この場所はあの時とちっとも変わっていない。
母が亡くなるまで、長い間入院していた病院に来ると、まだ、母が生きているのではないかと思ってしまう・・
このベンチに母といっしょに座って食べた弁当の味が忘れられない。
子供達が数人、遊んでいる声がする。
ボールが跳ねてきた。
「スミマセーン」
小さなかわいらしい声が、頭に響く。
見ると、女の子。
小学校3年生くらいだろうか・・
僕が母を亡くした時と同じくらいの歳だ。
ボールを手にとって、手渡しをしようとする・・
少女の顔に見覚えがある。
「ありがとう。おにいちゃん。」
「あれ、どっかで会った?」
「うん、おにいちゃん知ってるよ!」
「でも、何処で会ったんだっけ」
「うふふ・・」
少女は笑みを浮かべながら、向こうへ駆けていった・・・
病院のほう・・
誰かのお見舞いに来たのだろうか・・
お母さんの入院中に、ここで会っていたのかもしれない。
お母さんの闘病生活は長かったので、僕も学校の帰りや休みの日には、この病院に来て母と過ごした。
思い出の場所・・・
僕は、ここで何をしているのだろう?
亡き母の思い出にひたっているだけで、そこから一歩も前進していない。
この公園のようにいつまでも変わらないままなのか・・
昨日、彼女のお父さんに諭された言葉を思い出す。
「霊は過去にしばられ続ける・・
人間は、未来を切り開いていくのです・・」
確かに、僕は、過去に縛られている・・
生きた人間というよりは、「霊」そのものなのかもしれない・・
そこから、一歩も進むことができない・・
母は、そんな僕の姿は見たくないと思う。
だけど・・・
視線を上げる。
先程の少女が立ってこっちを見ている。
「おにいちゃん、寂しそう・・・」
こんな小さな子にも分かるくらいに寂しそうにしているのか・・
我ながら情けない。
でも、この僕にも一応、プライドってものもある。
「いや、ちょっと考え事してたんだよ」
「考え事―――?」
円らな瞳をした少女が寄ってくる・・
ちょっと可愛いかも・・
おっと、僕はロリコンじゃ~ないぞ・・
もう夕方になっている。
気がつけば回りで遊んでいた子達の姿がない。
この女の子の親らしき人の姿も無い。
「この近所の子?」
「うん、この近くに住んでるよ。」
近所ですぐ帰れるところならば、親も安心して遊ばせているのだろう・・
この近所なのなら、昔、お母さんの見舞いに来たときにでも会ってたのかも知れない。
「お母さんは?」
「ママはね~、
帰りが遅いの~。
でもやさしいよ」
お母さんが居るんだな、やっぱり普通はそうだよな・・
「でもパパは死んじゃったの~。」
さらりと言ってしまっているが、この子の父親は他界していると言う。
この子も、片親を亡くして寂しい想いをしているのだろうか・・
「そうか・・
僕もお母さんは居ないよ。」
「ふーん、
おんなじだね~。」
母の居ない僕と、父を亡くした少女・・
大切な人が居ない家族の辛さ、寂しさは痛いほど分る。
自分の大事な部分にぽっかりと穴があいたような・・
そんな感じなのだ。
穴をうめようと、何度も努力してきた。
母の居る家族がうらやましく思うことがしばしば。
「何で僕だけ」って何回感じたか分らない。
「ママはね~
カレーつくるのが上手いんだよ~。」
「ふーん、カレーかあ・・」
もう何年も食べていない母の味・・
小さな頃を思い出す。
二人はいつの間にか、一緒にベンチで座って、しゃべっている。
何だか、懐かしい、癒される気分なのだ。
ずっと、一緒にいれる・・
妹が居ればこんな感じなのだろうか・・
公園の外灯が点き始める。
気がつくと、薄暗くなっていた。
「あ、もうこんな時間だ。
もうお家に帰らなきゃね!」
ボールを抱えて、少女がベンチから立ち上がって、振り返る。
「お兄ちゃん。
明日も会えるかな~」
「え?」
明日も会いたいと言う少女・・
僕は少しためらった。
いくら、この女の子が可愛くても、話が合うからと言っても、初めて会ったばかりだし・・、
いや、この子は僕を知っていると言っていた。
例え知っていたとしても、中学生の男子と小学生の女の子が会うのって、端からは「変」に見られるのではないか?
変質者とか、犯罪の目で見られるとか・・
同じクラスの人から見られたら「ロリコン!」とか言われるんじゃないだろうか?
そんな僕の困った様子を見て、少し表情を曇らせる女の子。
「だめ?
ママが帰って来るまででいいから・・」
円らな瞳で、見つめられる。
可愛いい・・
何か、誘われているような感じだった。
断る理由も見つからない。
「うん。また明日ね・・」
思わず約束をしてしまった。
「じゃ~約束ね!」
手を振りながら少女の帰っていくのを見送る。
最近の僕って女の子にモテてるのかな・・?
霊感の彼女といい、今の子といい・・
いや、
それは思い過ごしだろう・・・
こんな僕がモテるわけがない。
さて、僕も帰るとするか・・




