19.リベンジ
あの世で・・・
「・・という事なんだ・・・」
翔子ちゃんのお父さんが、鬼教官から聞かされている処分の事を話した。
「そ・・そんな・・・」
途方に暮れている翔子ちゃん・・・・・
僕のお母さんも、心配そうに見つめている。
十一面観世音菩薩の弟子になる場合は、生前の記憶を失う。
それを拒んだ場合は、「伊吹丸」と同様、修羅の奥地にある幽閉地にて隔離される。
どのみち、今までの様な、この世とあの世の出入りは困難となり、僕と会う事もままならなくなる・・・
翔子ちゃんにとっては、これ以上の苦難は無い・・・
次の日曜日・・・僕と彼女のデートだった。
僕の(先生の)マンションで二人きり・・・
僕に昼食を作ってくれるとの事・・
先生と父は食事に出かけ、僕と彼女の二人っきりだ。
彼女が、僕の部屋でなにやらしている。
四隅に塩と米を撒いている・・・
「何してるの?」
「え?邪魔者が入らないように、結界を敷いてるの!」
『結界』・・・
邪魔者って・・翔子ちゃんとか童子四天王が入り込んで、僕達の邪魔をしないようにしているのだろうか・・・
いつも、僕達のデートには必ずと言って良いほど邪魔が入るのだ・・
それも、一番いい時に・・・
でも・・結界まで張ってしまうとは・・・
彼女も今までの事がよほど堪えているらしい・・
気合入ってるな~・・
昼も終わって、僕の部屋で二人きりの時間を堪能している僕達だった・・・
僕はベットに座り、彼女は床に座って、僕を見つめている。
「うふふ・・・ヒロシくん!やっと二人きりになれたね!」
「うん・・・」
「今日は!邪魔者は無しよ!思いっきり楽しみましょ!」
た・・・楽しむってどういう事なんだろう?
チャラララ・チャラララ
霊感ケータイが鳴り出す。
「もう!また、いい時に!!」
彼女が嘆いている・・
多少の結界は、霊感ケータイには関係ないようだった。
霊感ケータイの表示を見るとメールが届いていた。
ピ・・
ヒロシ君!
翔子の父
「翔子ちゃんのお父さん!」
どうしたんだろう?
いつもは翔子ちゃんが来るのに、今日はお父さん?
翔子が大変なんだ!
この結界を解いてくれないか?
翔子の父
「翔子ちゃんのお父さんが、この部屋に入りたがってるよ。」
彼女にメッセージの内容を伝えた。
霊感のある彼女に、霊感の無い僕が霊のメッセージを伝えるというのも変だが、自ら「結界」を張っている場合は、こういうこともあり得るということか・・
渋々、結界を解く彼女。
翔子ちゃんのお父さんが部屋に入ってきたようだ。
「翔子ちゃんのお父さん!
その腕!
どうしたんですか?」
彼女が、叫んでいる。
僕は、霊感ケータイのカメラを作動させ、彼女の目線の方を見てみる。
翔子ちゃんのお父さんを映し出したとき、僕も驚いた・・・
確かに、翔子ちゃんのお父さんの右腕が無くなっている。
いったい何があったのか・・・
『翔子ちゃんが大変』・・・って、翔子ちゃんの身に何かが起こったのだろうか??
敵に襲われた?
童子四天王かまたは酒呑童子が攻めてきたというのだろうか・・
霊感ケータイに、また、メッセージが入る。
翔子が・・暴走したんだ!
翔子の父
「翔子ちゃんが・・暴走??」
僕には信じられなかった。
翔子ちゃんが、お父さんを傷つけるなんて・・・
霊界で、大変な事件が起こってしまった・・・
翔子の父
「いったい、何が起こったんですか?」
僕が聞きただす。
ああ・・あれは・・翔子に話をした時だ・・・
翔子の父
十一面観世音菩薩の弟子の話を翔子ちゃんにした時・・・
「何故?何故・・私だけ!」
迫られた現実にパニックを起こしている翔子ちゃん・・・
「翔子・・・
十一面観音様が弟子を取るのは、300年ぶりだって・・
滅多にない話なんだ!」
「そうよ!あなたが地獄で修行してきた事を評価しての事なのよ」
僕のお母さんや翔子ちゃんのお父さんがなだめる。
しかし・・・
「パパやお母様は・・・お兄ちゃんと私が引き裂かれるのが・・嬉しいの??」
「い・・いや・・・それは・・・」
「断れば、幽閉地行きって・・・
私を脅してるだけじゃない!」
「翔子・・・」
「お兄ちゃんを忘れることなんて!ママを忘れることなんて!私には・・・」
「鬼教官は、直ぐに結論を出さなくてもいいと言ってるんだ・・
もう少し、よく、考えようよ・・」
「いや!私・・・絶対・・!観音様の所へなんか行かない!!」
頑なに(かたくなに)断る翔子ちゃん。
「翔子!」
「私とお兄ちゃんを引き離す事なんて!!絶対させない!!」
翔子ちゃんの目つきが変わる・・・
豹変し、邪魔するものは、排除するような・・強硬な表情となる。
「翔子ちゃん!」
なだめようとした僕のお母さんが近づく・・
「私に、近寄らないで!!」
手を振りかざす翔子ちゃん・・
ビシッーーーーー!!!!
その手から光が放たれる。
「キャッ!!」
僕のお母さんの目に、その光が当たる。
右目から血が噴出す・・・
「あ・・・!」
翔子ちゃんが驚いている・・・・
目を押さえるお母さん・・指の隙間から血が流れ落ちている。
「うう・」
その場に倒れこむお母さん。
「お母様・・・・
イヤ!・・・
イヤーーーーー!」
自分のした事が信じられない翔子ちゃん。
「翔子!何て事を!!」
取り押さえようとしたお父さん・・
その手を振り払おうとする・・・
「イヤーーーーーーー!!!」
バン!!!!
破裂音と共にお父さんの右腕が、粉々に吹き飛んだ。
「グアーーー!!」
叫び声と共に、吹き飛んだ手を押さえるお父さん・・
「パパ!!」
「う・・翔子・・・」
「私・・・私・・何て事を・・・」
放心状態の翔子ちゃん・・
立ったまま、何もできない・・
負傷したお母さんとお父さんをただ、見るのみ・・
自分の力が身内を傷つけたことに、ショックを受けている。
「何事だ!!何の騒ぎだ!!」
騒動を察知した鬼教官とその部下の連隊が駆けつけてくる。
翔子ちゃんの周りで、倒れこむお父さんと僕のお母さんの姿を見つけた・・
「小娘!!何をしたーーーー!!!」
鬼教官が翔子ちゃんに向かって叫ぶ。
その声に、ハッとなる。
「イヤーーー!来ないで!!」
「者共!あの小娘を取り押さえろ!!」
一連隊の部下達が翔子ちゃんを捕まえようと取り囲む。
その部隊から逃げる翔子ちゃん・・
バス・バス・バス
逃げながら、打ち込まれる翔子ちゃんの手刀で、次々と部下達が負傷していく・・
「ガァーーー!」
バタバタと倒れていく部下達。
「く!何と言う・・凄まじい破壊力だ!!」
鬼教官が、その光景にあっけに取られている・・・
殆ど一瞬で、一連隊を壊滅させた翔子ちゃん・・
そのまま、逃走していく。
何処へ行くあてもなく逃げていく姿を見て、危険を感じた鬼教官・・・
「仕方が無い!」
逃げる翔子ちゃんの前に、テレポートする鬼教官。
「あ!」
その姿に驚く翔子ちゃん・・戦闘体制に入ろうとする・・
「南無大師遍照金剛!!
ーーハッ!!」
一瞬、鬼教官の業が早かった・・
「グフ!!」
口から血を吐く翔子ちゃん・・
その場に倒れる・・・
鬼教官は、翔子を特別な収容場所へと連れ出したんだ・・
翔子の父
「特別な場所?」
黄泉平坂と言えば、分かると・・・
翔子の父
「黄泉平坂・・・」
彼女がその名を聞いて、唖然とした・・・
「それは・・何処なの?」
僕が彼女に訪ねると・・
「黄泉の国・・・」
ポツリと呟く(つぶやく)彼女
「黄泉の国?」
かつて、神話の世界で「イザナギの神」が火の神を生んだときに亡くした「イザナミ」を追って、死者の住む国へと探しに行った・・
その死者の国こそが「黄泉の国」であり、その入り口が「黄泉平坂」という地名である。
亡くなった人は、まず「三途の川」から霊界へ入り、そこから特殊な空間である「黄泉の国」へ向かう・・これが表門とすれば、
人間界から、生きた人が「黄泉の国」へ直接行くことができる場所が存在する。いわば「裏口」とでもいう場所だ・・
各地に「霊場」と呼ばれる場所があるが、それが、その「裏口」にあたる・・・
その一つが、神話で登場する「黄泉平坂」であり、そこからイザナギが「黄泉の国」へと入っていったのだ。
日本の神話だけではない・・・
ギリシャ神話では、「オルフェウス」が亡き妻を捜して「冥王ハーデス」の支配する「冥界」・・へ尋ねて行ったという。
この「冥界」こそが日本で言う「黄泉の国」にあたる。
そこは、地獄までとはいかないが、陰湿な・・亡者のうごめく、まさに「冥界」・・地の底の国なのである。
極楽や霊界ではなく、この世で浮かばれなかった者達が落ちる場所・・
そこへ翔子ちゃんが幽閉されたというのか・・・
「黄泉の国へは、私たち生きた人間しか行けない・・・」
彼女がポツリと付け加えた。
そうなんだ!我々霊界の者では入る事を許されない!
翔子の父
「それは・・・」
生きている誰かが黄泉の国へ行かなければ、翔子ちゃんを助け出せないと言うことなのか・・
翔子ちゃんのお父さんからのメッセージが入る。
黄泉の国まで行って、翔子を説得し、
改心させられるのは・・
翔子を救えるのは、ヒロシ君!
君しかいない!
翔子の父
「翔子ちゃんのお父さん!!それは、極めて危険な行為です!」
彼女が激しい口調でお父さんの居るらしき方へ訴える。
う・・・
翔子の父
翔子ちゃんのお父さんのメッセージが途切れた。
危険な場所・・確かに、生きた人間が死者の国へと行くには危険が伴いそうな気がした。
下手をすれば死んでしまうような場所だ・・
でも、翔子ちゃんが、そこへ連行されている。
助けを求めている・・そんな気がするのだ・・・
しかも・・その原因は、僕にある・・・
悪霊退治をするのに、力が無い僕をサポートするため、地獄での修行を続けてきた翔子ちゃん・・・
その力によって暴走してしまったならば、その責任は僕にある・・・
「行くよ・・僕が翔子ちゃんを連れ戻す!」
僕がポツリと言った・・
「ヒロシくん!!ダメよ!危険すぎるわ!!」
彼女が、僕を止めようとしている。
僕は、彼女に話し返した・・
「翔子ちゃんは、僕にとっては大事な家族だ!掛け替えの無い妹だよ!
その妹が、大変な時に、黙って見過ごせない!!」
「でも・・」
「美奈だって・・翔子ちゃんに助けられたじゃないか!」
「それは・・・」
「頼む!僕を黄泉の国へ送ってくれ!!」
僕の決心は、ゆるまなかった・・・
翔子ちゃんのお父さんまでも頼み込んできているのだ・・
ここで、翔子ちゃんを見捨てる訳にはいかない・・・
「分かったわ・・・」
彼女が、渋々了解した・・・
「人間が黄泉の国へ行くには、『幽体離脱』して、生霊として黄泉平坂へ行く必要がある・・・」
「幽体離脱?」
かつて、僕が翔子ちゃんと抱き合った時に幽体離脱をして、僕の生霊と翔子ちゃんの霊体とで抱き合った・・
その時は、「霊感ケータイ」を使い、極度な疲労状態となり、幽体離脱が起こった・・
「幽体離脱している間は、肉体と幽体のお互いのヘソが紐で結ばれているの・・
その紐が切れたとき、永遠に幽体は肉体に戻れなくなる・・
つまり、死ぬのよ・・・
この紐が見えるのは、本人と死神だけよ!
死神は、その鎌で、紐を切ることが出来るの・・・
死神に見つかったら終わりなの!
それに・・
幽体が傷つけば、肉体に傷が無くても、一生、その部分が不自由になる・・・
私の胸も、悪霊に突かれたけれど・・その部分は、穴のあいた状態になっているの・・」
幽体離脱して長距離を往来するのは、極めて危険な行為のようだ・・
「ヒロシくんが幽体離脱している間、私が死神に見つからないように、祈祷を続けます・・」
彼女が祈祷していれば、安心して移動することができるらしい・・
その提案を僕は飲み込む・・
「よし!さっそく・・行ってみるよ!」
「ヒロシくん・・・本当に行くの?」
「うん・・・これは、僕と翔子ちゃんの問題でもあるんだ!」
「わかったわ・・・幽体離脱の方法を教える・・・」




