18.再び病院で・・
次の日・・病院で・・
病室に入ると、昨日と様子が違っていた。
痛みが激しいのか、苦しそうにもがいているお父さん・・
看護婦がついて、容体を覗っている。
その脇で必死に介抱している娘さん・・
住職の来たのに気が付いたお父さんが話し出す・・
「う・・
昨日の・・・人か・・
なんで今日も・・?」
「気になったんです・・」
「ご家族の方ですか?」
看護婦さんが話しかけてきた。
「いえ・・娘さんに頼まれまして・・」
「少し、付いて居てもらえますか?先生を呼んで来ますので!」
「はい・・」
看護婦さんから交代を頼まれた住職・・
癌患者の看病など、した事もなく、不安を感じたが、娘さんと二人で介抱をすることにした・・
「すみません・・」
娘さんが謝っている。
「いえ・・」
ベットの脇に座る住職。
お父さんに声をかける。
「痛みますか?」
「うぅ・・
い、痛みます・・」
「もう、体中に転移しているという事なので・・」
付きっきりで介抱している娘さんがいたたまれない・・
「ご住職・・ この痛みは・・ 死ぬまで・・ 続くんでしょうね・・」
「いや・・私は、医者ではないので・・」
「死んだら何処へ行くのですか?」
娘さんの話では、死を恐れているという事だった。
でも、昨日からの話を聞く上では、あまり、恐怖に思っていないような気もしていた。
「一年には、『四季』があります・・
季節は移り変わり、春夏秋冬・・限りなく続いて、順番がある・・
春の次には、夏が来る。秋の次には冬が来る・・
でも、
人間の『死期』には順序はない・・
昨日、ぴんぴんとしていた人が、今日は亡き人になっている事も良くある。
若い人が年寄よりも早く亡くなる事もあります。
生まれて直ぐに亡くなる人もいる。
「命」
この世に、「命」を授かって、我々は生きていますが、
その人、その人の「命」には寿命がある。
この世で、全うに人の「命」というものを授かって、暮らしたのち、魂となって、あの世へと帰る・・
そう、お釈迦様は説いておられます。」
「命・・
私の命も、あとわずかなのでしょうな・・」
「お父さん!」
「私は、怖いのです・・」
怖い・・
娘さんの言っていた、死への恐怖なのだろうか・・
「この世で・・私が生きている間・・
娘の母親・・私の連れに・・
何もできなかった・・・
私は・・
ただ、
子供を産み、そのまま旅立ってしまう妻の・・
姿を
ただ・・
見ている事しか
できなかった・・・」
「娘さんから、聞いております・・」
「そして、一人で育てた娘にも・・
何の、幸せも・・
味あわせる事が・・
できなかった・・」
激しい痛みが襲っているらしく、お父さんが、かなり苦しそうになっていた。
住職も娘さんと共に、背中をさすったりして話しかける。
「娘さんが聞いていますよ!
その言葉は、嬉しいと思います。
あなたの
本当の言葉を聞けて!」
ハアハアと息苦しいお父さん・・
「私は、二人の家族を・・
幸せに出来なっかった・・
それが・・
悔やんでも、
悔やみきれないんです!
こんな、
私は・・
あの世へ行っても・・
二人に・・
顔を見せられない!!」
「お父さん!」
その時、先ほど出て行った看護婦が医師を連れてきた。
危ない状態なので、集中治療室へ移すという。
ベットごと運ばれるのに付き添う娘さん。
住職も、その後を追ったが、集中治療室の前で、入室を断られた。
「これよりは、ご家族の方も入室を控えて下さい!」
扉が閉められ、住職と娘さんが廊下に取り残される。
扉の向こうでは、必死の治療が続けられているようだった・・
「父は・・!」
心配そうに扉を見つめる娘さん・・
「心配しないで・・
大丈夫ですよ・・」
「でも・・」
「最後に、私に聞かせてくれた・・
お父さんの本心を・・
あなたも、
聞いていたでしょう?」
「はい・・」
「お父さんは、あなたを恨んでいませんよ・・」
涙を押さえている娘さん・・
「でも・・私は・・
父を、恨んでいました・・・
友達はみんな両親が揃っているのに、
なぜ、私だけ、母が居ないのか・・
なぜ、私を生ませたのかって・・
私なんか、生まれてこなければ・・
母と二人で幸せに暮らせたのに・・
私も、寂しい想いで苦しまなくても済んだのに・・
そう思っていたんです・・
母を死なせ・・
私を苦しませた父を・・
憎んで・・
私は
家を出てしまった・・」
「生まれてこなくていい人間なんて・・
いませんよ・・
罪を背負って生まれて来る人など、一人も居ない・・
人には、それぞれ、背負った「業」というものがあります。
西洋では『カルマ』とも言います・・
その人、その人に寿命があるように、
その人、その人が、もって生まれた「業」は、みなそれぞれ違う・・
その「業」に、どれだけ正面から向かっていけるか・・
克服できるかが・・
その人の、一生涯かけて行う・・修行なのです・・」
「業・・」
「あなたは、お父さんの所へ帰って来た・・
自分のした行いを償うために、
こうして看病しているんです。
その心は、
お父さんに、届いていますよ!」
「私にも子供ができたんです・・」
「え?」
「家を出て、ある男の人と同棲して・・
子供が出来た・・
でも・・
私も母と同じ体だったんです・・・
そして・・
私には、母と同じ事ができなかった・・」
「それは・・」
「生まれてくる小さな命を守ることが出来なかった・・
死との恐怖・・
私は、その恐怖に耐えられなかったんです・・」
「それは、仕方のない事です。
人は、「死」を受け入れるなど、普通ではできない・・
ましてや、自分に未来があれば・・
自分の命を選ぶことも・・それも、その人の道です・・・」
「私は・・
自分の子供を・・殺してしまった・・
私の、母に・・顔向けができない・・・」
「ご自分を責めては・・」
バ!
その時・・扉が開いて、看護婦さんが出てくる。
「ご家族の方、おられますか?」
意識は戻ってはいるが、危ない状態で、今夜が峠だという・・
顔を見合わせる住職と、娘さん・・
部屋の中に入る・・
虫の息のお父さん・・
「お父さん!」
駆け寄る娘さん・・
「あなたは・・」
「あなたたちが、気になったんです・・」
「そうですか・・・
時々、あなたは、おかしな事を言う・・」
「はい?」
「ご住職・・」
「はい・・」
「私には、子供が居ました・・
彩華という子が・・」
「はい・・一緒に来たのですが・・」
「それも、おかしな話だ・・・」
「え?」
「彩華は・・
私の手から離れて行ってしまった・・
高校2年の時です・・
ずっと、私を恨んでいたようだった・・
そして・・
何年かして、同棲していた相手の子を身ごもったそうですが・・
その赤子を流産してしまった・・
母親と同じ体質だったそうで・・
その子が生まれていたら、
自分も危なかった・・
かえって、流産でよかったと・・・
そう思えば良かったのですが・・
その事を悔いて・・
自殺してしまった・・」
「え?」
「覚えていませんか?
私が、写真に写っている子供を供養してほしいって・・・」
「あ・・
あの写真ですか・・
そう言えば・・」
本堂の掃除をしていた時に、脚立から落ちた時に見つけた写真。
あの写真に写った中学生の女の子と、彩華さんがそっくりだった・・・
「でも、さっきまで・・そこに・・」
いつのまにか、彩華さんの姿は無かった・・
「私も、この病院で彩華の存在を感じました・・
でも、彩華は、あの時点で他界しているんです・・
私は、あの子を亡くしてから、
酒におぼれてしまった・・・
妻を亡くし・・
子供までも亡くしてしまった・・・
私は、ダメな父親です。
自分の家族を守れなかった・・
私は、いったい・・
何の為に・・
生きていたのか・・・」
天井を見つめて語るお父さんに、住職が答える。
「『業』です・・」
「業?」
「あなたの、一生に課せられた業・・
あなたと、奥さんは、
娘さんに・・
『命』の大切さを教えた・・
そして、
あなたも・・
教わったのです・・
命の大切さを・・」
「『命』の大切さ・・・」
お父さんが横たわるベットの脇で、たたずむ住職・・・
その時…
集中治療室の全体が暗くなり始める。
入り口の扉が、スーッと開き、眩しい光が入ってくる。
住職が振り返ると、その明かりの中に、映しだされる2つの影…
「あなた…お迎えに上がりました…」
「その声は、美代子…」
お父さんが、驚いている。
「俺は…君と一緒には」
「もう、いいのですよ…」
「お父さん!」
「彩華もいるのか…」
先ほどまで、住職と共に看病をしていた娘さんが、お母さんの隣に立っている。
その光景に目を疑う住職。
白昼夢にしては、お父さんも同時に目撃しているのだ…
「すまん…俺は…おまえたちに、何も出来なかった…」
「お父さん!
ごめんなさい!
私は、お父さんの事を恨んでしまった…
子供を身ごもって、やっとわかったんです。
お母さんが命掛けで産んでくれたこと…
お父さんが、大切に育ててくれた事。
感謝しています!
だから、何もできなかったなんて、言わないで!」
「あなた…
よく、私達の子供を育ててくれました…
ありがとう
私の命をかけて産んだ子を、こんなに立派に育てて頂いて…」
「そんな…」
お父さんが驚いている。
「それで、いいのですよ」
住職が話し出す。
「人の幸せなど、そんなものなのです。
この世で、与えられた使命は、ほんのささいな事なのです。
命をかけて、培うもの…
それは、皆、人それぞれ…」
「ご住職…」
「ご家族で、仲良く、してください。あなたには、その権利がある…」
「ご住職様…お世話になりました…」
彩華さんが、住職にお礼を言っている。
「父の事、宜しくお願いします。」
「はい…」
そう答えたとき、辺りの光景が、眩い光に包まれる・・・
住職の意識が遠いて行った…
「お父さん!お父さん!」
彼女の声が聞こえた・・
ハッと我に返る住職・・
「ここは?」
「本堂よ!お父さん、掃除か何かしてて、倒れたの?」
その言葉に、我を疑った住職・・
「ワシは・・確か・・」
確かに、掃除をして転んだ状態だった・・
頭を打って、気絶をしていたのだろうか・・
では、今まで見ていたのは・・
夢?
リーン・リーン
電話が鳴る・・・
彼女が本堂から離れた座敷にある電話まで小走りで駆けていった・・
「お父さん・・、市から無縁仏の葬儀の依頼だよ・・遺族は居ないけど、このお寺の檀家だったって・・」
電話の子機を持って彼女が戻ってきた。
「うむ・・では、本堂へ移されるよう、伝えてくれるか・・」
「はい・・
もしもし・・・」
・
・
・
しばらくして、病院から遺体が運ばれてきた。
丁寧にタンカに乗せられてくる御遺体・・
顔にかぶせてある白布を取り、顔を拝んで、驚いた住職・・
「こ・・この方は・・」
「どうなさいました?お会いになった方でしょうか?」
市の職員が住職に訪ねた。
「い・・いえ・・初めてお会いします・・」
「?? では、よろしくお願いします・・」
そういって、市の職員の人が立ち去って行った・・・
「お父さん・・・」
彼女が話しかける・・・
「うむ・・この方は、さっきまで・・一緒に居た人・・」
「一緒?亡くなるまで病院へ行ってたの?」
「いや・・病院へは・・行っていない・・
気絶しておったのじゃからの・・
じゃが・・確かに、会って話をしていたのじゃ・・」
「行ってないのに、話をしてきた???」
「そして、その娘さんとも・・」
住職が、ふと見上げると、額に入れられた写真が目に入った。
気絶する直前まで、掃除をしていたのを思い出した。
満開の桜の下に父親らしき人物と、女の子が映っている。
「あの写真・・
あの女の子が亡くなった時に、
父親がこの寺に預けに来た写真だ・・・」
その男性は、その写真に写っている子供さんを供養してもらいたいと言って、写真を預けたまま、その後、姿を見せなかったという・・・
女の子の顔にも見覚えがある。
先程まで父親を看病していた女性・彩華さんとそっくりだった。
「そうか・・あの娘さんが・・」
「お父さん・・・・」
「不思議な事もあるものじゃ・・
亡くなった娘さんが、ずっと、父親を守り続けていたとは・・・
子を想う親の心・・
親を想う子の心・・
人の心は・・
「死」を乗り越えてでも、更に、伝わって働きかけてくる・・
・・誠・・
人が人を想う心は・・
計り知れないものが・・・
あるものじゃ・・・」
観音様の前に安置された、お父さんのご遺体…
写真に映っている父親の容姿は、ここに寝かされている御遺体そのものだった。
「南無…十一面観音菩薩様…
あの親子をお導き下さい…」
その夜、盛大に亡くなった父親の弔いを行ったのだった・・




