10.キャンプファイヤー
研修旅行二日目のメインイベントも終了し、後のイベントは、夜のキャンプファイヤーを残すのみとなった。
グランドの中心に井桁に積まれた薪の周りに、生徒たちが集まって輪になっている。
数人の生徒たちが、松明を掲げて厳かに会場に入ってくる。
点火の儀式を行い、キャンプファイヤーが始まった。
赤々と燃えだす炎を見つめる生徒たちが、その明かりに照らされていく。
辺りの林も、照り返しで、薄明かりで赤く染まる。
アコーデオンを抱えた学年主任の先生が、演奏をはじめる。
静まり返ったグラウンドが、活気に満ち溢れていく。
山の中腹に横たわっている伐採された木の現場・・
切り株の上に、あやめちゃんが立ちすくみ、麓のグランドのキャンプファイヤーを眺めていた。
ガサガサと草をかき分けてくる足音に気づく。
サトシ君が会場から抜けて登って来ていた。
「ふう~・・やっと来れたよ!」
「お兄ちゃん・・来てくれたの?」
「うん・・・合宿所に着いた時、何で急に居なくなっちゃったの?」
そう、オリエンテーリングで迷って、あやめちゃんに合宿所まで案内してもらった。
お礼を言おうと思ったが、既に姿がなかったのだ。
「大人の人が苦手なの」
「ふうん・・」
大人が苦手と言うことだが、サトシ君は、それ以上はそのことについては詮索しなかった。
「大丈夫?あそこに居ないで・・」
「ああ・・オレ一人いなくても、わからないよ・・
トイレに行くって・・言っといた。」
「相変わらず・・悪いことしてるんだね・・」
「いつもの事さ・・」
その言葉に、苦笑いするあやめちゃん。サトシ君も少し笑みを漏らしていた・・
「あの、お兄ちゃんと約束したんだ・・
夜は学校には行かないって・・・」
一日目の拓夢君との約束を守っているようだ。夜は絶対に姿を見せないでほしいという約束・・
「拓夢と?・・」
「うん・・」
校長先生と源さんが話をしているが。掛け合い漫才のようなおかしな様子だ。
生徒も笑っている。
パチパチと音を立てて、炎が燃え盛っていく。
「楽しそうだね・・」
「ああ・・みんな、楽しみにしてたんだ・・この研修・・」
キャンプファイヤーの火が最高潮に達し、周りの生徒が楽しく歌っている。
各グループで練習していた歌を披露しているようだ。
「お兄ちゃんは、楽しみにしてたの?」
「オレ?
そうだな・・・
楽しみには・・・
してなかったな・・
でも・・」
「でも?」
「楽しかったよ・・・
あやめちゃんに会えて・・・」
「お兄ちゃん・・」
ガヤガヤと騒がしくなっている。拓夢君達のグループの番だが、サトシ君が居ないのに気づいている。
サトシ君の名前を呼んでいるが、返事が無い・・
それもそのはず・・山の中腹にいるのだから・・・
「探してるみたいだよ・・」
「うん・・」
「行かなくていいの?」
「オレ1人くらい・・大丈夫だよ・・・」
「後で怒られるよ・・」
「慣れてるよ・・」
しばらくして、探すのをあきらめて、サトシ君なしで、催しを始めるグループのみんな・・
その様子を眺めている二人・・・
「慣れてるんだ・・」
サトシ君がポツリと言う・・
「え?」
「オレ、
怒られた方が・・
自分が居るって・・
誰かに見られてるって・・・
実感できるから・・・」
「皆とは仲良しにならないの?」
「仲が良かったヤツは・・
オレの事、避けるようになっていった・・
皆、オレから・・・
逃げていくように・・」
「あの、傍にいたお兄ちゃんは?」
「あいつだけは、違った・・
今でも一緒に居てくれる・・」
その男の子を見つめるサトシ君。
「幼稚園から一緒だったんだ。
家も近いし・・オレの家の事・・よく分かってる
家に居て、誰も居ないときは、アイツの家へよく遊びに行ったよ・・」
催しが終わり、拍手を浴びているグループの皆・・
その様子を見守っている二人・・
「分かるな~・・その気持ち!」
あやめちゃんが、話し出す。
「え?」
「私も・・
仲の良かった人たちが・・・
一人・・・
また一人って・・・
居なくなっていった・・・」
「あやめちゃん・・」
「私・・
もう、誰も来ないのかなって・・・
思ってた・・」
キャンプファイヤーの火が、少しずつ、その勢いを弱めている。
「燃えろよ燃えろよ~」
全員の合唱による歌声が流れてくる。
「もう・・お別れなのね・・」
「うん・・・
あの・・・
さ・・・」
「な~に?」
「やっぱり・・
オレ・・・
君と・・・・
別れたくない・・
何か・・
君が・・
妹のような気がして・・」
「お兄ちゃん・・・」
見つめ合う二人
「君を、ここに置いて行けない・・・
って思ったんだ・・」
「それで、私の所に?」
こくりとうなずくサトシ君。
少女はにっこりと笑った・・
「ありがとう!」
「え?」
あやめちゃんは、しばらく山々や学校グランドを見つめていたが、サトシ君の方を向いて話しだす。
「私、やっぱり、ここを離れられない・・
私には、今まで、ここで遊んだ皆の記憶がある・・
私が、ここを離れて行ってしまったら・・
もう、誰も、
ここで・・
ここに人が暮らして、遊んで・・泣いて、笑って・・
そういった事を思い出す人が、居なくなってしまう・・」
「あやめちゃん・・・」
「私、この場所が好き!」
涙が、一粒落ちた気がした・・
「でも・・・
私・・・
お兄ちゃんと・・・
行きたい・・・」
サトシ君の方へと寄り添うあやめちゃん・・
その、体を、しっかりと抱く、サトシ君・・
感触は無い・・・
「お兄ちゃん・・暖かい・・」
「分かるの?」
「分かる・・
触らなくても・・
どうして・・・
今まで、
何人もの人を見送って来たのに・・・」
どうして、自分と、それも、昨日出会ったばかりなのに、一緒に居たいのか不思議だった・・
でも、それは、サトシ君も同じだった。
一つだけ確かだったのは、二人とも、何か、寂しい気持ちが何処かにあった・・
長い間、その想いを、心の片隅に封じ込めていた・・
皆が離れていく寂しさ、くやしさ、空しさ・・そんな想いが積もっていた・・
「オレ・・・
ここに戻ってくるよ!
いつか・・・
きっと・・・」
真剣な眼差しであやめちゃんを見るサトシ君・・
「うん・・待ってる!」
グランドでは、皆の見守る中、
ドサッとキャンプファイヤーの木の固まりが崩れ、火の粉が舞いあがっていた・・
「行かなきゃ・・」
「うん・・」
「また・・会えるよね・・・」
「うん・・会えるよ・・」
「また・・・
明日・・・」
あやめちゃんに、ちょっと手を振り、その場を立ち去るサトシ君・・
山を下りていくサトシ君を見守るあやめちゃん・・・
グランドの少し暗くなった炎が、辺りの山々の木々を、ほのかに照らし、見上げれば、空には満天の星空が広がっていた。




