ピンクブロンドの男爵令嬢は、王太子をけしかけてブチャイク悪役令嬢に婚約破棄させる
絶対に成り上がってやるぅーーッ!
あら私ったらはしたない。私はマリナズ男爵家の娘でロッテ・マリナズと申します、ピンクブロンドの超絶美人ですわ!
このデカ目。山と見紛う高い鼻。ふっくらとして光る唇。デカパイ。くびれ腰。キュッと締まった尻。さぁどうですかお客さん!
でも男爵といえども領地はホントに小さいし、お屋敷も平民とあまり変わりがありませんの。
父母から教えられました、貴族の女としての教育を決して無駄にはしません。私はこれをフル活用して、断然玉の輿を目指すのです!
いざ行かん初めての夜会へ!
馬車に乗って初めての社交の場、夜会にやって参りましたが、ウチの馬車小さい! 他の家の馬車はかなり大きいのね。お供も連れてるし。
でも! でも、でも。
今日はそのデカい馬車を持ってる貴族とうまい具合に仲良くなって、将来の伴侶の約束を交わすのよ!
見てらっしゃい!
「やぁロッテ。キミも来ていたのかい?」
その声に振り返ると、隣りの領地の男爵家の嫡男、クルト・スロヤワーズだわ。ウチと同じくらいの貧相な馬車。なんの因果か幼なじみ。
まあ着ている服はいつもより上等だけど。こんなのに関わってたら大事な高位貴族を逃すわ!
「そう。クルトも来たのね。ではごきげんよう」
そう言ってさっさと会場に入りますと、まぶしい! なにこの昼間と言わんばかりの明るさは! うちなんて蝋燭三本で一日を終えるというのに。余った蝋燭貰って行ってもいいですか? いやそういう訳にもいかないか。
それに広い。人も皿もたくさん。こんなにたくさんの貴族がいたら目移りしちゃう……。そこは私の美貌で陥れて差し上げますわよ。待ってなさい!
と、いったものの誰が誰だか分からないわね。私はもうすでに食事にありついているクルトの元へと急いだ。
「クルト。来てそうそうお食事?」
「まぁね。この後、イグテルス伯爵家のランク様とお話しする予定だけど」
「ま! 伯爵さまと? どんな繋がり?」
「まぁ商用だよね」
くぬぅ。こんなボケっとしたクルトにも上位貴族な知り合いがいるのね。悔しい。負けてらんないわ。
「あのぅ、クルト?」
「なに? ロッテも食べれば?」
「いえ結構だわ。それよりもクルトは夜会にはよく来るの?」
「まぁキミより年上だしね。二年前から来てるよ」
ほー。ナイス。それじゃこのお人好しを上手く踏み台にしないとね。
「私初めてだから、どの方が名家のかたか分からないのよ。教えてくださる?」
「ああいいよ」
そういって、クルトはフォークで指しながら上位貴族のかたがたを説明してくれた。
伯爵さま、侯爵さま、公爵さま……。そして入り口から現れた美丈夫を最後に指し示す。
「あれぞ、我がフバロアーズ国のオリクス王太子さま。オリクス・フバロアーズ殿下だな」
あれがオリクス殿下! きゃっこいい~。歳も近そうだし、後光がさしてる!
金髪で目鼻立ちもしっかりしてて、長身! 金色のフロックコートもギラギラしてるけど超似合ってる。イケメンはなに着ても似合うわぁ。
オリクス殿下は、まっすぐにある席に向かって歩いて行く。そこにはいかにも高貴そうな女性。服装は。
でもなにアレ。顎は尖ってるし突き刺さりそう。鼻もおとぎ話で聞く魔女みたいに曲がってるわ。そして何よりあの目! 分厚い一重まぶたで三白眼。怖い。人っていうよりモンスター!
殿下は彼女と二、三話をすると、サッと離れて高位貴族の人の元に行ってしまった。
「ねぇ。あの女の人は?」
クルトに話しかけると、彼は食事を再開しながら答えた。
「ああ。ディーナ・ベズイタース公爵令嬢だな。オリクス殿下の婚約者だよ」
へ? あのブチャイクな姫がオリクス殿下の婚約者? ププッ。ウケる。
すると、そのブチャイク姫の首がこちらに向いて、腫れぼったい目で睨み付けている。怖い。私は固まってしまった。
ウソ。声に出してはいないわよ。まさかの女の勘? あの顔で睨まれると凍り付いてしまうわ。
そのうちに、彼女は近くの侍女を呼んで扇で顔を隠して何やら話しているようだった。感じ悪い……。
王太子殿下のほうを見ると、忙しげに上位貴族のかたがたと楽しそうに話している。ディーナ嬢に気がないみたいね。
ふふ。これは行けるんじゃない? ちょっとクルトに、聞いてみよ。
「ねぇ。王太子殿下ってぇ、ディーナ嬢との婚約、嫌がってたりするぅ?」
それにクルトは食べることを止めずに答える。
「まーな。殿下自身もディーナ嬢が近くにいないときは人目もはばからず『ディーナとの婚約など嫌だ』と言うときもあるしな」
チャーンス! まさにチャンス到来! そりゃそうよねー。あんなイケメン殿下が、家柄だけのブチャイク嬢なんかと釣り合いとれないもんね。二人を別れさせて、その後釜にこのワタクシが!
「じゃあ、王太子殿下がディーナ嬢に婚約破棄を言い渡したら、みんなどう思うかしら」
すると、クルトはフォークを置いて顔を上げナプキンで口を拭いて改めて答えた。
「そんなことになったら、ここにいるみんなが喜ぶんじゃないか? もちろんこの僕も」
えー! そうなの? ディーナ嬢は、つまり悪ね。みんなから嫌われてるんだわ。
「あの方は悪い人なんだ。みんな恨んでるよ」
そう言ってクルトはディーナ嬢のほうを向いてすぐに目を背けた。
ふふふふ。こりゃ、決まりだわ。このロッテちゃんの色香を王太子殿下に嗅がせて心を奪い、ディーナ嬢に婚約破棄を言い渡させちゃおう!!
◇
私はすぐさま館内マップを確認した。この大ホールの外の廊下の繋がり、トイレの場所、バルコニーに出る扉、他の部屋の扉。
それを頭に叩き込み、王太子殿下の姿を追う。彼は貴族たちと一通りの挨拶をしたのか大ホールから出ようと扉に向かっているところだった。
私は大急ぎで廊下に出て、殿下の先回りをした。というのも、我々のような下級貴族は上級貴族や王族などとこちらから先に声をかけてはならない儀礼がある。向こうから声をかけられ初めて会話が始まるのだ。
だからこそ私は作戦をもって挑まなくてはならなかった。
向こうから王太子殿下が護衛四人を伴ってこちらに来る。今だ! 私はうやうやしく廊下の端により、大きく膝折礼をとる。そして、それに伴ってハンカチを落とす。
ハンカチはひらりひらりと舞って王太子殿下の行く道の中ほどに落ちた。
「やや。お嬢さん。落としましたよ」
そう言って腰を折ろうとしたのは、殿下の警護騎士の一人。お呼びじゃないっつーの。計画失敗か?
「いや。よい」
そう言ってハンカチを拾ってくださったのは、まさしく王太子殿下! 彼は私に近づいて、手の中にハンカチを握らせてくれた。
「キミは? 夜会では見ない顔だね」
待ってましたーーーッ!!
私は殿下の顔を恥じらった顔で見上げつつも胸を寄せて谷間を強調させながら答える。
「はい殿下。ワタクシはマリナズ男爵の娘でロッテと申しますぅ」
決まった。
当たったろ?
全弾命中のハズだ!
「そ、そうか。マリナズ卿のご令嬢」
ふっ。照れちゃって。見事。私の美貌とあざとさ攻撃。そして二の手を緩めない。
「あら殿下。なにか悩みでもおありになりまして──?」
マーリマリマリマリ!
もはや悪者の笑いかただけど仕方ないわ。こんなに作戦が決まるんだもの。殿下ったら苦悩の表情を浮かべて「実はそうなんだ」ですって。
マーリマリマリ。
全てはこちらの手の内よ! 追撃を緩めるな! 私!
「あら殿下。でしたらワタクシで良かったら相談にのりますが……」
ふっ。ここはバルコニーへの扉が近い。そこで殿下とこっそりとお話すればいいのだわ。
「ではロッテ嬢。少し風に当たりながらお話でもいたしましょう」
「結構ですわ」
ケケケ。殿下ったら自分でバルコニーにエスコートしたと思ってるわね? 逆よ。逆。私がエスコートさせてるのよ。
男なぞ単純。滑稽! 滑稽でございますわーーーッ!
バルコニーに出ると夜目にも美しく整えられた庭園がございます。殿下はそれをしばらく眺められておりましたが口を開きました。
「ああ、もうダメかもしれない」
「ディーナ様のことですか?」
そう言うと、殿下は急速に首をこちらに向けました。
「どうしてそれを?」
「あら? 図星でしたの? 夜会に初めて来た私にもわかるくらいですもの。参加者全員わかってるんじゃありませんか?」
ケッケッケ。マーリマリマリ。
全てはクルトより情報収集済みよ。
「そうか……。ロッテ嬢、あなたは賢い女性ですね。品があってお美しい」
「ま。殿下ったらお上手ですこと」
「私はキミのような女性を待っていたのかもしれない」
「あら、それはどういう意味ですの?」
「キミさえ良かったら、友達になってはくれまいか? そして夜会の度にお話でもいかがです?」
「まぁ嬉しいですわ。殿下がお友達なんて」
ケーッケッケッケ。お友達。まずは一歩進んだぞ。そしてこの夜会で今一番殿下とおしゃべりしてるのはこの私。まだまだ止める気はなくってよ。
「殿下はもうディーナ様との婚約はお嫌ですの?」
「ええ? どうしてそれを?」
「そう顔に書いてありますわ」
「え! ウソだろ?」
胸ポケットからだしたハンカチで顔を拭く殿下のお姿を見ながら私は笑う。
「なんだ、冗談か。このぅ!」
「キャ!」
戯れに腕を振り上げる殿下に対して、可愛らしく驚いてみせた。そしてバランスを崩した振りをして~~~。
ぱすん。
殿下の胸に倒れこんでやった。ウヒヒヒヒヒ。それを殿下は優しく受けとめている。ケケケ。マーリマリマリ。
しばらく二人はそのまま。時が止まったようだわ。これで王太子殿下はこのピンクブロンドのマリナズ男爵令嬢のもの。ざまぁみろ、ディーナ嬢よぉ。
あんたにゃ恨みはねぇが、あんたの敗因はブスのクセして家柄に寄りかかって、自分を磨くことをしなかった。そして、王太子殿下の扱いを誤った。それだけだ。あんたのオリクス王太子殿下はこの私が貰い受けるぜ!!
「殿下……」
殿下の胸から目を潤ませながら顔を上げる私。そして静寂の中見つめ合う。
「そんなにお嫌なら、やめてしまってはどうです?」
「やめる? ディーナとの婚約をか?」
「そうです」
「まさか。無理だよ」
そしてしばらく黙ってましたが、私を胸から開放して小さく呟く。
「やめ……れるか?」
ふっ。あと一押し! 一気に押せェ!
「やめれますよ! 殿下!!」
「そうか! やめられる! キミも応援してくれるかい!?」
「もちろん! 私は殿下の味方ですわ!」
マーリマリマリ! ディーナ嬢!
貴様の婚約はもはや風前の灯火よ!
「よし! 言ってやる! 待ってろよ、ディーナ!」
オリクス殿下は、腰に下げた剣を鳴らしながら会場へ走る。
ちょっと! 早いですわよ。こっちはドレスだというのに。
会場に入って、オリクス殿下はまっすぐにディーナ嬢の元に。私はその背中を追った。私が殿下の後ろに追い付くところで、殿下はディーナ嬢へと指差しながら怒鳴った。
「ディーナ! もう限界だ!」
それにディーナ嬢は厚ぼったい一重まぶたの目をこちらに向ける。まるで凍り付くような目。そして低音ボイスで殿下に向けていう。
「英邁なる王太子殿下。この夜会にはそんな声はふさわしくありません。後程ゆっくりお聞きします」
ピシャリ。
夜会は水を打ったように静かになった。殿下はというと、ディーナ嬢に指した指が次第に下がり始めている。
ここでやめてどうする!
「殿下。頑張って」
「お、おう。そうだった」
王太子殿下は、また力強くディーナ嬢を指差す。
「もう嫌なんだ! 私は……オリクス・フバロアーズは、今、この時をもってディーナ・ベズイタース公爵令嬢、キミとの婚約をやめにする!!」
その言葉が終わるか終わらないうちに、ディーナ嬢は厚ぼったい一重まぶたを閉じて上品に立ち上がり、扇で口元を隠す。そしてその目をゆっくりと細く見開いたのだ。
「お戯れを。結婚まで後五ヶ月に迫っておりますし、国中の貴族に招待状を配っておりますのよ。この話は聞かなかったことに致します」
あまりにも冷たい態度に、殿下はまたまた固まった。
「殿下。しっかり!」
「おおう。そうだった!」
その時、ディーナ嬢の冷たい視線が私のほうへと向く。
「あら。あなたはどちらのご令嬢?」
それに答えたのは、王太子殿下だった。
「彼女はマリナズ男爵家のご令嬢でロッテという」
それにディーナ嬢は笑顔で頷いた。
「まぁ。あなたが。夜会は今日が初めてよね。ささ、こっちにいらっしゃい。さっきも侍女に聞いたんだけど分からないって言ってたご令嬢ね。ごめんなさいね。まだ顔もお名前も存じなかったから」
き、気さく。なに、このおしゃべりは。そしてなんですと? さっきのは知らないから見てたってこと? 睨んだんじゃなく。
「そうなの。なにも怖がることないのよ。私を頼っておいでなさい。楽しいお話をたくさんしましょう。あなたのお父様は海賊討伐で25戸のマリナズの領地を賜ったのよね。マリナズは葉物野菜と養鶏が有名だわ。ちゃんと治めれば人口も増えて将来は安泰よ」
なんです? 野菜とか養鶏とか私のほうが知らないっつーの。
「はぐらかすな! ダナ!」
「いいえ、オリー。わざとはぐらかしてるのよ。あなたが家と家の約束を変えるなんて正気じゃない。いい加減にしないと怒るわよ」
王太子殿下は顔を真っ赤にして叫ぼうとしている。
そしてなんです? あ、愛称?
「もう嫌なんだ! ここにいるみんなも証人になってくれ! 私はダナとの婚約をやめる! そして今をもって、けっ、結婚します。ありがとうございます! ありがとうございます!」
はぁ???
王太子殿下は真っ赤になりながらもディーナ嬢に寄り添って三方にお辞儀をしたが、ディーナ嬢は興奮したまま、肩にのせられた王太子殿下の手を振りほどいて、尻で突き放した上で王太子殿下に向けて叫んだ。
「なにを馬鹿なことをいうの! いい加減にして! あなたが一市民ならそんな話をしてもいいでしょう。でも将来は国の父となるべき身なのにどうしてそんなに私のことばかりなの!!」
王太子殿下はたじろぎながら答える。
「ダナ。キミが心配なんだ。今日だって夜会で素っ気なく『私じゃなく他の貴族のかたに挨拶して』って冷たいじゃないか。誰かに心奪われるんじゃないか不安でいっぱいなんだよ。今日から一緒に住もう。な?」
「およしになって。将来の妻よりも他の貴族とよしみを通ずるのが先でしょう。それにどうして少しが待てないのよ! そんな軽はずみなことをいう人なんて、こっちが願い下げだわ。私が婚約破棄したいくらいよ!」
そう言うと会場にいた貴族の子弟たちは一斉に立ち上がった。
しかし、ディーナ嬢は続けた。
「そうなると私は婚約者のいない身になっちゃうわね。誰かいい人いないかしらね、オリー」
それは二人だけの戯れだったのだろう。しかし、夜会にいた貴族の男たちは彼女の回りに集まって挙手をした。
私を押し退けて彼女に近づいて挙手したのはクルト。てめぇ!
王太子殿下は真っ赤になって、挙げられた手を下ろす。ディーナ嬢も大変焦った様子で頭を下げた。
「あのぅ。私ディーナ・ベズイタースはオリクス王太子殿下を深く愛してますの。今のはユーモアでしたのよ。皆さまもそうよね。ユーモアよね?」
それに会場は静まり返ったが、どっと笑いが沸き起こった。
「はっはっは。誰もがディーナ嬢にはかたなした」
「もちろん。ユーモアですよ! ディーナ様!」
「私は国母となられるあなたを守るために国境より敵を侵入させません」
和気あいあいとディーナ嬢に群がる連中。私はその中の一人であるクルトを捕まえた。
「これは一体どういうことよ」
「ああ。見ての通り。みーんなディーナ嬢が好きなんだ」
「はぁ? さっき悪い人って……」
「ん? ああ。みんなの心を奪う悪い人だろ?」
な、なんだそりゃあ!!
「気さくで頭がいいし、民のことをよーく考えてらっしゃる。愛嬌もあるし、冗談もいうし、面倒見がいい。キミだってさっき、ディーナ嬢に頼るように言われたろ? それに一つ一つの領地のこともよく知ってて、アドバイスをくれるんだ。うちの山から鉄が出たので相談したら、イグテルス伯爵に相談するように教えてくれたのもディーナ嬢なんだ」
な、なんだってぇ!?
まさにスーパーウーマンじゃねーか。
でもぉ。天は二物を与えずとはよく言ったもので。
「でもお顔はあれよね?」
「そうだな。まるで女神のようだ」
「はぁ? 全然魔女みたいじゃない。どうしてみんなそんなにディーナ嬢にご執心なわけ?」
そう言うとクルトは大きな目をさらに大きく見開いて驚いていた。そして小声でそっと伝えてきたのだ。
「馬鹿。それを大きな声で絶対いうなよ?」
「なんでよ」
「彼女は美の女神の祝福を受けていて、心のやましいものが彼女を見ると醜く見えるらしい。まぁそんな人間が清らかな彼女に近づかないための擬態だな。半信半疑だったけど、視える人いるんだァ」
蔑んだようなクルトの目……。
は? この私が心のやましいものですって!?
くぬぅ! 覚えてらっしゃい! 誰よりも幸せになってやるんだから!
そう思っていた時期も私にはありました。その後は悪い男に騙されて家のお金を持ち出したことがきっかけで勘当され、各地を点々……。
今は修道院で食べ物を恵んで貰う毎日となりました。
ねぇ。どうしてこうなったの??