第七話 少しだけ未来の話――修行成果 (レノン8歳)
森の中を一人の少年が走っている。
少年の表情は焦りと、成長の手応えから来る勇ましさが入り雑じっていた。
彼の名前はレノン。精霊に育てられた子供だ。
レノンは走りながら思考する。
(来た。追尾四つ、貫通三つ、迫撃が五つか?)
途端、木の間を鞭のようにしなる水の魔法が迫る。さらにその後ろからは、鋭い雷の槍がレノンを狙っていた。
(まずは四つ。――――術式解体)
背中に二発、木を回り込んで正面に二発。自由に軌道を変える水の鞭は、レノンの十メートル弱の範囲に入った瞬間、霧散して消えてしまった。
が、それを狙ったかのように雷の槍が飛んでくる。
(これは気合いで避けて、次の迫撃に備える!)
レノンは減速せずに、無理矢理後ろを向く。
雷の軌道を目で確認すると、体を捻って二本の槍をかわした。
しかし、もう一本が絶妙な時間差をつけて飛来する。
避けられない――誰もがそう思ったが、雷の槍は寸前で逸れ地面に突き刺さってしまった。
(あぶなっ! 保険掛けといてよかったぁ)
地面にあらかじめ誘雷魔法を仕込んでおいたのだ。
ただし、雷魔法でなかったら上手くいかなかったうえに、自然法則を全く無視する属性魔法も存在するようなので、今回の判断は少し危険である。
(今度こそ全部避ける。そんなことより次!)
上から大きな火球が降ってくる。
レノンを直接狙うものは少ないが、周りを囲むように落ちてきていた。行く手を阻み、足を止めるつもりだろう。
(――――術式破壊! そして!)
火の玉は次々と空中で爆発していく。と、同時に濃い霧が辺りに立ち込めた。
レノンの姿が一瞬で見えなくなる。
(今のうちに術者を探さないと。領域変形、希薄拡大)
草影に身を隠し、目を閉じて集中する。すると、レノンの魔力領域が一気に拡大した。魔力を直接操作できなくなるかわりに、広い範囲の探知を可能にする。
(見つけた)
先程の魔法は全て、ある地点から放たれていることが分かった。魔力の道筋がはっきりと残っている。
だが、そことは真逆の方向に、普段なら見逃してしまうような小さなノイズの走る場所があった。
感覚が鋭敏になっているのか、どうにもその場所が気になって仕方がない。
レノンが躊躇っていると、地面が小刻みに揺れ始めた。
(もう待ってはくれないか!)
次の瞬間、霧を全て吹き飛ばしてしまうような突風が吹いた。
レノンはたまらずシールドを張る。
(あのノイズ……、少し異常だな。逆に罠かもしれない。よし、予定通り、分かりやすい方に行こう)
魔法で作った霧はジャミングの役割も果たしていたのだが、風のせいですっかり晴れてしまった。
レノンの姿が無防備にさらされる。
当然、多くの攻撃魔法が飛んでくる。しかも今は、探知のために領域を広げているので、術式の解体や破壊ができない状態だった。
レノンはシールドを解いた。そして、魔法を迎撃しながら術者の元へ行くため、戦闘態勢に入る。広く分散させた領域は、敵を捕捉しつつ、攻撃の数と種類を正確に探知した。
そして、レノンが脚に力を入れる――――その時だった。
地面の大部分が消失し、巨大な落とし穴が現れたのだ。
(地面の小刻みな振動、このためだったのか!)
一瞬の無重力、レノンはすぐさま浮遊魔法を発動させる――――。
(いや、違う! これ、幻術だ! くそっ、体勢を崩された……!)
中途半端に浮き上がったレノンに、複数の攻撃が迫る。
魔法に加え、硬い岩石の礫や、投擲された槍など、魔力操作ではどうしようもない物理攻撃まであった。
しかしレノンは諦めない。
(二重身体強化! 光線集束砲×六! 有限収納箱、アイテム指定、弓!)
突如レノンの体の周りに浮かび上がった六つの光。そこから強力なレーザーが放たれ、ほとんどの攻撃を撃ち落としてしまった。さらに、その後ろに控えていた第二波、第三波の攻撃もろとも消滅させてしまう。
今発動し得る最強の攻撃魔法の一つが役目を終えると、レノンは遂に弓を構えた。
狙うは地面。
察知した厄介なゴーレム生成の魔法を、矢に込めた術式解体と同等の効果を発揮する魔法で、消し去ろうとしたのだ。
ややこしいのは、矢に乗せられるのは魔法だけだということ。術式解体は魔法ではなく、魔力操作の一種なので、弓に利用するには同じ効果の魔法を一から開発しなければならなかった。開発の主導はレノンだが、精霊の尽力が無ければ実現しなかっただろう。
ゴーレムは地面から姿を現す前に魔力に戻されてしまった。
その後追撃が来ることはなく、森は戦闘の余韻をわずかに残しながら静かになった。
レノンは弓を左手に持ち、周囲と探知領域に注意を向ける。
(術者が移動してる。逃げるつもりなのか?)
敵は自分から離れるように移動していた。逃げているようだが、決して速くはない。
レノンは魔法を込めた矢を二本同時に番え、斜め上に弓を構えた。
ぎりりと引き絞り、勢いよく離す。パシュンと小気味の良い音がして、一本は放物線を描き術者に向かって行く。もう一本は上空に飛んでいった。
(上手くいった。足が止まったぞ)
発動した魔法は、森を分断してしまうような長い風の壁。その周囲は空気の刃が絶えず切り裂き、近付くだけでズタズタになってしまうだろう。
さらに、空には雷雲が渦巻き始めた。飛翔して逃げるのを防ぐためだ。空中に飛び上がった瞬間、雷が落ちてくるという凶悪な魔法である。
(ここで仕留める!)
レノンは重ね掛けした強化魔法で術者との距離を一気に詰める。
人体の限界を超えるスピードだが、レノンは難なく木々の隙間を抜けていった。
しかし、相手もただでは倒れない。苛烈な弾幕を放ってきた。
レノンはなお止まらず弾幕に突っ込んで行く。
属性魔法を相殺し、槍を屈んで避け、ゴーレムの頭を弓矢で撃ち抜く。様々な攻撃が炸裂するが、レノンには一つとして当たらない。魔法が光を放ちながら散っていく様は、さながら花火のようであった。
(見えた! 領域再構築!)
敵を目視で確認したレノンは、広げていた領域を元の形に戻していく。
本来の姿に集まった領域から魔力を吸収し、とどめの一撃を溜め始めた。
すると、相手も最後の一撃に全てを賭けるようだ。溜め時間の無防備な状態を狙われないよう、しっかりと牽制もしてくる。
しかし。
(今だ!)
黒々とした雷雲から直下に稲妻が落ちてきた。
敵のシールドが一瞬で砕け散る。咄嗟に防いだわけではなく、シールドは常に張っていたようだ。保険を掛けていたのだろう。
それはつまり、こちらの攻撃に全く対応できなかったということ。
続けて、風の壁に背を向けていた敵が、ガクンと前のめりになる。背中を鋭い風の刃で斬られていた。
深手を負い、魔法は発動できずに霧散する。
勝敗は決した。
レノンは前に倒れてくる魔物を模したかかしを正確に撃ち抜いた。
一週間の修行の総括、週末恒例の模擬戦闘であった。




