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第三話 人間を“人間”に育てるには (レノン3歳)

 クェレバスの出した案は特に反対もなく受け入れられた。

 その後、誰が人間になるかという話し合いが行われたが、これまたすんなりと決まってしまった。

 選ばれたのは、土の精霊オノウムと木の精霊ユトネ。

 オノウムがこの大役を任されたのはレノンを一番に考えているからだが、ユトネが選ばれたのはオノウムの最も良き理解者であるからだった。照れるオノウムと、逆にしおらしくなるユトネは精霊たちにとって新鮮に見えたことだろう。

 事態は一刻を争うので、すぐに人里へ向かうことになった。より本物に近い擬態をするには、生きた人間を真似るのが一番だったからだ。

 オノウムとユトネは、近くの農村で穏やかに暮らす若い夫婦を素体に選んだ。

 彼らの生活は質素なものだったが、農民として勤勉で、誰からも愛され、常に暖かな雰囲気をまとっていた。

 かといって下手に達観しているわけでもなく、ときに喧嘩し、ときに愛し合う、むしろこういった人間らしい面こそ評価基準として大事な部分なのだ。

 もし彼らがレノンを拾っていたとしても、しっかり育ててくれる。そう思える夫婦だった。

 彼らの観察と解析を数日かけて終えた精霊は、すぐに森へ帰って準備を始める。

 オノウムが人間そっくりの泥人形を作り出し、ニューナーとクェレバスが疑似臓器を入れる。他の精霊が、肉体の細やかな質感を与えていく。

 出来上がったのは、魂の無いホムンクルス。

 ここに精霊が宿ることによって、自由に動かせるようになるのだった。




>>>




 さて、結果から言うと、レノンは人を怖がった。

 中身は精霊だが、レノンの目を欺けるくらい擬態の完成度が高かったのだろう。初めて見る二本足の異形に、魔力が暴走するという事態にまでなった。ニューナーとエウロラが何とか眠らせて事なきを得たが、大きなストレスを受けたのは間違いない。レノンから恐怖を向けられた精霊もまた、ショックもひとしおだった。


 時はレノンが暴走し、眠らされた直後へ。

 レノンの目の届かない場所まで移動したオノウムは、ほうっと息を吐いた。


「想定はしていたが、はっきり拒絶されるときついな」


 若い女性になったユトネが、呆れたようにオノウムを見る。


「時間がかかるって分かってたことじゃない。あんたがそんなんでどうするの」


 すると、付いてきていた精霊が言う。


――その、ユトネの方が、辛い顔してたと思うの……。


「し、してないわよ!」


――エウロラ、そら野暮ってもんだぜ。


――ご、ごめんなさい。


「~~~~っ!」


 ユトネが真っ赤な顔でふわふわと浮かぶ二色の光を睨んだ。

 オノウムは背を木に預け、深く考え込んでいた。目の前で続くバカ漫才など、耳にも入っていない様子だ。


「ちょっと、オノウムも何か言ってよ!」

「ん? ああ、全然聞いてなかった。何だって?」

「ち、ちゃんと聞いてなさいよこの陰湿精霊! あんたみたいな朴念仁が私の大事な友達に寄りかからないでよ!」


 そう言うと、ユトネはオノウムが寄りかかっていた木をひしっと抱き締める。


「私を分かってくれるのは、貴方達だけよ。大事な大事な植物達」

「いや、一応その木に了承を貰ってから体重を預けたんだが、いけなかったか?」


 精霊語で木と会話をしていたらしいオノウムがそう言うと、ユトネは驚いたように彼を見た。そしてすぐに木に顔を戻し、震える手で幹を撫でる。


「あ、貴方、身も心もあいつに捧げたって言うの……? そうなのね? ああっ、私の味方は誰もいないんだわ!」


 目頭を手の甲で押さえ、駆け出そうとするユトネの手を、オノウムが咄嗟に掴む。


「待て、何処へ行く。おまえがいないと駄目だろう」

「私がいないとだめ?」


 さっきまでの悲壮さはどこへやら、潤んだ目でオノウムを見つめるユトネ。若干会話が噛み合ってない気がするのは、きっと思い違いではない。オノウムはあくまで、レノンを人間に育てるためにユトネがいないと駄目だと言ったのだろう。


「ああ、おまえがいないと駄目だ」

「ほんとに?」

「本当だ。おまえが必要なんだ」

「オノウム……」


 やっぱ、ただイチャイチャしているだけかもしれなかった。


――なぁ、これいつまで続くんだ?


――日が暮れちゃうよぅ。


 閑話休題。

 オノウムはユトネから手を離し、周りの精霊に向けて言った。


「聞いてくれ。レノンは人間に恐怖心を持ったままだ。おそらく、この姿だと話すら聞いてくれないだろう。そこでおまえたちにも手伝ってもらいたい」


――つっても、何すりゃいいんだ? レノンに人間は危険な存在じゃないと語り続ければいいのか?


「いや、そうじゃない。ただ今みたいにしてくれればいい」


――今みたいに?


「人間の姿の俺たちと会話をしているだけでいいんだ。おまえたちが人間に心を開いているように見せれば、おのずとレノンも警戒心を解くだろう」


――なるほどな。なら、お前たちとは赤の他人のふりをすりゃいいわけだな?


「そうしてもらえると助かる」


――あの、そろそろ目を覚ますって、風の便りが。


「分かった。みんな、長期戦になりそうだが、頼む」


――任せろ。お前が決めたことだし、何よりレノンの為だ。


 彼らは蔦の家の方へ戻っていく。

 その日からレノンを人間に育てるための計画が始まった。




>>>




 最初の頃は、遠くに人の姿が見えるだけで不安になっていた。その度に、精霊達はレノンを落ち着かせる。しかし、一週間もすると向こうから近付いてこないからか、遠目に見てもとりたたて騒ぐことは無くなった。さらにその一週間後には、楽しそうに精霊と話す人間を、じっと見るようになっていた。目が合うと、すぐに木の後ろに隠れてしまうのだが。

 それから、オノウムとユトネはゆっくりと物理的な距離を縮めていった。また、いつも同じ時間にレノンの前に姿を現した。これは、レノンが確実に安心できる時間を作るのと、次に人間と会うための心の準備をさせるためだ。

 細かな配慮が功を奏し、レノンはある程度の余裕が出来たようだった。人間と精霊の会話が聞こえるくらいまで距離が縮まっただけでなく、会話に聞き耳を立て、言葉を学習するようになったのだ。これは、夜寝る前にニューナーから「人の言葉を覚えたら誉めてあげる」と言われたことも大きい。

 さらに一週間が経つ頃には、精霊が人間の周りを飛び交って戯れると、もじもじと混ざりたそうにし始めた。レノンが一歩を踏み出すまで、あと少しだ。


 そして、それはちょうど一月が過ぎた頃だった。


 その日は、爽やかな風吹く晴れた日だった。遠くの山には分厚い雨雲が掛かり、音は届かず雷の光だけが見える。暖かな陽光と朝露を染み込ませた地面の中で、植物が芽吹きの時を待っている。どこか不思議な日だった。

 いつもの時間に、オノウム達は人間となってレノンの前に現れた。精霊達が人間に寄り集まる。

 レノンはちらちら見ながら、会話に耳を傾けているようだった。


「この間の木材の件だが、助かったよ」


――いいよ。みんな老木だったし、家になるのも悪くないって。


「……感謝しなさいよね」


 そうぼそりと呟く女性の頭を、男性が苦笑しながら撫でた。


「それで場所なんだが、何処がいいだろうか」


――うーんと。ねぇ、ここはどうかな。


 サラムスが蔦の家の方を指し示すように、少しだけ移動する。その方向には、地面に座ってじっとこちらを見るレノンがいた。

 人とレノンの目線が一直線で結ばれる。レノンは逃げなかった。

 時が止まったようにシンとする森。精霊達は固唾を呑んで見守っている。

 男性はゆっくりとしゃがんだ。目の高さを合わせ、話しかけた。


「こっちに来て、一緒に話さないか?」


 レノンの体がビクリと震えた。おろおろ目を動かし、近くにいたクェレバスを、どうしたらいいか分からないという風な目で見た。

 クェレバスは人間の方へ飛んで行く。そして、しゃがんだ男性の肩辺りで止まった。


――レノン、大丈夫だ。こいつらはお前を害したりしない。もし何かあったら俺が守ってやる。


「……ぅ」


 その言葉に、レノンが木を支えにして懸命に立ち上がる。おぼつかない足で一歩を踏み出す。

 精霊達が人間を取り囲むように集まってくる。みんなでレノンが来るのを待っている。


――頑張れ、レノン!


――ここまでおいで。


――ほら、大丈夫。


――遊ぼ。


――遊ぼう。


――――――レノン、一緒に遊ぼう!


「あ……」


 あと一歩のところでレノンは転んでしまった。

 しかし、男性がしっかりとレノンを抱き止める。そして腕に抱え立ち上がった。


「大丈夫か?」


 触れた瞬間に伝わってくる、深い親愛。この人は大丈夫。そう、本能で理解した。

 じっと至近距離で見つめていると、男性はレノンの頭を撫でて聞いてきた。


「名前、レノンであってるか?」


 こくりと頷く。


「あなたの、名前、は?」


――わ、喋ったよ、ニューナー。


――偉いわぁ、レノン!


 近くに来たニューナーを見て、レノンはくすぐったそうに笑った。そして再び男性に目を向け、答えを待っている。


「私の、いや俺の名前は、そうだな、ノームだ」

「のーむ。あなたは?」

「わ、私? えっと、ユグよ」

「ゆぐ。のーむ。ねぇ、遊ぼ?」

「……あぁ、そうだな」

「ええ、遊びましょ。レノンのこと、たくさん教えてね」


 その日、辺境にすむ若い夫婦は不思議な光景を見たという。

 森の奥がぼんやりと光り、微かに声が聞こえてくる。上空に目を向けると、雨が逆さに降り、空には雲もないのに稲妻が走り、風によって渦を巻いた雨粒が、日光に照らされて宝石のように輝く。

 まるで、妖精がはしゃいでいるような、そんな光景を。

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