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第十二話 レノンの根源―4 (レノン7歳)

 どれくらいこうしていたのだろうか。

 レノンはいつの間にか疲れて眠ってしまった。

 ユグは全体重を預けしだれかかるレノンを、魔法を使って静かに浮かせ、自分の隣に寝かせた。

 しばらく頬に残る涙の跡を拭いてやっていると、開かれたドアを控えめに叩く音が聞こえた。


「平気か、ユトネ」

「うん、体自体に問題はないわ。治してくれてありがとね、オノウム」

「ああ」


 ノームはベッドに腰掛けると、寝息を立てるレノンの頭を撫でてふっと笑う。


「オノウム、か。その名前で呼ばれるのは久しぶりだ」


 するとユグが急にニヤニヤし出す。


「あら、あなたが先にユトネって呼んだのよ。さすがの朴念仁も不安だったのかしら?」

「む、そうだったか。言う通り、私は不安だったのだな。レノンの次に愛しているおまえを、失うかもしれないとも考えたのだから」


 歯の浮くような台詞を恥ずかしげもなく口にするノームに、ユグは真っ赤になった顔を逸らした。


「もぅっ。もぉっ、ずるいのよ」


 普段の反撃が出来ると息巻いていたユグは、あっさり返り討ちにあったと悔しがる。

 しかしノームはそれは違うと首を振った。


「おまえよりはずるくないさ」

「え? それってどういう――」

「レノンには気付かれていたよ。私がおまえの何気ない仕草にいつも――」

 

 すぅっと引き寄せられる二人。その距離がゼロに限りなく近づいた、その時。

 レノンがごろんと寝返りを打った。

 二人は変な雰囲気を咳払いで誤魔化すと、レノンに解析魔法を施す。

 あんなことがあったあとだったが、ユグとノームが側に居るからか悪夢を見ることもなく、深く眠っているようだった。

 ユグはレノンに優しく触れながら、ノームに精霊語で話しかけた。


『こっちで話しましょう』

『そうだな』

『それと一人称も戻ってるわよ。今のうちに直しておきなさいよね』

『そっちもだったか。つくづく俺は――』

『あー、待って止めて。何を言うつもりか知らないけど、恥ずかしいくらい気持ち伝わってるから』

『俺の気持ちは恥ずかしいか?』

『なっ、う、もうっ! 嬉しいに決まってるでしょ、ばか』

『…………』 

『くすくす。あんたってこういうのに弱いのね。案外ちょろいわ』

『……ユグ』

『な、何よ』

『いつも助かってる。おまえが居るからレノンを安心して育てられる。ツンツンしててチョロくて可愛い。好きって言うとすぐ機嫌直る。いつも花の良い匂いする(レノン談)。本当に愛してる』

『ちょっと! 急に畳み掛けないでよ! あと途中聞き捨てならない単語があったんだけど!』 

『まだまだあるぞ』

『もういい! でもこれだけは言わせてもらうわ!』

『何だ』

『私がちょろくなるのは、ノームとレノンだけなんだから!!』


 なんだから――! んだから――! だから――。から――。ら――。

 ズガーンと、ノームの頭に衝撃が走った。


『ぐはっ! おまえ、それはずるい……』

『わあぁぁぁ! 何言ってるの私!』


 胸焼けがするやり取りのせいで、全く話が進まない。

 レノンは別の意味で寝苦しそうだった。


「ぜぇぜぇ、もう、いいかしら」

「これ以上は、不毛だな」


 とってもスウィート(脳がとろけたので語彙無し)になった部屋で、二人は荒い息を吐く。


「レノンが起きちゃうわ」

「そろそろ真面目に話そうか」


 気を落ち着けて、会話を再び精霊語に戻す。


『なぁ、ユグ。腕は痛かったか?』

『ええ、ものすごくね』

『そうか……』


 僅かに目線を下げるノームだったが、ユグからは何故か喜びが伝わってくる。

 

『私ね、()()()()

『え?』

『だって、精霊の魂が、肉体に完全に定着したのよ? それって、これからはレノンと同じ目線で歩んでいけるってことじゃない』

『……ああ、そうだな』


 どこまでもレノンと共に。

 改めて、ユグの覚悟を感じた。

 

『それとね、痛みを直に感じて、魂の定着を自覚したでしょ? だからついさっきからなんだけど、魂の根っこって言えばいいのかしら。それが内側を埋め尽くして、外側まで覆い始めてる感覚があるの』

『外側……。まさかとは思うが』

『そのまさかよ。多分、肉体の外見が変わると思うわ。精神の形が反映されるのね』

『そんなことが……』

『実際私も驚いているわ。元々ただのエネルギー体に、ここまで強固な自我が芽生えたこともそうだし、私たち()()()()()が、驚くほど大きく変わってもそれを許容できるこの世界にもね』

『未だ狭く、そして広がる世界、か』

『あ、それに関係することなんだけど、ぅっ』


 ユグは話を続けようとして、一瞬顔をしかめた。腕に幻痛が走ったからだ。


『無理をするな。今しようとした話は、あの人間についてだろう? 痛みが鮮明なうちは、あまり思い出さない方がいい』

『……大丈夫よ。今話しておきたいの。それこそ、記憶が鮮明なうちにね』


 こちらにそう伝えて、彼女は気丈に笑った。

 多少の無理はしているようだが、起きているのもやっとなところを、なんとか気力を振り絞っているようには見えない。

 辛いという感情を心の奥底に隠しているかもしれないが、休めと言っても無駄だろう。ノームにはそれがよく分かっていた。


『……はぁ、分かった。だが、この話で最後だぞ。終わったらすぐに休めよ。魂と肉体の関係はまだ不安定なんだからな』

『そうする。レノンには心配かけたくないもの』

『俺には心配させるのか』

『そうよ。あんたには私の心配してほしいの』

『…………ほどほどにしてくれ。それで話の続きは』

『うふふ、照れた。もう、ふくれないでよ。ほら続き話すから』


 ノームの反応を愉快そうに見るユグは、絹のように滑らかなレノンの肌に触れる。

 産毛をなぞるように優しく撫でながら、ゆっくりと語り始めた。


『あの人間、名前をニールグと言ったわ。ここに来た目的はひずみの魔物を倒すこと。ひずみの魔物とは、あの影の存在のことね』

『ひずみの魔物、か。その呼び方が合っているかどうか判断しかねるな。奴はあれの正体を正確に把握しているのか?』

『うーんと。ごく短時間しか接してないし、とにかく言動が読みづらい男だったけど、多分気になったことはとことん突き詰めるタイプだと思うわ。そんな彼が、ひずみの魔物を調べもせず一太刀で葬った。ということは、その正体についてある程度、理解していると考えたほうがいいでしょうね』

『仮にそうだとすると、ひずみの魔物なんかよりもふさわしい呼び名があると分かっているはずだが。その名前に固執でもしているのか?』

『いいえ、逆ね』

『逆?』

『呼び方なんてどうでもいいのよ。私やレノンのことも、ずっと精霊とか少年って言って、名前なんか聞かれなかったし。だからひずみの魔物と呼んでいるのは、別の人物が言っていたのを真似したか、あるいはそう教えられたか、ね』

『ひずみの魔物を倒しに来たというのも引っ掛かるな。調べ尽くしたもののために、わざわざこんな所まで来るだろうか』

『来ないわね。精霊との接触なんて、危険以外の何物でもないもの』

『とすると、自ずと答えは出るな』

『ええ。ニールグにあれがひずみの魔物だと教え、そして倒せと指示した者がいる』


 ユグがそう断言すると、しばしの間無言の時間が流れる。

 ひずみの魔物の出現は避けがたい変革の予兆。これに伴って、人の世界では大きな勢力が動き始めているかもしれない。

 そして、レノンに与える()()()()()のことを考えると、ニールグ達と関わってしまう可能性が、かなりの具体性を帯びて出てくるのだった。


『しかし、我々ですら測りかねる強さの人間に、命令できる人物がいるとは』


 ふと、ノームが精霊語で言及したのは、最大の不確定要素。

 どういった目的を持って、どういう存在なのか。

 あまり過保護にはなりたくないが、レノンに危険が及ぶというのなら、精霊をも動かす必要があるとノームは考えていた。

 ユグは一度それに肯定したあと、


『ま、この推察も、ニールグが好奇心旺盛で、私たちの領域にずかずか入り込んでくる馬鹿じゃ無いっていう仮定のもとに成り立っているから、全然信用には値しないんだけどね』


 と落とした。

 ノームは、そうだったな、と表情を緩めベッドから立ち上がる。


『話は終わっただろう? さ、もう休め』

『まだあるんだけど、ダメ? と言うかここからが本題なんだけど……』

『可愛い子ぶってもダメだ』

『外見が変わっちゃうって問題も……』

『レノンが気にすると思っているのか? それなら心配ないと分かっているだろう。この子はとても聡い。俺たちが精霊だということにも気づいているはずだ』

『そうね……。分かったわ、今日はここまでにしとく。無理して体調崩して、レノンに心配かけたらどうしようも無いもの』


 そう言って、ユグは再び横になった。


「おやすみ」

「ああ、ゆっくり休んでくれ」


 ノームは返事をしながら腰をかがめ、ユグの右手を取った。そして少しだけ躊躇うような素振りを見せたあと、そっと手の甲に口付けをした。


「ふぐぁっ」


 息が詰まるのと驚嘆で変な声が出てしまったユグだったが、そんな彼女の方を見向きもせず、ノームは足早に部屋を出ていった。

 体中に熱が帯びていくのを感じながら呆然としていると、右腕の痛みが薄れていることに気付いた。魔法を使ったわけでもないのに、キスされた場所がじんじんと疼いている。たったこれだけのことで痛みを上書きされてしまったのだろうか。

 ユグは胸に広がる名状しがたいむず痒さに、口元をもにょもにょさせる。


(せっかく寝ようと思ったのに頭が冴えちゃったわよあのバカ)


 そう思っていたユグだったが、このむず痒さが多幸感なのだと分かると一気に力が抜けてしまった。深く考えるのも面倒臭くて幸せに身を任せることにした。

 ほどなくして、部屋の中には二人分の寝息しか聞こえなくなった。




>>>



 寝ているレノンとユグを起こさないように家を出たノームは、ユグが言おうとしていた話の続きについて考えていた。

 おそらくそれは、ノームにとって初めて感じた煮えたぎるような怒りと、下から這い上がるような悪寒を同時に味わった所。ニールグの放った攻撃がユグの腕を斬り、レノンをすり抜けた時のことだろう。


(ニールグ……、奴もまたレノンと同じ……?)


 あの斬撃をユグはわざと万能でないと罵ったが、それは違うと分かっていただろう。レノンのことをホムンクルスだと欺いていたから、そう言わざるを得なかっただけで。

 もちろんレノンは人間だ。そう、人間なのだ。

 人間は人間にしかない特別な力がある。それはステータスと呼ばれるものであり、様々な術を短縮化したスキルなるものであり、授かった職業で変わる能力の補正である。

 逆に言えば、人間はステータスに支配されているとも言える。

 レノンには真逆のことを教えたが、基本的に人間は魔法に適正が無い。また身体も弱く、知能ですら一部の魔物や動物と同等かそれ以下であり、それこそ魔法をもって暴れられたらひとたまりもない。

 ステータスという加護がなければ、一番に淘汰されてしまう種族である。

 また、推測ではあるが、ステータスは()()()()()()()()()()()()()されるものだと精霊は考えている。

 気ままに人間を観察してきた中で、初めて名を呼ばれた赤ん坊に力が宿るのを何度か見たことがある。見たことがあると言ってもうっすらとそう感じるだけで、詳しいことは分からなかった。

 ちなみに名無しのままでいるのは困難であるように見える。なぜなら、辺境の夫婦を深く調べた際に、名前を貰うことに対する強い欲求があったからだ。これが種の存続のための本能か、はたまた違う理由かは分からないが、例え親に捨てられたとしても自分で自分に名前を付けるだろう。

 それほどまでにステータスは絶対であり、逆にそれを持たないというのは異常なのだ。


(例外はたった一つだけ、か)


 ステータスというのは()()()()()の概念である。ステータスへの干渉が困難であったことからも間違いない。だからこそ、数々の議論は推測の域を出ないのだ。

 逆に言えば、精霊はステータスからの干渉を受けないということ。

 加えてレノンという実例を見ると出てくる答えは。


(精霊の結界内で、かつ精霊に名を与えられると、ステータスが付加されない)


 レノンは普通の人間に見られる性質が所々違っている。

 それは体内にある魔力の流れだったり、魔法を使うまでのプロセスだったり、様々な技能の習熟度合いであったり。

 今のレノンは人間よりも自然界に住む動物や魔物の方に近い存在とすら言える。


 さて。


 レノンの存在がこの世界において相当特異だということは、ずっと見てきたからよく知っている。

 ユグが伝えたかったのは、奴の、()()()()()()()()についてだ。

 奴の剣技は対象を指定し、攻撃を当てるか当てないかを自由に選択できるらしい。

 そして奴の言ったことを鵜呑みにするなら、種族の判別も出来ているという。

 ノームはあの光景をもう一度鮮明に思い描く。

 出来るだけ感情を押し殺しながら、冷静に分析を始めた。


(ユグを斬り、レノンに当たらなかったあの攻撃。考えれば考えるほど悪寒が走る)


 人間を傷付けないという効果。これがあまりにも異常だった。

 まず、ユグが斬られたこと。これだけでどれだけ奴の剣技が強力か分かる。

 ユグやノームの義体こそ、精霊の最高傑作であり、肉体の能力は人間に極めて酷似している。体内には血液が流れているし、排泄だって出来るようにした。命令系統には魔力と微弱な電気信号を用いている。

 また、模範的な人間の体を完璧に創造するのではなく、あえて違いを作ることで個々の体質の差までも再現した。具体的には魔力伝導率や身体機能の上昇である。

 もし、身体の機能で人間か否かを見極めているとしたら、このあとの話に矛盾が出てきてしまう。

 よって肉体は判断基準ではない。


 次に精神だ。

 前提として、精神ほど不安定で不確定なものは無い。

 ショックを受ければ簡単に変容してしまうし、ステータスに左右されてさらに大きく変化していく。

 唯一の不安要素だった、器に魂の形があっていないという問題だが、ユグの肉体と精神は、強烈な痛みを感じる程に合致していた。

 人の子を愛し、日々の出来事に心動かす。内側も外側も人間より人間らしい彼女は、それでも無慈悲に凶刃を受けた。


 そしてレノン。

 彼は肉体も精神も人間とはかけ離れている。

 赤ん坊の頃から濃厚な魔力に曝されていたことと、自ら体に循環させていたことから、本来人間には無い器官が備わっていた。

 それは細胞の中にある余分な空白部分。物理的な空間を設けることで、過剰な魔力をいったんそこに貯めようとしたのだろう。

 体にある無数の余白によって、レノンは桁違いの魔力を保有できるようになった。

 そして、魔力領域を正確に操れるように、産毛の一本一本を触媒にした魔力感覚器官の形成。言い方はあれだが、体中に杖を生やしているのと同じことだ。ちなみに、似たような能力を持つ動物や魔物は多い。

 ニールグの剣技が身体を基準にしていたら、レノンは真っ先に切られていただろう。考えるだけで恐ろしい。


 これらの事実から考えると、レノンの精神は人間の肉体に合っていなかったのではないか。

 幼い頃に属性同化を起こしたことがあったが、その時のレノンの腕は消失しかけていた。

 そもそも属性同化というのは、肉体を持たないものしか出来ないはずだった。つまり、レノンは精霊の森に適応するため、早々に肉体を捨てようとしたのではないか、と。

 しかし、人として育つことを望んだ精霊と、その思いを感じ取ったレノンは、肉体の無い思念体となることを是としなかった。

 長い間成長しなかったのも、精霊に近付いていく精神に、どうにか器を合わせようと自己を進化させていた最中だったと言える。

 こうして歪な成長過程を踏んだレノンが人の形を保っていられたのは、正直奇跡だと思っている。

 

 そんな人とそれ以外との境界に立つレノンを、ニールグは正確に“人間”と判断した。

 確かにレノンは人間だ。精霊に育てられなければ普通に人として生きていただろう。

 つまり、だ。

 ニールグの剣は肉体とか精神とかではない、もっと深い所。それこそ世界の真理にまで届いているのではないか?

 いくら精巧に人に化けようが、人に対して慈愛の心を持っていようが、人間とその他を正確に見極めているということになりはしないだろうか。

 逆に言えば、どんな化け物になっていようとも、元が人間ならば攻撃は当たらない。

 しかも、ニールグの口ぶりから察するに、奴は人間を斬らないように指定しただけで、あとの判断は()()()()()()がしているらしい。

 もちろん、突然現れたユグを精霊とすぐに看破し、一度手を離れた攻撃の効果を変更したという線も考えられるが、それはそれで凄まじい強さを持っていることになってしまう。

 そしてニールグは剣術の他に、強力なスキルを複数所持しているようだった。ユグが検知した空間の歪みや自分の情報を遮断しているような立ち振る舞い。

 奴の底は、全く見えなかった。


「ふぅ……」


 ノームは気を落ち着かせるように大きく息を吐いた。

 嫌な考えが頭をよぎっては、消えずに燻り続ける。

 これから自分は何をしたらいいのだろうか。レノンに何をさせるべきなのか。        

 時なんて、ただ流れて行くものだと思っていた。無常な移ろいに、期待も不安も無意味だと。

 でも今は、未来が怖くて仕方がない。

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