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第十話 レノンの根源―2 (レノン7歳)

 レノンが森の外へ押し出され、ユグの腕が斬られてしまう、少し前のこと。

 ユグとノームは森の状態をあまり過度に確認せずに、レノンの帰りを待っていた。

 精霊の魔法に赤ん坊の頃から接しているので、植物や大地を利用してレノンを見ようとすると、高確率で気付かれてしまうのだ。

 たった一人での狩りという試練を、自分達の過保護で邪魔するわけにはいかなかった。

 しかし、実力は十分にあるとはいえ、精神はまだ未熟だ。

 何かあれば助けに行くのも親としての務め。特に、自然界において絶対的と言える精霊の庇護下に入れると決めた以上、責任を持って守り通すべきだと考えていた。

 (なが)い時を過ごしてきた精霊にとって、人の子を育てるなど初めてのこと。しかし、彼らは彼らなりの価値観を築き上げているようだった。


「今のところ大丈夫そうね」

「ああ」


 過度な干渉はしないとはいえ、二人はレノンの動きを大雑把に把握していた。

 他の精霊達は、活動期と()()()()()()の維持のために、十分な力を使えない。

 今自由に動けるのはノームとユグだけであり、レノンを守るためにこれくらいの監視は必要だった。


 ユグは植木鉢に咲く美しい花を撫でながら、しきりに外を見てはそわそわしている。

 落ち着かない彼女を見かねて、ノームは気晴らしにと話を振った。


「そう言えば、クェレバスが小型の義体を作りたいって言ってたな」

「ぅえっ? あ、ああクェレバスもそう言ってるのね」

「も、ってことは、お前が義体の話を聞いたのは、ニューナーからか?」

「そうよ。最近ハルミルが小人姿でいるようになったけど、それの真似なのかしら」

「小型なのはハルミルから影響を受けたのかもしれないが、小さくても人の義体を欲するのは、レノンや俺達が羨ましいからだと思うぞ」

「羨ましい?」

「ああ。表情があるおかげで、精霊語に頼らずとも心の機微を伝えられるし、伝わるからな。ニューナーとクェレバスはお互いに、分かち合いたいこと、察してほしいこと、真に伝えたいことが有るんだろうさ」

「ふうん。あの二人も私達と同じなのね」

「同じって何だ?」

「そ、それは、ほらあれよ」

「うん?」

「あ、愛し合ってるって話……って、何ニヤついてるのよ! あんた分かってて聞いたわね!?」

「そうか。俺達は愛し合ってるか」


 ユグはカッと顔を赤くし、怒りに任せて突き放すような言葉を浴びせた。


「そ、そんなわけなくはないわよ!! だいたい、私がいつあなたに嫌いと言ったのかしら? いつも好きだと思ってたわよ!」

「愛し合ってることを否定してないし、好きと嫌いが逆になってないか……?」


 こういう話題になるとすぐに混乱するユグは、たった今何を口走ったか気付いていないようだった。

 ふん、と顔をそらし不機嫌そうにしている。

 そして、こうなるといつも、言い過ぎてしまったかしらと、ちらちらノームを見るのだった。

 なるほど、普段からこんな会話をしていれば、レノンからラブラブだ何だと言われるはずだ、とノームは内心で苦笑する。


(まぁ、いいか。レノンも別に気持ち悪がってる訳じゃないしな。むしろニコニコして見ているか。案外、野次馬気質があるのかもな)


 ノームはレノンが居ないのをいいことに、ユグを少しだけからかってみることにした。


「おまえが俺をどう思おうと、俺がおまえを愛していることはこれからも変わることはないさ。一緒に居られて幸せだといつも思っているよ」

「……はぅ。はうぅぅ」


 すると途端にしおらしくなるユグ。

 顔を真っ赤にして俯いている。


「わ、わたしも、本当はすごくあなたのこと……」


 ぼそぼそとノームがぎりぎり聞き取れるくらいの声で呟く。

 そして、ぱっとノームを見つめ、妙に艶っぽくささやいた。


「だいすき」


 ぞわっと、今まで感じたことの無い感覚がノームの体を駆け巡った。心臓を模した器官が早鐘を打ち、視線がユグから離せなくなる。

 しっとりと潤んだ瞳に引き寄せられ、理性を手離しそうになったそのとき。


「……?」


 森で、ごく僅かだが奇妙な違和感を感じ取った。

 ユグも察知したようで、慌てたように目を逸らし髪を整えているものの、さっきまでの変な雰囲気からはほぼ切り換えているようだった。


「今のはなんだ?」

「反応が小さすぎて分からないわ」


 普段なら絶対に見逃してしまうほどの違和感。

 レノンのことで気を張っていなければ、先程の衝動に身を任せて溺れていただろう。


「動物達は、特に騒いでる様子は無いわね。レノンの周辺も問題なさそうかしら」

「いや、待て。そろそろレノンが境界に近い」


 途中からほとんど蛇行することなく一直線に進んでいたレノンが、森の端まで来ていた。

 精霊の森は広く、ちょっとやそっとでは境界には辿り着かないが、それは森の中心から端を目指した時の話だ。

 レノンの住む家は、日が昇る方角に寄っていて、境界までは案外早く着いてしまう。


「変だ。この方向は境界までの距離が近いと教えていたはずだが、無警戒すぎやしないか」


 精霊の加護が無い外側には安易に出てはいけないと、レノンに何度も伝えていた。

 特に今は一人だ。

 狩りの試練とはいえ、境界付近まで深追いするだろうか。

 レノンは自分の力を過信しないと思っていたが……。

 

「ノーム見て。レノンの前にいる六匹の獣だけど、動きがおかしくないかしら」


 眉間にシワを寄せていたノームは、ユグの言葉を聞いて意識をレノンの前方に飛ばす。

 土の精霊であるオノウムの能力を使い、大地に伝わる振動で動物達を感知する。


「本当だ。変に堂々と進んでいるな……。おい、ちょっと待て。さらに前に何かいるぞ」

「え、うそ。植物達は何も見えないって……、あれ?」


 それは、存在が希薄過ぎるナニか。

 生きるために必要な機能を、そっくり削ぎ落としてしまったかのような、異常生物。

 そもそも生物なのかすら分からない存在を、ユグとノームは()()()()()


「そうか、あれから時はそんなに流れたか」

「ええ。時間なんて、レノンが来る前は、まともに意識したことなかったもの」


 森にいるのがこいつだけなら、二人が過去とこれからの未来に思いを馳せてもよかっただろう。

 しかし、レノンに迫る真の危機は、別にあったのだ。

 精霊が大きな力を使うとき、自我を一時的に休息させ、自然と同化する。意思を持たないただのエネルギーとなってしまうのだ。

 だから、いち早くヤツに気付けたのは、結界の構築を終え、自然との同化を解いた火に連なる精霊だった。

 久々に森の様子を直接見た精霊が、そこで目にしたもの、それは。


――なんだよ、あいつ!


 小さな火の精霊は、ユグとノームにありったけの力を込めて通達した。

 曰く、結界の外に人がいる。精霊にすら気付かれないほどの気配の薄さに、まるで隙が見えない立ち姿。明らかに尋常ではない、と。


「狩りは中止だ。すぐにレノンを連れ戻すぞ」

「分かったわ」


 焦ったように捲し立てる火の精霊からの伝言に、二人はすぐさま大地に魔法の根を走らせ、レノンに事を伝えようとした。

 しかし、その暇すら相手は与えてくれなかった。


「え? 外にいた人が消えた? レノンの近くにいる? あっ!? ダメ、レノン外に出ちゃ――」


 この時、ユグは様々なことを同時にこなした。

 レノンに施したマーカーに瞬時に移動する最高位魔法、空間転移(テレポート)を発動させる。

 景色が切り替わる刹那の間、意識を取り戻した精霊に、外へ出てしまいそうになっているレノンに対して、森の中に引き戻す魔法を使うよう指示。

 転移後、黒い影とレノンがもつれ合うようにしているのを視認。

 レノンの肩の先が外に出た途端、空間の歪みを感知。

 そして――。


「あぶないっ!!」


 庇うように伸ばした右腕。

 それは、風を裂いて飛んできた斬撃にあっさりと切断された。

 なお威力を損なわない攻撃は、ユグの後ろへと通り過ぎてゆく。


「ぐぅっ」


 守れない――そう絶望する間もなく、斬撃はレノンの体をすり抜けてしまった。そして、黒い影だけを正確に真っ二つすると、始めから攻撃など無かったかのように消えた。

 黒い影もまた、跡形もなく消滅してしまった。


「っ! ゆ、ぐ」


 目を見開き、こちらに手を伸ばすレノンは、森の中にいる精霊達のおかげか、あっという間に結界の内側へ吸い込まれていった。

 ユグはひとまず安心すると、剣先をだらりと下げた謎の人物へ体を向けた。

 そして、底冷えするような声色で問うた。


「お前は、何者だ」

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