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第一話 精霊と捨て子 (レノン0歳)

 奥深く、けれど光に溢れた森のなか。

 煌めく露に濡れた、絨毯のような苔の上には、(とう)で出来たゆりかごがひとつ。


「うえぇぇぇ、うえぇぇぇ」


 木の実をついばみ、挨拶を交わす小鳥たち。時おりぱしゃりと水面を跳ねる魚と、涼やかな小川のせせらぎ。薄く立ち込める(もや)には光の条が走る。

 そんな幻想的な森に、赤ん坊の泣き声が木霊した。


――くすくすくす。


 泣き声に寄ってくるのは、淡く輝く光。それは森の民であり、人ならざるもの。


――憐れな子。


――くすくすくす。


――捨てられた憐れな子。


 一つ二つと、いつの間にか赤ん坊を取り囲む森の精。


――食べてしまおうかしら。


――魂をこちらに引きずり込んでやろうかしら。


――ああ、でも美しい命の輝き。


 集う六つの光。それは『純粋』を絵に描いたような存在。

 気まぐれな精霊は、時に慈悲深く、時に残酷に見える行為をする。もちろん、ただそう見えると言うだけで、行動原理は全てその選択が楽しいか否かに集約する。

 赤ん坊がどうなろうと、ここは人外の住まう領域。誰も咎めるものはいなかった。


「うあー」


 真上を漂う彼らを見て、赤ん坊はいつの間にか泣き止んでいた。真っ黒な瞳は精霊の光を溶かし込んで、キラキラと輝いている。

 やがて赤ん坊はゆっくりと両手を精霊に伸ばし、きゃひっきゃひっ、と下手くそな引き笑いをした。まだ笑い慣れていないのか、ひどく歪な笑い声だった。

 しかし、その笑い声はどこまでも純真で、懸命に手足を動かす姿は無垢そのものだった。


――ねえ、この子育ててみない?


 一柱の精霊がぽつりと提案する。


――私たちに育てられたらどうなるのかしら。


 他の精霊が提案に興味を示す。


――面白そうね。


――楽しそうね。


――そうしましょう、そうしましょう。


――くすくすくす。


 新しい楽しみを見つけた精霊の笑い声が伝播する。

 一頻(ひとしき)り飛び回っていた精霊は、やがて空間に溶け込むように消えてしまった。


――くすくすくす。


 笑い声だけが響く中、ぽつんと残ったゆりかごは、何処からともなく吹いてきた風に乗せられて、森の奥へと運ばれていった――――。




>>>




 あれから数ヶ月が過ぎた。

 蔦で出来たドーム状の小さな家に、淡い光を放つ精霊が入っていく。入り口は無く、蔦と蔦の隙間を掻い潜って精霊は出入りしていた。

 中にはゆりかごに収まる赤ん坊が横になっている。しかし、赤ん坊はひどく辛そうにしていた。熱が上がり、度々咳き込んでいる。


――ダメね。何をあげてもすぐに戻しちゃう。


――食べ物に雑菌が入っていたのよ。


――蔦の中を無菌にするからでしょう? この赤ん坊は抵抗力が付いてないの。


――吐いたものが喉に詰まるわ。今のうちに治しましょう。


 精霊達は病気を治すために高度な魔法を組み上げていく。神聖な森に満ちた魔力が渦巻き、魔法という具体的な意味を持ち始める。

 蔦の隙間から光が漏れ、辺りが明るくなる。

 様々な効果を与えられた魔法は、輝く鱗粉となって赤ん坊に降り注いだ。

 苦しそうに顔を歪めていた赤ん坊は楽になったのか、規則正しく呼吸し始めた。


――良くなったみたい。


――これからは適度に悪いものも取り入させなきゃ。


――毒とか、魔素とか!


――私たちに育てられるのだもの、強くなってもらわなくちゃ。


 物騒なことを言っているが、この頃はまだ赤ん坊のことを暇潰し道具としか見ていなかった。今回病気を治したのも、自分達が育てているのにたった数ヶ月で死なせるのは、意地が許さないからだった。

 そんなことは露も知らない赤ん坊は、ただただ生きることに全力を注ぐ。雑菌やウイルスに対する免疫力だけでなく、必要栄養素や肉体成長率を調べるために精霊が使用する解析魔法、魔法を使うと発生する魔素、果ては魔力そのものにまで適応していった。

 赤ん坊は精霊の予想を超えて成長していくのだった。




>>>




 また数ヶ月が経った。

 活発に動くようになった赤ん坊に合わせて、蔦の家は大分広くなっていた。外にも出るようになったため、狭い入り口が出来ている。目を離すと勝手に外に出ようとするので、必ず精霊が側に付いていた。

 そして今、精霊の魔法で空中に浮かんでいる赤ん坊が、キャッキャッと楽しそうに笑っている。病弱だった体は徐々に健康になり、今では精霊の手を焼くほどに元気になっていた。元気すぎると言っても過言ではないが、驚くべきはそこではない。

 赤ん坊は精霊でも想像のつかなかった成長を遂げていたのだ。それは――――。


『楽しい! もっとやって!』


――こうかしら?


『ふわってなるの好き!』


 なんと精霊語を話せるようになっていた。

 精霊語とは心の表層を伝える念話のようなもので、言葉を話しているわけではない。気持ちをそのまま相手に伝えるようなものだ。俗に魔法言語とも言われていて、精霊語を話すということはすなわち、魔法を使っているのと同じことなのだ。

 しかも、精霊語は決して簡単に覚えられるものではない。精霊語の凄いところは動植物にも心を通わせることが出来ることだ。言語として強力であるが故に、人間が習得するには精霊と同レベルまで魔力というものを理解する必要があった。

 だとすれば、赤ん坊は理解したということだろう。魔力を自在に操り、魔法言語を話すほどに。

 恐ろしいまでの学習能力は、精霊にまで影響を与えていた。赤ん坊とコミュニケーションが取れるようになり、精霊に()()が顕れ始めたのだ。性格的な個性はもちろん、能力にまで特徴が出るようになった。

 火と舞い踊るもの。

 植物に寄り添うもの。

 水と親和するもの。

 大地と呼吸するもの。

 風と歌うもの。

 雷に響くもの。

 精霊同士での会話も増え、森が活性化し新たな精霊が続々と目を覚ましていた。


――憎いやつだ。我らをここまで変えてしまうとは。


 黄土色に輝く精霊は、森に力が満ちて行くのを感じながら、誰に向けてでもなく愚痴を漏らした。

 すると、近くにいた濃い緑に光る精霊が、その独り言に反応する。


――その話し方、あなたもすっかり影響を受けてるわね。私は変わらないわよ。


――おまえは小鳥のようにおしゃべりになった。騒がしくてかなわん。


――みんな似たようなものじゃない。それよりも、そろそろ名前を付けてあげるべきだと思うの。


――人間の子にか?


――あの子供にも、そして私たちにも。


――必要か?


――仲間同士で話すようになったんですもの、あって困ることはないわ。ま、私たちは後回しでいいとしても、人の子には必要でしょ。


――人として育てるなら、言葉も覚えさせなきゃダメじゃなぁい?


――ちょっと、急に割り込んでこないでよ。


 突然話に入ってきたのは、水辺を好むようになった精霊だ。

 面白そうな会話をしているので、つい交ざりたくなったようだ。


――あー、おまえ。


――何よ。

 

 深緑の精霊が答える。


――いや、おまえじゃない、青い方。


――その青い方っていうの、止めてもらえるかしらぁ。


――ほら、私たちにも名前必要じゃない。


 いくつかの精霊は赤ん坊の周りを飛び回り、精霊語を交わしながらあやしている。蔦の壁を支えに歩こうとしているのを、応援しているようだ。

 その傍らでは、三色に輝く精霊があーだこーだと言い合っている。内容に興味を持った精霊がまた一つ会話に加わった。

 人の立ち入らぬ森は、今日も今日とて(かしま)しい。

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