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双禍の朝廷  作者: 借屍還魂
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続く退職

雅亮は人の名前、顔などを覚えるのがとても苦手です。理由は単純に、興味が無いから。

一方で計算などは得意としているので、財政を担当する戸部は天職だと思っています。

天職とはいえ、残業はしたくない一心で常に鬼気迫る勢いで仕事しているので部下に怖がられています。

 躳家に到着すると、既に静は到着していたようで、躳家の他の使用人と一緒に私を出迎えてくれた。驚いている私とは違い、雅亮兄さんは満足そうに頷いた後、客間の準備の指示を出した。

「いつも通り、魄啾の部屋を準備してくれ。世話は静に任せる」

「畏まりました」

 私がこの屋敷に泊まることも、静が全ての世話を受け持つことも昔からのことなので誰も疑問に思ったりはしない。普段なら前もって訪れることを伝えているが、今日は緊急事態なので目を瞑って貰おう。

「雅亮兄さん、他の人に挨拶は……」

「大丈夫。もう遅いから、気にしないで」

「分かりました」

 せめて、最近は全く顔を合わせていない麗孝には挨拶をしておきたかったが、兵部も忙しいので休める時間を減らすのは悪いだろう。諦めて次の機会を待つことにする。

「ああ、後で魄啾の部屋までお茶を持ってきてくれ。二人分」

「畏まりました。種類はどうなさいますか?」

「どうする?」

「……鉄観音で」

 私が答えると、使用人たちは下がっていって静だけが残る。というか、お茶を持ってこさせるという事は、最早今日は寝る気が無いのではないだろうか。

「部屋はいつもの場所だよ。行こうか」

「はい」

 案内されたのは、客間の中でもこの家の住人に一番近い部屋だ。幼い頃からかなりの頻度で訪れているので、殆ど私専用の客室になっているといっても過言ではない。

「雅亮様、主様。発言してもよろしいですか?」

「どうかしましたか?」

「何?」

 部屋に入った瞬間、静は私達二人に伺いを立てた。女官という立場上、許可なしに発言はしないのだ。別に公の場でなければ気にしなくてもいいとは伝えているのだが、真面目なのである。

「主様が本日は此方で過ごされるとお聞きして、私は参りました」

「そう。時間も遅いのに来てくれてありがとう、静」

 日が沈んでから随分と時間が経っている上、躳家の屋敷と喰家の屋敷は歩いて移動するには時間がかかる。喰家は移動用の動物を持っていないので、相当の苦労を掛けただろう。礼を述べると、静は美しい黒髪を揺らしながら首を横に振った。

「主様の専属女官として当然です。ですが、このような状況になった経緯をお聞かせいただけませんか?」

 静の切れ長の瞳が雅亮兄さんに向けられた。もしかすると、雅亮兄さんは詳細を全く伝えずに呼びつけたのだろうか。

「仕事の緊急事態だよ。書類の所在が分からないから、情報共有して捜そうってこと」

「そうですか」

「そうだ。静は常家について何か聞いたことがある?」

 常家は、代々官吏を輩出している地方の名家だ。貴族という程ではないが、その地方では有名な家なので、名前や噂くらいは聞いたことがあるかもしれない。

「申し訳ございません。私は耳にしたことがありません」

「まあ、あまり期待していなかったからいい。茶が来たら、本題に入ろう」

雅亮兄さんは特に落胆した様子もなく静に言った。静は生まれた時から喰家にいるので仕方ないだろう。うちは使用人の為の居住スペースがあるのである。

「雅亮様、お茶をお持ちしました」

「丁度いいね。置いておいて」

「畏まりました」

 丁度、お茶もきたので静に注いでもらい、一口飲む。うん、美味しい。ゆっくりとお茶を飲みながら、先程の使用人の足音が遠ざかっていくことを確認する。

「さて、此処からは内密に」

「はい」

 完全に音が聞こえなくなると、雅亮兄さんが静に念を押した。静もしっかりと頷いた。すると、雅亮兄さんは折りたたんだ紙を取り出した。

「……これは?」

「最近辞めた官吏の名前だよ。部署までは把握していない」

 人名が羅列してある紙を眺める。最近、尚書省内の噂話で聞いた名前を書き留めておいたらしい。

「随分と、多いですね……」

「内示前というのにね」

 内示の結果、自分の望む先に行けなくて辞める人がいたり、閑職に追いやられたり、解雇される人はいる。しかし、その直前の時期に辞職する人は滅多にいないのだ。

「違和感があったから、覚えている名前は書いたのだけれど」

「……姓だけでは、判断できない方もいますね」

「やはり、人名を覚えるのは苦手だ……」

 雅亮兄さんは、昔から数字には強いが他人の容姿や名前を覚えることは苦手なので、会話で出てきた姓を覚えていて書いてあるだけ良い方だ。官吏の名前の数を数える。特定できない人物も合わせると、十三人か。ありえない数字である。

「麗孝から聞いている限り、四人は兵部の筈だ」

「この時期に四人も……」

 ただでさえ、朝廷は常に人手不足に陥っているというのに、折角の人材が辞めていくほどの損失はない。新人は将来的には使えるが、即戦力にはならないのだから。

「お陰で、ここ暫くは籠りきりで帰ってきていない」

「……それで、兵部は返事が早かった訳だ」

 書類の確認の為に部下をあちこち向かわせたが、兵部からは返事が返ってくるのが早かった。つまり、書類を借りた人も他の人も全員残っていた、という事だったのだろう。

「それで、分かる分だけで良いから、部署と名前を埋めて貰えるかな?」

「はい」

 雅亮兄さんは結構マメだ。私が後から追加して書き込みやすいように、自分が分からなかった名前や部署の欄を開けて書いてある。

「この李官吏は……、えっと、話の出所を考えると、工部の人で……」

「こっちの李官吏は?」

「名前が分からないけど……、消去法だと、地方出身で科挙の上位二十名に入ってた、礼部の人かな?」

 作業を始めてすぐ、とある問題に私達は気付いた。雅亮兄さんが持っていた紙に記されている名前で、空欄が多く姓しかわからない人物の殆どは李姓なのである。この国で最も多い姓なので仕方がないが、正直誰が誰だかわからない。

「中央貴族は特徴的な名前の人が多いけれど……」

「地方出身者は李と王、張のどれかのことが多いからな……」

 地方の場合、姓を持っているとはいえ、大抵は適当に決めていることが多い。基本的には姓を用いる機会が無いので仕方がないのだろうが、中央に来ると意外と困ることが多い。主に中央の人間が。

「というか、伯璃。よくわかるね……」

「李さんだけで五人いたのは驚いたけど……」

 雅亮兄さんが記していた十三名の名前のうち、李姓が五人、王姓が三人、張姓が二人、後は常、林、高姓が一人ずつ。常官吏は判明していたので良いが、残りの人は同姓の官吏が多いので特定に時間がかかった。

「兵部四人、工部が三人、礼部が二人、吏部と刑部と中書省、後は武官が辞めてる……」

「全員特定したの?」

「自信はないけれど……」

 特に、武官の方は自信がない。王都の警備にあたっている、十六衛の武官だとは思うが、関わりが無いので断言はできない。

「でも、共通点はあるから、間違っては無いと思う」

「共通点?」

 並んだ名前を見て、気付いたことが幾つかあった。それらを順番に整理していくと、全員に共通することが一つだけあったのだ。

「まず、殆どの人が地方出身だった」

「姓で予想はついたけれど、出身地が同じとか?」

「逆に、出身地が全く違う人が多いの」

 北側の出身者もいれば、南も西も東もいるし、王都に近い地域の出身も殆ど辺境と言える地域の出身の人もいる。関連性がまるでないので混乱したが、逆に考えることにした。

「全員、中央に後ろ盾がない」

「……科挙や府兵で来ている、ということ?」

「そう」

 府兵というのは、徴兵制度のことだ。成人男子を対象に三人に一人を徴兵し、国都の衛士として一か月間勤務するのだが、地方の状況によってはそのまま中央に留まる人もいる。

「後ろ盾がないこと自体は珍しくないけれど……」

「でも、後ろ盾が無ければ出世は望めない。だからこそ、獲得する機会は逃さない」

 優秀な人材を手元に置きたい中央貴族は、そのような地方出身者を集めて宴を開くことがある。後ろ盾となる代わりに、自分の都合よく動かす為に。四家はそんなことをしなくても影響力を持っているので行わないが、他の家はそれなりに行っていることだ。

「それで、全員が同じ家に招待されていたの?」

「はい。去年の末、細家の宴に参加している筈です」

 四家という影響力から、招待状を貰う事は多い。招待状には他の招待客も書いてあるのだ。恐らく屋敷には残してあったと思う。こういう時の為に、陛下が私に多く招待が来るように采配しているんだろう。

「静」

「明日の昼には」

「ありがとう」

 明日の朝まで、私の世話があるので静は動けないが、昼までには躳家に届けてくれるだろう。大変優秀である。

「この話は長引きそうだね……」

「今日はお休みください。雅亮様も、主様が休まれるので、退室を」

「わかっているよ」

 そう言って静に追い出されるような形で雅亮兄さんは部屋から出ていった。細家といえば、あまり良い印象がない。面倒な事態にならなければいいと願いつつ、身体を横にした。


次回更新は4月5日17時予定です。

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