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双禍の朝廷  作者: 借屍還魂
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玉玦の持ち主

 後宮の方では前書きで小ネタを挟むそうなので此方でも。伯璃も黎明や麗孝と同じ雅亮の筆を持っていますが、これは無許可の借りものではなく、本人から譲り受けたものです。

 部下たちの報告を纏めて浮上したのは、中書省の官吏である。今となっては、中書省の官吏だった、という表現が正しいのだが。

「……常官吏、でしたよね」

「ええ、中書省の人数は少ないですし、間違いありません」

 王さんと確認をする。中書省は、長官である中書令が二人、そして中書舎人が数人いる。今は人手不足も相まって、中書舎人は六人。そのうちの一人が常官吏だ。

「……ですが、詔勅の起草が主な仕事の中書省で、人事異動が早々行われると思えません」

「今回、常官吏が辞めたことも噂になりましたからね」

 中書省は、政策の立案を詔勅の起草という重大な仕事を行うので、尚書省の官吏に比べて給料がいい。部署に入るまでは大変だが、そこからやめたりする人は少ないのである。

「……今は退職した方のことを言っても仕方ないですね」

「今日はもう時間も遅いですから、明日長官に報告しましょうか」

 そう、既に他の官吏は殆ど帰っており、まだ朝廷に残っているのは自分たち秘書省と、秘書省が聞き込みに行っていた一部の部署くらいだろう。部下たちも限界が近づいているようだし、情報収集しようにも人がいないのではどうしようもない。

「……帰宅指示を出してきます。魄啾殿は報告書の準備を」

「わかりました」

 上司である張さんに今日発覚した書類の未返却についての報告書である。私達二人で判断して出した指示も正確に記入しておかないと、何かあった時に責任が追及されることになる。

「記憶力は当てにしているからね。頼んだよ」

「お任せください」

 酷い上司だと部下の勝手な判断です、しかし監督責任があるので謝罪はします。という人が多いのだが、張さんは理想の上司像を固めたような人で、部下の失敗も庇ってくれるような人である。

「礼部の丁郎中に貸し出した前年度予算の返却遅延により発覚……」

 そこから、秘書省に戻って来たところ、礼部から返ってきた書類を戻そうとした部下たちが他の予算も未返却という事に気付き、今に至る。

「そして、書類を又借りした官吏はつい最近退職したばかり……」

 と、なると、次に調べるべきは退職した理由か、それとも後任の人事がどうなっているかだろう。退職するときに書類は返却してほしいものだが、後任が頼まれているならそれで解決である。

「どちらにせよ、直接中書省に出向くか、吏部で人事について聞くかだな」

 急な退職だった場合、まだ後任が赴任していない場合もある。引継ぎはしっかりできているといいのだが。

「部下たちは全員帰宅させました」

「あ、わかりました」

「書類ができているなら、私達も帰りましょう」

「そうですね」

 書類の一番下の欄に記入者である自分の名前を記し、張さんの机の上に置く。普段は誰よりも早く出勤する人なのである。

「ああそうだ。王さん」

「はい。何でしょうか?」

 二人そろって秘書省の入り口の前に立ち、施錠作業をしている王さんに話しかける。王さんに伝え忘れていた、大切なことがあったのだ。

「今日の夕飯は鍋。帰宅時に葱を購入することをお忘れなく」

「ああ、そうでした。ありがとうございます」

「いえ。お疲れ様でした」

 仕事には関係ないが、家庭も大切である。働く目標があるからこそ、理不尽なこともある仕事をこなせるのだと信じている。王さんはニコニコとした笑顔で、懐から風呂敷を取り出しながら帰っていった。

「こんな時間だと、雅亮兄さんは帰っただろうな……」

 後で謝ればいいと発覚当時は思っていたものの、流石にこんな時間までは待っていないだろう。すぐ戻ると言ったのは退朝時間より大分早かったが、今は完全に夜というか、月明かりが暗闇を照らしている。

「仕方が無いから、歩いて……」

 経済状況にもよるけれど、貴族は殆どが何かしらの乗り物を使って出仕する。私は朝は歩きで、帰りは雅亮兄さんか張さんの牛車に乗せてもらう事が多い。喰家は、色々な事情があって乗り物になる生き物はいないのである。歩いて帰るしかないので牛車の留場ではなく、そのまま門に向かおうとすると、暗闇から足音が聞こえた。

「だ、誰?」

「こんな時間に一人歩きは感心しないよ」

「……雅亮兄さん」

 暗闇の中から出てきたのは、とっくに帰ったかと思っていた雅亮兄さんだった。どうやら、秘書省が慌ただしく動いているのは知っていたようで、態々待ってくれていたらしい。若干、後ろに不穏な気配を纏っているけれど。

「随分と遅くまで動いていたけど、解決しそうなのかな?」

「それが、手掛かりの人物が最近になって地元に帰っていて……」

 無言で牛車の方に歩き始めた雅亮兄さんの後について歩く。こういう時は大人しく従っておいた方がいいのである。これまでの経験上。

「地元に?長期休暇でも取ったのかな?」

「退職するみたい。しかも、中書省の人」

「……私だったら、まず辞めないな」

「そう思うよね……」

 中書省の待遇の良さは誰もが認めるだろう。そのくらい、憧れの部署ともいえる。雅亮兄さんは溜息をついた。

「それにしても、最近は急にやめる官吏が多くて困るね」

「え、そうなの?」

「魄啾がそう言う話をしたんだろう?」

 確かに中書省の常官吏が辞めた話をしたが、他に辞めた官吏については知らない。秘書省ではそのような話は全く持ち上がっていない。

「秘書省は全員内示で変更なしだから」

「もう少ししたら内示の時期だけど、その前に辞める人が増えているんだ」

「私の周りは全く、そんな素振りが……」

「そう?うちは麗孝がうるさいけれど」

 そう言うと、雅亮兄さんは驚いたような、考え込むような表情をした後、一瞬でいつもの微笑を貼り付けた。麗孝の名前が出てきたという事は、兵部で何かあったのだろうか。

「尚書省の方では、何が……」

尋ねようとして、口を閉じで足を止めた。牛車を止めた場所に到着したのである。他にも数台牛車が止まっているので、この距離からだと御者には聞こえてしまうだろう。

「雅亮様、喰家を経由されますか?」

「そのまま帰ってくれ」

「畏まりました」

 御者の人にそれだけ告げると、先に乗れと目線で促される。いや、私は家に帰りたいのだが、今日は泊って行けと言いたいのだろうか。取り敢えず文句が言えないので牛車に乗り込む。

「さて、今日は泊っていくね?」

 ゆっくりと牛車が進み始めると、雅亮兄さんが笑顔で言った。質問の形を取っているものの、口調からして既に決定事項だという事が窺える。

「無理矢理すぎるよ……」

(じん)を呼び出せばいいだろう」

 静というのは、幼い頃からの喰家に仕えている私専属の女官である。つまり、私が朝廷に出仕していることも、性別を隠していることも、誰がそのことを知っているのか、知らないのか、すべて把握している人である。

「……流石にこの時間から呼び出すのは」

「呼ばない方が気に病むだろう」

 確かに、躳家の女官に任せるくらいなら、いつでもどこでも私が参りますから、と言い出しそうである。

「そこまでして話したいことでもあるの?」

「勿論、最近辞めた人物について」

 雅亮兄さんはにっこりと笑顔で言った。どうやら、私が知らないような情報も握っているのだろう。比較的閉鎖的な秘書省に比べて、実務を担当する尚書省の中でも最も多忙と言われる戸部では入ってくる情報が違うだろう。

「……戻ってから、人払いして?」

「静さえいれば十分だろう」

 牛車の中で話せるような内容ではなさそうだ。静を呼ぶのは、一人で身の回りの世話をすべてこなせることと、口の堅さを評価した上での判断だろう。諦めて、躳家につくまでは体を休めようと牛車の壁に凭れ掛かった。


次回更新は3月29日17時予定です。

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