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双禍の朝廷  作者: 借屍還魂
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消えた書類

 さて、秘書省に戻ったものの、状況は全く良くなっていないどころか、恐らく悪くなっているのだろう雰囲気を感じる。

「……王さんは」

「一度意識を取り戻したのですが、その時いた全員に指示を出した後、再び気絶していまいました」

「引継ぎ書類があるなら問題ありません」

 確かに、仮眠室にいた筈の王さんが、今は仕事机に突っ伏している。その手元には、書かれたばかりと思われる書類があるので遠慮なく覗かせてもらう。

「状況は書かれていますね」

「は、はい!」

「でも、これは……」

 流石というか、私が必要とする情報は全て記されているのだが、予想していた最悪の事態のようだ。向かわせた殆どの部署からの返事は、書類は返却したはずである、と記されている。

「このままだと、秘書省の管理能力が疑われる……」

 此方に落ち度が無くても、多くの部署が口をそろえて言えば処分を受けるのは秘書省だ。しかも、今は最高責任者も不在。取り敢えず、相手に自分たちが忘れていたかも、くらいに思ってもらわなければ。

「礼部の件を引き合いに出します。疑っている訳ではないが、確認を頼む、という体で各部署にもう一度伝達を」

「わかりました」

「それと、書類を返却した人物が誰か、確認してきてください」

「はい!」

 吏部の時も思ったのだが、偉い人になればなるほど、雑用は他の人に頼むものだ。侍郎というくらいでなくても、普通に部署の中で一番下っ端の人物が書類の返却を一手に引き受けている可能性だってある。

「……それにしても、他にも貸し出し書類はあったのに、今迄の予算ばかり」

 返却されていない書類に関することだけを抜き出してある貸し出し簿の写しではなく、本来の貸し出し簿の方を確認する。すると、未返却書類の間に既に返却された書類もあることに気が付く。

「同じ部署の同じ人物が借りた書類でも、予算案以外は既に返却されている……」

 例えば、吏部の釖侍郎。過去の人事予算以外にも、官吏の実家の関わりや血縁関係を記してある所謂貴族名鑑に近い本などは、期日より前に返却されている。その際には恐らく部下である吏部の官吏の名前が記されている。

「何か、引っ掛かる……」

 普通、予算案を出さないといけない時期だからと言って、予算の書類ばかり行方不明になるだろうか。おかしいのとは思うのだが、閃きにはもう一押し足りない。そう思った瞬間、秘書省の扉が叩かれる。

「喰蘭台侍郎!吏部侍郎から言付けを預かって参り……」

「名乗りは良い。言付けの内容は?」

 都合よく部屋に飛び込んできたのは、先程書類の催促をしに行った吏部から書類の確認結果報告である。

「はい!部下に確認したところ、書類は本人の手で返却されていないとのことです」

「詳しく」

 曰く、返却を頼まれた官吏は秘書省の方に歩いて向かっていたのだが、秘書省に通じる廊下を歩いている際に他の部署の官吏から声を掛けられたという。

「自分たちの部署がその書類を必要としている、と言われたそうです」

「緊急性が無い限り、一度秘書省に申請する必要があるはずですが」

「その際は緊急性のある仕事だと言われ、官位が上の方だった為、従ったそうです」

 朝廷の悪い所である。絶対的階級社会な為、家柄と官位が上の相手には逆らえないのだ。本気で朝廷を効率よく回していきたいのなら、実力によって権限を与えるべきであると陛下には伝えているのだが、今迄良い思いをしてきた名家がそんなことを受け入れられるはずもなく、改革はできずに今に至る。

「……だから人材不足が加速すると」

「喰蘭台侍郎、何か仰いましたか?」

「いえ。その、貸し出し書類を渡した相手官吏は分かりますか?」

 今は朝廷の精度に文句を言っても仕方がない。所有者の特定ができるのなら、すぐに其方に人を派遣して状況を確認するべきだろう。そう思い、伝令役の官吏に問いかけると、難しい表情に変わった。

「それが、相手が随分と焦っている様子で、確認ができていなかったと……」

「せめて、玉玦(ぎょくけつ)(ぎょく)を確認しておけたら……」

 この国と、周辺国の特徴として、正式に朝廷に出仕している官吏には玉玦と玉いうものが与えられる。形としては、手のひら大の円盤の中央に正方形の穴が開いている。東の方の国の通貨である、和同開珎を大きくしたような風、と言ったら分かりやすいだろうか。

 玉は、それぞれの官位と部署に応じて渡されるものが違う。殆どの官吏は小さな部署別の色をしている玉玦を渡されるが、高官になればなるほど、玉の数が増えたり大きかったり珍しい色や柄が入っていたりするのである。

「色や種類で、ある程度候補が絞れますので……」

「今から聞いてきます!」

「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」

 別に、次の報告に来るのは他の人でも構わないのだが。なんとなく、今は知っていった彼が再び報告に来そうである。

「さて、今の話は聞いていましたか?」

「「はい!」」

「では、確認が取れそうな人は今から向かってください」

 せめて、部署だけでも分かれば突撃すればいいので話は早い。そう思い、残っている部下全員をそれぞれ向かわせる。その間に、自分はそれぞれの部署からの伝言を纏め、関連性を見出さなくては。

「……記憶力って、こういう時は役に立つよね」

 一度聞いた報告を早々忘れることが無いので、部下を直ぐに次の伝令に向かわせることもでき、自分が情報を整理する際にも困らない。紙に筆を滑らせ、部下の報告を順に記していく。

「これは……」

 殆どの人が、秘書省に書類を返しに行く途中、自分より上の官吏に話しかけられ、手続きはするからと書類を貸すよう頼まれている。それも、すべて予算ばかり。

「予算案を作成しているなら、まだわかるけれど……」

 国家規模の予算なのだ、項目は一般家庭の比ではない。だが、各部署が作成すべき予算は自分の部署の担当分だけなので、参考資料の分野が被ることは少ないのだ。

「草案の段階で、他の部署の予算を知る必要はない……」

 自分の部署の予算が通るかどうか、というのは朝議で決まることだ。他部門との折り合いがついている予算程通りやすいという傾向はあるが、必要な金額は全て書いて提出するのが基本なので、前年との比較は必要かもしれないが。

「……おかしい」

 椅子から立ち上がると、ガタン、と音を立ててしまった。仮眠をとっていた部下が何人か飛び起きた。大変申し訳ない気持ちになりつつも、纏めた資料を王さんの机の上に放り投げ、直接話を聞くべく吏部の方へ向かおうとした、が。

「喰蘭台侍郎!」

「戻って来たか」

「はい!担当官吏に尋ねたところ、白い玉を付けていたとのこと!」

 玉玦の色は覚えていなかったらしい。が、玉を付けていたという事は、名家の出身か、よっぽどの高官という事になる。

「白、か。報告感謝する。釖侍郎にもよろしく伝えてくれ」

「はい!失礼します!以上、吏部の呼延(こえん)でした!また何かあればお声がけを!」

 呼延、が苗字という事は複合性か。珍しい。一度聞くと中々忘れられない名前だ。見た目は至って普通というか、特徴のない黒目と黒髪である。強いて言うなら、左目の泣き黒子が最大の特徴だ。

「さて、白色の玉、か……」

 元気よく走り去っていった呼延を見送りつつ、頭の中で白色の玉を与えられる条件を思い出すべく努力をする。白、玉玦に使われる場合とは違い、玉として使われる場合はその色は雲の様に掴みどころがない様や、自由な様を表す。

「……皇帝すらその権限を侵すことができない、刑部や御史台、それと、詔勅を起草する中書省か」

 あくまで尚書省の一角である刑部とは違い、御史台や中書省だった場合は対応が面倒である。嫌な予感を感じつつも、残る部下の報告を待つことしかできないのであった。


「嘘でしょう……」

 全ての報告を受け終わった後、私はつい頭を抱えてしまった。予想しうる最悪の事態になっていたからだ。報告してきた部下も気まずそうな表情をしている。

「……ありがとう、今日はもう退朝して構いません。残りは私達で対応します」

 そう言って部下を帰らせ、王さんを叩き起こす。この事態、記憶力に自信があるとはいえ、私だけで解決できるとは到底思えないからだ。

「起きてください、そしてこれを読んでください」

「あ、魄啾殿。…………嘘だろう?」

 書類を受け取った王さんは、真剣な面持ちで書類に目を通し、そして顔を青くした。そう、書類に書かれていることを纏めると、他の部署の官吏から書類を預かった人物は分かったのだ。

「……書類を預かったはずの官吏は、既にこの朝廷からいなくなっているんですよ」

 その官吏は、数日前、朝廷を辞め田舎に帰った筈の官吏なのである。

次回更新は3月22日17時予定です。

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