似たもの兄妹
私の言葉に、黎明は硬直した。そして、視線を暫く彷徨わせた後、口を開く。
「……あっ、じゃあ私帰らせていただきますね。だってほら、お見合いの顔見せとかいう重要な場に私が居ると多分ろくな事起きないと思うので」
「よし建前は良くわかった。本音を話せ」
「これは面白い云々より面倒くさい気配の方が色濃いので、早々に撤退して蚊帳の外で高みの見物を決め込ませていただきたくございます」
丁寧に言ったつもりなのだろうが、いただきたくございます、ではなくて、いただきたく存じます、だ。結構動揺しているようだ。お茶の感想を聞きに来ただけなのに、自分より偉い同じ職場の人間とのお見合いに巻き込まれるなんて、普通に嫌だろう。だが、人手が足りない状況でみすみす帰らせるほど雅亮兄さんは甘くない。特に黎明に対しては。
「お前良い性格してるな」
「お褒めに預かり」
「馬鹿が貶してるんだよ」
「わかってて言ってるんだよ?」
「本当に良い性格してるな」
暫く、恒例行事ともいえる口喧嘩を聞き流しておく。この二人は何故か直ぐに口論をする。売り言葉に買い言葉、相手を挑発せずに会話をすることが難しいらしい。
「…………ッスーーーーーー」
口喧嘩が終わり、黎明は雅亮兄さんに何を言われようと帰ることにしたのか、玄関に足を向けた。が、すぐにその動きは止まった。そして大きく息を吸った。黎明は耳がいい。そして、今、動きを止めたということは、既に顔を見られずに帰ることは不可能だと分かったからだろう。
「丁度来たのか?つくづく運のないやつだな」
「あー本当に陛下と同じ血を引いてるよね」
雅亮兄さんが確認するように質問をする。と、黎明は深いため息を吐いて答えたが、流石にその言い方は駄目だろう。何を言いたいのかは伝わるが、この国の最高権力者を悪い方向に引き合いに出すのは如何なものか。その上、黎明が言える立場ではない。
「……ごめん念のため確認させてほしいんだけど、その陛下に一番血筋が近いのが黎明なの分かってる?」
「わかってるよはーちゃん……」
どう考えても、この場で最も陛下と血が近いのは黎明である。基本的に頓家はこの国の皇家を始め、有力貴族の家とは殆ど血縁関係だといっても過言ではない。そして、興味本位で動くのと面倒くさがりなのは頓家の最大の特徴だ。
「非常に不本意だけど、私にとって陛下は叔父さんだねえ」
「許される限り認めたくはないが、私にとっては従妹叔父だな」
「えっと、私にとっては再従兄《はとこ》になるね」
黎明は三親等、雅亮兄さんが五親等、私は六親等である。全員、頓家の血が入っているので必然的に血縁関係にあるのは仕方がない。これ以上頓家について話題に出しても全て自分に返ってくると理解しているのか、黎明は愚痴を辞めた。
「はぁー……まあこれ以上ぐちぐち言っても意味ないよねぇ。で、物は相談なんだけどさ、かつらとかあったりする?あったら貸して」
「逆にあると思うのか?」
開口一番、雅亮兄さんにバッサリと切り捨てられた。どうして喧嘩腰になるのだろう。無いのは事実だが、流石にない、で済ませればいいのに。黎明は全てを諦めたのか、珍しく挑発に乗らない。
「いやあ、何かしらまかり間違ったらあるかなーって。それにほら、私がここに居る理由が無いでしょう?」
「まかり間違うことが大前提名時点で事実に気付け」
「それに私の従妹なんだからここに居る理由は十分でしょう」
「あ、はーい」
黎明の頭は目立つので、かつらなしでは確実に本人だとわかる。なので誤魔化したかったようだが、雅亮兄さんも顔見せには参加するようなので、今更黎明が増えたところで問題はないだろう。先程話題に上った血縁関係の力である。
そんなことを話していると、静が複数の足音を引き連れて戻って来た。二人が来たようだ。黎明は流石に堂々と座っている気にはなれないようで、慌てて物陰に隠れた。ほぼ同時に静が入って来て、続いて赤い髪の二人組が部屋に入る。
「この度は私達の為にお時間を作って頂き誠にありがとうございます」
最初に入ってきたのは朱修容だ。丁寧なお辞儀をしている。朱将軍も部屋に入ってすぐに妹の隣に並び、頭を下げた。私と雅亮兄さんも二人に合わせ、頭を下げて挨拶をする。
「初めまして、朱将軍、そして朱妃嬪。お噂はかねがね」
「初めまして躳戸部侍郎。仕事の関係上、名前はよく聞いております。ご活躍のようで」
「活躍などしない方がいいのですがね」
「御冗談を」
そして、家主としてきちんと名乗ろうと思ったのだが、何故か私より先に雅亮兄さんが挨拶をした。そのまま朱将軍と談笑を始めてしまった。一応、朱修容を私が招き入れた、という形の筈なのだが、私も朱修容も口を挟めず、ただ黙っている。基本的に妹とは兄や父など男性親族の話に口を挟まない、というのが貴族教育なので、行儀良くしておくしかないのである。
「改めて名乗らせていただきます。私、戸部侍郎を務めております、躳雅亮と申します。ここに居ります伯璃の兄です」
雅亮兄さんは笑顔のまま、そう名乗った。別に問題はないので口に出して訂正はしないが、正式には兄ではなく従妹の従兄だ。実質兄のようなものなので大して変わらないけれど、将軍に対して虚偽申告したことになってはいけないな、とひそかに朱将軍の顔を見るが、気にした様子はない。
「私も改めてご挨拶を。朱颯懍と申します。若輩ではございますが、将軍職を賜っております」
気にした様子がないどころか、恐らく事実に気付いていないまま朱将軍は頭を下げて名乗った。爽やかな笑顔を浮かべている。まだ、この訪問が妹によって仕組まれたお見合いまがいのものだと知らないらしい。このまま雅亮兄さんが意識を引いて、私の印象を薄めていく作戦なのだろう、きっと。
「はい、確か七十九年ぶりに最年少記録を更新されたのですよね?」
「その通りです!凄いですね躳戸部侍郎!噂通りの記憶力……いや、記憶力で有名だったのは確か喰蘭台侍郎でしたでしょうか?」
雅亮兄さんが私に挨拶をさせないのも、きっと意識を向けさせないためだ。そう思ってできる限り存在を主張しないように気を付けながら会話の成り行きを見守る。すると、記憶力、という言葉から魄啾が連想されてしまったらしい。
大変自然な流れで、朱将軍は私の方に目線を寄越した。流石に此処で無反応は印象が悪すぎる、というか、今後の貴族関係にひびが入りそうなので、貼り付けた笑顔を浮かべておく。すると、何故か朱将軍は固まってしまった。笑顔が下手過ぎたのだろうか。
「……しい」
「はい?」
ぽつり、と朱将軍が呟いたが、流石に聞き取れなかった。聞き返すものの、暫く返事はなく、あの、ともう一度訪ねると朱将軍が今度は聞き取れる声で言う。
「これは驚いた!魄啾殿にそっくりですね!?ご兄弟とは聞いていましたがこんなに似ているとは……私達も兄妹ですがここまで似ている方は初めて見ました!!」
その言葉に、私、雅亮兄さん、黎明は全員当然だろう、と言いかけた。同一人物なので顔が違ったら逆に怖い。それに、驚いたのはわかるがそこまで慌てることだろうか。色々と思うところはあるが、私が返せたのは、そうでしょうか、という言葉だけだった。
次回更新は12月13日17時予定です。




