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双禍の朝廷  作者: 借屍還魂
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印象と実情

 早朝に届いた早馬は、朱家というか、朱修容からの手紙だった。後宮から外の、家族以外に手紙を送るとなると検閲などで時間を取るはずなのだが、この速さで届いたという事はあの茶会がお開きになってすぐに手紙を出したということになるだろう。

「後宮に入る手紙に比べて、出る手紙はまだ検査が少ないとはいえ、この速さは……」

「それで、主様。お返事は如何なさいますか?」

 静は微妙な表情を浮かべて私に尋ねる。本来ならば、手紙が来るまでに時間がかかるのでその間に朱修容の頭も冷えるだろうという魂胆だったのだが、興奮冷めやらぬまま送られてきたのでは仕方がない。取り敢えず、冷静になるような、乗り気ではない、という意思が伝わるような返事をするのが一番いいだろう。

「雅亮兄さんにも相談したいところだけど、朱家からの手紙に返事をしないとなると外聞が悪いし……」

「一度、手紙を受け取った旨を伝え、忙しいので改めて返事をする、と言うので如何でしょうか」

「最近はそこまで忙しくないから、朱将軍が調べようと思ったら分かるという問題があってね」

 武官ではあるものの、朱将軍は人望もあるし、兵部の官吏に聞けば現在秘書省が忙しいかどうかは簡単に知ることができるだろう。嘘をついて信用を落とす訳にはいかない。あの家は、特に誠実であることを重要視すると以前聞いているし、返事を待ってほしいなら素直に伝えた方が心象はいいだろうか。

「それは……、差し出がましいことを申しました」

「いや、気にしてくれたありがとう、静」

 婚姻やお見合いとなると色々と考えることが増える。しっかりと考えたいので、正式な返事はもう少し待ってほしい、と嘘偽りなく書くことにした。時間を置く、といっても、精々五日が限界だろう。後宮に到着するまで二日か三日、それから五日、と言った所か。

「これを返事として出しておいてほしい」

「はい。宛先は後宮ですか?」

「……後宮で良い。現時点では、朱家から、ではなくて朱修容個人からの打診だから」

「畏まりました」

今日出仕する時に雅亮兄さんと、ついでに陛下にも相談しておきたいところだが、最近は後宮に呼び出される時間が増えて公務を先に済ませるようにしているらしいので、空き時間が無いかもしれない。後回しにしないところは為政者として優秀なのだが、何故女性相手には才能が発揮されないのか甚だ疑問である。

「それと、今から躳家に向かうから、準備を……」

 相談は早い方がいい。そう思って躳家まで行ってから一緒に出仕しようと思い、静に身支度を頼もうと思っていたのだが、その瞬間、屋敷の入り口から物音がした。一瞬身構える静だったが、直後、ちりん、と玄関に置いてある鈴の音がした。

「静、いないのか?」

 次いで、雅亮兄さんの声が静を呼ぶ。静は如何しますか、と視線で問いかけてくる。起きたばかりで着替えていないので、追い返すか、客間で待たせるかを聞いているのだろう。

「自分で着替えておくから、客間に通しておいて」

「畏まりました。今、参ります」

 静は一礼した後、玄関に向かって声を張り上げた。あまり待たせるわけにはいかないので私も手早く着替えを済ませる。丁度着替え終わった頃には、雅亮兄さんを客間に通し、お茶も出したのか静が戻って来た。

「ありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでですから」

 静に連れられ、客間に向かう。雅亮兄さんは出されたお茶を飲んでいたようだが、私が中に入った瞬間、すぐさま湯呑を机に置き、言った。

「伯璃、陛下に呼び出されて後宮に行ったと聞いたが、大丈夫だったのか?」

「えっと、大丈夫と言えば大丈夫です。お咎めとかではなく、純粋に茶会に招待されたようなものですから」

「そういうことになっているだけだろう?」

 雅亮兄さんも四家の長子だ。後宮や朝廷で使われる言葉をそのまま信じるようなことはしない。お茶会、という名目で弱い立場の妃嬪に嫌みを言ったりすることは、後宮ではそれなりにあることだ。

「本当に大丈夫でした。陛下が皇后様方に贈った品は本人が選んだとは思えないものだったので、誰が選んだのか確認の為に呼ばれただけでしたから」

「……この前、珍しく伯璃が町で買い物をしていたのはそういう事か」

「雅亮兄さん、良く知っていましたね」

「弟が言っていたからね」

 気付かなかった。装飾品類を売っている場所しか回っていないのに姿を見られたという事は、お洒落好きの三男だろう。分かっていたなら声を掛けてくれればよかったのに、と若干残念に思う。

「問題が無かった割に浮かない顔をしているようだけど、何か、気になることは?」

「雅亮兄さんには敵いませんね。丁度、それ関連の相談があるのですが……」

「何でも言ってみなさい」

 頼もしい一言である。雅亮兄さんは牛車で来ているだろうし、屋敷から出るまではまだ時間がある。先に相談を終わらせて、手紙の内容が纏まったら静に頼んで追加で送って貰ってもいいかもしれない。

「お茶会の際に、朱修容から、見合いを勧められまして」

「は?」

 本段を切り出した瞬間、雅亮兄さんは短く声を上げて固まった。大抵の事には動じないのに珍しい。どうやら、余程予想外のことだったようだ。私も言われた時は何を言われたか理解できなかったので仕方がないだろう。

「誰と誰の見合い?朱修容は後宮に入っている訳だし、流石にあり得ないよね」

「朱将軍と、伯璃。つまり、私の見合い、と言うことになります」

「え??」

 流石は雅亮兄さん。朱修容を可能性から排除するまでは良かった。そうなると、朱家の他の娘だろう、でも魄啾なら断るしかないから大した問題ではないだろう、と軽い気持ちで聞いてきたのだが、後宮に呼び出されたのは伯璃の方だ。

「それは……、断るしかない、訳でもないけど」

 私の実際の性別は女なので、朱修容と違って朱将軍と結婚すること自体は不可能ではない。雅亮兄さんの発言はそう言った意味から来てものだろう。が、魄啾と伯璃の関係を隠すことは不可能になる。伯璃として結婚するとなると、朱家に嫁入りすることになるので朝廷には行けなくなる。するとどうなるだろう。秘書省の業務は若干滞るし、陛下の仕事は増える。

「不可能ではないけれど。現実的に考えたら断るしかないと思っていて、どういえば相手を不快にさせることなく断れるかを伺おうかと」

「確かに、陛下はまだまだ信頼できる駒が足りていない現状で、情報整理役が抜けるのは大変厳しい。その上、魄啾は高官に部類されるし、辞めるとなると手続きが必要。挨拶の時に魄啾と伯璃が同時に存在することが不可能で、朱将軍は魄啾の顔を覚えていて、朱修容はどちらの顔も見たことがあるとなると、替え玉を立てることも難しいか」

「そうなんです。その上、別邸には知られないようにしないと」

「下手に手紙を滞らせて別邸に確認されると更に面倒なのか……」

 前途多難である。日常業務に加え、陛下の用事、そしてお見合い回避の為の作戦会議。やることは山積みになっていく一方である。ただでさえ忙しい雅亮兄さんに協力を仰ぐのは心苦しいが、他に相談できる人がいないのである。

「……頭が痛いな」

「すみません」

「伯璃が悪い訳ではないよ。ただ、色々重なっただけで」

 そう言って雅亮兄さんは笑顔を浮かべるものの、若干口の端が引き攣っていた。私も頑張らないといけないな、と溜息を飲み込んで取り敢えず出仕するのだった。


 後日、私達の苦悩を察したかのように黎明から疲労回復効果のあるお茶が届けられ、その日は雅亮兄さんが珍しく黎明に感謝しながらお茶を飲んだ。


次回更新は11月29日17時予定です。

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