二度目の初対面
皇后様と四夫人から、揃って礼を受けた瞬間、背筋が冷たくなっていくのを感じた。女性としての作法が身に付いているか見ることで、相手の力量を図ろうとしているのだろう。此処で失敗するわけにはいかない。
「此度は素晴らしい贈り物をありがとうございます、そして唐突なお呼び出し誠に申し訳ございません」
貴妃様が代表して言う。態と下手に出ているという事くらい、簡単に理解できる。此処で、増長するような相手であれば即刻追い出し、陛下と関わらないよう取り計らうのだろう。皇后様は私の事情を知っている筈だが、それはそれ、四夫人を止めてはくれないようだ。
「此度はお騒がせしてしまった上に皆様の時間と手間を浪費させてしまう事となり、申し訳ございません。改めてお詫び申し上げます」
深々と、謝意が伝わるように、だが礼儀作法の範疇を逸脱しないように、頭から足先まで気を遣って礼をする。そうすると、僅かに皇后様の目元が細められた。どうやら、即座に不合格という訳ではないようだ。内心でほっと息を吐く。
「さて陛下、一つ女心を覚えてください。私の為に」
少しの間を置き、淑妃様の一言で完全に話題が切り替わる。一瞬、空気が張り詰めたような気がしたが、すぐに緩和された。客人の前で後宮のほの暗い面を出すまいとしたのか、それとも他の要因があったのかはわからないが、一触即発の状況に置かれるよりはましだ。
「女心と言っても、何を覚えよというのだ……」
「陛下、迂闊な発言は……」
一気に自分が責められる状況に戻ってしまった陛下が呟く。もう少し声を抑えないと、ただでさえ叱られている最中だというのに、はっきり意見しないのは相手を寧ろ怒らせるだけである。
「そうですわね、取り敢えずは、他人に頼らなくてもよいように、贈り物の選び方から覚えてはいかがでしょうか?」
「あら、名案ですね」
「最初は何からにしましょうか?」
「簡単な物からがよろしいでしょう」
即座に四夫人が陛下の発言に反応した。やはり火に油を注いでしまったようである。皇后様は話し合いを始めた夫人たちを見守っているだけで、積極的には参加しないようだ。というか、寧ろ一歩引いたところから全体を見ることで何かを探っているようにも思える。
「さて陛下、此方と此方でしたら、どちらが贈り物として最適だと思いますか?」
どうやら問題の内容が決まったようで、貴妃様が二種類の扇を陛下の前で広げる。私達から見て右側は墨で絵と詩が描かれている物、左側は骨の部分に漆が塗られており金の細雲が施されている物だ。
絵の善し悪しが分からなくても、装飾部分で価値がわかる簡単な問題である。
「……こちら、か?」
が、陛下が選んだのは右の扇だった。その扇に書かれている詩をみて思い出す。一応、詩の内容は恋しい相手を思うものなのだが、これは死別した相手を思う詩なので夫人に贈るにしても内容が不味いだろう。
「ハイ違います。もう一度先程の『女心の心得』を復唱してください」
「むう……わかった」
間違えるたび、女性への気遣いの基本を復唱させるらしい。ただ、復唱したところで実践に応用できなければ効果が無いと思うのだが。
「では陛下?これとこれでしたら、私への贈り物としてはどちらをお選びになりますか?」
「これは覚えているぞ!此方だな!」
次は徳妃様が紅を二つ出して陛下に見せた。すると、見覚えがあったのか、陛下は嬉々として答えたが、私の記憶が確かなら、陛下が選んだものは他の妃嬪が所望した物であって、過去に徳妃様が選んだ記録はない筈だ。
「残念、惜しいです。私の顔や肌色的には此方が最適解ですね」
紅や白粉は人によって合うものが違う。ただ単に殆どの女性はこれを選んでいるからと言って、徳妃様への贈り物として相応しいとは限らないと思っていたら、やはり違ったようだ。陛下は悔しそうに頭を悩ませているものの、段々と自身が無くなってきたのか、四夫人からの質問が一周し、皇后様から質問された時、ちらりと私を見た。
「……この二択はどちらが良いか分かるか?」
「この場合は此方が正解かと」
陛下からの命令に対し、私は答えを返す。二択問題の答えは正解だろうが、陛下の行動は不正解だろうな、と思いながら。だが、朝廷においては出来る人間に仕事を割り振ることも重要な能力なので、皇后様が大目に見てくれるといいのだが、と様子を伺う。
「そうかありがとう。では皇后よ、回答はこちらで決定だ」
「……あら陛下?」
駄目だったらしい。仕事と家庭の向き合い方はやはり全く別物だな、と他人事の様に思う。現時点で皇后様や夫人たちからの冷たい目線は陛下にしか注がれていないので、このまま切り抜けるしかない。
「今のも駄目なのか!?」
当の陛下は、今の行動に悪い所があったという事は理解できていても、何が駄目だったのかはわかっていない。私に尋ねようとするが、二択の答えを教えてもそれは教えるな、と夫人たちに目で制させるため口を噤むしかない。
夫人たちは陛下が気付くまで諦めるつもりはないのか、次々と問題が出されていくが、陛下は自信を無くす一方で問題点に気付く様子はない。息が詰まってきた時、控えめな、第三者の声が場に響いた。
「申し訳ございません、徳妃様はいらっしゃいます……」
か、と言葉が続けられることはなかった。扉の隙間から顔を覗かせていたのは、朱修容だった。仕事を頼まれていたのか、帯のようなものを小脇に抱えているが、此方を向いたまま固まってしまっている。
「朱修容?」
「あ……っ!?来客中とは知らず……失礼いたしました!」
徳妃様が声を掛けると、朱修容は我に返って慌てて扉から出ようとした。大分慌てているようで、徳妃様を無視するような形になってしまっているが、自身の主である陛下が詰問されている現場を見れば動転するのも仕方がないか。
「よい。気にするな」
妃嬪として、取り乱した姿を晒したことが今後の弱みにならないといいけれど、と思っていると、平静を取り繕ったような声の陛下が気にするなと言う。多分、相手を許し、この場に留まらせることで話題を変えようと思っているのだろう。こういう時の頭の回転は素晴らしいのである。
「……はい」
「頼んでいた仕事はそれで終わりでしょう?他に急ぎの仕事もない筈ですから、よろしければあなたもこちらに来ませんか?」
陛下がそう言ってしまっては、夫人たちも反対するわけにはいかない。徳妃様が朱修容にも参加するように言う。朱家は私達四家には及ばないものの、かなりの名門だ。後宮での扱いが悪いと実家に言われてしまうと、影響が出るかもしれないので妥当な判断だろう。
「では、自己紹介させていただきます。私は朱家の長女、後宮では修容の位を賜っております、朱小鈴と申します」
輪に加わった朱修容から挨拶をされる。伯璃としては初対面なので当然だが、二回目の挨拶は微妙な気持ちになってしまう。
「はい、私は……」
名乗ろうとすると、弾んだ声が私の言葉を遮った。
「喰家の姫君でございますね?あなた様のお兄様とお話させて頂いたことがあります」
「……左様ですか、兄がお世話になりました」
「はい、とても良い方でした」
何故か評価が高い。何かした覚えはないのに、何故そんなに評価されているのか不思議でたまらない。
「ですから、きっとあなた様も良い人なのでしょうね」
本人なんですけどね、とは口が裂けても言えないので、私はただ笑顔を浮かべるしかなかった。
次回更新は11月8日17時予定です。




