陛下の落ち度
皇后様と四夫人が主催しているこの場に、何故黎明がいるのか。柱の陰に隠れている桃色の頭を眺めながら考える。此処は賢妃様の梅月の宮。そういえば、黎明は賢妃陣営に所属する尚服だったか。なら、仕事が丁度終わったので見せに来ていて、今日このような査問会が開かれるとは全く思っていなかったけど面白いものが見れそうだな、と興味津々に此方の動向を伺っている、という所だろう。
「……頓宝林」
面倒なことになったな、と考えている間に、黎明のことを見過ぎたようだ。私の視線の先には何もない筈だと知っている賢妃様が黎明に気が付いた。そして、こういう時の黎明には何を言っても無駄だと知っているのか、諦めたような声音で黎明を呼んだ。
「はい賢妃様」
「陛下はどうやら喉が渇いていらっしゃるようよ」
皇帝陛下や皇后様、他三人の夫人の前では黎明も好き勝手するわけにはいかない。呼ばれると笑顔で前に出てきた。すると、賢妃様はすかさず命令を下した。成程、姿を隠したままの黎明に好き勝手動かれるよりは、命令をして行動制限した方が突拍子もない事をしでかさないと考えたのだろう。恐らく、これが最善策だ。
「陛下?」
「な、なんだ?」
とはいえ、暑くもない室内でそこまで陛下の喉が渇いているのだろうか、と小声で陛下に話しかける。すると、微動だにしていなかった陛下がゆっくりと顔を向ける。私が見ても分かるほどの冷や汗をかいている。余程この状況が恐ろしいらしい。本当に水分補給しなければ体に支障をきたす勢いだ。
「水菓子がございます」
「そう、川にさらして冷やしてあるものは?」
賢妃様の言葉に違和感を覚える。冷やすのなら、氷室か何かを使うはずだ。態々川にさらしたりしないと思うが、黎明は至って普通に受け取っている様子なので、後宮内での専門用語なのだろう。
「桃だけです」
「そう、それなら桃をここに」
「承知しました」
黎明がすぐに廊下の方へ消えていく。後宮ともなれば妃嬪達の為に常に複数種類の水菓子が用意されていてもおかしくないと思うのだが、出せるものは桃だけとなると、安全が保障されているものがそれしかないという事か。短い会話の中で後宮の恐ろしさを感じる。
「今上陛下、喰姫。お待たせいたしました。よろしければ桃をどうぞ」
「ふむ、もてなしに礼を言う」
戻って来た黎明が皿を陛下の前に置く。陛下はかなり真剣に礼を言った。ここは陛下の為の後宮であるはずなのに、桃一つでそこまで感謝していては威厳が損なわれるのではなかろうか。このような査問会が開かれている時点で威厳など無いに等しいかもしれないが。
「それでは」
小声で黎明が言う。どうしたのか、と思っていると、小さな桃の欠片を私達の目の前で食べた。口の中に放り込むようにしたので行儀としては悪い。が、これは恐らく、きちんと口に入れたことを示しているのだろう。毒見までしないといけないとは、後宮の女官も大変だ。
黎明が完全に桃を飲み込んだことを確認してから、陛下も桃を食べる。一切れ、二切れと口に入れ、ある程度喉が潤った時点で、皇后様が陛下を見据え、ゆっくりと目を細めた。まるで獲物を見つけた捕食者のような眼差しだ。
「さて陛下、まずは贈り物に感謝させていただきます。わたくしの好みと実用性、流行から色合いまで……満点解答と言って差し支えないほどですね」
「そ……っ、そうだろうそうだろう!!」
皇后様の最初の言葉だけは感謝を述べているものの、眼差しは鋭いまま、笑顔も冷たいものである。どう考えても怒っているとしか思えないのに、陛下は言葉の裏を一切読み取れなかったのか、贈り物を褒められたと思って嬉しそうに返事をする。そういう、全く人の感情を理解していない言動は更に火に油を注ぐことになるので一刻も早くやめてほしい。隣にいる私まで被害が及びそうだ。
「まあその選択が百点だったとしても、他人に任せた時点で零点ですけれど」
「…………?」
遠回しな言葉で言っても通じないと判断したらしい。皇后様は、はっきりと陛下に対してダメ出しをした。そして陛下は、何故贈り物は好みのものだったのに駄目だと言われているのか、瞬時に理解できなかったようで固まってしまった。
「陛下、意識を保っていますか?」
小さく声を掛けるが返事はない。本気で衝撃を受けているようだ。皇后様と四夫人を順番に見るが動揺した様子がない。恐らく、予想通りの展開なのだろう。朝廷では裏のある官吏を決して近付けない人なので、人間観察に長けていると思っていたのだが、もしかすると、偶にいる仕事では有能でも私生活は全く駄目な人種の可能性がある。
「陛下、今回なぜこんな早々に他人への委託が露見したかお分かりですか?」
それは私も気になっていたところである。今迄、陛下から聞いた話をもとに皇后様への贈り物を考えた筈なのに、何故すぐに露見したのか。伯璃の動向を調べられたにしても、先に不信感を持つ理由があったはずだ。
「……分からない」
陛下には全く心当たりがないようだ。すると、五人が揃って溜息を吐いた。そして同時に袖から何かを取り出した。見間違いでなければ、町人たちが小さな子供に与えるような簡素な造りの簪だ。しかも、何故か五人色違い。
「これは陛下が、お忍びの際に土産として露店で私たちに買ってきてくださったものです」
普通に考えれば皇后様や四夫人に献上するような品物ではないため、御用達の商人が持ってくるはずもないだろう。となると、城下町に出た時に物珍しさから買って帰って来た、と言ったところか。陛下にとって珍しい物でも、子供用の簪では長さが足りないので全く使い道が無い。
「今上陛下は私たちを置いてお忍びでお出かけになったり、お小遣いでいろいろ買って来たり、置いて行ったことを許してもらうためにご機嫌取りで贈り物を贈ってきたりされますね」
「!?」
そして、陛下の贈り物には必ず理由があることも指摘された。今回も花見会を台無しにしたことを許してもらうために贈り物をしているので、言い訳はできないだろう。
「まあ子供用の簪を全員色違いで買ってきたうえに、絶妙に使いどころのないそれを誇らしげに渡してくる男」
「なんだその男は最低な男だな」
自分の事である。この前の細中書侍郎たちを追い詰めた時の手腕は何処に行ったのだろうか。寧ろ自分で自分の首を絞めている。
「それがあなた様なのですよ、今上陛下。まあ女性はお揃いを好みますよと言われたり、純粋に良いと思って買ってきたのでしょうけれど」
そう言えば、私が出仕し始めたばかりの頃、陛下が雅亮兄さんに女性への贈り物について聞いていた。当時、黎明が私と同じものを欲しがる年頃だったので、雅亮兄さんはお揃いが好きと答えていたような気がする。此処でこんな風になるとは、誰も思っていなかっただろう。
ただ、後半部分については擁護できないな、と思っていると、あまりの衝撃から陛下が扇を落とした。精神的に限界を迎えたようである。
「……まあ、あなたさまとのお話はあとでいくらでもできますので、良いと致しましょう」
そんな陛下の様子を見た賢妃様は、これ以上言っても頭に入らないと判断したのか追及を辞めた。そして、軽く咳ばらいをし、場の空気を無理やり変える。やっと終わったのか、と目線を陛下から外し、前を見ると、皇后様と目が合った。
「左様ですね、では喰家の姫君よ」
皇后様がそう言うと、四夫人も揃って綺麗な礼を此方に向けてきた。どうやら、今から私の戦いが始まるようだ。
次回更新は11月1日17時予定です。




